愛しい人の側に来た王女と愛しい人を迎え入れた王太子
陸が近づいてきた。もうすぐインデスタ―王国に着くのだ。ユリアナたちは下船の準備を始めた。これからのことを思うと気が重い。母の顔も心なしか曇っているようだ。それはそうだろう。国家間の問題に発展する可能性があるのだから。
船が着岸し、下船の為の階段が下ろされ固定された。迎えの人たちも来ているようだ。
ユリアナは気持ちを切り替えて笑顔で下船した。下船するとたくさんの見物人がいることに更に気付き軽く手を振るとキャーと歓声が上がった。歓迎されているようで良かったとユリアナは安心した。
そして一人の男性が前に出てきた。インデスタ―王国の外務大臣ブロウム侯爵だ。
「ようこそいらっしゃいました。ユリアナ王女殿下、メリッサ様。お疲れのことでしょう。それから、フランカ王女殿下とラウラ王女殿下もようこそインデスタ―王国へ。ガーナット国王陛下から書簡が届いていますよ」
「え!もうお父様から連絡が来ているの!?」
「はい。一昨日には来ておりました。お二人はしばらくインデスタ―王国を見学されたら良いですよ」
「違うの、私たちが来たのは、」
そこで母が後ろを向いて二人を黙らせた。こんな場所で騒ぎを起こしては流石に大問題だと思ったのか二人は黙り込んだ。
「では参りましょうか」
そう言って一行は王城へと出発した。ユリアナとメリッサとアレッタはガーナット王国の馬車に乗り、フランカとラウラは用意してくれていた、無紋の馬車に乗らされていた。
「陸路でお父様は伝えたのね。早馬を使ったのかしら?」
「そうね、きっとフランディー王国を通って急がせたのでしょうね。着いてから問題を起こされるより、先に内情を知らせた方が良いと思われたのでしょう。賢明なご判断だわ。インデスタ―王国も先におまけがついて来るのを知っていれば対処のしようもあるから」
「本当にたくさんの人たちに迷惑をかけて。まだ使者が残っていたら労いたかったわ」
使者は外務大臣に伝えると、三人の王女宛の父からの手紙をそれぞれに渡して欲しいと外務大臣に託して帰って行ったらしい。
「あ、お城ってあれじゃない?凄い素敵ね」
「あら本当。素敵なお城だわ」
ユリアナは二人のことを一時忘れて新しい生活に心を躍らせた。
城に着くと内務大臣も出迎えに来てくれていた。謁見まで時間があるからそれぞれの支度部屋を準備したから、そちらで準備するようにと案内してくれた。
ユリアナとメリッサが与えられた支度部屋は広く、大きな鏡も準備されていた。持ってきた荷物の中から謁見用のドレスを出すとしわがないか確認してから着替えた。淡い黄色のドレスに髪は下ろしてフレデリクからもらったカチューシャを着けて完成だ。
母も淡い緑の長袖のドレスに金の細いネックレスをつけた。化粧もしたし、いつ呼ばれても大丈夫と思った頃にノックが聞こえた。応えると近衛騎士と思われる男性が謁見の時間だと呼びに来てくれたようだ。
ユリアナは静かに深呼吸して立ち上がりメリッサと共に見知らぬ城内を歩く。どれだけ歩けば謁見の間に着くのかわからないが、ひたすら付いて行き、庭園を横目に歩くとやっと大きな扉の前に着いた。ユリアナはもう一度大きく深呼吸をする。
扉が開かれ前を見ると中央の一段高い場所に国王陛下と王妃殿下と思われる二人が座り、その横にフレデリクと少女が立っていた。下段には先程出迎えの時にも会った外務大臣ブロウム侯爵とその他の貴族と思われる人たちが数人いる。ユリアナは真っ直ぐ前を向いて少しだけ視線を下げ歩いた。私はガーナット王国の第一王女。堂々としなければ。そう思い背筋も伸ばして歩く。後ろを母が付いて来てくれているのを心強く感じた。
そして止まるとカーテシーをして挨拶をする。
「ガーナット王国第一王女ユリアナでございます。今後はインデスタ―王国の為に力の限り尽くす所存です。また母国との架橋になれるよう、努めますので何卒よろしくお願い申し上げます。
また、母につきましてもご配慮いただきまして感謝申し上げます」
ユリアナを見て溜息をつく者もいるようだ。悪い意味ではない。容姿だ。この金とエメラルド色の目は人を引き付けるものがあるようだ。
