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帰国した王女と帰りを待っていた王太子妃

 一連の事件の事後処理はガーナット王国に任せることになった。マレーナがすることは、インデスタ―王国に今わかっている結果を報告するだけだ。もちろん、後日ガーナット王国からは事後処理後の結果の連絡がある。

 帰る前にと、晩餐会に招待されマレーナは喜んで出席した。エステルやイーリスの姿もあり、ヘルディナももちろんいた。

 たくさん話、美味しい食事を堪能した。だがその場に王太子夫妻の姿はなかった。第五王子の姿も。 

 他の場所も視察をして、王女たちとお茶会もしてマレーナの任務は終わった。

 マレーナがガーナット王国から去る日、王都から一日かかる港までフランカとラウラが見送りに来てくれた。

「二人ともお世話になりました。また会える日を楽しみにしています」

 マレーナが船の前でそう言うと二人はそれぞれ箱を渡してくれた。例のガーナット王国の箱だ。

「私たちからユリアナに結婚祝いを渡していなかったからこれを渡して欲しいの」

「そしてこっちはマレーナ様によ。王家御用達のオルゴール工房でしか作れないものなの。帰ったら開けてみてね」

 マレーナは二つの箱を受け取るとにっこり笑った。

「ありがとうございます。これから大変だと思うけど二人なら乗り越えられると思っています」

「うん。大丈夫。きっといい方向に変わるはずよ。私たちがそうするもの」

「うん。私たちが頑張るわ。まだ若いし。やることはたくさんあった方が良いのよ」

「私も負けないように頑張るわ。じゃあ、また」

 マレーナは二人に手を振ると船に乗り込んだ。一緒に来た捜査班も、先行入国した捜査班も帰りは一緒に帰る。二週間弱の船旅だ。

 目まぐるしい旅だった。船が陸から離れ、フランカとラウラが手を振るのにマレーナは大きく振り返した。どんどん小さくなっていく二人が見えなくなるまで、マレーナは二人を見つめ続けた。

 あんなに印象が悪かった二人が一年で旧知の友のように変化した。人は失敗からいくらでも学び成長できる。マレーナもまだまだ育ちざかり。学ばなければならないことがたくさん待っている。いつかあの二人にまた会うことがあるだろうか?たまに手紙を送ってみよう。マレーナはそう思いながらガーナット王国に背を向け船室へと入った。


「あ!船が見えて来たわ!あれだわ!帆に紋章が付いてるもの!」

 ユリアナはフレデリクの腕を掴んでガシガシと揺する。

「落ち着けユリアナ。お腹の子に障る」

「だって、やっとマレーナが帰って来るのよ。昨日だと思ってたのに風の影響で一日遅れたんだから心配になるじゃない」

 ユリアナはそわそわしながら船が近づいて来るのを見守る。風に乗っているのかどんどん船が大きく見えてきた。そして静かに着岸すると階段が下ろされた。

「マレーナ!!」

 ユリアナは走ると階段を下りてきたばかりのマレーナに抱きついた。

「ユリアナお義姉様。そんなに走ってはお腹の子に障ります。気を付けてください」

「お帰り。マレーナ。そしてありがとう。マレーナのおかげで色々解決したみたいね。父からマレーナが素晴らしいと書かれた手紙が来たわ。父のお気に入りになったみたいよ」

「ふふふ。私もお気に入りよ。だってガーナット国王はお義姉様に似てらしたもの。目尻のあたりが特に。あと妹さんたちとも仲良くなったの」

「そうみたいね。二人から手紙が来たわ。私への謝罪の倍の量でマレーナと仲良くなったことが書かれていたわ」

 そう言ってユリアナは笑った。妹たちに苦しめられたのは過去の事。二人は成長し、今は国を支えている。そしてなんと言ってもマレーナが認めたのだ。謝罪は受け入れた。それで良い。これから新しい関係を作って行けばいいのだ。

