婚約を申し込んだ王太子と婚約の申し込みを受けた第一王女
「無事に直ぐ通って良かったよ。これで正式に申し込める」
意気揚々と言ったのはインデスタ―王国の王太子フレデリクだ。ガーナット王国から帰国して直ぐに議会を招集して開き、陛下の御前で王太子妃に、ガーナット王国の第一王女を迎えたいという議案を提出して、満場一致で決まったところだ。しかもフレデリクが付属で付けた希望通りの案で。
「オレとしても一安心だよ。ガーナット王国からの帰りの船でずっと早く結婚したいって言ってたしさ。これで揉めて長引いたり、通らなかったりしたらおまえがキレるんじゃねえかってこう見えて心配してたんだよ」
そう言ったのは、王太子に対して城内でこんな話し方ができる数少ない人間ヨーランだ。護衛の近衛騎士ヨーランは乳兄弟で、乳飲み子の頃から知っている為遠慮がない。もちろん信頼もしている。
「一応王太子だからキレたりしないって。粛々と話を再度進めるだけだ。議案なんて何回出したって構わないからな」
「はいはい。これで愛しい王女に婚約を申し込めるな。おめでとうございます、と一応先に言っておくよ。せいぜい断りの返事が来ないよう祈っててやるよ」
「怖いこと言うなって。その可能性はあるんだから。相手は完璧な王家の色を持つ王女だぞ。そう簡単にガーナット国王が手放してくれるかわらない。ちょっと、次は緊張して来たな。別の意味で。兎に角断られないように祈るしかないな」
既に婚約の申し入れ書はほぼ完成している。議会で決まれば陛下にサインをもらってインデスタ―王国の印、金璽を押すだけだ。直ぐに父の元へ行かなくては。少しずつ執務室へ向かう足取りが早くなる。
議会を招集している間にユリアナに贈る宝飾品は選び終わって、申し入れ書と共に送るだけとなっている。
繊細な編み込みをした金の紐のペンダントで、ペンダントトップは金の台座にアメジストを埋め込んであるものと、先日会った時にカチューシャをつけていたので、蔦薔薇をモチーフにした太めの金のカチューシャに、小さなアメジストの薔薇が散りばめられているもの、更に、5ミリ程の留め金式の金のブレスレットで外側になる部分にダイヤとアメジストが交互に付けられているものを選んだ。
全部にフレデリクの色のアメジストが使われていて露骨過ぎるとヨーランに言われたが、知ったことではない。贈りたい物を贈りたいだけ贈るのだ。それに贈ると約束したのでまだ足りないくらいだと実は思っている。本当は指輪を贈りたかったが、最初に贈る指輪はやはり結婚指輪が良いかと思い止めた。一緒に選んだ方が楽しそうだと思ったのだ。
あの白くて細い指に自分が指輪を嵌める瞬間を想像してしまい、そんな自分をどうかしているなとフレデリクは思った。冷静沈着で浮ついたところのないフレデリクが浮ついているのに、宮の侍従や侍女たちが面白そうに見ているのに気付いていた。自分でも端から見ると面白いと思ってしまう。
こんな風に自分がなるとは思いもしなかった。
常に冷静で、仕事や知り合いに社交辞令として仕事のつもりで笑うか、親しい友人といる時以外で笑うことはない。そんな生活をしてきたのだ。厳しい帝王学に剣術、体術。多言語話せるようにも勉強した。
他国へ行った時に相手が本当に何と言っているのか理解するには、その国の言葉を覚えるしかない。通訳ではわからないニュアンスがあるのだ。しかも他国の舞踏会などに行けば、その国の貴族たちが、自分たちのことをどう思っているか話しているのが耳に入ると理解することができる。
相手に侮られないようにするには自ら先に相手を知った方が早い。言葉を理解しているとわかれば会談中余計なことを呟くこともできないからだ。小さな言葉も聞き漏らさない。
王太子として生きる道しかないならば、それを受け入れ期待以上のことをしたいとフレデリクは思っている。そしてその横にいて欲しい女性をついに見つけた。絶対にユリアナと結婚してみせる。
