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恋に落ちた王太子と恋に落ちた第一王女

 建国祭の式典が三日かけてほぼ終わり、最後の王宮主催の舞踏会が残るだけとなった。

 ユリアナは昼食後湯浴みをし、母メリッサとともに着替えをしていた。

「この色のドレスにして良かったわ」

 そう言うのはメリッサだ。自分のドレスとユリアナのドレスを並べて見ながらうんうんと頷いている。どちらもシンプルなデザインとなっている。ユリアナのドレスは濃紺のドレスで胸元から首、二の腕までを同じ色のレースで覆うデザインだ。メリッサは濃紫のドレスで、丸い襟元で長袖のデザインだ。どちらも宝石や刺繍、リボンなどもなく華やかさはないが、生地だけは良いものを使っているので見劣りすることはないだろうとメリッサが言っていた。

「はい、これを着けるのよ」

 そう言って渡されたのは金のペンダントと揃いの耳飾りだ。ペンダントトップにはユリアナの親指の爪程の大きさの雫型のアメジストがついていて、耳飾りには中指の爪の大きさ程の雫型のアメジストがついていた。母のペンダントトップは金の台座にダイヤが着いていて、耳飾りも同様だった。メリッサは父の色を身に着けることはない。それをして良いのは王妃だけだといつも言っている。

 これらは昨夜、父からの使者が持ってきた物だ。

 インデスタ―王国からお祝いでもらった宝飾品の中から父がユリアナとメリッサにと選んだもので、必ず舞踏会で着けるようにと伝言も付いていて、他の邸にもそれぞれもう配ってあるから大丈夫だと言われて安心して受け取ったのだった。

 母は髪を結い上げ金の簪を挿したが、ユリアナは結い上げることはできない。王家の色の水色の髪が遠くからでも見えるように、背中の中ほどまである髪をそのままおろすかハーフアップにしかできないのだ。その為おろした髪に金の細いカチューシャを着けた。これは以前父から贈られたものだ。髪型を楽しめないユリアナの為に選んでくれたのだ。細いと言っても金を編み込んだデザインの為地味さはない。

 支度が終え二人で会場まで向かった。もちろん客人が入る場所ではなく、王家の控えの間に。

 控えの間に着くと半数以上が揃っていた。父の姿はまだない。

「相変わらず地味なドレスね」

 そう言ってきたのは妹である第二王女フランカだ。半年程先に生まれただけのくせに姉を気取るなといつも何かと突っかかって来るのだ。そういうフランカは黄色のドレスに赤い薔薇のコサージュを着け、首にはピンクゴールドの鎖にたくさんの小さなルビーが散らばめられていて鮮やかだ。

 そこでふとユリアナは思った。インデスタ―王国にはたくさんの金山銀山があるが、ピンクゴールドは産出されないはずだと。父はユリアナたちにインデスタ―王国からの贈り物をつけるように言ったのに、フランカが着けていないということは、フランカが言われたことを守らず自由に選んだのか、フランカは父から何も言われていないかのどちらかなのだろうが、前者だとしたら怒られるのではないかと心配になった。外交問題になるかもしれないからだ。

「私はこういったデザインが好きなの」

 とりあえず様子見しようとそのことに触れずにユリアナは答えた。

「そうよねえ。その美しい髪だけでユリアナはお父様に喜ばれるから得よねえ」

 また始まった、とユリアナは思った。王家の色を一つも持たずに生まれたフランカにとって、全てを持っているユリアナは目障りな存在なのだろう、いつも王家の色のことで逆に嫌味を言われるのだ。

 今回も髪を高く結い上げているフランカに対して、真っ直ぐ川が流れるかのように背中に流れるユリアナの水色の髪は、フランカにとって妬ましいものなのだ。

 ユリアナはそれに答えることなく周りを見た。

 第三王女のラウラはピンクのドレスに白いレースがところどころ施されたドレスで三連のピンクダイヤのネックレスを着けている。

 よく見れば、ラウラの母は銀色のドレスを着ていて、首にはプラチナと思われる鎖に大きなイエローダイヤのペンダントトップが着いている。そしてフランカの母は青いドレスに全身銀糸で刺繍が施されたドレスを着ていて、首にはエメラルドだけが繋がっているネックレスをつけている。

