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追い詰める王女と追い詰められる王妃

 マレーナは敢えて水色のドレスを選んだ。王家以外は王家の色を着てはいけないという決まりはないから問題はない。

 レースのペチコートを履き裾から見えるドレスで長さは膝下だ。お守りとしてペンダントとブローチは、父からもらったアメジストを使ったもの、髪飾りは母からもらったアメジストのものを身に付けた。ハーフアップにした髪に金の台座にアメジストで作った紫の薔薇がついた髪飾りがよく映える。

 靴は白。腰についているリボンも白で軽く化粧をして完成だ。

 マレーナは鏡を見た。よし完璧。

 そこへ外務大臣が迎えにやって来た。いざ戦いの始まりだ。


 忌々しい。日付だけてはなく時間まで指定して謁見を求めてくるなど生意気な王女だ。アルベルトが許可したので仕方なくシーラも謁見用のドレスに着替えた。

 視察の報告なんて一々しなくても良いのに何故わざわざやって来るのだ。この前ので歓迎されているとでも勘違いしたのか?

 未だに晩餐会の日程は決まっていない。いや、そもそも決めていない。アルベルトからはいつにするのかと聞かれたが、王女が忙しいようでと言って曖昧にしてある。

 会いたくないのだ。あの王女はシーラの心を苛立たせる。笑っていれば周りが許してくれるとでも思っていそうだ。実際にそうなのだろう。あの場にいた貴族たちは途中から王女に好意的だった。

 それも許せない。王女というだけで愛されている。自分が持っていない王女。それが憎らしい。

 悔しい。悔しい。出てくる言葉はこんな言葉ばかり。そんなことを考えながら謁見の間へ向かった。

 扉の前にはアルベルトが先に来ていた。シーラを見て今日も綺麗だと言ったが本心だろうか?シーラは白けた顔でアルベルトを見た。

「ありがとうございます」

 心のこもっていない感謝の言葉にアルベルトがムッとしたようだった。先日揉めたことへの仲直りのつもりだったのかもしれないと思ったが、シーラはそれどころじゃないので相手をする気には毛頭なれなかった。

 鐘の音が鳴る。アルベルトに続き謁見の間に入るとマレーナが立っていた。その姿にシーラは激しく怒りを感じた。

 水色のドレスなんて!王家に会うのに王家の色を身につけるとは!図々しいにも程がある。

「お忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございます。報告したいことがありまして参りました」

 マレーナは美しい所作で挨拶をすると顔を上げにっこりと笑った。

「今日も美しいな。マレーナ王女は。ドレスも似合っている」

 アルベルトが賞賛するのにシーラは苛立ちを覚えた。

「ようこそ。マレーナ王女。楽しめていますか?」

 冷静の仮面を被ってシーラも歓迎の姿を見せる。

「今日は先日言えなかったことをまずお伝えします」

「ほう。言えなかったこととは?」

「インデスター王国にいるメリッサおば様のところにガーナット王国からお祝いの品が届きましたの」

「そんなものを贈った者はいないはずたが?」

「いいえ。ユリアナお義姉様もメリッサおば様も、この箱はガーナット王国が贈り物に使う箱だと言っていました。実際に王家の紋章だけではなく、偽物を作られないようにと細かく細工された箱でしたから間違いないと。送り主はガーナット王国になっていました」

「ほう。しかし私は誰にも何も贈らないように伝えたから、もしそれが本物なら誰かが勝手に贈ったことになるな。私の指示を無視して」

「そのような者はおりませんでしょう。きっと何かの間違いでは?」

「いいえ。箱の細工が本物だと言っていました。誰も真似することができないほど精密な細工なんだとか」

「そうだな。あれを真似できる者はおるまい。

 メリッサには何が贈られたのだ?」

 マレーナはその言葉で後ろに控えていた外務大臣から小さな箱を受け取った。蓋を開けハンカチで包んで中身を出す。

「こちらです」

「きゃっ!」

 王妃が悲鳴を上げた。

「どうした?」

「どうされました?可愛いでしょ?ガーナット王国らしく可愛いオルゴールなんです。赤いうさぎなんて珍しいですね」

「マレーナ王女。よく見せてくれないか?」

 国王の言葉でマレーナは国王夫妻に近付いた。

「どうぞお近くでご覧ください」

 手が届く場所まで来ると国王がほうっといって見ている。

「王妃殿下もどうぞ」

 マレーナは王妃にオルゴールを近付けた。その途端マレーナの手が払われる。

「あっ!」

 マレーナが声を上げうさぎは床に落ちた。分厚いカーペットのおかげか割れずに済んだのが幸いだ。

「何をする。マレーナ王女に失礼であろう?」

「お気になさらず。触りたくなかったのでしょう。送り主ならこのうさぎがどんな箱に入っていたかわかりますものね」

 王妃はキッとマレーナを睨みつけた。

「そんなもの知りません。赤いうさぎなんて気持ち悪くて見たくなかっただけです」

「そうですか?可愛いのに」

 マレーナがハンカチで包んで拾うともう一度王妃に近付けようとした。

「近付かないで。失礼だわ」

「ふふ。そんなに言わなくても素手で持っても大丈夫なのに」

 そう言ってマレーナはハンカチを外して自分の手の上にオルゴールを乗せた。

「ヒッ!」

 王妃が顔を覆う。

「王妃様。これはあなたが贈ったものではありませんよ。安心してください。売っているのをたまたま見つけたので私が買いました」

 王妃が恐ろしい形相でマレーナを睨みつけた。

「本物はガーナット王国の研究所にあります。

と言っても、インデスター王国で調べ尽くして安全な状態にしてお持ちしたので、どちらにしても問題はありませんが」

「シーラが贈ったのだな」

 アルベルトの言葉に王妃はアルベルトを見た。

「何をおっしゃっているのですか?私は贈ったりしていません」

「ほう。それなのにあんなに動揺したのか?」

「赤いうさぎが気持ち悪かっただけです。私は何もしておりません」

「と言っているがどう思う?」

 国王がマレーナに聞いてきた。周りにいるのは国王の側近と中立派と王妃派の貴族たちが数名ずつ。中に薬屋の店主の話に出てきたブランク侯爵に似た人もいてキョロキョロと辺りを見ている。