強い意思を持って真摯に伝えれば相手もわかってくれると信じている。
フレデリクはユリアナの母にも贈り物をと考えて選んである。普段使いにと細い金の鎖に金の台座のペンダントトップがついたもので、台座には丸いエメラルドが付いている。金とエメラルド、正にガーナット国王の目の色そのもだ。事前資料には、ユリアナの母は国王の色を身に着けないとあったが、持っている分には良いだろう。それか、公の場でなければ付けてくれるかもしれないという期待もある。
もちろんガーナット国王にもあって、様々な銀食器を揃えた。それこそ先日出席した舞踏会で使っていた食器類を全て変更できる量と種類だ。
銀は一部の毒に反応を示すので安全性もあるが、抗菌作用もあるので食べ物が痛みにくい。舞踏会には打ってつけで、インデスタ―王国の舞踏会では常に全て銀食器なのだが、ガーナット王国は、カトラリーは銀だったが、食器は白磁や絵皿が混ざっていた。もちろんそれも美しいが、我が国と親交を深める証にと考えた物だ。それぞれ細工も凝っていて美しい。常に磨かねばならないから大きな皿などは大変だろうが、磨けば美しく光る銀食器は、インデスタ―王国にとっては一部の職人の作品は芸術品として展示されるほどで、職人たちが常に腕を競っている。
執務室に戻ったフレデリクは申し入れ書を手に颯爽と廊下を歩く。その姿は王太子としての威厳も出てきて、すれ違う人々は今フレデリクの頭の中が美しい王女ユリアナとの幸せな日々を思い描いているなどと思ってもいないだろう。
本当は顔がにやけそうになっているとか、ステップを踏みたい程心が踊っているなどとは更に思うまい。
大きな扉の前で深呼吸するとノックした。中から応えがあり扉が開かれる。そこには先程まで議会に出席していた父である国王陛下、エドウィンと一緒に妹のマレーナがいた。
「お兄様結婚が決まっておめでとう。あらお顔がにやついててよ」
「にやついてなんてない。なんでおまえがここにいるんだ。まだ家庭教師の授業中だろ?」
「大切なお兄様の未来がかかっている問題ですもの、先生に議会に興味があるからこっそり見学したいって言ったら、見識が広がってい良いと許可してくれたの。だからさっきまでの議会、実はお父様の席の後ろのカーテンの隙間から覗いていたのよ」
「おまえ。隙間から覗くなんて王女のすることか?」
「私もマレーナに言ったんだよ。どうせなら近くに見学席を用意すると。しかしマレーナがいらないと言うんでな。仕方がないから覗かせた」
「恐れながら陛下。育て方が間違ってらっしゃるのでは?」
「失礼しちゃう!私がいたら貴族たちが緊張するかもと思って渋々止めたのよ」
そう言うにマレーナに渋々感はない。元々初めから覗くつもりだったのだろう。
「まあいいじゃないか。すんなり通ったのだし。我が国としてもガーナット王国との繋がりができて喜ばしいことだ。元々友好国だが、婚姻を結べば更に強固になるだろう。早く持っているものを渡せ」
父が急くので渡すとサッとサインをして金璽を押してくれた。
「さっさと送って来い。他に取られても知らないぞ」
「嬉しいわ。お義姉様ができるなんて。しかもガーナット王国の王家の色を全て持っているのでしょう?美しいに違いないわ。私美しいものには目がないの」
「私も可愛い義娘ができると思うと嬉しいものだな。その先には可愛い孫まで見えるしな」
父までマレーナと一緒に浮かれ始めたようだ。さっさとこの場を去るに限る。
「ありがとうございました。では失礼致します。マレーナは議会が終わったのだから講義の続きを受けてこい」
「もう、口うるさい男は嫌われるわよ。そんなので逃げられたどうするのよ。泣いても遅いんだから。私が女心を教えてあげるわ」
「いらん!」
「冷たいお兄様ね。断られたって慰めてあげないわよ」
「おまえな、怖いことを言うなよ。その可能性はあるんだから。妹なら無事結婚できるように祈ってくれよ。大好きなお兄様だろ?」