 ユリアナの母と違って第一側妃のエステルは好んで王家の色の一つのエメラルドをいつも着けて舞踏会に出席する。それを王妃は快く思っていないことに全く気付いていないと母が言っていた。だからといって、母から助言することはない。本人たちで話をつけることだからだ。第四側妃が口出すことではない。ましてや親しいわけでもないのにと言っていたのを覚えている。

 第二側妃も結局金はつけていなかった。こうやってみると、きっと着けるように言われたのはユリアナたちだけなのだろう。何故かはわからないが。

 宝飾品を持っていないと思って着けるようと言われて渡されたのではないのは確かだ。目立たない程度に父から宝飾品やその他のものをたくさん贈られているから、どんなものを持っているか把握してるからだ。もちろん僅かながら自分たちで買ったものもあるが、買う前に贈られるので買う必要がないのだ。

 舞踏会前にいつも利用しているドレス店に仕立ててもらうために行くと父によって既に宝飾品が準備されていて、それにあったドレスを選ぶだけなのだ。今回もそれでドレスを選んだのだが、インデスタ―王国から贈られたものを身に着けるようにということは何らかしら意味があると思っていたのだが、宝飾品の指示をされたのはどうやらユリアナたちだけらしいことがわかった。

「いっつもぼうっとてし。頭の中はどうなっているの?見た目だけで中身は空っぽなのかしら?」

 そう言ってきたのはラウラだ。ラウラは目はエメラルド色で王家の色を一つ持っている。それでも全部持っているユリアナは目障りな存在らしい。

 こうやって顔を合わせると必ずこの二人に絡まれる。一番言われるのは『見た目だけ』『外見だけ』という言葉で、自分たちにはそれらはないが、母親の実家の爵位はユリアナより高く、後ろ盾もしっかりしていて自分たちの方が立場は上だということらしい。

 ユリアナの母の実家はクライフ子爵家で、妃の中で一番爵位は低いがお金には全く困っていない。母の姉が当主をしていて、堅実に領地を経営していてかなりの収益があるのだ。代々堅実に経営して溜まったお金で私腹を肥やすことなく、領地の土地整備や道路整備、農地改革を進めて行った結果、領民が多い領地になったのだ。その為入って来る税金も多いし、領民が多ければ様々な商売が発展し、賑やかな街で温泉があることもあって、観光客も多いので更にお金が入って来るのだ。

 また妹が側妃で更に産んだ王女が完璧な王家の色を持っていたということで社交界での立場や発言力も逆に上がった程らしい。叔母が遊びに来て是非姪である第一王女に会いたいと問い合わせがたくさん来るとぼやいていた。全て断っているから安心するようにとも。

 確かに貴族社会は爵位が一番に見られるが、収入の面で言えば、第三側妃の実家のブラッケ伯爵家よりかなり多いのが実情だ。だから当主である叔母も遊びに来る時にはたくさんのお土産を持ってきてくれる。美味しいお菓子はもちろん、最新の化粧品やガーナット王国の得意な精密道具のオルゴールなどもいくつももらった。

 オルゴールはどれも心が癒される音色で、母の為に叔母が買ってきているのだ。少しでも心穏やかに過ごせるようにと。

 義兄たちはそんなラウラとフランカの行動を止めさせようとはしない。王太子の長兄だけたまに割って入るのは誰も長兄には敵わないからだ。全ての色を持って生まれた長子で、母親は王妃、しかも公爵家の出身となれば、逆らう意欲はないのだろう。

 そんな長兄夫妻も今はまだいない。

「何とか言いなさいよ!本当に愚図ね!そんなだから学園に通わせてもらえなかったのよ。私はお父様に上位の成績でよく褒められたわ。ユリアナは邸に閉じこもってばかりで陰気なのよ!友達もいないじゃない。そんなんじゃお茶会も開けないわ」

 ラウラが言って来る。いつもと同じことを言われているだけなので、一言一句間違えずに言えそうだとユリアナは思って聞いていた。

「そうよ。ちょっと先に生まれたからってユリアナのことなんて姉とは思ってないんだから!」

 フランカである。確かに半年ほどしか変わらないが一応ユリアナが姉である。思いたくないならそれで構わないが対外的には姉と呼ぶべきだといつも思っているが、舞踏会の席でも姉と呼ぶことはない。いつもユリアナと呼んでくる。それだけ嫌なのだろうが、聞いている貴族は良い思いはしなだろう。いくら母親の実家の爵位が低くても、王家にとってはもちろんだが、国民にとっても王家の色を持っているというのは絶大な人気があるのだ。それも気に入らないことなのだろうけど。

