新しい場所へ旅立つ王女とそれを阻止する王女たち
「良い天気になって良かったわ。船旅もまだ良い時期だし、気持ち良く旅ができそうね」
そう言ったのは母メリッサだ。
いよいよ今日城を旅立つ。荷物はある程度先にもうインデスタ―王国に送った。残したのは最低限必要な衣類と自分の手で持って行きたい大切な物だけ。
船はガーナット王国の船に乗る。王家の紋入りの馬車も乗せている。インデスタ―王国の港に着けば、そこはもう王都だと聞いている。インデスター王国の城まで送ってもらい荷物を下ろしたらいよいよ謁見だ。
ユリアナの心は踊っていた。やっと母と二人、自由になれる。母が苦労しているのは知っていた。母は気付いていないと思っているようだが、ユリアナだってそれくらい気付くのだ。急いで何かを掘り起こしている母の顔は真っ青だった。それを燃やした灰を深い穴に埋めてやっと落ち着いたという顔をしていたのを覚えている。あれは美しい小さな花だった。ユリアナが綺麗だと言って母に見せると調べてみようとなり、そしてユリアナが居眠りをしていると思っている母が慌てて掘り起こしたのだ。実際は直ぐに目覚めてそんな母を見ていたのだが。
母が心穏やかに暮らせるようにユリアナが王太子妃として頑張る。フレデリクと結婚できるのも嬉しいが、一緒に母を安全な場所に連れて行けることも嬉しいのだ。
母はこれまでの間に二回実家の姉の元へ行き別れを告げて来た。伯母も邸に来てくれた。妹が側妃ではなくなるのは全く構わないと伯母は言って、それより姪がインデスタ―王国の王太子妃の方が良いと笑った。父と離婚した母は今は実家の姓を使っている。
伯母にはたまに会いに行くからと言われた。会いに来いではなく会いに来てくれる。なんて嬉しい言葉だろうか。ユリアナは伯母が大好きだ。
王宮前に迎えの馬車が来て、ユリアナとメリッサを見送りに父が来ていた。他の王族の姿はない。
「元気で暮らせ。手紙を書け。大切にしてもらえ。ユリアナ、おまえはインデスタ―王国の王族になる。インデスタ―王国の国民を愛しなさい。そして時折父を思い出してくれ」
父のユリアナを抱きしめる腕に力がこもる。
「はい、お父様。お父様の娘として精一杯努めます」
「メリッサ。頼んだぞ」
「はい。かしこまりました。陛下もお体に気を付けてください」
「ああ、おまえたちもな」
ユリアナたちは馬車に乗り込むと父に手を振った。新しい生活の始まりだ。次に父に会えるのはいつだろうか?結婚式には来られるだろうか?忙しい父に代わり義兄夫婦かもしれない。
でもきっとまたいつか会える。そう信じてユリアナは前を向いた。
馬車は港のある領地に到着し、ここで一晩泊まり明日の朝出航する。だいたい12日の旅だ。ガーナット王国所有の大きな船だが、初めて乗るので船酔いしないか心配だ。
「さあ。明日は朝早くに出港だから寝ましょう」
母に言われて一緒の部屋でベッドに横になった。
「ねえお母様。本当にお父様と離れて暮らして平気?」
「何よ急に。平気よ。どこでだって愛することができるもの。気持ちは変わらないわ」
「そう。寂しくない?」
「寂しくないわ。あなたがいるもの。そのうち子どもが生まれたら時々遊びに行かせてね」
「もちろんよ。私もたくさんお母様のところに遊びに行くから」
「何を言っているの。ちゃんと仕事をしてからよ。王太子妃って大変なんだから」
「わかってるわ。どんな邸を準備してくださったのかしら?小さな邸というけど、メイドもいるのよね?安心だわ」
「そうねえ。今までより少し大きいくらいじゃないかしら?利便性を考えるとそのくらいね」
「ふふふ。楽しくなってきたわ。お父様には申し訳ないけど、お母様が一緒で良かったと思ってる」
「ありがとう、ユリアナ」
そうやって話しているうちに眠りについていた。
朝目が覚めると今日も快晴だった。準備をすると三人で迎えの馬車に乗り込む。船の前で馬車から降りると船を見上げた。
「大きな船ね。初めて見たわ」