「ユリアナ。顔を上げよ」
その言葉でユリアナは顔を上げて真っ直ぐ立つ。
「よく来てくれた。インデスタ―国王エドウィンだ。こちらが妻で王妃のミカエラだ」
そう言った国王はフレデリクと同じ銀の髪に紫の目をした美丈夫だった。声も低くてそれでいて穏やかで聞いていて心地の良い声だった。
「よく来てくれました。長旅疲れたでしょう。後でゆっくり休んでね。メリッサ様も」
そう言った王妃の声も優しさを感じる声で、金色の髪に水色の目をした清楚な美女だった。
「ユリアナの部屋は王太子宮に用意して荷物も既に片づけてある。何か気になる物や移動したい物があれば侍女や侍従に伝えると良い。専属侍女も2名決めたから何でも聞くとよい。
それからメリッサ殿の邸だがもう住める状態になっているが、今日は王太子宮で休んで欲しい。息子が話したいこともあるようだから。構わないだろうか?」
「もちろんでございます。ありがたきお言葉に感謝申し上げます」
母と共にその言葉に謝意を伝える。
「ところで、一緒に来てしまった王女二人だが、ガーナット国王からは直ぐに送り返すようにと言われているのだが、無理矢理言っても素直に帰るまい。
王妃教育を二週間して、試験をさせ、完全に諦めさせようと思う。ユリアナには悪いが付き合ってもらえるか?」
「滅相もございません。妹たちがしでかしたことでございます。全ての責任は我が国にあり、インデスタ―王国の皆様にご迷惑をおかけるするわけには参りません」
「いやいや、面白うそうだろう?紙の試験にするから、ユリアナもちゃんと王太子妃教育の一環と思って受けて欲しい。もちろん他を選ぶことはない。初めから結果の決まった試験だが、それも一興だろう。その方がユリアナの為にも安全だ」
なんと優しい方なのか。
「ご配慮ありがとうございます。王太子妃になった暁には必ずやお気持ちに応えられるよう懸命に努めます」
「そんな固くならなくて良いのよ。この人は面白がっているだけだから。あら来たのじゃなくって?」
そう王妃が言うと同時に扉が開いた。そこにはフランカとラウラが立っていた。何故それを選んだのかと頭を抱えたくなるドレスを着た二人がこちらに歩いてくる。
フランカは真っ赤なドレスにあちこちに宝石が散りばめられているドレスだ。首にはルビーのペンダントをしている。ラウラはピンクのドレスにレースがふんだんに使われており、ダイヤの大きなペンダントと指輪をしていた。
それは夜の舞踏会でするような装いで謁見にはとてもではないが相応しくない。先に来ていたユリアナを一瞥するとユリアナより前に立ち止まり二人は挨拶をした。
「ガーナット王国第二王女フランカでございます。お会いできて光栄です」
「ガーナット王国第三王女ラウラでございます。ご機嫌麗しゅう。よろしくお願いいたします」
「そなたたちがユリアナの妹君だね。ようこそインデスタ―王国へ。
今ほどユリアナにも説明していたのだが、そなたたちの希望を取り入れ、二週間の王太子妃教育を受けてもらい、最後に試験を行う。その中で一番点数が良かった王女を王太子妃にする。
どうだ?やってみるかい?とても難問を用意する予定だ」
「はい!!必ずや一番になってみせます!」
「私も一番を取ることをお約束します」
そう言って二人は見合うとにんまり笑ったかと思うとにらみ合った。これから敵同士になるからだ。
ユリアナは恐ろしいものを見たと思うと同時にフレデリクへと目をやった。フレデリクがこちらを見ているのがわかった。
「ああ、紹介しよう。フレデリクの妹のマレーナだ」
マレーナと呼ばれたフレデリクの妹である王女は、やはりフレデリクと同じ銀の髪に紫の目をした美しい少女だった。しかし、その目はラウラとフランカを見て険しい顔をしている。迷惑をかけているのだから仕方がない。しかし、初日からフレデリクの家族に良い感情を持ってもらえないのは悲しいことで、ユリアナはもう一度フレデリクを見た。そんなユリアナに気付いたのか大丈夫というようにフレデリクが頷いてくれた。そのことにユリアナはほっとして肩から力が抜けた。