 ユリアナはこういった場ではいつもできるだけ沈黙を貫く。言えることが何もないのだ。何を言っても悪く言われるからいつの間にか言葉が出て来なくなった。そして黙っていても怒られるのだが。

「見た目だけは可憐そうに見えて中身は真っ黒なんでしょ?自分は王家の色を全部持っているって優越感で私たちのことを見下しているから何も言わないのよ!」

「そうよ。お父様に似ているからっていい気になって!碌な勉強もしてないんじゃ降嫁先もないわね!」

「本当に!私たちにはもうお話が来ていて選び放題なんだけど、ユリアナには何も来てないんでしょ?王家の色を持っていたからって母親の爵位が低ければ皆さん尻込みするわよね。しかも第四側妃なんて一番下じゃない」

 その言葉にユリアナはムッとしたが顔には出さないようにした。お互いこういった場で母親の話はしないのが暗黙のルールなはずだ。自分の邸では好きなように言えば良いが王族が揃う場でその話をすれば、では第三側妃が次に下で第二側妃がその次に下でとなって結局王妃の言うことを全側妃が聞くことになるからだ。

 父はそれを良しと思ってはいない。王妃には王妃にしかできない仕事がもちろんあるので、側妃より重圧があり責任も重い。しかし側妃は入った順番なだけで順位ではないのだ。そして王妃が側妃たちに仕事以外のことで口出すことを好まない。

 それぞれが自由に生活できるようにといつも言っているそうだ。といってもメリッサはどこのお茶会にも行かないし、自分の邸で貴族の夫人を呼んでのお茶会をすることもないが。ただ母娘二人とアレッタの三人で穏やかに暮らしているだけだ。それがメリッサにとって自由な生活なのだ。

「だんまりで嫌になっちゃう。話してもつまらないわね!気の利いたことも言えないんじゃどこにも降嫁できないわよ!」

「誰も名乗りなんてあげないわ!いくら王女とはいえこんなつまらない子を妻に望む人なんているわけないじゃない」

「そうそう、舞踏会でもダンスもせずに挨拶が終わったらさっさと帰って行くし。王族の義務が果たせてないわ!」

「そうよ。一応慰問には言っているみたいだけど庶民の人気が取れそうなところばかりに行って王家の所領とかの視察には行かないものね!何日も王都から離れたくない理由でもあるのかしら?

 所領の視察はユリアナ以外の全員で賄っているのよ!何故ユリアナたちが除外されているのよ!」

 それはユリアナも疑問だった。しかし王都での仕事しか回ってこないのだ。きっと父がそうしているのだろうと考えて聞いたことがある。

 その時に言われたのが、ユリアナが所領に視察に行けば何日も邸を空けることになる。それではメリッサが可哀想だと。その逆もあって、ただでさえ少ない邸に侍女と二人では寂しいだろうからユリアナもメリッサも王都を空けて行う仕事はしなくても良いと言われた。

 だがきっと理由はそれだけではない。父はまた毒を盛られることを恐れているのだ。

 だが、そんなことは言えない。特別視されていると言われるからだ。

「きっと所領の視察は私には大きすぎる仕事だと思われているのよ」

 そう言ったユリアナに二人はにんまりと笑った。

「そうよねえ。ユリアナには無理よ。せいぜい小さな孤児院くらいよね」

「考えてみればそうよねえ。所領の視察なんて学園も出ていないような王女にさせられないわ」

 そのままずっと二人はユリアナを貶し続け、ユリアナは黙ってそれを聞いていた。二人の母親もそれを止めない。どちらかが止めに入れば先に入らなかった方が、後からもし陛下に知られたらお叱りを受けるからだ。黙っていれば子どもたちのいつもの言い合いだと言って乗り切れる。言われているのはユリアナだけだが。

 そしてこんな時は一緒にユリアナを罵るのに息がピッタリな二人は仲が悪いのが実情だ。

 ラウラは目だけだが王家の色を持っているが、フランカは全て持っていない。そのことで二人の時はラウラがフランカを罵っているらしい。フランカが姉なのだが、ラウラにしてみれば、ユリアナとフランカの生まれた月の差と同じ程ラウラとフランカの生まれた月が離れているだけなので姉だと思わないと言っているらしい。