「マレーナ。お帰り」

「あら、お兄様もいらしたの?気付かなかったわ」

「本当におまえは。大切なお兄様だろ?」

「ええもちろん、大切よ。もっと大切なのはユリアナお義姉様だけど」

 そう言ってマレーナは笑った。迎えの馬車に乗り、王城へと向かう。ユリアナに向こうでの話を少ししながら、つかの間ユリアナに甘えた。優しく抱きしめてもらい頭を撫でてもらう。幸せな時間だ。フレデリクが何やら文句を言っていたが気にしない。マレーナが甘えられる数少ない人なのだから好きに甘えさせて欲しい。今は子どもでいたい気分なのだ。甘えたい時に甘えられるだけ甘える。まだそれが許される時期なのだから。


 王城に戻るとその足で三人は謁見の間に向かった。両親はもう王座についていてマレーナが来るのを待っていてくれた。

「よくやった。マレーナ。ガーナット国王から感謝の親書が届いた。それとこれが一緒にマレーナに贈られた」

 父の言葉でマレーナが前に進みガーナット国王から贈られたものを見ると、ガーナット王国へ自由に出入りできる賓客入国証だった。ガーナット王国の紋章が彫られていて名前も書かれている、掌の大きさ程の丸い金の板だ。

 これがあれば入国する際に見せるだけで良い。事前申告もいらない。しかも一緒に入国できる人数が20人までとなっている。面倒な手続きをせず、護衛たちも一緒にこれでささっと入国できてしまう貴重な物だ。

 驚いてマレーナが見ていると父が笑いかけてきた。

「余程向こうで気に入られたのだな。さすが我が娘。誇らしく思う。

 さて、先に報告書は来ていたが直接話を聞こう」

 マレーナは向こうで何をして何を見たか、誰がどうしてどうなったか。そして自分はどう思ったか。細かな心情も加えて語った。

 その場にいる人たちは驚き怒りそして悲しみ、また活躍したマレーナを称えた。ユリアナはメリッサが堕胎させられていたことを知り衝撃を受けていた。明日アレリード伯爵家にも報告に行く予定だが、メリッサの悲しみを思うと心が痛む。

「素晴らしい働きだったな。疲れたであろう。ゆっくり休め」

「そうよ。今日はマレーナが好きな物ばかりを料理長に用意させているの。晩餐までゆっくり休みなさい」

 母の言葉にマレーナは微笑んだ。

 強くて優しい父と、面白くて優しい母。そして真面目でカッコイイけど少し抜けている兄と美しくて優しい義姉。

 マレーナは幸せ者だ。誰もマレーナを苦しめない。だがそれに甘んじてはいけない。ぬるま湯に浸かるつもりもない。大切な人たちの為にできることをする。それがマレーナなのだ。

 

 謁見を終え、マレーナは久しぶりの自室に向かうと湯浴みをし、楽なワンピースに着替えた。そして晩餐まで寛ぐ為に部屋を出た。

 マレーナが柔らかい温もりを枕にウトウトしていると、誰かが部屋に入って来た途端文句が飛んできた。

「何故ここにいるんだ?寛ぐなら王宮でしろ!」

「煩いわね、お兄様は。私は今究極の癒しの時間を堪能しているの。邪魔しないでほしいわ」

「何が究極の癒しだよ。そこは僕だけのもののはずだ」

 そう言ってフレデリクが顔を覆う。仕事を終えて戻って来たらマレーナがいて驚いたのだろう。

 マレーナが今いるのは王太子宮の談話室。そしてユリアナに膝枕をしてもらっているのだ。しかも頭を撫でられながら。こんな癒しはない。良い香りに包まれ疲れた体がほぐれていく。