「ではそれぞれの部屋ヘ案内させるので残りの時間は楽に過ごして欲しい。勉強は明日からとするから」
そう言って国王と王妃が退席し、それを見送ったユリアナたちも謁見の間を出た。
「ほら言ったじゃない!行けば考えを変えてくれるって!」
「私たちにも王太子妃になれる機会がやっぱりできたわ!来て良かった!」
「残念だったわね。大荷物を送ったのに二週間後には送り返さないといけなくなるわよ」
「誰が選ばれても恨みっこなしよ!」
二人が廊下をしゃべりながら歩いている。溜息をつきそうになるのを堪えて話に入った。
「じゃあ、私が選ばれても恨まないでね」
「あら、私が選ばれるのよ。まあでも万が一ユリアナが選ばれるようなことがあったら仕方ないから帰ってあげるわ」
「そうね。私が絶対選ばれるんだけど、万が一のことがあってもあなたたちを恨まないから私のことも恨まないでね」
「王太子教育の試験だけで決めることなんてないわよ。きっと。日頃の美しさとかも判断に入るかもしれないから、今からドレスを買いに行きましょうよ」
フランカがラウラを誘っている。
「そうね。必要ね。行きましょう。着替えたら出かけましょう」
「ユリアナは無駄にたくさん荷物を送ってしまっただろうからいらないわよね?大人しく現実を受け入れることね」
そう言って二人は支度部屋に入って行った。ユリアナたちも近くに用意されていた支度部屋に戻ると着替えを始めた。
「とんでもないご迷惑をかけることになったわ。ユリアナが選ばれるのは決まっているとしても、二週間も二人を王城に滞在させて教育係をつけさせるだなんて。陛下がお知りになったらと思うと・・・」
「お母様。違うでしょ?約束したんでしょ?インデスタ―王国に着いたらお父様のことは名前で呼ぶって」
「今はそれどころじゃないわ」
「今だからこそよ。一日目からやらないとお母様はずっと陛下のままになりそう。お父様が可哀想だわ。その場にいなくても約束は守らないと」
メリッサが困った子ねという顔でユリアナを見る。
「わかったはアルベルト様に何とご報告すれば良いのか。これで良い?」
「素敵だわ。それで良いわ。私はお父様で変わりないもの。お父様と呼び続けるけどね」
そう言って笑っているとノックの音が聞こえ、応えると近衛騎士が入って来た。
「ヨーランと申します。王太子殿下付きの近衛騎士をしております。今後ともよろしくお願い申し上げます。王太子宮へご案内いたしますのでご準備はお済みですか?」
明るい笑顔の青年で、とても好感の持てる騎士だった。
「ユリアナです。こちらは母のメリッサです。準備はできております。案内をよろしくお願いいたします」
支度部屋を出てたぶん城の奥へと向かう廊下を歩く。
「オレに敬語を使わなくても良いですよ。オレはデリクの乳兄弟なんで、何でも気軽に相談してください。あいつと喧嘩したとか酷いことを言われたとかあったら言ってくださいね。オレはユリアナ王女殿下の味方をしますから」
「まあ。そんなことをして大丈夫なの?」
ユリアナはしゃべり方を変えてみた。
「良いですよ。その感じです。気軽にお声かけください。愚痴でも何でも聞きますよ」
「じゃあ聞いても良いかしら?」
「なんなりと」
「私たちは王太子宮に向かっているのよね?妹たちはどうなるのかしら?」
「ああ、あちらの王女様たちは王城の来賓室です。さすがに婚約者でもない方を王太子宮には入れられませんよ。しかも本人たちを納得させる為だけにすることですからね。王太子宮は王宮の隣ですから変なことされても困りますから、ってすみません。妹さんでしたね」
「良いの。それが正解だわ。でも二週間は私も来賓室の方が良かったんじゃない?」
ユリアナが聞き返す。
「ああ、それはダメです。デリクが心待ちにしてましたからね。ユリアナ王女が来られるのを。一日だって早く来て欲しいと願っていたのですから、インデスタ―王国に着いたのに王太子宮じゃないなんてありえません。もう準備万端でお部屋は整っておりますので快適にお過ごしいただけると思います」