 しかし学園に行けばラウラが下の学年になるのだから明確にフランカが姉なのだが。

 そうこうしている間に揃い出して、最後に父である陛下が入って来た。

 そろそろ舞踏会の開始の時刻だ。やっと逃れられたとユリアナが肩の力を抜くと、メリッサがよく頑張ったという目で見て来るのに頷いて答えた。

 鐘が鳴り扉が開かれた。舞踏会場にある王家専用の扉だ。陛下と王妃、王太子と王太子妃、それに続いて王太子の弟になる一番下の王子、第一側妃とその子どもといった順番で会場の奥の中央に用意された一段高い場所に出て行く。陛下と王妃は着席だ。

 会場にいた全員がこちらを向いている。

 陛下が立ち上がり声を張り上げた。そうでもしなければ後ろまで聞こえない広さなのだ。

「ガーナット王国は建国400年を迎えた。これは国を支えてくれたこの場にいる者たちも含めた多くの国民によってなされたことだ。そしてまた、近隣諸国の友人たちのおかげでもある。

 長くはしゃべるまい。更なる発展を求めて我は努める。この場にいる臣下客人たちにその姿を見ていてもらいたい。

 では、乾杯!」

 全員がグラスを上げて口を付けた後大きな拍手に包まれた。鳴り止まない拍手は父がガーナット王国の国王として慕われているからだろう。

 それに手を振って王家が応える。数分続いた拍手が終わると祝辞を述べる列ができ始めた。まずは他国からの来賓客だ。

 今回は建国400年というのもあって、近隣諸国からは普段の建国祭には外務大臣が来ることが多いのだが、今回は王族が来ている国が多い。

 建国祭前からガーナット王国に来て、既に外交会談を終えている国ばかりで顔見知りなのか、父が気さくに話している。

 そんな中、5番目に挨拶に来たのがインデスタ―王国の王太子一行だった。王太子はフレデリクというらしい。外務大臣を含む臣下を連れてにこやかに父と話している。

 なんて美しい銀色の髪なのかしら、とユリアナは驚いた。

 今まで見たことがないわ。インデスタ―王国にはこのような髪の色の人が大勢いるのかしら?そんなことを考えていると父がユリアナを呼んだ。こういった場で呼ばれることは滅多にないことなので慌てて父の側に行った。

「インデスタ―王国王太子のフレデリクと申します。ユリアナ王女、初にお目見えいたします」

 挨拶をされて一瞬戸惑って父を見ると父はフレデリクを見ていた。

「第一王女ユリアナでございます。初の御目文字いたします。ガーナット王国へようこそおいでくださいました」

「ユリアナ王女。よろしければこの後お時間を私にいただけますでしょうか?」

 え!とユリアナは声に出そうになるのを何とか堪えた。それはダンスの誘いだからだ。また慌てて父を見るとフレデリクを見たまま頷いたのを見てユリアナはフレデリクを見た。

「私でよろしければ」

「ありがとうございます。では今から少しお話しませんか?」

 また父を見ると頷いているのでユリアナはフレデリクを見ると既に手が差し出されていた。ユリアナはその手に自分の手を重ねるとその場を後にした。

 本来ならこんな序盤に王家の席からユリアナがいなくなることはない。というか挨拶が終われば帰る予定だったのだ。しかし今回は早々とインデスタ―王国の王太子と席を外すことになった。一体どういうことだと思いながらも付いて行くと会場の壁際の方のテーブルに案内され、フレデリクは通りかかった給仕に話しかけている。

「ユリアナ王女はお酒を飲めますか?飲めないなら果実水を持って来てもらいましょう」

 そうフレデリクが話しかけてきた。

「お酒は飲めません。果実水でお願いします」

 そう答えると給仕が去って行き別の給仕が来てフレデリクが果実水を取って渡してくれた。フレデリクは白ワインを飲んでいるようだ。

「ガーナット王国は良い国ですね。国王陛下がとても国民から慕われていると聞いています。しかも精密道具の開発も目まぐるしい発展をしていますからね。昨日は工房の一つに視察をさせていただきました」

 ユリアナは自分に会って一番に容姿に触れない人は初めてだと思った。いくら他国からだとしてもこの国の王家の色ということを知らない人はいないらしいから。以前会った他国の王子には真っ先に容姿を言われたのだ。美しいとか何とか。