馬車は貨物の場所に移動してもらい、ユリアナたちは船に乗り込んだ。海風が気持ちいい。
「お母様。海って大きいのね」
「本当ね。ユリアナ、皆が手を降っているわ」
見てみると、近隣の住人たちか、数十名がユリアナに手を降っている。
国民に今回の結婚が知らされた後も、公務を続けていたユリアナは何処に行ってもとても寂しがられた。しかし、それ以上に祝福もされた。
見送りに来た人々にユリアナとメリッサが手を振る。歓声が上がりおめでとうございますという声が聞こえた。
更にそれに応えるように手を振っている間に船は出港した。そしてどんどん岸から離れて行く。
これでもう、後戻りはできない。もちろんするつもりはないが、これから向かうインデスター王国へと思いを馳せた。
「海風が強くなってきたわね。風邪をひくといけないから中に入りましょう」
メリッサに促され船室へと入った。船室は広く、広々としたダイニングの他にいくつも部屋があるようだった。
二人はまず自分たちの部屋が手前の部屋だと聞いていたから、そこに荷物を置くとダイニングに戻り、アレッタが淹れてくれたお茶を飲んだ。
そこに朝食が出てきた。もう自分たちが作る必要はない。それでもまずはメリッサが口にした。うなずく母に感謝し食べ始める。
スープとパンとサラダにローストチキンだ。それらをゆっくりと三人で味わった。
母が退宮の挨拶をしに各邸を回り帰ってきた時に言っていた。全員が悲しむ言葉を口にしながら内心喜んでいるようだったと。
ラウラの母は安心したようだったとも言っていた。
いずれの事件も犯人の特定ができなかった。それは何故か。父も母もユリアナもわかっている。
王妃も含め、他の妃全員が全ての事件でなんらかしらの形で関わっている共謀犯なのだ。だから目撃情報はなく、痕跡もない。だからあやふやなことになる。
全員でかばい合い、時には策を練り、メリッサ一家を除外しようとしていたのだろう。
特に王妃の指示があったと思う。母が流産した時も王妃のお茶会だった。誰も目撃せず痕跡もない方が逆に怪しいのだ。全員でそれぞれの役目を担ったに違いない。しかし、それは憶測で、証拠も何も無い為に追及できなかったのだ。誰もが犯人で誰もが犯人ではないことになっている。
その後の事件も同じだろう。不審者が入れない場所で起これば、中の人間しか犯人はいないのだ。しかし誰も何も目撃していないし、証拠もない。同じことの繰り返しだったのだ。
だけどもう、そんな苦しみからは解放された。あの人たちはいないのだ。それだけで母が楽になる。
「このサラダ美味しいわね。船旅なんて料理を期待してなかったんたけど」
ユリアナがそう言うとメリッサは笑った。
「サラダは今の内楽しんでおきなさいな。しばらくすると生の野菜は食べられなくなるから」
「あ、そうかあ。長持ちしないから今だけね」
そう言ってユリアナも笑った。
素晴らしいことにデザートも出てきた。しかも朝からケーキである。さすかにケーキは自分たちで作れず、たまにアレッタが買いに行ってくれた。フォークを刺すと甘い香りが広がり幸せな気分になる。
のんびり三人でダイニングで過ごしてこれからについて語り合う。母とアレッタは、ユリアナが結婚して落ち着いたらインデスター王国を旅するのだと言っていて、羨ましくて付いていきたいと思わず駄々をこねた。
母からお叱りを受け冗談よ、と言ったがあながち冗談でもない。本当に羨ましく思ったのだが、それを察した母に、フレデリク様に連れて行ってもらうようにと言われて、ユリアナは頬を染め頼んでみると呟いた。
のんびり過ごしながら変わらない外の風景を丸い窓から見る。護衛の近衛騎士たちはこの下の階にある船室にいるらしい。あちらものんびりしたものだ。この中には害をなすものは誰もいない。
船内を探検していたアレッタが戻って来た。
「あちらに談話室がありましたのでお寛ぎしやすいかと思います」
「あらそういったものもあるのね。お母様移動しましょう」