そんなに望んでいただけていると思うと顔が赤くなるのを止められなかった。
「オレも喜んでいるんですよ。あいつがあんなに嬉しそうな顔をして王女殿下のことを話すのを。普段は真面目な奴なんでね。ちなみにオレは今はこんなしゃべり方をしていますが、他の人の前ではしませんよ。ユリアナ王女殿下はこれからデリクと一緒の時もお側におられるでしょうから、初めからこういった話し方をさせてもらってますが、不快なら直しますので言ってください」
「不快じゃないわ。そのままでお願いするわね。私のことも王女殿下までつけなくて良いわ」
「そうですか?ではユリアナ様にしましょう」
「ええ、それで良いわ」
「王城は広いのでしばらくは一人で出歩かない方が良いですよ。必ず迷子になります。王太子宮から出る時は侍女を連れてくださいね。近くの近衛騎士でも良いですが、男と一緒だとデリクが嫉妬するかもしれませんから侍女をおすすめします」
「まあ!」
そう言ってユリアナは笑った。メリッサも笑っている。二週間どうなるか不安だが楽しく過ごせそうだとユリアナは思った。
「もう直ぐですよ。この回廊を抜けたらです」
そう言ったかと思うとヨーランが手を振り始めた。ヨーランの後ろを歩いていたユリアナがひょこっと顔を出してみると小さめの宮殿の前にフレデリクが立っているのが見えた。それだけで心がざわめく。ああ、側に来ることができた。嬉しくて心が弾むわ。駆け出しそうになる気持ちを押さえて一歩ずつ踏みしめるように歩いた。
そして王太子宮に着いた。
「ユリアナでございます。フレデリク様お久しぶりです。これからよろしくお願い致します」
よし、噛まずに言えたとユリアナは喜んだ。
「ようこそユリアナ。お義母様もようこそお越しくださいました。立ち話もなんですから中へどうぞ」
フレデリクに促され中へと入ると白亜の宮殿だった。小さめの宮殿といっても、隣の王宮に比べてなだけで、ガーナット王国にあった妃が住む邸のどの邸よりも大きかった。王妃の邸ですら大きいと思っていたがそれ以上の大きさだ。
派手な装飾はなく要所要所に生花が飾られている。両側にカーブを描くように階段があり、二階の中央へと繋がっていて、玄関は広い吹抜けになっていた。奥には扉がいくつかあるようで、二階へとまず案内された。
「どうぞ。ここは応接室です」
そう言って入った部屋も落ち着いた雰囲気の応接室で一目でユリアナは気に入った。木の素材を生かした家具に深い青色のソファーは座り心地が良かった。
「また会えて嬉しいよ。ユリアナ」
「私もです。フレデリク様」
二人でしばし見つめ合う。ゴホンと聞こえて二人は我に返った。
「いや、何だ、婚約はしたが書面だけだったから実際に会うまで不安だったんだ」
「私もです。舞踏会で言われたように本当に待っていて良いのか不安だったんです。実際に婚約のお話をいただいて実感はしたのですが、次は無事にインデスタ―王国に行けるか心配で。妹たちも迷惑をかけてしまって。申し訳ありません」
「気にするな。両親が楽しんでいるだけだ。ガーナット国王から急ぎの書簡が来て驚いたが、父上が、ただ追い返すだけでは禍根を残すから試験をしようと言い出してね。婚約者の変更はないが、納得して帰らせることにしたんだよ。
インデスタ―王国で楽しい思いもしたら気分も良くなるだろうしな」
「何から何まですみません。ガーナット王国を代表してお詫び申し上げます」
「良いから。そんなことは。ユリアナが僕の側に来てくれた、それだけで僕は満足だ。一緒に幸せになろうな」
ユリアナは赤い頬を手で押さえながらそのままお辞儀をした。
「よろしくお願い致します」
そんなユリアナの背をメリッサがポンと叩いた。ちゃんとしろということだろう。
「フレデリク王太子殿下。私の邸の手配までしていただいてありがとうございます。なんとお礼を言えば良いか」
「気にしないでください。ユリアナもその方が安心してこの国で暮らせるでしょうから。そう考えて準備させていただきました。
どんな邸が良いか希望もあったでしょうが、どうか僕から義母上への最初の贈り物だと思って使ってください」