「まあ!自分で言ってるわ。私がいつ大好きって言ったかしら?私が言ったのは大切なお兄様、よ」
「同じようなものだろ?」
「違うわ。私がお兄様を大切にしているのは、お兄様がいるから私が国王になる必要がないからよ」
「おまえ、それは、あんまりだろ?」
「ふふふ。冗談よ。大好きな自慢のお兄様よ。さあ、早く私に素敵なお義姉様を作ってちょうだい」
「はいはい。おまえには敵わないな。将来が末恐ろしいよ」
フレデリクはそうぼやきながら国王の執務室を後にすると、急いでガーナット王国へ申し入れ書と贈り物を今回の使者を務める外務大臣ボリスに渡した。
ボリスはもう旅姿で直ぐに出られるように待っていてくれた。
「頼んだぞ。返事は急かしてはダメだぞ。渡したら、吉報を心待ちにしていますと言って帰って来い。余計な話をして別のことを考える暇は与えるな」
「殿下。殿下のお気持ちはあの場にいた私はよくわかっております。仰せのままにして参ります。いい感触を掴んで帰って来ましょう。では行って参ります」
そう言ってボリスば馬車に乗り込んだ。その姿が見えなくなるまでフレデリクは見送る。ボリスなら安心できる。外交術に長けていて人当たりも良い。他国に友人がたくさんいて頼って来る他国の外交関係者がいるほどだ。
「さて、どうなることやらねえ」
「ヨーラン。面白がるな」
「こんな面白いことはないって。おまえが必死になって手に入れたがるんだもんなあ。どんな美姫を見ても真顔だったおまえが、あんなデレッデレの顔でダンスを踊ったんだから絶対に結婚して欲しいと友人としても臣下としても思っているんだからさ。こう見えて」
どうにも面白がっていると感じるのは仕方がない。数人他国の王女や高位貴族の令嬢と会ったが、心を掴まれるような女性はいなかった。全員美しいのは間違いないが、どうにもフレデリクの心が動かない。だがそろそろ相手を決めないとと思い、ガーナット王国の第一王女に狙いを定めた。
それは友好国なのもあるが、一度だけ会った国王の目が忘れられなかったのだ。そしてその目と同じ王女をと思ったのだ。しかし1年迷った為このタイミングになった。建国祭は背中を押してくれたきっかけだ。
王家の色を全て持っている王女を手放すかどうかが不安で、申し込んで断られるのは嫌だと無駄なプライドが顔を出し迷ったのだ。自分だって断ったことがあるくせに。
やることはやった。吉報を待つだけ。その先にあるのは幸せな未来。
フレデリクは執務室に戻ると仕事を始めた。
ガーナット国王アルベルトは、インデスター王国からの使者、外務大臣のブロウム侯爵から受け取った書簡を読み、その書簡を元の筒に戻すと、机に置いた。
面会を求められたのは三日前。その数刻前に、インデスター王国からの使者がたくさんの荷物を持って王都に向かっていると伝令から聞いて知っていた。インデスター王国から使者が来ることを聞いて、アルベルトは内容の予想はついていたので、考える必要はなかった。
それこそあの建国祭での舞踏会の時から来るだろうことは分かっていたのだ。
心は決めた。淋しいが最良の案なのだ。
「貴国からの申し入れを受ける。そう伝えてくれ」
「ありがたき御言葉、益々両国の親交が深まり、互いに発展して行きましょう。
こんなに早くに了承を得られるとは思っておりませんでした」
ボリスは正直に伝えた。こんなにあっさり貰えると思わなかったのだ。
「なに、私も同じことを考えていただけだ。大切なユリアナを任せられる男を探していた。その第一候補がフレデリク殿だった。舞踏会でユリアナをダンスに誘った時点で、ああユリアナを持って行かれるなと思った」
ボリスは少し目尻の下がった優しい笑みを浮かべるガーナット国王が、初めからをフレデリクを候補に入れていたとにまさかと思った。
「驚いているな。王家の色を全て持っている王女を他国に簡単に出すと思わなかったのだろ?