「良いじゃありませんか。マレーナは頑張って来たのです。私は感謝しています。やっと真相がわかり、もう怯えて暮らす必要はないんですもの。ありがとう、マレーナ」

「ユリアナお義姉様。さっきも聞いたわ」

「何回でも言いたいのよ」

 そう言って笑いながらマレーナの頭を撫でてくれる。

「だからってな。いつからいたんだ?」

「3時間ほど前からかしら?」

「そんな前から!」

「ずっとこうだったわけでじゃないわよ」

「当たり前だ」

「色々と細かく話していたの。そうしたら眠くなってきて、それでこうなったの」

 マレーナは起き上がりクッキーを口に入れると満足気にお茶も飲んだ。そしてまたコロンとユリアナの膝を枕にする。

「不思議よね。ここに私の甥か姪がいるのよ」

 そう言ってマレーナはユリアナのお腹を撫でた。

「早く大きくなって出てきなさい。私がたくさん遊んであげるからね」

「この子も早く会いたいって」

「うん。早く会おうね」

 マレーナはそのまま眠りに落ちた。

「寝たか。ユリアナ。重くないか?」

「全く。可愛いわ。すとんと眠ってしまって。私、マレーナを守るわ。どんな時も味方でいる。私と母を助けてくれたんだから、どれだけ感謝してもしきれないもの」

「そんなに気負うな。マレーナは自分に任された仕事を確実にこなしてきた。それはこの国の王女だからだ。感謝ばかりマレーナに言うと怒られるぞ」

「ふふ。そうね。心の中で感謝するわ」

 晩餐の時間まで二人はマレーナが起きないように小さな声で話し続けた。


 翌日。ユリアナはマレーナとともに母の邸へと向かった。もちろん報告する為だ。

 邸に付くと母とイングリッドが出迎えてくれた。母は既に涙を浮かべ馬車から降りてきたマレーナを抱きしめた。

「メリッサおば様」

「事件が解決したと聞いています。全てマレーナ様のおかげです。危険なこともあったでしょうに。ありがとうございます」

「メリッサおば様。私は今回の事件でとても成長しましたわ。だからお礼の言葉は今のだけにしてくださいね」

 母が言い足りないという顔でマレーナを見つめる。

「さあ、中に入りましょう」

 イングリッドの言葉で全員が談話室に移動した。

「アルフォンス!お土産よ!」

 マレーナが机に箱から出したオルゴールを置きネジを回すと、木製の屋根からぶら下がっていた布でできた鳥たちがくるくる飛び回りだした。

 わあっと歓声が上がる。アルフォンスも見て笑っている。

「どんな仕掛けなのかしら?曲はゆっくりとしているのにこんなに鳥が飛び回るだなんて」

 イングリッドが不思議そうに言う。

「ガーナット王国の技術は凄いわね。私、あちこち視察に行ったけど、とても楽しかったわ」

 皆がオルゴールを見ている。もちろんその中にはアレッタの姿がある。無事回復し、今まで通り生活ができている。ビリスは感謝のあまり、アレリード伯爵家の仕事の合間に、医師のもとに雑用をしに行っている。医師もちょっとした雑務を頼む人が欲しかったらしく歓迎されているようだ。給金はいらないというビリスに、医師は仕事をしたら対価を払うのが当たり前のことだといって説得したらしい。

「お母様。マレーナはとても活躍したんですよ。でも、とても悲しい話もあるので落ち着いて聞いてください」

 そしてマレーナが長年に渡る母への嫌がらせ、流産ではなく堕胎だったこと。そして今回の事件の説明をしていく。母は声を詰まらせて失った我が子の命に涙し、ユリアナはその背を撫でた。

 そして母は父のことを心配し、手紙を書くべきかどうか悩みはじめた。

「お母様。手紙を書けば良いんです。もう誰の目を気にする必要もありません。離婚したからって私的な手紙を書いてはいけない、なんてことはないんですから」

 母はうんうんと頷いている。

「ダメね。最近涙もろくて」

「泣きたい時に泣いたら良いのよ。どうしても我慢しなければならない時が必ずあるんだから。それが許されている時は思う存分泣きなさい」

 イングリッドがアルフォンスを抱き上げその笑顔を見せる。すると母はまた涙したのだ。可愛いと言って。

 それに部屋は笑いに包まれ、和やかな雰囲気になった。ユリアナにももうすぐ子どもが生まれる。母になると涙もろくなるのかしらと思いながら、早くそんな日が来て欲しいと願った。


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