「メリッサおば様に贈られた箱を準備したのはヘルディナ様だそうです。ご本人から聞きました」

 王妃がまさかという顔で見てくるが構わずマレーナは続ける。

「王妃様に箱を準備するように言われて入手して渡し、後日その箱を王妃様から受け取りインデスター王国向けの船便で送る、ということをされたそうです」

「嘘です。ヘルディナが私を陥れようとしているのです。私がそんなことをしても何の得にもなりません」

「そんなヘルディナ様は今王妃様に言われて近くの温泉地に行っていますけどね」

「疲れているようだったから勧めたのです」

 何とか王妃は平静を保っているようだ。

「では一人お客様を紹介します」

 そう言って合図して入ってきたのはあの薬屋だ。

「周りに見たことがある人はいますか?」

 マレーナの問に薬屋は頷いた。

「あの人がドューザを買って行きました」

 そう言って指差したのはもちろんブラング侯爵だ。

「私は知らない!この者が嘘をついているのです!」

「そうですか?ではこれは見たことはありますか?」

 マレーナは外務大臣から受け取ったドューザの入った小瓶をブラング侯爵に近付けた。すると侯爵はひゃっ!と言ってしゃがんだ。

「正解の対応です。本物のドューザですから。見たことがあるんですよね?」

「おかしな疑いをかけられて見せられれば誰でもこうなるでしょう?」

「あら?でも周りの人は微動だにしてませんわ。侯爵どうぞ。ご入用の物が見つからなかったそうですからこれをまた使いますか?」

「それはどういうことだ?」

 国王が聞いてくる。

「この薬屋は王都の外の市で店を持っています。そこでは色々な薬を売っていて、ドューザも扱っています。そしてドューザは毒薬です。先日そこにブラング侯爵がドューザとは別の毒薬を探しに行かれました。

 嘘を言ってもダメですよ。侯爵にはガーナット王国精鋭の見張りが付いていましたから本人で間違いありません。

 その別の毒薬は触れるとそこから壊死していく毒薬です。ガーナット王国からの親書として手紙にでも塗るつもりだったのでしょうか?

 しかし見つからず、店主に入手するよう命じて去っていった。見張りが確認しています」

「私は知らない!人違いだ!」

「あら、でも市に行ったその足で王妃様の元を訪ねてますよね?ちゃんと見張りが見てましたよ?」

「どの日か知らないけれど、ブラング侯爵は私の元をよく訪れます。今は特に令嬢が側妃になる為の打ち合わせがありますから。

 もし、ブラング侯爵がそんな怪しい店に行っていたとしたら個人的な趣味でしょう。ブラング侯爵は人を傷つけるような方ではありません」

「そうですとも!薬物の研究をしようと思いましてね。確かに行きました。思い出しました」

「さっきまで人違いだ!とおっしゃっていたのに行ったことは認めるのですか?」

「認めるも何も、買うことは悪くありません。使わなければ良いのです。現に今王女殿下がお持ちでしょ?」

「では買った物は今どこにありますか?」

「もう研究に使いました」

「あんな危険な物を使い切ったのですか?被害はなかったのですか?」

「ええ、ちゃんと管理していますから」

「そうですか。後からわかるでしょう」

 マレーナの一言にブラング侯爵が肩を揺らした。

「では次の方々を」

 その言葉でフランカの母エステルとラウラの母イーリスが入ってきた。

「恥ずかしくもなく顔を出すなんて、今更何をしに来たのかしら?」

 王妃が言う。

「私たち側妃はシーラ様の指示で長年に渡りメリッサ様に嫌がらせをしておりました。ここで陛下に謝罪致します。もちろん、後日メリッサ様にも謝罪します。

 毎回捜査をされても証言も証拠も出なかったのは、互いに庇いあっていたからです」

「何を言うの?あなたたちの言葉を信じる者がいると思うの?出来損ないの王女を育てておいて」

 その言葉に二人の顔から表情が消えた。

「私は娘を確かに甘やかして育ててしまい、多くの人たちに迷惑をかけました。けれどこの一年、学び直し、今はきちんと王女としての責務を果たしております。私もこの一年、二度と同じ過ちを繰り返さないようにと反省の日々を送りました」