「まあ。なんてありがたい素敵なことかしら。フレデリク王太子殿下には娘を選んでくださっただけでも感謝でいっぱいなのですが」
ユリアナが母の手を握る。
「義母上。親子になるのですから、名前だけで良いですよ。それに、僕を選んでくれたユリアナに僕も感謝しているんです」
「フレデリク様。母のことまで考えてくださりありがとうございます。このご恩は、」
「ご恩とかじゃないんだよ。僕たちは夫婦になる。そしてメリッサ様は僕の義母になる。だからユリアナを大切にするように義母上も大切にしたい。それだけだ」
「フレデリク様。娘をよろしくお願い致します」
母が深々と頭を下げた。
「僕こそ、お二人に嫌われないように良き夫、良き婿になります」
その言葉にユリアナは微笑んだ。本当にフレデリクと結婚できるのだとやっと自信を持てた。不安と緊張の中2カ月過ごし、やっとの思いで辿り着いた。これからの時間を大切にしたい。
「さて、ユリアナの部屋と、義母上の部屋へ案内しますよ。義母上の部屋は今日だけの部屋ではありません。いつ来て使ってもらっても構わないようにしてあります。お好きな時に遊びに来てください」
その言葉に母の目が真っ赤になった。涙を堪えているのだろう。ユリアナは思った。この人を信じて良かったと。
「こちらです」
一度一階に降り右手を行くと美しい彫刻が施された扉の前に着いた。
「この部屋からあちらの3つ目の扉までは客室で、この部屋も元は客室二部屋だったのを義母上用に一部屋に改装しました。
この部屋は客室ではないとわかるように扉も変えたんです。どうぞ」
そう言ってフレデリクが扉を開けてくれる。中は白を基調とした明るい部屋で、ベッドの他にソファーセット、クローゼットに浴室もある。家具類はシンプルながら優美な曲線で作られており、柔らかい印象を与えてくれた。
カーテンが開かれていて、庭の美しい花々を見ることもできる。
「こんな素敵な部屋を。ありがとうございます」
母が感激しているようだ。
「喜んでいただけたなら準備したかいがありました。お茶を運ばせますのでお付きの侍女の方と少しお休みになられてください。今夜はこちらにお泊りいただいて、明日は義母上の邸に案内しますよ。また後で来ますね」
「ええ、フレデリク様。本当にありがとうございます」
その言葉にフレデリクは微笑んだ。
母の部屋を出て二人きりになるとフレデリクがそっと手を繋いできた。ユリアナはその手に力を込める。無言で二階へ行くと扉の前でフレデリクが止まった。
「ここが今日からユリアナの部屋だ。気に入ってもらえたら嬉しい。気に入らなければ気に入るまで改装するから言って欲しい」
真剣な目でそう言うフレデリクがおかしくて笑うと笑い返してくれた。
フレデリクが扉を開けてくれて中に入ると母と同じ白を基調にした部屋だが、ところどころに淡い水色が入っている。腰板だったり、ベッドの天蓋もソファーも淡い水色だ。
その他の家具は白たが、クローゼットルームや浴室に続く扉も淡い水色で、とことなく空を思い浮かべた。
「気に入った?」
そう問うフレデリクにユリアナは頷いた。
「空の中に浮かんでいるみたいで素敵です」
「そうか!そのつもりで改装したんだ。良かった。ユリアナの髪をイメージした。ユリアナは春の青空のような髪だからな。だが壁も家具も全部となるとユリアナのイメージではなくなるからこうした」
そう言って笑うフレデリクは嬉しそうに爽やかな笑みを浮かべた。それを見たユリアナはぽっと頬が染まるのを感じた。
じゃあ次はこっちだと手を引かれユリアナの部屋の奥にあった扉を開けるとそこは広い部屋だった。先程の応接室が飴色の木を使っていたのとは違って、ダークブラウンの家具で統一されていて、ソファーは三人は余裕で座れそうな大きなものが向かい合って置かれていた。書棚もあって窓辺にはちょっとした仕事や勉強ができそうなテーブルセットもあった。
「ここは二人の談話室だ。あっちの扉を開けると僕の寝室だ」
