決意を固めた王太子と覚悟を決めた国王
ガーナット王国では事件を公にすることはなかった。国民が知れば王家への信頼が損なわれると関係者たちが判断したのだ。
王城では王妃について外に漏らすことのないよう徹底された。その王妃は今邸に幽閉中だ。
ユリアナとメリッサは庶民の間で人気があった。その2人が王妃に苦しめられていたとなれば、王妃の実家のマルケマ公爵家は外に出られなくなるだろう。また王太子の問題も出てくる。
その為の措置としてこうなったのだ。
アルベルトは事情を知っている者たちと話し合いを重ねた。この事件をどう収めるのか。最後はそれはアルベルトの固い決意で決まったものだった。後もう少し話を詰めなければならないが。
会議室から執務室に戻ったアルベルトは一杯水を飲んだ。そこにノックが聞こえた。近衛騎士が確認し入ってきたのは王太子ブラームだった。この数日ブラームは自分で謹慎に入ると言って邸に籠もっていた。
「どうした?」
「人払いを」
アルベルトは近衛騎士を外に出し二人きりになった。
「父上。私は王太子を退位します」
「何故だ」
「母上が起こした事件は殺人罪です。その息子が後の国王になるなどあってはならないと考えました。それに私は母がやっていることを側にいながらちゃんと理解できていませんでした。
メリッサ様への嫌がらせは母たちがしているだろうことはわかっていました。それを母たちの嫉妬から来るものだと安易に考えました。大きな被害は出ていない。その分ユリアナを私が気にかければ良いだろうと。
しかし実際は恐ろしいことがその裏で行われていました。到底許されるものではありません。
母の処分が決まり次第、私は王家を出て臣下に下ります。その時はデルクも連れていきます。本人も納得しています。
デルクは母が恐ろしいことをしていたことも衝撃を受けたようですが、自分が王女であればこんなことにならなかったのではないかと言い出し、今は王太子宮で過ごさせています。
父上、ご許可を」
アルベルトは首をふった。
「許可しない」
「何故ですか!私は犯罪者の息子です!前典医も母が殺害を命じたことが先日判明しました。トスタン侯爵は母の命令に従って、破落戸に襲わせ首の骨を折り殺害し、御者に金を渡して黙らせた。そこまで判明したではないですか!」
「落ち着け。ブラーム。
おまえは私の息子だ。生まれた時、我子とはこんなに可愛いものかと感じさせてくれた。この子を立派な跡継ぎに育てようと、シーラではなく私が選んだ家庭教師に剣術家に音楽家から、様々なことを学ばせた。
おまえは私が思っている以上に成果を出し、期待に応えてくれている。今も私の政務を手伝い直ぐにでも王位を継承できるほどだと私は思っている。
それはおまえが自分で蟄居を始めた後に会議で集まった臣下たちも同じで、だからシーラのことは表に出さないことにした。
次の世はブラーム、おまえが導いてく。それに変わりはない」
「しかし、私は人殺しの息子です!」
「なら私は人殺しの夫だ」
「父上」
「トスタン侯爵もブラング侯爵も、もちろんシーラも、本来であれば、死刑、もしくは爵位剥奪でもおかしくないのをそうしない。
それは全て、臣下たちが我々王家を守る為に考えてくれたことだ。それにはおまえが王太子であることも含まれている。
おまえは期待されているんだ。だから退位などさせない」
「ですが、」
「否定も拒否も認めない。私の跡を継ぐのはおまえだ。大変かもしれないが受け止めろ。おまえにしかできないことがたくさん待っているぞ」
ブラームが長く沈黙した。葛藤があるのだろう。だがブラーム以外に任せるつもりはない。アルベルトはブラームを見つめた。
自分と同じ全ての王家の色を持っている。それだけでも臣下も国民も支持をする。だが、ブラームにはそれだけではないものがたくさんあるのだ。国王の素質は充分にある。
「かしこまりました。父上の期待に添えるよう努めます。デレクにはどう伝えますか?」
やっと決心したようだ。
「今まで通りと言え。精神的な助けになる専門家を付けよう。デレクは王子で良かったのだと私が後から直接伝える。おまえは国王になる準備をしろ」
「父上・・・」
「さあ、カルラとデレクを安心させてやれ」
アルベルトはブラームを送り出すと今日の会議を振り返った。
王妃は王宮の後ろに広がる妃たちの邸の一番奥の邸に幽閉されることになった。今までの邸の半分もない邸だが、メリッサたちが使っていた邸よりは広い。その邸の自分の部屋から一歩も外に出ることはできない。
仕える侍女やメイドは、今の邸にいる中から続けたい者を募り、倍の額で賃金を払う分、見張り、施錠などをしっかりとできる者に限ることにした。情報も出させない。もちろん契約書に署名させる。
修道院などの案も出たが、王城から一歩も出さない方が良いだろうとなったのだ。外に出せばいらぬ出会いで何かしでかすかもしれないからだ。邸には急ぎ高い柵を建て門も作り、近衛騎士が見張りをする。
