母の出産を見守る王太子妃と命懸けで愛する人の子を産む元側妃と新しい命
王太子妃としての仕事は順調そのもので、勉強の成果も出て、王太子妃の補佐をする文官たちから感謝されたり、王家の所領の中でフレデリクとユリアナに任させれている領地に視察にも行き、王都を中心に慰問や視察が殺到し、毎日が充実していてあっという間に二カ月が過ぎていた。
もちろんフレデリクが側にいてくれるから心強いのもあって、この二カ月で二人の信頼関係は更に深まった。
夜の求めにも毎日応じているからか段々体力もついてきて、逆に朝を気持ち良く迎えられるようになった自分にユリアナは最近驚いている。それに、隣に信頼している夫が寝ていると思うと安心するのかよく眠れるのだ。
その日も気持ち良く目覚め、フレデリクと共に朝食を摂り、執務室で資料を読んでいる時だった。慌てた様子でイングリッドがやって来た。
「邸から急ぎの連絡が来たわ!メリッサが産気付いたようよ。早く行きましょう!」
ユリアナは頷き急いで王城を後にした。
アレリード伯爵家に着くと邸内がバタバタしていた。メイドたちがお湯や新しいタオルを母の部屋に運び込んでいる。
「お母様!」
メリッサは母の部屋に飛び込んだ。既に典医の娘のアイラが来ていて母の腰を擦っていた。母が苦しそうに呻いている。しばらくすると少し落ち着いたのかユリアナの方を向いた。
「ユリアナ、お義母様、お仕事中だったでしょうに。私なら大丈夫ですよ」
「何を言っているの!孫が産まれるのよ!戻って来るに決まっているでしょ!」
「そうよ!お母様のところに来るに決まっているじゃない!」
そう言ってユリアナは母の手を握った。するとまた母が苦しみ始め、アイラがその腰を撫でる。母がユリアナの手を握る力が強くなってくるのと同じくして、痛みが治まっているのと痛みに苦しむ感覚が短くなって行く。
「破水したわね。長くなるかもしれませんが落ち着いてくださいね」
腰を撫でていたアイラが母の体を仰向けにし、足を開かせ太ももを撫でて母を落ち着かせている。
「お母様。大丈夫よ。みんなが付いているから」
顔を歪めながら母が頷いている。アイラの助手が様々なものをアイラの横に並べ始めた。
「苦しいでしょうが落ち着いて息をしてください」
母の口に布が嵌められ縛られた。母が食いしばってユリアナの手を強く握ってくる。
「王太子妃殿下の手が折れてしまいますからこちらを握ってください」
そう言ってアイラがユリアナの手を握っていた母の手を外し、天蓋からぶら下がっていた布を握らせる。ユリアナはその母の手を上から包みこんだ。イングリッドは母の肩を撫でながらアイラに言われた通りの呼吸を一緒にして促している。
母は苦しみながら、呻きながら荒い呼吸で何とかイングリッドと呼吸を合わせようとしている。
ユリアナはそんな母を見つめていた。自分を産んだ時もこんなに苦しかったのかと思うと、その時に信頼できる人は側にいてくれたのかと今になって心配になった。
「お母様!」
ユリアナは母に呼びかけた。その呼びかけに母が気付きユリアナを見た。大丈夫というように。
その後も苦しみながら大きく息をしいきむ。その繰り返しだ。
「頭が見えてきましたよ!もう少しです!落ち着いてゆっくり息をしてください!」
アイラが落ち着けというように太ももを撫でている。
それからどれくらい経っただろう、ユリアナは早く生まれてきてと願いながら母の手を強く握り締めた時だった。
「おぎゃー」
と聞こえアイラの方を見ると赤ん坊を支えていた。
「おめでとうこざいます。可愛らしいご子息ですよ」
「はあ、はあ、色は?はあ、ユリアナ、色はどう?」
ユリアナは赤ん坊に近づくと目の色を確認した。
「お母様。紫の髪に金色の目をした可愛い赤ちゃんですよ」
「琥珀じゃなく?」
「はい。金色です」
それを聞いて母は泣き出した。何よりも子の色を気にするとは。母は間違いなくまた王家の色を持った子を産んだ。本来なら第六王子となる子だ。しかしこの子はアレリード伯爵家の跡継ぎだ。母国には返さない。改めて強い意志をユリアナは持った。
「母子ともにお体に問題はありません。安心なさってください」