「そう言っていただけると嬉しいです。父も喜びますわ」

 そう言ってフレデリクを見ると真っ直ぐな紫の瞳が心臓を射抜いて来そうで、ユリアナは急に胸が脈打ち始めるのを感じた。

「知っていますか?インデスタ―王国からガーナット王国に来るまでの日数を」

 ユリアナはドキドキする胸を押さえながら答えた。

「そうですね。きっと陸路なら半月はかかるでしょう。海路なら10日ほどでしょうか。あ、でも行きと帰りでは海流の関係で違うでしょうね。帰りは12日ほどでしょうか?」

 そう答えるとにっこりとフレデリクが笑った。

「正解です。私は今回海路を選びました。移動時間が短いからというのもありますが、船旅が安全な時期なので。船旅は良いですよ。どこまでも続く水平線を見ていると、自分が如何に小さな人間かってことを考えさせられます」

「そんな小さなだなんて。とてもそんな風には見えませんわ。でも私も一度は船旅をしてみたいです」

 そう言ってユリアナはほほ笑んだ。するとフレデリクが一瞬目を反らし、直ぐにまた真っ直ぐに見つめて来る。

「そう言っていただけて光栄です。ところで、今日ユリアナ王女が着けてくださっているのは我が国からの建国のお祝いの品ですね。とても似合っています」

「ありがとうございます。たくさん贈ってくださったそうで感謝いたします。その中から父が私にはこれを選んでくれたのです」

「そうなのですね。恐れながら、偶然かと思いますが、私の目と同じ色の石を着けてくださっているので、ユリアナ王女にとても似合っているのを嬉しく感じています」

 ユリアナは頬が熱くなるのを感じた。そうか。同じ色だ。そう思った瞬間更に心臓が脈打ち始めた。

「あ、ありがとうございます。そのようなつもりはなかったのですが、確かに同じですね。そう言っていただけて私も嬉しいです」

 ユリアナは自分で言ってはっとした。これではあなたの色を身に着けているのか嬉しいと言っているようなものだ。恥ずかしくて俯くユリアナにフレデリクが新しい果実水を渡してくれる。そして料理の中から食べやすい大きさの果物を取り分けてくれた。

「ガーナット王国は温暖な気候の為か珍しい果物が多いですね。市場に行ったら見たことがない果物がたくさんあって色々買って食べてみました」

「そうなんですね。確かに果物の種類は多いかもしれません。それに安価なので庶民が手に取りやすいのです。寒い国に行くと果物は高価なものがあると聞いたことがありますから」

「そうですね。確かに比較的果物は安かったですね。だからどれだけ買っても連れていた侍従に怒られることはありませんでした」

 そう言って朗らかに笑うフレデリクは煌めいていて、その煌めきが背の高いフレデリクを見上げる形になる自分に降り注いているようだとユリアナは感じた。その煌めきは心地よく降り注ぎ、心が浮き立つようだった。

「次の曲で踊っていただけますか?」

 もうそんな時間か。いつの間にか父と王妃のダンスも終わりそれぞれが好きなように踊っている。珍しく挨拶の時間が終わっても会場にいるユリアナに視線が向けられていることに気付いた。

「あの。私、こういった場でダンスをすることが普段ないので、ちゃんと踊れるかどうか・・・」

「僕がリードしますから大丈夫ですよ」

「そうおっしゃっていただけるなら。後、その、いつもは挨拶の後会場から下がるのですが、今回フレデリク王太子殿下からのお誘いにお応えしても良いと父が言うのでお受けしましたが、他の方とは踊りたくないので、できればダンスが終わったら会場の外に連れ出してもらえませんか?」

「もちろんです。なんだか僕が特別な栄誉を得られたようで嬉しいです」

「そんな、栄誉だなんて。そんな大層なものではありません。私はちゃんと踊れるかもわかりませんから、フレデリク王太子殿下に恥をかかせないよう頑張るだけです」

「わかりました。では参りましょう」

 そう言って差し出された手にユリアナは手を重ね中央へと歩いて行く。一斉に注目を浴びたのが分かった。それでも怖じ気づかないよう真っ直ぐ前を見る。

 そして手が離れると向かい合ってお辞儀をした。いよいよダンスが始まる。

 初歩的なワルツの音色が聞こえてきてユリアナはほっとした。これなら失敗しないだろうと。

 フレデリクのリードは完璧で羽が生えているかのように軽く揺れているだけでステップが踏めてしまう。見上げるフレデリクからは相変わらず煌めきが降り注ぎ、ユリアナはその心地よさに自然と笑みが浮かんだ。