「そうです。ただ蟄居していたわけではありません。過ちから学んだのです。そしてもう二度とシーラ様の指示には従わないと決めました。

 私たちに指示できるのは陛下のみです。陛下の御心のままにお答えします」

 イーリスが膝をつき、エステルもそれに倣って膝をついた。

「側妃三人がメリッサに嫌がらせをしていたのか?」

「はい。シーラ様のお茶会で次にやる人が決まります。そして前回の人はどんなことをしたのか報告し、シーラ様が喜ぶことだと便宜を図ってくれました」

「ほう、面白そうな話だな」

「アルベルト様。この者たちは現状から逃げたいが為に嘘の証言をしています」

「どんな便宜だ?」

「私は従妹の嫁ぎ先を紹介してもらいました。その他にも多くの宝飾品をもらいました」

「私もです。実家の仕事で融通を聞かせてもらったりもしました」

「嘘をついて何になるのです。それだけ城に戻りたいということでしょうね。卑しいにも程があるわ」

「いいえ、嘘ではありません。メリッサ様のシーツに体がかぶれる液体をかけたのは私と私の侍女です」

 そういったのはエステルだ。

「捜査の時は知らないと言いましたが、私なんです」

「そんなことがあったな」

「私はその話をシーラ様のお茶会で知りました。私が次の番だったので、今回は不発で終わったからもっと考えるようにと言われました。正直何をすればいいかわからず、ネズミの死骸を侍女に言ってメリッサ様の庭に捨てさせました。その時は捜査はありませんでしたが、シーラ様はつまらないとおっしゃいました。そんな時は何ももらえません」

「そうやって私を悪者にするのはお止めなさい。誰があなたたちの言うことを聞くのかしら?あなたたちは国に迷惑をかけて蟄居した身です。聞くに堪えません。私が妬ましいのでしょう」

 そこでマレーナは一歩前出た。

「どうしてエステル様たちが嘘を言っていると決めつけられるのでしょうか?何故、この場にいるのかわかりませんか?」

 王妃が扇で顔を覆った。

「私を陥れる為に決まっています。王妃である私が一人王城にいるのが妬ましいのでしょう」

「何故お一人なのですか?ヘルディナ様がいらっしゃいますよね?」

「え、ええ。でも今は療養に出かけたから。そういう意味よ」

「そうですか。どちらにしても、お二人が嘘を付く必要はないのです。捜査班が聴取に行った際に自ら述べられたのですから。どんな嫌がらせをしたのか覚えている限り具体的な内容をお話になられ、後日捜査班が書面にして提出します」

「捜査班て何?聞いておりません」

「そうですね。お伝えしていませんから。王妃様には」

 その言葉で王妃が国王を見た。信じられないという表情だ。

「アルベルト様は何か捜査をしているのをご存じだったのですか?」

「ああ。許可を出した」

「こんな他国の者に我が国のことを調べさせるなど、自国が有利になるように報告するに決まっているではありませんか!」

「私はそう思わなかった。ユリアナとメリッサからも手紙が来たしな。インデスタ―王国の国王からの親書にも書かれていた。インデスタ―王国で起こったある事件について捜査班を送ると。

 身に覚えがないのなら堂々としていればいいだろう。違うか?」

「私は何もしておりません。アルベルト様に咎められるようなことはしていないのです」

「それは全ての証拠と証言が集まればわかることだ」

 国王の声は冷たかった。そしてその場にいた貴族たちは直ぐに察知した。

「陛下!私どもも捜査の結果が知りたいです!」

 そう言ったのは中立派の代表的貴族だ。

「私どもは陛下に忠義を誓っておりますので」

 これは王妃派だ。それに王妃が扇を落とし、愕然とした表情をした。その中には跡を継いだ王妃の兄の姿もあった。

 国王の側近たちは当然のことという顔でいる。

 マレーナはことのいきさつを語った。

「事件の発端はメリッサおば様のところにガーナット王国から贈り物が届いたことです。差出人は書かれておらず、ガーナット王国とだけ書かれていました。しかし、その箱はガーナット王国の物に間違いがないということでその箱を開けることになりました。

 その場にいたのは、メリッサおば様、ユリアナお義姉様、私の大叔母でメリッサおば様の義母となったアレリード伯爵、そしてアルフォンス。他にユリアナお義姉様の護衛、メリッサ様の侍女と箱を運んできた執事。これだけの人数が談話室にいました。談話室のソファーで歓談していた大叔母たちの前のローテーブルは子ども服がたくさん載っていたので、箱を受け取った侍女が離れた場所にある机に置いて箱を開けました。

 その侍女は少し開けて直ぐに蓋を閉め、苦しみながら誰も近づかないでと言って倒れました。その言葉によって、駆け寄りたいメリッサおば様たちは護衛たちによって止められ、執事が近くの医師を連れてきました。

 運よくその医師が症状や箱から飛び出したものを見て、ドューザだと判断し、解毒薬を飲ませたので侍女は一か月の療養で回復する見込みです。その後談話室は全て医師の指導の元解毒作業が行われ、箱は回収されインデスタ―王国の研究機関で調査されました。

 その箱には細工がされていて開けると中から粉が噴き出すようになっていたようです。ドューザと小麦粉を混ぜた物が入っていてそれが噴き出すのです。そしてその箱の中には先程の赤いうさぎのオルゴールが一個入っていました。

 いかがですか?思った状況にならなかったご気分は?」

 マレーナは敢えて王妃に問うた。

「私は知らないわ。そんな箱も準備していないもの」

「そうですね。先程も言いましたが箱を準備したのはヘルディナ様です」

「だからヘルディナがやったのよ!私はそんなこと命令していないわ!」

 段々王妃の皮が剥げてきた。

「そうですか?箱の準備はヘルディナ様。毒物の入手はブラング侯爵。そして、箱の細工はトスタン侯爵。全て役割を変えたのでは?そんな指示を三人に出せるのは王妃様だけでしょ?」