三人で談話室に移動すると確かに柔らかいソファーにクッション。寛ぎやすい部屋になっていた。
「私は刺繍でもしようかしら」
母が言うのにユリアナは自分は勉強をしようとそれぞれ部屋に取りに行き戻って来る。
「勉強は捗っている?」
「ええ。会話は他国の要人と会話しても問題ないくらいになったわ。地理も勉強したし。今は各地の特産品とか、工芸品。あちらでも半年勉強するのだから、貴族名鑑とかも借りて後からそういったは勉強するわ」
「そうね。短期間でそれだけできたなら、半年かからず勉強は終えるかもしれないわね。でも油断したらダメよ。いつ足元を掬われるかわからない世界だから」
「はい。お母様を安心させたいし、私頑張るわ」
アレッタも刺繍を始め、三人での静かな時間が続く。時折ユリアナが本のページをめくる音がするくらいで海は穏やかなようだ。
長いようで短い二か月だった。やることがたくさんあってあっという間に過ぎた。母も同じだろう。母の公務も多い。全てに区切りをつけて退宮する為の準備をした。そして荷物の準備。ユリアナのものはほとんどが王太子宮に、一部はメリッサの邸に。メリッサとアレッタのものは新しい邸に送った。
それが意外と大変だったのだ。父がたくさんの贈り物をこっそり贈ってくれるので物置やクローゼットは実は溢れそうなほどだったのだ。だからと言って大きな邸に移るつもりはなかった。いらない詮索をされるから。
あの邸には何一つ荷物は残っていない。元々あった家具類だけだ。自分たちも元々あった家具を使っていて新しいものは増やさなかったので問題ない。使っていた調理器具も食器類も箱に入れて今一緒に持ってきていて、このまま母の住む邸に運ばれる。
何故何も残さないか。それは簡単な理由だ。邸を出る直前に王宮担当の役人たちに全て元の形に戻したことを確認させ、何も残っていないことも確認させたのだ。それこそ、クローゼットも、ベッドサイドの棚の引き出しも確認させた。これで後から何か仕込まれて、母の自作自演だったなどと言われることはない。
ユリアナのたくさんの宝飾品はほとんどをメリッサの邸に預けることにした。それほどたくさんあるのだ。王太子宮に送ったのは父からもらったもので特に気に入っているものだけ。ドレスはたくさん作って送った。
今ユリアナの鞄に入っているのはフレデリクから贈られた宝飾品だ。これはずっと側に置いておきたかったのだ。
そうこうしているうちに昼食の時間になった。三人でダイニングに移動するとスープとパン、サラダに白身魚のソテーが出てきた。ハーブとバターの良い香りがしてくる。
「美味しい。でも白身魚のソテーならお母様の方が上手だわ」
最後の方は小声でいったユリアナにメリッサは困った顔をした。
「そんなこと言ってないで、昼からも勉強をするならしっかり食べなさい」
そうやってゆっくり食事をしている時だった。
ダイニングの扉がバーンと開きそちらを見るとなんとフランカとラウラが立っていた。
「何をしているの!!」
思わずユリアナが立ち上がり声を上げた。
「ユリアナだけが王太子妃になるなんておかしいから付いてきたのよ!」
フランカが言う。
「どうやって船に乗ったのよ!お父様は知っているの?!」
「バカね。あなたたちより先に来て出港を管理している人に姉を見送りに一緒に行くんだと言ったら簡単に乗せてくれたわ。船室の奥の部屋で今まで隠れていたの。これでもうインデスタ―王国へ向かうしかない距離まで来たから出て来たのよ」
「そうじゃないわ!お父様は知っているのって聞いてるの!」
「知っているわけないじゃない!」
「黙って出て来たの?なんてことを!」
「お母様には言って来たわ。きっともう一度会えばユリアナじゃなく私を選ぶだろうって」
フランカが言う。
「私もよ。お母様には止められたけど説得して最終的に行かせてくれたわ」
ラウラが自信満々に言っているがその間の公務はどうするのだ。しかも父は知らないのだ。このまま一緒に行けば国家間で大問題になる。