「お上手ですね」

「いいえ。フレデリク王太子殿下のおかげです。こんなに軽く踊れたのは初めてです」

「私もこんなに楽しいダンスは初めてです。いつまでも踊っていたい気持ちになります」

「私もです」

 そう答えたユリアナはこの時間の尊さと儚さを感じていた。二度とこんな時間は訪れないのではないかと。次にフレデリクに会えるとしたらいつになるだろうか?そもそももう一度会える保証はどこにもない。他国の王太子なのだから。きっと婚約者や婚約者候補がたくさんいるだろう。

 そこにユリアナの入る場所はない。そう思った瞬間にユリアナは思った。

 ああ、私はこの方に恋をしてしまったと。ほんの僅かな間、いや出会った一瞬の間にユリアナの心はフレデリクに囚われてしまったのだと。きっとこの銀色の髪を見た瞬間に既に囚われていたのだ。そして僅かな時間の会話で更に好意を持ってしまった。

 恋した瞬間に諦めねばならないなんて。でも出会わなければ良かったとは思わない。この先何があってもこの一瞬一瞬を忘れることはないだろう。

 そう思いながら踊り切った。手を離す時は離したくないと思って間ができてしまった程に。

「さあ、退場しましょう」

 フレデリクに促され再度フレデリクのエスコートで会場を歩き始めたユリアナに視線が集中する。その視線は様々なものが混ざり合っていて、珍しくユリアナがダンスをしていたことに驚くと同時に自分も誘いたいという男性の視線と、美貌の王太子フレデリクのエスコートで歩くユリアナへの嫉妬があるのかもしれない。

 どちらにしても早くこの場から離れたいと思い全ての視線を振り払い歩き続けた。

 会場の外に出て廊下を歩く。人がいなくなったところでユリアナは立ち止った。

「ここまでで大丈夫です。もう一人で戻れますので」

「いいえ、心配です。他の来客者たちが立ち入れない場所まで送らせてください。どうか僕の我儘を聞いてもらえませんか?」

 そんな言い方はズルい。断れないではないか。恋した相手にそんな風に言われて断れるわけがない。

「ではお願いします。もう少し先までですが」

「ええ。参りましょう」

 人目がなくなってもそのまま引き続きエスコートして横を歩くフレデリクから伝わる体温に、ユリアナは自分の心音がどうか聞こえませんようにと祈った。それだけ早鐘を打つ胸が痛い。

「国に戻ったら今度はユリアナ王女宛に僕が選んだ物を贈らせてください。必ず似合うものを選んでみせますから」

 何故そんなユリアナの心を揺らすことを言うのか。それでも嬉しくてつい頷いてしまう。

「ありがとうございます」

「約束しますよ。必ず喜んでいただけるものを贈ります」

 恥ずかしくなってユリアナは俯いた。それと同時にサラリと髪が肩から流れ落ちてくる。

「今、美しい川が流れているように感じました」

 そう言って空いている方の手でフレデリクがユリアナの髪を一房持つと口付けるのを感じた。もちろん髪に感覚はない。しかしまるで感覚があるかのようにその場所が熱く感じて、きっと首から上は真っ赤だろう。首が隠れていて良かったとユリアナは思った。

「すみません。初対面でこんなことをするつもりはなかったのですが、余りにも美しくて」

 そんなフレデリクの謝罪すらも全てが誉め言葉に感じユリアナは首を振った。

「いえ、構いません。私の髪で良ければ」

 そう言ってしまうのをもう止められなかった。それはそれ以上をしても構わないと捉えられてしまう可能性があるのにも関わらず。この瞬間を逃せばもう会えないと思うとどうしても離れがたい。

 少しでもフレデリクに答えたいと思ってしまうのだ。こんな感情があるのをユリアナは知らなかった。そして痛くて苦しくて、それでいて幸せで、この時間が永遠に続いて欲しいと思ってしまう。

 そんなことありえないのに。

 王城から出て王宮に入った場所で立ち止まる。さすがにこの先には一緒に行けない。

「ありがとうございました。ここでもう大丈夫です」

「そうですか。どうか私のことを覚えていてください。ユリアナ」

 そう呼ばれた瞬間心臓が止まるかと思った。そしてずっと聞いていたいとも思ってしまった。この人に名前を呼ばれたい。こうして一緒に過ごしながらその優しい声で名前を呼んで欲しいと。