臣下たちからは何か言われるかもしれない。だが、私はただの一人の父親として娘の将来を考えた時に、どこへ嫁がせるのが良いか、それだけを考えた。
そしてユリアナは他国に嫁いだ方が良い。任せられるのはフレデリク殿だと思っていた。実際に会って二人は惹かれ合っているようだったから私は安心したよ。これは思った通りになるとね」
そう言って笑うガーナット国王は嬉しそうであり、少し寂しそうでもあった。
「そのように思っていただけていたとは、フレデリク殿下も喜びます。必ずやフレデリク殿下がユリアナ王女殿下をお幸せにすることを代わってお約束します」
ボリスは深々と頭を下げた。
「ああ頼む。大切な娘を嫁がせるのだ。あの子のことを泣かせるようなことはないように伝えて欲しい。もちろん書簡も作ろう。
それから、式は8ヶ月後でこちらも構わない。更に結婚式の半年前に、インデスター王国についての勉強をする為に来て欲しいと書かれていたのも受け入れよう。2ヶ月後に送り出すから、それちらも受け入れの準備を整えておいてくれ」
「かしこまりました」
フレデリクの願う通りに話が進んで行く。それだけ、フレデリクに嫁がせたかったのか、何か思惑がありそうだが、悪いものではないのは伝わってくる。
ガーナット国王がスラスラと書簡を書き筒に入れて渡してくれる。
ボリスは再度感謝を伝えると、細かい日程につては後日連絡する旨を伝えその場を後にした。
まさかの吉報を持っての帰国だ。フレデリクの喜ぶ顔が浮かぶ。国王の気が変わらないうちにと、その日のうちにボリスは王都を立ち港へと向かった。
お父様が王宮の応接室に集まるようにだなんて何かあったのかしら?
そう不安に思いながらメリッサと共に急いで歩く。なんせ一番奥の邸だから急がないと他の人達を待たせることになる。そうやって急いで応接室についた時に一番目と聞いてユリアナは驚いた。
全員が呼ばれていると聞いている。一番近い王妃一家も2番目に近い第二側妃一家も来ていない。メリッサを見ると苦笑いをしている。
「滅多にこんなことがないから皆さん準備に時間がかかっているのよ。私たちはさっと着られるワンピースに着替えただけだけど」
「そうなの?もっとおしゃれした方が良かったかしら?」
ユリアナの言葉にメリッサが首を振る。
「以前こういうことがあったのは私の入宮が決まった時らしいわ。だから新しい側妃が決まったのかもしれないわね」
「え!でももう側妃は増やさないって」
「あら、そんなのわからないわ。あの時はそう言ったけど迎えたい女性ができたのかもしれないし。
それか子どもたちの誰かの結婚が決まったか。例えばあなたのとかね」
ユリアナはその言葉に戸惑った。瞬時に頭に浮かんだのはフレデリクだ。でもそれはない。自分は国から出られないだろうから。
そんなユリアナの結婚がもし決まったとしたら、降嫁先が決まったと言うことだ。
ユリアナは心がジクジクと痛むのを感じた。嫌だと心が叫んでいる。降嫁するくらいなら、一生独身で王女としてこの城で暮らす。その方がましだ。
「そんな不安な顔をしないで。大丈夫よ。あなたが嫌なことをするような陛下ではないでしょう?」
その言葉は魔法の言葉だ。確かに父がユリアナの嫌がることはしない。その言葉を信じようと思っていると、続々王家の各一家が集まり始めた。
王妃も側妃も着飾ったドレスを着ている。もちろん二人の王女も。
「相変わらず地味な服ね。いくらお父様に緊急に呼ばれたからって、最低限の服は着てきなさいよ。仮にも王族なんだから」