「何を言っているの?インデスタ―王国に着いたらそのまま戻りなさい!」
「姉ぶるなって言っているでしょ!そもそもユリアナが選ばれたのが間違いなの!インデスタ―王国に着いたらそこが王都なんでしょ?そのまま謁見するなら私たちも行くわよ!」
「ダメよ!国家間で大問題になるわ!」
「ならないわよ。美しい王女が二人もやってきて、王太子殿下に好きなのを選んでねっていうくらいなんてことないわ」
「そうよ。私たち決めたのよ。どちらが選ばれても恨みっこなしって」
「そういう問題じゃないの。もう私の荷物は王太子宮に送られていて、私が王太子妃になる為の準備がインデスタ―王国でも進んでいるの。これは国家間で決まったことなの。あなたたちは帰りなさい。この間の公務はどうしたの?」
「だから姉ぶるなって言っているでしょ?公務なんて私にはほとんどないわよ。だからちょっとくらいサボってもお母様が代わりにやるわ。それにこのままインデスタ―王国に残ることになるかもしれないし」
「そうよ。公務なんてやれる人間がやれば良いのよ。たくさん兄弟がいるから助かるわね、こんな時。それに私が残ることになるかもしれないし。平気よ」
「そんなわけないじゃない!何度も言ったでしょ?これはお父様が外交問題として決めたことなの。変更なんてないって」
「あら、でも王太子が私が良いって言えば変わるわよ。それとも何?私たちが行けば自分がなれないからって焦っているの?」
「そうじゃないわ!インデスタ―王国とガーナット王国で決められたことが覆ることはないってこと。きちんとした書面も交わしているの」
「だけど王太子が変更を決めたらインデスタ―国王もお父様に言って変更してくれるわよ」
「そんな簡単な問題じゃないの!」
「煩いわね。自分が選ばれないから焦っているだけじゃない。ユリアナは国に戻って国民の為にその王家の色で公務に勤しめばいいわ!」
それまで黙って聞いていた母が立ち上がった。
「あなたたち、ここは船の上よ。予め乗る人数が決まっていて、それに合わせて料理人は食材を手配しているの。あなたたち二人が急に増えたことでどうなるかわかっている?
今ある食材を二人に分けながら過ごすしかないの。どんな料理が出てきても文句を言わず食べられるの?ここではあなたたちが食べていたような豪華な食事は出て来ないわよ」
「ちょっとずつ分けてくれればいいじゃない。護衛騎士もいるんだし。全体から少しずつ私たち渡せば良いだけだわ」
「それが王家の人間として考えることかしら?私たちを護衛している近衛騎士たちにちゃんと食事もさせず、勝手に入り込んだ王女二人の分の為に、食事量を我慢して欲しいなんて王族として恥ずかしくないの?」
いつも黙って聞いているだけだった母が珍しく本気で怒っている。確かに食事の問題は大きい。作る料理人も予定より多い人間の分の料理を作るのだ。
「は、恥ずかしくないわ!大丈夫、ちょっとくらい食事量が減ったって船ではこんなもんかなと思うくらいよ」
フランカが信じられないことを言って反論している。
「そう、あなたたちの考え方はわかったわ。陛下に伝えておくわね」
「何よ!私たちをそれで脅そうと思っているなら無理よ!だってあなたはもう側妃でもなんでもないただの子爵家の当主の妹じゃない!」
「そうよ。ただの子爵家の人間!王族の私たちに何か言える立場ではないわ!お父様とだって離婚したのに連絡するとか未練がましくて恥ずかしいこと止めなさいよ!」
母が深い溜息をついた。
「陛下にはユリアナに起こったことを全て報告することになっているの。私は臣下として陛下に連絡するのよ。とにかくこの船に乗ってしまったからにはもう戻れないわ。今戻れば謁見の日程に間に合わなくなるから。あなたたちのことはインデスタ―王国で考えます。どの部屋にいたか知らないけど、部屋に戻りなさいな」
「何よ!自分たちだって食事をしているんだから私たちにも食事を出してもらってよ」