 ユリアナはフレデリクを見上げた。

「はい。わかりました。フレデリク王太子殿下も私のことを覚えていてくださると嬉しいです」

 そう言うとフレデリクがまた髪を一房持つと口付けてきた。それからユリアナの手を持つと指先にも口付ける。

「僕がユリアナを忘れることはありません。どうか僕のことも名前で呼んでください」

 そう請うフレデリクにユリアナは心の赴くまま答えた。

「フレデリク様」

 そう呼ぶとユリアナの中でフレデリクの存在が一段と膨れ上がった。

「はい。少し恥ずかしいですが、嬉しいものですね。ユリアナにそう呼ばれるのは」

 そう言って笑うフレデリクにユリアナも笑みを浮かべた。また会える日は来るだろうか?またこう呼べる日が来るだろうか?淡い期待を胸にユリアナは別れを告げる。

「ではまた。ありがとうございました」

「ええ。ではまた。お体に気を付けてください。必ずまた会える日が来ますから」

 そんな自信がどこから出るのかわからないが今はその言葉を信じたい。

「お休みなさい」

 そう言ってユリアナはフレデリクに背を向けた。背中に見送るフレデリクの視線を感じる。その場所から熱が広がり体が熱くなるのを感じた。こんな感情は本当に知らない。自分はどうしてしまったのか。

 王宮の奥へ奥へと歩き、フレデリクの視線が届かなくなる場所まで来ても背中に熱を感じた。


「お帰りなさい。意外に早かったわね」

 そう言ったのは母だ。既に会場を後にしていたのだろう。戻って来たユリアナの様子を気にしているようだ。

「どうだった?あなたがダンスをする時間まで私はいなかったのよ。上手く踊れたかしら?」

「ええ。羽が生えているようなダンスだったわ」

「そう良かったわ。素敵な方だったわね」

「ええ。とっても」

 うっとりと答えるユリアナにメリッサが話しかける。

「それは何よりね。あなたが嬉しそうで私も嬉しいわ」

「うん」

「さあ、湯浴みしたら休みなさい。忙しかったから疲れたでしょうし。私は先にもう休むわね」

 そう言って談話室からメリッサが出て行くと、アレッタに手伝ってもらって湯浴みをしてユリアナも部屋へと行った。そしてベッドに横たわる。

 はあ、どうしよう。ユリアナは天蓋を見ながら心に問いかけた。

 フレデリクに心を囚われてしまった。恋をしてしまった。また会いたい。声を聞きたい。もう止まらない。でも止めなければならない。

 相手は他国の王太子だ。ユリアナの恋が叶うはずがない。ああ、なんてことだろう。忘れることができるだろうか。

 そう思った瞬間。覚えて居てい欲しいというフレデリクの言葉が頭を過る。

「覚えていても良いの?」

 空中に問いかける。もちろん返事はない。

 本当にまた会える?その言葉を信じても良い?わからない。何故フレデリクがそう言ったのか。

 ユリアナは恋とはこんなに苦しいのだと知った。それでも嫌な苦しみではない。だからと言って嬉しいものでもない。これが叶うなら嬉しい苦しみになるのに。

 考えれば考えるほど苦しみが増す。瞼を閉じると目に浮かぶあの紫の瞳がユリアナを見ている。

 あの瞳の中に入りたい。ユリアナを映して欲しい。また髪に指に口付けて欲しい。

 エスコートしてもらった時に重ねた手は大きかった。あの手で頬を撫でて欲しい。そして唇に口付けて欲しい。

 そこまで考えてユリアナは自分の浅はかな妄想に戸惑った。

 どうしたら良いのだろう?母にも父にも言えない。こんな思い。

 いつか消えるのだろうか?いつまでもこんな夜を過ごしたくない。でも幸せだった数刻前を思い出すだけで心が疼く。どうかどうか、もう一度で良いから会いたい。会って何故こんなことを言ったのか聞きたい。言われた言葉を信じさせて欲しい。そんなことを思ってしまう。思ってはいけないのに。

 ユリアナは王女だ。恋しい人と結ばれることはない。父が選んだ人の元へ降嫁するか、独身のまま王家に残るかになるだろう。何故なら、ユリアナは王家の色を全て持っているから。