「わ、私は何もしておりませんぞ。王女殿下」

「いいえ、あなたはからくり細工がお好きなんですよね?箱からいっぱいリボンが飛び出す贈り物を娘さんの誕生日パーティーで披露されていたと聞いています。他にも事あるごとに友人知人を呼んで自ら作ったからくり細工を見せているそうですね」

「それだけで私が作ったという証明にはなりませんぞ!」

「ええ、ですからこれから邸の捜査に入ります。毒物を吸い込まないようにする為の特殊仮面が見つかるかもしれませんね」

「そんなものとっくに捨て・・・あ」

 マレーナはにんまりと笑ってトスタン侯爵を見た。

「捨てられたのですね。自分でおっしゃるだなんて。他で証明できましたのに、案外素直な方で助かりましたわ。王都の外の市の別の薬品店で特殊仮面を買った人がいると証言が上がってきています。その容姿からあなただろうことは推測しておりましたので、面通しを後からいたしましょう」

 トスタン侯爵が膝を付いて項垂れた。

 マレーナはブラング侯爵を見た。落ち着かないのだろう、足をもぞもぞ動かしている。この場から去りたいに違いない。自邸に残っている証拠はないが、直ぐそこに証人がいるのだ。

 国王がこの状況でどちらを信じるか。ブラング侯爵は王妃を見たが目を反らされた。

 見捨てる気だ!そう感じたブラング侯爵は今自白した方が罪が軽いと判断した。

「わ、私は、王妃殿下に頼まれてドューザを入手しました。始めからドューザを指定して来られました。王都の薬品店にありませんでしたのでそう報告すると、他も探すよう指示を受けましたので、王都の外の市まで行きましたら運良くありました」

「ドューザはどんな毒薬か知っていたのかしら?」

「はい。とても危険なものです。先程の王妃殿下のように触れるのも恐ろしい毒薬です」

 ブラング侯爵はもはや王妃の顔も陛下の顔も見られなかった。ただただ震え、己の罪が軽くなることを考えるのみだ。

「そんな恐ろしい毒薬を何故準備しようと思ったのですか?確実に被害者が出ると思いませんでしたか?」

「それを準備すれば娘が王太子殿下の側妃になるのをもっと早くにしてくれるとおっしゃられたので。

 私の娘は王太子妃候補に選ばれましたが選考から落ちてしまいました。それから落胆して今まで邸で過ごしていたのです。それが側妃だとしても選ばれたとなって大変喜んでおりましたので、娘の願いを叶えたいと思い指示に従いました」

「へえ。娘の為なら他人はどうなっても構わないっていうことね。何もしなくても側妃になれたのでしょ?早まるからってだけでそこまでするものかしら?」

「いえ、本当に娘が早く入宮したいと言っていたのを叶えたくて。その毒薬は人の命を奪う程のものではありませんし」

「それで?苦しむけど死なないなら良いってことかしら?たまたまアレリード伯爵の邸の近くに運よく解毒薬を持っている医師がいたから、処置が早くて一か月の療養で済んだと言ったわよね?もし解毒剤を飲むまで時間がかかっていたらどうなっていたかご存じ?」

「いや、あの」

「そう、知っているのね。アレッタは解毒薬を飲むまで痙攣していたそうだけど、それが解毒薬を飲むまでずっと続くんですって。それが長ければ長い程内臓から弱り、常にまともに動くことが出来ない程の倦怠感や食欲不振、肌荒れ、もし解毒薬がなくて飲まなかったら、翌日には痙攣は止まりますがそれ以上の症状で、死なないけれど、ベッドから起き上がることもできないし、肌が荒れ老人のように老けて見えるほど肌が衰えるそうよ。

 それって死なないから使っても良いだろうって感覚で使える毒薬かしら?最悪の場合、何も食べられなくて最終的に命を落とすそうよ。結果殺すことになったかもしれない毒薬なの。

 あなたわかってて買ってきたの?娘の入宮が早くなるってだけでそれを使う理由が他にあるのではなくって?」

「ですから、私は死なない程度に苦しむと思っていただけで・・・」

「だから、死なない毒薬なら使っても良いって?そんなわけないじゃない。娘さんも泣いているわね。これでどうなるかはわかるわよね?ちゃんと話した方が良くってよ?」

 ブラング侯爵は髪を振り乱しマレーナにすがろうとするのをマレーナはさっと避けて足を出して転ばした。

「あなたは人殺しの手伝いをしたのよ。娘の為?呆れるわね。自分の為でしょ?いずれ国王になる王太子殿下の第一側妃の父。それだけでも肩書として良いわよね。それに早く入宮してもし王太子妃より先に娘が子どもを産めば、あなたはいずれ国王になる子どもの祖父になる。更に王家の色を持った子だったら、国民にも喜ばれるから鼻高々になれますわね。そんな欲が湧いたのではなくって?