「ほーんと、そうよね。新しい側妃がもし来たら、あなたたちが第五になって、その人が第四になるかもね」
なんて酷いことを。側妃に付いている順番は陛下の寵愛の順番ではない。入宮した順番だ。新しい人が来たらその人が第五側妃だ。
ユリアナは自分のことは何と言われても構わないが母のことだけは言われたくなかった。
それにしても、なるほどやはり他の妃たちも新しい妃が決まったと考えたのか。そしてその場に新しい側妃がいるかもしれないと考え、こんなに着飾っているのか。とにかく言いたいことは言わないととユリアナは口を開いた。
「私のことは何とでも言えば良いからそれは好きにしたら良いわ。でも、何回も言ったけれど理解してくれてないようだから言うけど、側妃に付けられている順番は寵愛の順番ではないの。入宮した順番よ。こんな簡単なこともまだ理解できないの?」
二人がムッとしている。他の側妃や兄たちもいるのだ。馬鹿なのか?と言われたようなものだから顔が真っ赤になっている。
「そんなことわかっているわよ!でもそれくらい下ってことを言ってるのよ!」
「そうよ!いつも言ってるけど姉だと思っていないユリアナに指図されたくないわ!」
「あなたよりお父様に似た王女を産む人かもね!」
そう言ったフランカは色どころか顔立ちも全く父に似ていないのによくあんな風に言える、とユリアナは思った。母親に似ることはごく自然にあるのことで、それは悪いことではない。両親のどちらに似るかは遺伝なのだ。両親どころか祖父母に似ることさえあるのだから。
ユリアナへの嫉妬が酷過ぎて、根本的なことを忘れて言葉に出してしまうのがフランカの悪いところだ。
「何よ、余裕ぶって!もしかして自分たちより下ができると喜んでるわけ?それって恥ずかしくない?」
「さっきも言ったけど、側妃に付いてる順番に上も下もないの。新しく入られる方が来られるとしたら、もしかしたら私たちと同年代かもしれないから仲良くしないといけないわ」
「嫌よ!同年代の側妃だなんて。お兄様だって結婚してないのに」
「そうよ!それなら反対しなくちゃ!」
それは無理だとユリアナは思った。国王陛下である父が決めた新しい側妃について、もし否と言えるなら、王妃だけだ。それでも決まったことならそのまま話は進むだろうが、とりあえず反対を言っても良いのは王妃だけ。ユリアナとメリッサはそう思っている。
そこへ父が入ってきた。女性は連れていない。そして全員に座るように言う。
「今日集まってもらったのは、ユリアナの結婚が決まったことを伝える為だ」
「え!」
その場にいる全員が一瞬固まった。結婚が決まったと言ったのだ。降嫁先が決まったではない。全員がどういうことだ?と目を合わせ合っている。
「ユリアナはインデスター王国の王太子の元へ嫁ぐことになった」
ユリアナはその言葉に息を飲んだ。そして両手を口に当てる。まさかこんなことが起こるなんて。嬉しさで涙が出そうになるのを何とか堪えた。ここで喜んでいるのを見られてはならない。
「メリッサ、どうだ?」
父が母に問う。
「ありがたい話に感謝申し上げます」
母が直ぐに答えた。
「ユリアナはどうだ?」
ユリアナは深呼吸をすると答えた。
「私もとてもありがたいお話だと思います。精一杯、両国の親交を深める為に努めます」
「そうか。では話を先に進めるぞ。と言ってももう先方には受けると伝えてあるからこの先の日程を詰めて行くだけだがな」
父はユリアナに微笑んでくれた。ユリアナもそれに応える。
「ちょっと待ってよお父様!私は反対だわ!」
そう切り出したのはフランカだ。
「そうです!ユリアナは国から出すべきじゃないわ!インデスター王国に嫁ぐなら私が行きます!」