そう言いながら口元を手で覆いながら顔をそむけるフレデリクの頬が赤い。そうか、全て合わせて夫婦の部屋ということか。そう思うとじわじわとフレデリクの妻になる実感が湧いてきて、繋いだ手から熱が這い上がってくるように感じた。
「コホン」
と聞こえ談話室の扉の方を見ると若い女性が二人立っていた。
「すまない。忘れていた」
「忘れないでください」
「いえ、忘れてそのままいちゃついても気にしませんよ」
「おまえたちこの二か月で随分失礼な口調になったな」
「そんなことはございません。ただ私が働き始めた頃の殿下とかなり印象が変わったのは事実です」
「そうですね。そんな風な殿下にしていただいたユリアナ様には感謝の気持ちと心を込めてお仕え致します」
「はあ。ユリアナ。この二人はユリアナ専属侍女だ。右からマーヤ、エレンだ」
「ユリアナ様。マーヤでございます。まだ至らない面が多数あるかと存じますがご不便をおかけしないよう懸命に努めさせていただきます」
「エレンでございます。ユリアナ様に信頼していただける侍女となる為懸命に努めさせていただきます」
二人が挨拶をする。
「ユリアナです。よろしくお願いします。わからないことだらけで迷惑をかけるかと思うけどよろしくね」
「「はい!」」
「何でユリアナにはきちんとしているんだよ」
「私たちは殿下からユリアナ様を守る為に存在しているのです」
「え?フレデリク様は私を大切にしてくださるわ」
「いいえ。もう本当に、ご結婚までは鍵を閉めてお眠りください。いつ不法侵入してくるかわかりませんから」
ユリアナは想像してまた顔が赤くなった。
「まあ、なんて可愛らしい!!お仕えできるなんて光栄です!邪な手からお守りしますね」
「僕だって自制心くらいあるんだよ」
二人が白い目でフレデリクを見ている。
「ユリアナ様の部屋の改装が終わってから、毎日ユリアナ様の部屋でユリアナ様のことを想像してお酒を飲むような方を信用できるわけがございません!」
「そうです!もはや気味が悪いほどです!愛情表現がおかしいのです!」
「おまえらなあ。いや、まあ、早く来ないかなあと待っていたんだ」
「嬉しいです。そんなに思っていただいて」
「そうか。まあそう言ってくれるなら。ところで、この二人は元々王宮で母上の侍女をしていたんだ。ユリアナが輿入れするにあたって、王宮に慣れていて若い侍女が欲しいと頼んで母上に譲ってもらった。だからベテランではないが、ちゃんと侍女教育を受けてきた優秀な二人だから何でも頼ると良い」
「まあ、優秀だとは認めていただけているのですね」
「口だけはこんなだがな。ユリアナを頼んだぞ」
「かしこまりました」
「お任せください」
楽しい生活がおくれそうだとユリアナは笑った。その顔を見てまたマーヤたちがはしゃぐ。ユリアナが来たことを喜んでくれいているのかと思うと嬉しくてフレデリクを見上げた。
「来てくれてありがとう。ユリアナ」
「私もフレデリク様のお側に来られて幸せです」
「そうか。じゃあ、とりあえず、他の部屋の案内もしよう」
そう言ってフレデリクが二階を案内してくれる。フレデリクの実際の執務室は王城にあるが、忙しくて夜も仕事をしたい時に使うらしい書斎、書庫、そして広いルーフバルコニーがある。親しい人とお茶会をしたい時はここを使うと庭が良く見えて良いと勧められた。その他にもいくつか部屋があり、それは子どもが生まれたら使う部屋だと言われて、ユリアナは自分とフレデリクの子どもを想像して幸せな気持ちに満たされた。
「食堂と使用人部屋は一階にあるから。後は、王太子宮の切り盛りは結婚後ユリアナに任せる。今は僕が一応しているんだが」
「はい。わかりました」
「よし、じゃあ義母上のところに戻ろう。お茶を準備してくれ」
そうエレンたちにフレデリクが伝えると二人で母の部屋に行った。
「お母様。とても素敵な部屋をいただきました」
「良かったわね。私は今美味しいお茶をいただいていたところよ。この部屋は庭が綺麗で良いわ。そこから庭に出ることもできるのよ」
ユリアナは母が嬉しそうに話す姿にやっと穏やかに過ごせると思うと涙が出そうになった。
「ユリアナ、どうかした?」
フレデリクが聞いてくる。