 その為にアレッタは苦しんだのよ!」

「違うんです。マレーナ王女。これには深いわけが」

「最後に聞いてあげるわ」

「王妃殿下にそれを持って来ないと入宮が遅れると言われたのです。その間に陛下が別の側妃を決めるかもしれないとか。それで焦ってしまって」

「だそうですよ。王妃様はそんなことをおっしゃったのですか?」

「私がそんなこと言うわけないでしょ。私は関係ないわ。ヘルディナと密約を交わしているのよ。そして私を陥れようとしているんだわ」

「ですって。ヘルディナ様に言われたの?」

「いいえ王妃殿下です」

「嘘おっしゃい!あなた虚偽罪よ!」

「ですって。あなた捨てられたわよ」

 マレーナは転がったままのブラング侯爵を見下ろした。

「王妃殿下に頼まれました!ヘルディナ様とは話したことさえほとんどありません!」

「ヘルディナ様が箱を用意しました。ブラング侯爵がドューザを準備し、トスタン侯爵がそれらを受け取りからくりをしかけ、その箱は王妃様の邸でヘルディナ様へ渡り、インデスター王国に運ばれ被害者が出ました。

 これはインデスター王国に戦争をしかけたも同然のこととインデスター王国は捉えております。実際に戦時中ドューザを使った作戦が使われた国があるからです。

 インデスター王国の国民に悪意の籠もった物を送り害を与えようとした。

 私はこの国に来て、国王陛下に戦争を仕掛けるつもりか確認しました。もちろん否定されましたが」

「そんな戦争だなんて!私は王妃殿下に頼まれただけです!メリッサ様に不快な思いをさせたいとおっしゃるので」

「私はそんなこと言ってないわ!」

「まだおわかりではないようですね。

 もし本当にガーナット王国が戦争を始める前の脅しとして送ってきたとしたなら、私は今頃人質として捕まっているでしょう。

 けれど私の父がガーナット国王を信じて、戦争ではなく、個人的に何らかの嫌がらせの為に誰かがしたことだろうからと、私に確認しに行くように言ったのです。

 私は国王陛下に謁見した際にこの事件を調べる許可と、ガーナット王国側からも捜査班を出してほしいとお伝えして、両国で捜査しています。皆さん逃れられませんよ?」

「だからヘルディナがやったのよ!私は知らないわ」

「あー、そうでした。ヘルディナ様は少しは逃れられますね。メリッサ様に何が贈られたか知りませんからね。よくない物だろうという予想はされていましたが。これまでしてきたこと聞いたことを事細かにお話になられていますし」

「他のお二人は何に使われるかわかってらしたから逃れられません。インデスター王国は殺人未遂として捜査しています。アルフォンスがドューザを吸い込んだ場合は大人と違って耐えられず死んでいたでしょうから」

「殺人未遂!死なない程度の物だと聞いていたんです!本当です」

「だから、何度も言わせないで!死なない程度だから使って良いという毒薬ではないの。わからない人ね。毒薬を使ったということ自体が犯罪。そして死なない程度でも生きるのが辛くなるほどの毒薬なの。

 死なない程度と軽く考えているなら、ここにあるから口に含んでごらんなさいよ!」

「ひっ!」

 マレーナが薬の瓶を近付けるとブラング侯爵は頭を抱えてしゃがみこんだ。

「解毒薬が直ぐに手に入るかわかりませんけど、あなたもどうぞ」

 マレーナは次はトスタン侯爵に近付けると蓋を開こうとした。

「やめてくれ!!謝るから!」

「謝る?そんなもの必要ありませんの。だってあなたたちに待っているのは殺人未遂事件の実行犯という罪状なの。謝って済む問題じゃないのよ」

「マレーナ王女。先程から聞いていると私を犯人にしたいようだけど、私ではありません。ヘルディナです。ヘルディナに唆されているのです」

 冷静さを取り戻したのか王妃がマレーナに厳しい顔を向けてきた。

「ここにいる全員が口裏合わせをしていると?」

「ええ。王妃である私が妬ましいのでしょう。国民からの信頼もあり、陛下からも信頼がある。しかも王太子の母ですからいずれは国母です。蹴落としたかったのでしょう」

「何を言っているのですか!メリッサ様に嫉妬して嫌がらせをさせていたのはシーラ様じゃないですか!」

 エステルが叫んだ。

「見苦しいわ、エステル」

「シーラ様が指示なさったことです!従った私たちも悪いですが、指示したシーラ様がそのお立場にいるのは許し難いです!」

 次はイーリスが叫んだ。

「二人とも見苦しいわ。お止めなさい。どんな手を使ってもあなたたちの評価は変わりませんよ」

 どうやってもヘルディナに罪を着せたいようだ。マレーナは見苦しいのはどっちだと思った。

「そうですか。では次の方をお呼びします」

 マレーナは合図した。すると入って来たのは元典医の妻だ。息子と思われる男性に支えられて入って来た。

 王妃は誰か知らないのだろう不審そうな顔をしている。

「この方は、前典医の夫人です」

 それを聞いて王妃が目を剝いてマレーナを見てきた。表情ももう隠せないのだろう。

「前典医は馬車の事故で亡くなられています。夫人から当時の話を聞きました。とても悍ましい話でした。お聞きなりますか?」

 マレーナは王妃に聞いた。しかし答えがない。

「マレーナ王女。話を聞こう」

 国王が促してくる。それに応じてマレーナが夫人を見ると古い医学の教科書とそこに挟まれた紙を数枚渡してくれた。

「これは夫の事故死を不審に思った夫人が一年かかって見付けたものです。当時これを明らかにしたかったそうですが、報復を恐れ今まで隠していました。しかし捜査班が話を聞きに行ったことで安全を確保することを約束した為話をしてくださいました」