そう言ったのはラウラ。
「決めるのは私だ。そして、向こうが求めていたのは第一王女ユリアナだ。他の王女に変更できるわけがない」
「それでも!ユリアナは王家の色を全て持っているんです!血を残すためにこの国で降嫁すれば良い!」
「そうです!第一が第三になっても親交は深まります!変わりません」
「聞いていなかったのか?私の話を」
「聞いていました!せれでもおかしいと思うから敢えて言うんです!」
フランカが食い下がる。
「恐れながら陛下、私もユリアナは降嫁するか王女婿を迎えた方がよろしいかと」
まさかの王妃が参戦してきた。
「誰が何を言おうが変更はない。もうインデスター王国に伝えたと言ったはずだ。既に話も進んでいる。
結婚式は8ヶ月後。そしてインデスター王国について現地で勉強する為に、2か月後にユリアナはインデスター王国へ向かう」
「2か月後!」
「そんな早すぎます!この国でもインデスター王国について学べます!インデスター王国は我が国を軽んじているのではありませんか?」
ラウラもフランカも、それ以上言うのは止めた方が良いのに。王妃は一度で引いた。
「絶対にダメです!そんなの許せませんわ!散々王家の色で恩恵を受けてきたのに国を出るなんて!」
「そうよ!国民が悲しむわ!そう思わない?」
「思う思う!お姉様は国民に好かれているもの」
「でしょ?だから反対だわ!私がインデスター王国に嫁ぎます!」
「何よ!先に言ったのは私よ!私がインデスター王国に嫁ぐの!王太子妃よ!いずれ王妃になるのよ!」
「王妃になるのは私よ!」
「お姉様は国民に優しいから辞退なさって」
ユリアナは何も言えなかった。譲る気もないし、そもそも既にユリアナで話が進んでいるのだ。変更できるわけがない。
「私の決定にそんなに不服があるなら異議申し立て書を作って議会へ出せ」
「そ、そんなつもりじゃ」
「それからユリアナが国民に好かれているというなら、何故自分たちがその代わりに好かれようと思わない?」
「お父様!」
「どうした?私に不服があるんだろ?それなら王女として異議申し立て書でも、反論書でも作るが良い。
だが私も、先程終わった議会も決定したことだ。それを覆すほどの対案があるのだろうな?」
声は静かだが、父を怒らせたようだ。二人は一線を越えたのだ。王妃のように一度言ってみてダメなら直ぐに引かねばならない。父は国王なのだから、国益も考えての判断なのだ。
私見のみで判断することはない。そして国家間の問題で既に返事をしているものを今更変更てきるわけがないと何故直ぐに理解できないのか。
全ての理性を奪っているのはユリアナへの嫉妬と憎悪のせいだと思うと恐ろしいものを感じた。
「お父様!そんなつもりじゃ」
「じゃあどんなつもりだ?私に不服はないのか?」
フランカが下唇を噛んでいる。
「ありません」
「ラウラは?」
「ありません」
「そうか。ならそういうことだ。では解散。ユリアナとメリッサは一緒に来なさい」
そう言って応接室から出て行く父の後ろに母と一緒に着いて行った。
どんどん王宮の奥へと向かい、ユリアナたちの邸についた。
「もう運ばせてある」
そう言う父と一緒に邸に入り、談話室に入ると幾つかの箱が置かれていた。
父がその箱から一つ抜くとユリアナに渡した。
「フレデリク殿からユリアナへの贈り物だ。どれも素晴らしいものだったよ。開けてみなさい」
父に言われて箱を開けると宝飾品がどの箱にも入っていた。そして全てのものにアメジストが使われ、フレデリクの色が入れられていることに気付き、ユリアナは恥ずかしいと思いながらも胸が熱くなるのが止まらなかった。