 ユリアナはぎゅっと瞼を閉じてフレデリクを思い出さないようにと願った。


 その頃フレデリクは王都の宿にいた。王都で一番大きな宿の3階で、下と上の階には別の国の関係者が宿泊しているようだ。顔を合わせないで済むようになっているので安心だ。煩わしい交流もしなくて良い。各階貸切状態だ。護衛もその方がしやすい。

 ガーナット国王はフレデリクの意図に気付いたようだった。

 フレデリクがユリアナにダンスの申し込みをしたのを許可したということは、そういうことだろう。フレデリクが調べた限り、ユリアナが舞踏会でダンスをしたことはないはずだ。

 調べた資料には挨拶が終われば即退席すると書かれていた。だからフレデリクは序盤に挨拶に行き申し込んだのだ。上手く行って良かった。

 ユリアナは少しだけ目尻が下がった優しげな顔立ちの可愛らしい女性だった。確かに父親である国王に似ていた。ガーナット国王も優しげな風貌なのだ。

 金とエメラルド色の目で見つめられると心がざわめいた。ずっと見つめていたい、そんな感情に駆られそのまま腕の中に閉じ込めたくなった。

 話し方も立ち振舞も気品かあり、冷静に物事を考えられる思考の持ち主だった。王都にある貴族王族が通う学園には通わなかったらしいが、家庭教師か誰かにきちんと学んだのだろう。

 後は元々の性格や育ち方もあるのだろう。とても好感が持てる女性だった。

 是非王太子妃に迎えたい。明日の帰国前に王家に打診したいくらいだが、それでは余りにも不躾で浅ましく思われてしまうと思い我慢した。

 帰国したら直ぐに議会と陛下に許可を取り正式に申し込もう。

 嫁いで来るのはできるだけ早い方が良い。どれだけ期間を縮められるか。国家間の婚姻の為、最低限の段階を踏まなければならない。

 だが早く側に来て欲しい。そんな思いで気が急く。

 ユリアナが微笑むとありきたりだが花が咲いたようだった。本当に花が咲いたという表現を自分が思うことになるとは思わなかった。

 自分の側で微笑んでいて欲しい。そんな願いが生まれたのは会話をして直ぐだった。いや、挨拶の時に目が合った瞬間に、フレデリクの心は絡め取られた。

 ああ、ずっと側にいて欲しい。側にいたい。

 柄にもなく、髪に口付けるなど初めてした。はっきり言えなかったから思わせぶりなことを言ってしまった。そんなフレデリクをユリアナはどう思っただろうか。

 そうか、断わられることもあるかもしれないのだ。国王の暗黙の許可を得たと思って安心していたが、ユリアナ自身はフレデリクのことをどう感じただろうか?

 時折頬を染めていたから印象は悪くないだろうと勝手に思っていたが、戸惑っていただけだとしたら?

 勝算はあるのか?ユリアナと結婚したいが、義務としてだけで受け入れられるのではなく、本当の夫婦として仲睦まじく生活したい。

 そうなる為にはどうしたら良い? 

 とにかく帰ったら約束通り、ユリアナに似合う宝飾品を探そう。もちろんアメジストがあしらわれているものだ。

 そう言えば、前日に王家全員に配っても余るほどの宝飾品を贈ったが、実際に身につけてくれていたのはユリアナとその母だけだった。

 気を遣ってくれたのか?それとも他に意図があったのか?まさか、そんなことはないだろう。

 フレデリクが指摘するまでフレデリクの色を身につけているとユリアナは気付いていなかった。

 あの品がユリアナに渡って良かった。贈ったものの中では値段的には中間程たが、やはりフレデリクの色というのもあってユリアナがつけていてくれて良かった。

 きっと他の王族がつけていても気にも止めなかっただろう。ユリアナだからこそ気付き嬉しくなったのだ。

 ダンスをしている時にフレデリクは感じた。

 ああ、これはやられた。囚われてしまったと。

 21歳にもなって使いたくないが、正に恋に落ちたと思った。

 もはや自分の妃はユリアナしかいない。他の誰でも満足できない。納得できない。

 早く国に帰りたい。本当はもう一目ユリアナに会いたいがそんな暇はない。早く帰って一刻も早く申し込みをしなければ。

 夜が明けたら出発だ。早く夜が明けろとフレデリクは願った。

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