「事故ではなかったというのか?」

「はい。そう考えております」

「憶測で話をするのは止めなさい!」

「怒鳴らないでください。夫人は心を痛めているのです。自分たちの身を守る為とはいえ、今まで話せなかったことを後悔されているのです。

 こちらは前典医が学生時代に使っていた医学の教科書です。その教科書のある項目に独白が書かれた紙が数枚挟まっていたそうです」

「ある項目?毒薬についてか?」

 国王が聞いてい来る。

「いいえ。国王陛下には大変辛い話になります。エステル様にも」

 そう切り出したマレーナを王妃が怒りを隠さずに睨みつけてくる。

「そんなもの信用に値しないわ!もう死んでいる人間の言うことなんていくらでも捏造できるじゃないの!」

 王妃の叫びをマレーナは無視した。

「では私がお話します。夫人は心痛でこの場で話すことは困難だと判断しましたので。

 教科書の項目は堕胎です」

 周囲が騒めき始めた。

「メリッサおば様は流産したのではありません。前典医によって堕胎されたのです」

「誠か!」

「はい。こちらの紙に書かれています。王妃様のお茶会で倒れて気を失ったメリッサおば様を堕胎させ、起きた時に流産だと告げたようです。二度と妊娠できない体になったとも付け加えて」

「嘘は止めなさい!」

 王妃は叫び、側妃二人が驚いてマレーナを見ている。

「お茶会で使った薬は毒薬ではなく軽い腹痛を起こした後急に眠くなるだけです。流産ということで、毒薬だと疑い捜査した為検出されませんでした。毒薬としての反応が出ない薬なので。だから不明となったのです。誰も典医が堕胎させるとは思いませんからね。その後メリッサおば様が妊娠しなかったのは、毒薬を使われたという極度の緊張と警戒の中生活をしていれば、体も心も落ち着くことがなく、その為妊娠しにくい体質になっていたと考えられます。しかし、娘の結婚が決まり、一緒にガーナット王国から出て暮らすことになった為、その緊張状態から解放された為に妊娠されたのではないかと、インデスタ―王国の医師は言っていました」

「まさか・・・」

 エステルがつぶやいたのにマレーナは悲しそうに目を向けた。

「この紙には、典医は二人殺したと記しています。

 悲しい話ですが、エステル様の流産も典医によるものです。エステル様は典医に言われて薬湯を飲んでらっしゃいましたね。普段は普通の体に良い薬湯で、流産されたという日の薬湯は腹痛を感じた後眠たくなる薬が入っていました。そして典医がメリッサ様と同じく堕胎させたのです。シーラ様のご命令で」

「嘘は止めなさい!」

「そんな!そんな!私の赤ちゃんは殺されたの?!返してよ!!シーラ様!!あなたの指示に従ったじゃない!それなのに!私の赤ちゃんを殺すだなんて!!!返して!!!返してよ!!!」

 エステルは泣き崩れイーリスが肩を抱き寄せている。

「私は知らないわ!さっきから全て私の責任にしようとして!」

「この紙には恐ろしいことをしたと書かれています。自分は人の命を救う為に医師になったのにと。しかし、自分の家族を守る為には従うしかなったと。お二人に用意された眠ってしまう薬は体に安全な物を用意したようです。母体に何かあればそれこそ医師は四人殺すことになりますからね。指示されたのは子どもを堕胎させること。

 まずは先に妊娠したメリッサおば様。そして次はエステル様。

 そんなにお二人がお産みになる子どもが怖かったのかしら?それとも子どもが生まれること自体嫌だったのかしら?

 人を殺した気分てどんな感じ?私はしたことがないからわからないわ。したいとも思わないけど」

「私も知らないわよ!医者が勝手に言っているだけでしょ!」

「典医が亡くなった後、銀行口座に大金が入っているのを夫人が見つけたそうです。どこから来たのかしら?このお金。口止め料なんじゃなくって?

 それか、これから残される家族が何かを見つけるか聞いていたとしても黙らせるためのお金か」

「これから残されるとはどういう意味だ?」

「典医は事故死ではありません。殺されたのでしょう。今はまだ推測に過ぎませんが」

「どういうことだ?」

「もうすぐわかりますよ」

 マレーナは王妃を見た。王妃もマレーナを睨みつけている。もはや王妃としての威厳の欠片もない。

「王妃様は王女を産むことができなくて悔しかったのでしょうね。王女を産んだ側妃が妬ましかった。常に国王陛下のご意思に添うのは自分だとおっしゃっていたとか。

 しかし王女を欲しがっていた国王陛下の最初の王女を産んだのは、側妃になったばかりのメリッサおば様でした。しかも全て王家の色を持つ王女です。その次はエステル様。そしてイーリス様と相次いでお産みになられ、王妃様も出産されましたが王子でした。

 王妃様は一番に王女を産むことができなかった。さぞ妬ましい思いをされたことでしょうね。だからメリッサ様を標的にし、他の側妃たちを上手く利用して自分の支配下におき、嫌がらせという共犯をすることで誰も自分に逆らわないようにした。

 しかし初めは楽しんでいたという側妃たちもそのうち嫌になりますよね。そんことばかりしたくないですから。普通なら。その為全員が気付かないうちに精神的に何らかの負担を抱えた為に、その後誰も妊娠しなかったのでしょうね。

 王妃様は罰が下った為でしょうが」

「何を勝手な!!さっきから聞いていれば私を悪者にしたいだけじゃない!証拠はあるの?私がしたという!ブラング侯爵もトスタン侯爵もヘルディナに指示されたのよ!私を陥れるために!