トスタン侯爵は子爵まで降爵になる。実際に人を殺す人間の手配をしたからだ。ヘルディナの護衛に扮した者も、前典医を殺した破落戸もトスタン侯爵が雇った者たちだった。
トスタン侯爵は王妃の忠実な臣下だった。領内にある温泉は先代までは寂れた温泉地だった。しかし王妃が疲れを癒しに時々来ている。そして体が楽になったと言っていると宣伝した結果、王都や近辺の領地からたくさんの客が来るようになったらしい。
もちろんそれを提案したのは王妃だったそうだ。そしてその宣伝を王妃のお茶会などでするという約束もして前典医を殺させたのだ。
全く犯行がバレることがなく、領地は潤い続けた。そして今回も指示に従ったというわけだ。
死刑でもおかしくない犯行を生かすことで口封じをさせた。もちろん契約書に署名をさせ、この件を他に漏らさないと約束もさせた。領地は敢えてそのまま。爵位だけ下げた。国王の怒りに触れることをした為に、降爵したが国王の慈悲で領地は変わらないということにしたのだ。本人も死刑より余程良いと直ぐに署名した。
ブラング侯爵は伯爵位に降爵する。ブラング侯爵の娘の側妃の話はなかったことになった。恐ろしい毒薬の手配をしていたのだからもっと重い罰でも良かったのだが、急に二人も子爵まで降爵となると、事情を知らない貴族たちが不審に思うからだ。こちらも国王の怒りに触れたことにした。
前典医の家族はやはり殺人であったことに衝撃を受けた。しかし、自分たちを守るためとはいえ、堕胎させたことは許させることではないからと事件を伏せることに同意した。もし公になれば、夫のやったことも公になるとを恐れたのかもしれない。公になれば、医師をしている息子の評判にも繋がり、医師をしていけなくなる可能性を危惧したのもあるだろう。
しかし相手の弱点で伏せさせるのではなく、同意に当たって息子に医師としての新しい役職を用意した。
息子は優秀で評判の良い医師だったので、充実した医療設備を揃えた、庶民が安心して通える国立病院を新たに建て、そこの院長を務めるのことになった。それは息子が望んたことだった。
何が良いかという話し合いで、庶民が通う大きな病院が欲しいと言ったのだ。
今ある国立病院は貴族や富裕層が通うもので、庶民が通うには値段が少し高い。だから町医者に通うことになるのだが、大きな手術ができず、命を落とすこともある。そういったことを無くしたいというので、国王令で建設が決まった。
そして側妃たちの処分は免除した。エステルとイーリスの蟄居も解いた。
そして、アルベルトは退位する。
側近たちも了承済みだ。
退位後は、隣の王家の所領リディスにある別邸に住まいを移す。リディスは港がある町の領地で、長年アルベルトが発展に努めてきた場所だ。
先代までは輸出品は近隣国に陸路で運んでいた。確実に運ぶ為だ。しかしアルベルトの代で一度に多く運べる海路を使う輸出を増やした。海の天候など不安はあるが、圧倒的に多く運べるし、また多くのものを持ち帰ることができる。
その案は成功し、多くの外貨を獲得している。港町も海路を使う観光客の入り口として恥ずかしくない発展を遂げた。
そこに住み、更なる発展を領地経営として行う。もちろん国王となるブラームの意見を聞きながらだが。
そして、その邸に側妃たち三人が付いて行くと言えば一緒に住もうと考えている。いずれ子どもたちは新しい家族と暮らすことになる。城に残っても邸に一人になる。そこに新国王の側妃たちが入ってくる。
それくらいなら王都の隣のリディスなら、王都に子どもたちがいるなら、会いたい時に会いに行ける距離だ。もちろん、アルベルトと一緒に暮らしてくれるならの話だが。もちろん別に暮らしたいなら、生活に苦労することがないよう環境を整える。
後はその場所で子どもたちの新しい未来を見つける手伝いをする。
王家に残り妃を迎えても良い。臣下に下っても良い。王女たちも降嫁しても良いし、婿をもらって王家に残っても良い。他国と縁があればそれでもいい。
自分が退位するのは1年後。国民に知らせ、戴冠式の準備をするのに1年かかるからだ。今日で退位するから後はよろしくと言う訳にはいかない。アルベルトが急逝したなら別だが。
ブラームにしっかり引き継ぐことが国王として残された仕事だ。
そして退位したら、メリッサに会いに行き、子どもの戸籍に自分の名を署名する。直ぐに会いに行くつもりだったが、事件でそうはいかなくなった。アルベルトは事後処理と引き継ぎでこれから忙しい。落ち着いたら会いに行く。私情より国王としての任務を優先するのが当然だからだ。
この甘い処理にインデスター国王は納得しないだろう。インデスター王国はガーナット王国の王家の内情に巻き込まれたのだ。インデスター国王に欲しいもの、またはして欲しいことを尋ねよう。こちらの思いとあちらの思いは大きく隔たりがあるかもしれないから安易にこちらで決めることはできない。
もちろんできないことは断るしかないが、マレーナの父なら無謀なことを言うことはないだろう。こちらが受けられる案を出して来ると期待するしかない。
アルベルトは親書を書くためペンを持った。