「生憎だけど私たちがこの船で指示を出す権利があるの。あなたたちの分は部屋に運ばせるわ。いない人間がいたのだもの直ぐにできるわけないでしょ。説明してくるからさっさと出て行きなさい」
「何よ!臣下なら臣下らしくその食事を差し出すくらいしなさいよ!」
「人の食べかけの料理を食べるなんてそれこそ王女としてあるまじき姿だと思わない?とにかく出て行きなさい」
メリッサの強い言葉で二人は渋々ダイニングを出て行った。
「はあ。どうしようかしら?」
母が頭を悩ませている。まさかここまでするとはユリアナも思わなかった。毎日邸にやって来て言うだけ言って去って行った後に、ユリアナたちは急いで荷物を箱に詰めるのを繰り返していた。
ユリアナはその間も公務をしていたが、あの二人には公務はなかったのだろうか?それとも敢えて断ってユリアナに嫌がらせをしに来ていたのかと思っていたが、公務に対してあんな考え方では碌に仕事をしてはいなかったのかもしれない。それこそ断れない遠くへの視察などは行っていたのだろうが、王都で細々とある公務はやっていなかったのだろう。1年の間にそう何回も遠くへの視察はない。何故なら義兄たちが先にやることになるから、あの二人には少ししか回ってこないのだろう。
それにしたって、船にこっそり乗るとは呆れたものである。
「ちょっと厨房に行ってくるわ。あなたはこのまま食事をしていて。アレッタはユリアナから離れないで。何をされるかわからないわ。ユリアナ。船室から絶対に出てはダメよ。あなたが行って良い場所はこのダイニングと部屋と談話室だけ。一緒にあの子たちと食事をしてはいけない。わかったわね」
「はい。わかりました」
真剣な顔で言う母から気迫を感じた。母の言葉を反芻する。船室から出るなと言ったのは、きっと不慮の事故で海に落ちない為ねきっと。一緒に食事をしないのも何か毒を盛られることを考えているのだろう。ユリアナを排除すれば自分が繰り上げで王太子になれる、などと馬鹿なことを考えていてもおかしくはない。何故ならあの妃たちの娘なのだから。こうなっては船の中も安全か疑わしい。
これからの数日のことを考えユリアナは憂鬱になった。楽しい旅路のはずだった。三人で楽しく時間を過ごせると。ようやく手に入れた安全を壊されたことにユリアナは段々怒りが増してきた。母をまた苦しめている。そんな二人に許せない思いが膨らんだ。お父様には確実に連絡して何らかの措置を取ってもらう。ユリアナはそう決意した。
船の中での生活は一変した。ダイニングで食事をしたいという二人を近衛騎士が阻止している状態だ。そして結果、食事は二人が隠れて使っていた船室に運ばれる、というのを繰り返している。船にはいざという時の為に日持ちのする食材はたくさん実は乗っている。小麦粉や乾燥肉等だ。だから大きな問題ではないが、それを知られることなくあなたたちのせいで食事量が減ったという風に話を持って行くことにしたのだ。これには護衛に付いてきた近衛騎士の副団長も同意した。
その為、二人の料理は玉ねぎだけ入ったスープとパン、それに干し肉を出している。母が情けをかける必要ないと言ったのだ。船の乗組員たちは船を動かすために体を使っているのでしっかり食べさせたい。もちろん近衛騎士も。自分たちをあの二人から守ってもらっているのだ。
だから勝手に何も考えず乗り込んだ二人にはいざという時の食糧から作って出せば良いと。もちろんパンは焼き立てだし、スープもたっぷり入った玉ねぎが美味しいそうだ。
ユリアナたちはまだ新鮮なサラダが食べらる間は食べ、料理長が釣好きで、時間のある時に厨房から出て釣をして釣り上げた魚を捌いて出してくれたりもした。
問題は談話室にいる時だ。近衛騎士にもそれは止めなくて良いと母が言ったのだ。ダイニングも一緒に使わせず、談話室もとなると何をしでかすかわかったものではないくらい一日目に暴れたので、ダイニング以外は好きにさせている。もちろん厨房への鍵はかけられ、食料保管庫の鍵もかけられているので誰も入れない。