約束を守ってくれた。また会えるのだ。嬉しくて嬉しくて、ユリアナはその中からカチューシャを持つと今日も何も付けずに下ろしたままだった髪に着けた。母が傾いているのを直してくれた。
「よく似合ってるわ、ユリアナ」
「ありがとう」
「こっちはメリッサにと渡されたものだ」
「私のもあるのですか?」
そう言ってメリッサが箱を開けるとエメラルドのペンダントだった。それを見て母が困った顔をしている。
「メリッサの考えていることは理解している。だが捨てずに持っていて欲しい」
父の言葉に母がそっとペンダントを持ち上げる。
「はい。大切にします」
「ああそうしてくれると嬉しい。では私はこれで行くが、ユリアナ、2カ月なんてあっという間だから少しずつ準備をしておきなさい。
ユリアナがいなくなるのは寂しいが、ユリアナを大切にしてくれる男の元へ行かせられるなら私は喜んでおまえを見送る。必ず幸せにしてもらいなさい。フレデリク殿もそのつもりだろう。この早さで申し入れ書を使者に持たせたということは、急いで議会を通したのだろうからな。
幸せになれ、ユリアナ」
そう言って父は去って行った。
「ああ!どうしましょう!こんなことってあるかしら?お母様嬉しくて踊り出しそうです!」
高揚した顔が赤くなっているのがわかる。
「ユリアナ、おめでとう。良縁に恵まれたわね。必ず幸せにしてくれるわ。陛下は素晴らしい決断をなされたわね。
あなたは嫁いだらインデスター王国の王族よ。インデスター王国の国民の為に精一杯働きなさい。そしてガーナット王国との架け橋になるのよ。それがあなたの使命です」
「うん、うん。でもお母様とお父様から離れて暮らすのは寂しいわ」
ユリアナがそう言うとメリッサが決意の籠もった目でユリアナを見て手を握った。
「その話なんだけど、ユリアナが嫁ぐ時に私も付いていくわ」
「え!側妃はどうされるのですか?」
「退宮させてもらうわ」
「お母様、それって!」
「そうよ。お父様と離縁するの。私が離縁してもあなたはガーナット王国の第一王女よ。
アレッタも連れて行くわ。フレデリク殿下に書状を書いて密かに送って伝えます。向こうが義母付きなんて、って断ってくるかもしれないけど、そうなったとしても、あなたがいない王宮での生活は考えられないから、インデスター王国に家を買ってアレッタと一緒に暮らすわ。
それくらいの覚悟も資金もあるのよ。ずっと貯めてたから安心して。退宮する時もお金をもらえるのよ。私に瑕疵がなければ。瑕疵なんてないから必ずもらえるわ」
「でも、そうしたらお父様が悲しむわ」
二人の間に愛があることをちゃんとユリアナは理解している。それでは父が寂しくないかと心配になったのだ。
「大丈夫よ。何の為に他に妃がいると思っているの。私が一人いなくなっても大丈夫よ」
「でもお母様はお父様を」
「大丈夫よ。陛下よりあなたが大切であなたの側にいたいだけ。それともお母様には付いてきてほしくない?」
メリッサが寂しそうにユリアナを見る。
「そんなわけないじゃない!お母様がいたら嬉しいわ!一緒に住めなくても直ぐに会いに行ける場所に住んでね!絶対よ!」
「当たり前よ。あなたが幸せになる姿を見ながら過ごしたいわ」
「お母様!」
ユリアナはメリッサに抱きつき涙を流した。
「もう、子どもみたいに。あなたはあの舞踏会でフレデリク殿下を好きになったんでしょ?」
「気付いてたの?」
「当然よ。あなたの心の中が手に取るようにわかったわ。あなたは諦めていたでしょ?