 典医が堕胎させた?そんなこと知るわけないじゃない!それも私じゃないわ!典医が勝手に言っているだけよ!お金は自分で稼いだのでしょ?賭博でもしていたんじゃないの?」

「夫を悪く言うのは止めてください!確かに夫は国王陛下のお子を二人堕胎させました。許されないことです。だけど、賭博はしません!亡くなる半年ほど前から様子がおかしかったのです。半年前はメリッサ様の事件があった時です。夫は王妃殿下によって殺されたに違いありません!口封じされたのです!」

「そんな嘘を誰が信じるのよ!私は何もしていない。典医は不幸な事故。これが全てなの」

 その時だった。バン!と大きな音を立て扉が開き、そこにはよれよれになったワンピースを着たフランカとラウラが立っていた。

 振り返ったマレーナは二人に笑いかけた。二人もにっこり笑っている。そしてマレーナの側まで歩いてきた。

「お父様にご報告があります!」

 フランカが大きな声で言った。かなり急いだのかまだ息が荒い。

「どうした二人とも」

「私たちは、ヘルディナ様がトスタン侯爵領の温泉地まで行くと言うので後を付けました」

 王妃がフランカを凝視した。

「シーラ様が療養するようにと指示し、行きたくないけど行くしかないと言うので心配になったのです」

 次はラウラに目を向け凝視している。

「ヘルディナ様は断ればサンデルお兄様が殺されるとおっしゃるのです。だから心配になって付いて行くと言ったのですが、それは私たちが危険だからダメだというので、捜査班に混ざって後をつけました」

「そんな危ないことをおまえたちはしたのか?」

「はい!これはガーナット王国の未来に繋がることです。今止めなければいつまで続くのでしょうか?この凄惨な事件は。私たちは国の為にやるしかないと判断しました」

「では我が王女たち、報告を聞こう」

「「はい!」」

「前典医が事故死したとされる地点付近でヘルディナ様が襲われました」

 まずフランカが述べた。

「ヘルディナは無事か!」

「はい。先に潜んで待機していた捜査班によって守られました」

 そしてラウラが続く。

「ヘルディナ様は安堵で気を失ってしまいましたので馬車で今こちらに向かっています」

「襲った犯人は?」

「シーラ様に雇われた盗賊団でした。護衛騎士のような服を着て油断させたようです。全員縛って捜査班が護送中です」

「ヘルディナが無事で良かった。何か誰か言っていたか?」

「犯人たちが言うには、ヘルディナ様に眠り薬を飲ませて街道から離れた場所で首つり自殺に見せかけて殺す予定だったそうです。全て話すと言っています」

「おまえたちも無事で良かった。成長したな。でもこういったことはしてはいけない。専門家に任せるように」

「いいえ。私たちはこの国の王女です。国の秩序を守らなければなりません。国民も守らなければなりません」

「如何なる時も国民の為に働きます」

 国王陛下が頷いている。そこでマレーナが王妃に問いかけた。

「作戦が失敗した気分はいかがですか?あなたが見下していた王女二人の手柄ですよ。国王陛下は二人を誰よりも信じてくれるからと伝令役を志願し、トスタン侯爵領から馬で城まで戻って来たのです。いくら隣の領とはいえ大変なことだったでしょう」

 そこに一人の男性が入って行きた。内務大臣だ。

「陛下。こちらをヘルディナ様の邸で見つけました」

 そう言って紙を差し出した。それを見た王妃の顔色が変わる。

「ほう。メリッサに贈り物をしたのは私です。責任を取って死を選びます、か。遺書のつもりか。だが本人は生きている。字も似せてあるがヘルディナの字ではないな。どういうことだ? 

 説明できるものはいるか?」

 国王陛下の声に誰も反応しない。

「私たちの邸にはシーラ様が見張りとして付けた侍女がいます。ヘルディナ様のところにもそれらしき人がいました」

「その者なら捕まえました。邸に入ろうとするのを止めようとしたので。連れて来ましょうか?」

 謁見の間に静けさが流れた。何をどう言えば誰がどうなるのか。

「マレーナ王女。ご苦労だった。此度の働き見事だ。そして我が娘も大きく成長した。また側妃二人も考え方を改めた。そして一人は死を覚悟して旅に出た。

 なあ、王妃よ。この事件の責任は誰にあると思う?」

 王妃は何も語らない。

「まず私は私に責任があると考える。私が王女を欲しいと言ったばかりにこんなことが始まったのだろう。私の寵を得るには自分を磨き、国民の為に働き、そして子を成す。そこに王女というもう一つが加わって、妃たちに課せられた責任は大きかっただったろう。

 私は妃たちにそれを負わした。だから夫である私に責任がある。

 だが、私は夫である前に国王だ。国の利益を考えれば王女は必要だ。産むのは妃のうち誰でも良い。誰が一番に産むかなど拘らない。跡継ぎとして一生懸命勉強している王太子がいたからな。他の子どもたちは王族としての責務が果たせるよう学び、国民に尽くし、ただ健やかに育って欲しかった。それだけだ。

 だが、私の考え方は国王としての考え方で、妃たちの間では違ったのであろう。それを正せなかったことも私の責任だ」

 その場にいる誰もが言葉を発することができなかった。

「しかし、残念だが私の考える領域を越えることを王妃はした。それは何から来るものか。王妃としての責務か、妃としての矜持か。私には計り知れない範疇だ。

 人を殺す可能性がある毒物を贈るなど、それは犯罪だ。王族を名乗らせるわけにはいかない」

「アルベルト様は私の言葉より、この王女や他の者たちの言葉を信用するのですか?」

 王妃の声は冷たい冬の海から吹くような声だった。

「そうだな。現段階ではそうなる。これから証拠と証言が全て揃い、それを精査した結果、シーラが関わっていないとなれば考え方も変わるであろうが、そのようなことは起こらない。私は、私の娘を信じ、捜査に当たった私の臣下を信じ、そしてマレーナ王女を信じる。