だから談話室だけは入っても良いことにした。ユリアナたちの部屋は出る時に鍵をかけることもできるので安心だ。
そして今日も談話室で三人でいるところに二人がやって来た。
「スープとパンはそこそこ美味しいけど干し肉って固いのよ。いつインデスタ―王国に着くのかしら?真っ先に美味しいデザートが食べたいわ」
「ダメよ、ユリアナに付いて行って謁見してからよ。だからその後よ。でもインデスタ―王国でもてなしてもらえるのならきっと美味しい料理が出て来るわよ。
将来の王太子妃が来ているのですもの。喜んで迎えてくれるわ」
「フレデリク王太子殿下もきっと気が変わって私を選ぶわ」
「何よ!選ばれるのは私よ!」
聞いているユリアナは悲しい気持ちになった。この二人はフレデリクのことを何だと思っているのか?もちろん政略結婚になるが、フレデリクの心がそこにはちゃんとあったのだ。ユリアナを愛しいと思ってくれている心が。
そんなフレデリクの王太子という部分しか見ていない二人に、勝手に自分が選ばれるとか言い出され、フレデリクの気持ちを軽んじているように感じ、また、ガーナット王国としてはこのような事態を招いたことに謝罪をするしかない状況で申し訳ない気持ちで一杯だ。。港から大人しく帰ってくれれば何も問題ないのに、二人は付いてくる気なのだ。そして自分こそが選ばれると考えている。
そんな簡単なもので国家間で決め事はしないのに。母もアレッタも呆れかえっているようだ。
「ちょっと、ユリアナ、そんなもの読んでも無駄よ。選ばれるのは、わ・た・し」
フランカが言って来る。そう思うならちょっとはインデスタ―王国の勉強をすれば良いのに。王太子妃になりたければそれ相応の知識が必要なのだ。ただ笑って国民に手を振るのが仕事ではない。王太子妃になれば他国へフレデリクと一緒に行って外交関係を構築しなくてはならないかもしれないし、いずれ王妃になるのであれば、国母となり国民に尽くさなければならない。
「なりたいなら勉強くらいしたら?私は遊びに行くのではないの。結婚前に王太子妃教育を受けるために早めに行くの。だから私はその前の予習としてインデスタ―王国についての勉強をしているだけ。私が王太子妃になるんだからやって当然のことよ」
言ってやった。ついにはっきりとなるのは私と言ったのだ。今まで完全に言い返すことはできなかった。けれど今回ばかりはもう許さないと決めたのだ。徹底的に戦うと。
「な、何よ急に。無駄な勉強なんて止めて昼寝でもしてなさいな。起こす時はインデスタ―王国からこの船が出港する時よ」
「そうよ、ユリアナを船から下ろさなければ良いのよ。そうしたら二人で王城に行けるじゃない!」
「そうね!名案ね!」
「何を言っているの?私が行かなければインデスタ―王国が不審に思うわよ。それに迎えの護衛も来てくれることになっているの。ガーナット王国からも護衛が付くけど、道案内も兼ねてわざわざ来てくれるの。あなたたちは護衛たちに何て言うつもり?」
「そ、それは。ユリアナが急病とか」
「だったら書簡を送って延期してもらえばいいだけよ」
「何よ!自分がちょっと有利だからって。もう良いわ。行きましょう。むかむかする」
やっと二人が出て行った。静かな部屋に沈黙が落ちる。
「あの子たちの母親は今頃とっくに陛下に怒られているわね。きっと連れ戻すための人員も割かれているわ。もう一艘の船も準備して出港しているかもしれないし、どれだけたくさんの人たちに迷惑をかけているか本当にわかっているのかしら?」
母が静かに誰ともなく問いかける。
「きっとお父様はお怒りね。こんなことをしでかして。いついないことに気付かれたかだけど、港まで王家の馬車で来たなら、きっと見送りに来たと言ったはずなのよ。それが戻らず実は一緒に乗って行ったとわかった瞬間、御者も護衛も慌てて王城に引き返したでしょうね。だから直ぐに知られていると思うけど」
「馬鹿なことをしたものね。王族としての自覚に欠けているわ。まあどうなるか見物ね」
母の言葉にユリアナは頷き勉強を再開した。