でもお母様は確信していたの。フレデリク殿下はユリアナに結婚を申し込んでくるって」
「どうして?」
「そうね。お父様から聞いていたから。この時期に名代で王太子が来ることと、こちらの思惑が重なったと思うから、上手く行くように見守るようにって」
「え?お父様とお母様は初めからフレデリク様は私に結婚を申し込んで来るって思ってたの?」
「なんていうのかしら?こちらはユリアナを国外の良いところに嫁がせたいと思っていて、第一候補がインデスター王国のフレデリク殿下だったの。
後は向こうが受けるかどうか打診するって陛下がおっしゃってて、そうしたら王太子殿下自らがこちらに来るっていうので、こちらからは何もせず上手く行くかもしれないって」
それでか。それで父はインデスター王国からの贈り物の中から、アメジストが使われた宝飾品を着けるようにユリアナに言って渡してきたのだ。フレデリク様にアピールする為に。
そして案の定フレデリク様がユリアナをダンスに誘い、ユリアナはその場で恋に落ち、フレデリク様から連絡があることを僅かに期待した。
父たちの思惑通りにことが運んだのだ。でも何故ユリアナを他国に嫁がせようの思ったのだろう?それに気付いたのかメリッサが話しかけて来た。
「お父様はね。ユリアナが妹たちに色々言われているのをちゃんとご存知なの。幼い時はお父様から側妃を通して注意させてたらしいの。
もちろんお父様も人を傷つけるようなことは口にしないように。国民に愛される王族になるようにと言ってらしたのよ。
あなたも幼い時に言われたわね。あなたは誰にも言っていないけど、今言ってなくても未来はわからないから」
確かにそうだ。父にはそう言われた。だからあの二人に何を言われても我慢した。自分たちに関することは否定するが、二人を傷つけることは言わなかった。
「だけど、あの二人は年を重ねるごとに、より言うようになったわ。でもあなたは我慢した。決して、自分の容姿が王家の完璧な色でも、それに奢ることなく、学び、仕事をして国民に愛される王女へと成長した。
だからお父様は国家間の架け橋という大事な役目をあなたに任せ、そして、あなたをこの国から解放しようと決めたの。
容姿で何かを決められ言われることなく過ごせるようにと。あなたを一人の女性として愛してくれる男性に任せたいって。
陛下もなかなかロマンチックよね。国家間の役目もあって愛してくれる相手よ。ううん。役目なんて後付けなのよ。あなたを幸せにしてくれそうな人を探してその相手に委ねたの。
あなたはちゃんと陛下である父親に愛されているのよ。道具でも駒でもないの。
ただ、ただあなたの幸せを願っている父親よ。あなたも大好きでしょ?」
涙は止まらず母の胸がどんどん濡れていく。
「うん。お父様のこと大好き」
「じゃあ、二人でこの国を出ても幸せを祈り続けてあげましょう。時々帰らしてもらって顔を見せてあげるのも良いわね」
「うん。寂しいけど、お父様の望みでもあるなら私、より幸せだわ」
「ええ。幸せになりましょう。私もここでの生活に疲れたわ。あなたはこれから大変だけど、私は楽をさせてもらうわ」
そう言って朗らかに笑う母は何かを振り切ったようだった。父への思い。毒の事件。生まれることなく亡くなった我が子。いつまた同じことをされるかわからない犯人とともに過ごす生活。
全てから逃れるにはユリアナと共にここを出た方が良い。それは間違いない。母が一人でここでこのまま、食べ物に気をつけながら生活を続けるなんてさせたくない。
インデスター王国に行き、ここを離れれば犯人とも離れられる。犯人も離縁していなくなった元側妃にまで何かしようとは思わないだろう。
メイドや料理人も雇って暮らしていけるくらいにお金があるから覚悟もできたのだろう。
「そうだ!お母様。インデスター王国に行ったらこれをつけよう」
そう言ってフレデリクから贈られたペンダントを首に当てる。
「そんな、恥ずかしいわ」
「そんなことない!もう王妃の目を気にすることもなくなるんだから別に良いじゃない!お母様がこれを着けるの見る日が楽しみだわ」
そう言うユリアナに母も満更でもないようだ。照れているだけなのだ。
「そうね。インデスター王国での暮らしが落ち着いたら、もう良いかもしれないわね」
頬を染める母が急に可愛く思えて涙は引っ込んで、楽しくなってきた。
「さあ、誰にも見つからないように隠しておいて、その時が来たらこれを私がつけてあげるからね」
「ありがとう。ユリアナ」
二人はこれからのことを話し合い、笑い、アレッタもインデスター王国に行くのが楽しみだと言って、笑い声は三人になった。
これからのことを思い、早く会いたい。2カ月なんてほんとは待てない。ユリアナはそう思いながら、それでも結婚式よりずっと早くに移り住めることに喜びを感じた。
たくさん勉強することはあるけれど、何の苦しみも感じない。
早く2カ月が経ちますようにと祈りながらユリアナは眠りについた。