 そうさせたのはシーラだ。ずっと王妃として努めてくれていたのに残念だ」

「私は王妃です。王妃としての価値を、ただ子どもを産み、言われた通りの仕事をするだけのものより上げたかっただけです。そして私がどんな時も一番でなければならない。王妃ですから。

 アルベルト様の意を酌むのも私が一番先。アルベルト様の望むものを用意するのも私が一番先。全てにおいて私が一番先でなければならない。

 そうではありませんか?私は王妃です。そして国母になるのです。誰より敬われ、信を得るのは私です。側妃などと一緒にしないでください」

「離婚し他国に行ったメリッサを苦しめる必要はないだろう?

 王妃だからなんだ?王妃は全てにおいて一番である必要はない。側妃たちをまとめるのも支配下におくという意味ではない。人心を把握し、その力を良い方向に使うのが王妃だ。

 シーラ。長年何を考え側妃たちにメリッサへ嫌がらせをさせていた?メリッサが気に入らないなら自分ですれば良かったであろう?それをしなかったのはただの卑怯者だ。何かあった時に自分だけ逃げられるようにしている卑劣で卑怯な人間のすることだ。

 おまえは卑怯な殺人犯だ。まだ生まれていないとはいえ我が子を殺したも同然。私がおまえを許すことは一生ないだろう。

 連れて行け」

 そこで警護についていた近衛騎士たちが王妃に近づき捕らえようとした。すると王妃はそれを避けマレーナに向かって来る。マレーナを摑まえようとしてるようでマレーナはそれをは避けながら王妃に問いかけた。近衛騎士たちには大丈夫と視線を送る。

「まだわからないのかしら?あなたは王妃失格よ。ガーナット国王は優しいわね。はっきり言わないんだもの」

「おまえが来なければこんなことにはならなかったのよ!」

「そんなことはないわ。私じゃなくても誰かが必ずインデスタ―王国から派遣されて来たわ。そしてきちんと捜査してくれたはずよ」

「違う!おまえが来たせいであのバカな王女たちが無駄にやる気を出したのよ!」

「無駄だなんて失礼な人ね。彼女たちは王女としての務めを果たしたのよ。あなたと違って。あなたは昔は王妃として完璧だったかもしれない。でも今はただの犯罪者よ」

 謁見の間をマレーナを摑まえようとする王妃とそれを軽やかに避けるマレーナがどんどん位置を変えながら移動する。それを周囲は見ているしかない。

「違う違う違う!!!!!!どうしてメリッサが被害を受けてないの!!どうしてメリッサの子どもが生きているの!!!全部違う!!違うわ!私の望んだことじゃない!!!!」

「それはメリッサおば様があなたと違うから助かったのよ。精霊は見ているのよ。助けるべき人間と助ける必要がない人間を。あなたは後者よ」

 マレーナに掴みかかろうとする王妃の後ろに回るとマレーナはその細い腕で王妃を後ろ手に押さえつけた。

「ねえ。あなたがしたことで国家間の問題になるとは思わなかった?国の名前で毒薬が送られてきたのよ。インデスタ―王国の伯爵家に。

 フランカ様とラウラ様が突然インデスタ―王国にやってきたことなんか可愛いものよ。国家間の危機になるかもしれないということより、メリッサおば様への嫉妬が勝ったのよね。

 何が王妃よ。王妃だから何?私はあなたが言っていること、何も理解できないわ。あなたは嫉妬に狂ってメリッサおば様を長年苦しめ、そして他国に行ってまでも苦しめた。残っているのはそれだけよ。

 王妃としての名誉も栄誉も何もない。ただの犯罪者だってことだけ。それを早く理解しなさい」

 そう言ってマレーナは近くの近衛騎士に王妃を渡した。

「違うわ!メリッサが悪いのよ!!!私は誰よりも必要とされる王妃なの!それなのに王家の色を全て持つ王女を産むなんて!

 私が一番なのよ!私こそ完璧な王女を産み育てるはずだったのに!全部メリッサが持っていったわ!だからメリッサが悪いの!

 私になり変わろうとするから!2人目なんて産ませないわよ!当たり前でしょ?私ですらまだ王女を産めてなかったのに!

 何故私よりメリッサが国民に支持されているのよ!私は王太子を産んだの!いずれ国母になるのに!」

 王妃は叫ぶだけ叫ぶとふと静かになった。

「アルベルト様が悪いんだわ。メリッサへの寵愛を隠しているつもりでもみんな気づいていたのよ。平等?そんなものないわよ。

 だからみんな綺麗事言ってるけどメリッサに嫌がらせをしたのよ。

 その通りでしょ?メリッサは再びアルベルト様の子を産んだ。メリッサにだけ寵があった証拠じゃない。だから苦しめてやりたかったのよ!

 アルベルト様のせいよ!」

 王妃の言葉に国王は悲しい顔をしていた。

 寵を争うと必ず誰かが苦しむことになる。それがわかっていて平等にしようとしても、心は縛れない。平等に愛することは無理なのだ。

 マレーナも何処かの国に嫁ぐことになるかもしれない。その時はこうやって争うことになるのか?

 そんな未来は想像したくなかった。

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