「いいえ。何も。フレデリク様がたくさん幸せをくれるなあと思っていたのです」
「そうか。そう思ってもらえたなら良かった」
それから三人でお茶を飲みながら、これからの日程について説明を受けた。ウェディングドレスの作成に来週から入ること。ブーケやティアラのデザインも決めなければならないし、もちろん王太子妃教育もある。
母は明日の朝食後にフレデリクが準備した邸に行き新しい生活を始める。荷解きはまだらしい。使いたい部屋を母が選んでからそこに片づけるそうだ。選ぶほど部屋があるのかと母が驚いていたが、王太子宮よりずっと小さいと思いますよと言われて納得していた。
晩餐は王宮で行われた。国王陛下と王妃殿下、マレーナ王女殿下にそしてユリアナたち三人を加えた六人での晩餐会となった。
ころころと笑う王妃殿下の話は楽しく、マレーナはしきりにユリアナに話しかけてきて陛下も穏やかに話に加わり、始めは緊張していたユリアナだったがそんな緊張もほぐれ、母と共に楽しい晩餐を過ごすことができた。
料理も美味しく、もちろん母が毒見をする必要もない。安心して口を付けられるのだ。母は今までどれだけ身を削る思いで食事を口にしていたのかと思うと、感謝という言葉では収まり切れないものが溢れて来て途中涙を堪えるのに必死になった。
談話室へ移動しお互いの国の話をしながら過ごした時間はあっという間で眠る時間になりそれぞれの部屋へと向かった。
王太子宮に入り母と別れ二階の階段を上ったところでフレデリクが話しかけてきた。
「もう少し話をしよう」
ユリアナはそれに頷くと夫婦の談話室へと入った。フレデリクがエレンたちを下がらせ二人だけの時間になった。そして隣り合って座るとフレデリクがそっとユリアナの左手を持ち上げた。
「面倒なことになったが、二週間経ったらこの指に合う指輪を一緒に選びに行こう。宝石商にきてもらうのも良いが、見て歩くのも楽しいだろ?」
そう言って薬指に口付けをしてきた。
「はい。王都の案内もお願いできますか?」
「もちろんだ。初めてのデートだな」
そう言って笑うフレデリクの紫の瞳に吸い寄せられる。こんな素敵な目の人を見たことがない。その美しい瞳の中に自分を見つけユリアナの胸が跳ね上がった。そしてその瞳が段々近づいてくるのに気付き、ユリアナはそっと目を閉じた。
唇に触れるだけの口付けを何度もついばむようにフレデリクはしてきて、しばらくすると顔中に口付けをされた。リップ音が聞こえユリアナは何だか恥ずかしいと思いながらその口付けを受け止める。
何度も口付けられいつの間にかフレデリクの手は腰に回されていた。そして次第に大胆になったフレデリクはユリアナの口を舌でこじ開け、その舌をユリアナの舌に絡ませてきた。ユリアナはそれにされるがままフレデリクの胸元の服を掴んだ。
「う、うん・・・」
長い口付けにユリアナの頭がぼうっとしてきて、胸元を掴んでいた手はもはや縋るように片手がフレデリクの肩を掴む。
「あっ、うん・・・」
フレデリクの手はユリアナの背中から腰を何度も撫でていた。その手の大きさにユリアナの心は震えた。父親とは違う男性の手を感じ、そこからじわじわと熱が生まれてくる。そして片手がユリアナの前に回り、柔らかい膨らみに触れた瞬間ユリアナはフレデリクの胸をそっと押した。
ゆっくりと唇が離れる。
「これ以上はまだダメです。結婚してからです」
潤んだ瞳で見上げるとフレデリクの熱い視線がユリアナに注いでいた。
「すまない。ここまでするつもりはなかったんだが、見つめられて本物のユリアナだと思ったら我を忘れた」
ユリアナは上がった息を落ち着けようと息を整えた。
「謝らないでください。ここまでなら大丈夫です。私も嬉しいですし」
そっとフレデリクの銀色の髪を撫でるとその手を取られて抱きしめられ、もう一度口付けが再開された。
二度目の長い口付けでユリアナの頭はフラフラになりそうになり、やっと終わったと思ったら両手を握られフレデリクが見つめてきた。
「ユリアナが言ったんだから責任は取ってもらわないと。毎日口付けするから必ず夜はここで過ごそう」
その言葉にユリアナは頷いた。