それを聞き改めてほっとしたユリアナは涙を零した。
「ありがとうございます」
母はまだ落ち着かない息と、生まれた子の色で安心したのか、不安になったのかわからない表情で答えている。
「お母様。名前はどうしますか?男の子よ。お父様に似た名前にしましょうよ」
「そんな、恐れ多いわ」
「さあどうぞ、抱いてあげてください」
そこにアイラが診察と産湯が終わった赤ん坊を母へと渡した。小さな手を握り締めて薄っすら目を開けて母を見ている。
「まあ、可愛らしい。目元がユリアナにそっくりだわ。本当に可愛らしい」
そう言って母は更に泣き出した。
「赤ちゃんてこんなに可愛いかったのね」
そう言って頭に頬ずりしている。
「メリッサ。よく頑張ったわね。お疲れ様。可愛い子だわ。将来モテるに違いないわね。今から楽しみよ。長生きしなくちゃね」
イングリッドがそっと赤ん坊の頭を撫でた。ユリアナもその紫の髪に触れ撫でてみる。弟ができた。実感がまだ湧かないが、母と弟が無事で良かったと安堵した。
そこで片付けをしていたアイラがユリアナをじっと見たかと思うと声をかけてきた。
「王太子妃殿下。最後に月のものが来たのはいつですか?」
「え?そうね、忙しくて覚えてないけど最近なかったかもしれない」
その言葉にその場にいる全員がユリアナを見た。
「えっ?」
「殿下。検査をしましょう」
そう言われてあれよあれよと言う間に検査をされてアイラが口を開いた。
「おめでとうございます。ご懐妊です。二カ月ほどですから大事な時なので無理なされませんように。仕事は調整してください」
「まあ!」
「えっ!?」
「あらまあ!」
母とユリアナとイングリッドが同時に声を上げた。
「おめでとうユリアナ」
母がまた泣き出した。
「おめでとう、ユリアナ。私にひ孫ができるわ!」
「本当に?!」
そう言いながらも初夜の日を思い出していた。フレデリクにはもういるかもしれないと冗談めかして言ったが、ユリアナはもういるようにあの夜感じていたのだ。それは直感としか言いようがないが、フレデリクとの何度目かの行為の後、子が宿ったような気がしたのだ。不思議な感覚だったので覚えている。あの時の直感が本当になったのだろうか?何にせよ、結婚早々妊娠したのは間違いない。ユリアナは報告した時のフレデリクの顔を思い描いた。嬉しさと少しの不安が混ざった感情をどう伝えたら良いかわからない。
必ず喜んでくれる。その自信はある。ただ初めての妊娠にユリアナは戸惑った。無事に出産までいけるか。そして出産できるか。万が一などあってはならない。俄にユリアナは緊張した。
部屋が片づけられ、母も落ち着きを取り戻した頃、子どもの名前がアルフォンスに決まった。ユリアナが付けた名前だ。アルと呼べば父を思い出すだろうと思ったのだ。
初めての授乳が終わった頃、フレデリクが駆けつけた。仕事が立て込んでいたはすだがら相当急いだのだろう。
「義母上。おめでとうございます」
そう言った後、アルフォンスが寝ている籠を覗き込みぷにぷにの頬をつついている。
「可愛いなあ。義母上にも似ているけど目元はユリアナだな」
「そうなんです。きっとお父様に似た子に育つわ」
ユリアナが言うとフレデリクが笑った。
「僕たちも早く欲しいな」
そう言ってユリアナを見たフレデリクにユリアナはもじもじしながらいつ言い出そうか迷った。
「どうした?すまない。急かしてはいないからな」
「いいえ、あの」
ユリアナはお腹を撫でた。
「どこか辛いのか?安産だったと聞いたが不安なことでもあったか?」
フレデリクは優しい。一番にユリアナを気にかけてくれる。周りもユリアナが言い出すのを待っているようだ。
「あのですね。実は先ほど検査をしてもらいまして、お腹にフレデリク様のお子がいることがわかりました」
フレデリクは呆けた顔をした後破顔した。
「そうか!そうか!ユリアナ、凄いぞ!公務は減らそうな。ユリアナにもしものことがあってはならないからな。
移動は僕が抱き上げた方が安心で良いな。あとは、食事も変えた方がいいだろうし、直ぐに料理長に伝えよう。
そうか、ユリアナと僕の子か。嬉しいものだな。僕は何をしたら良い?何でも言ってくれ」
ユリアナを抱きしめ頬に頬ずりしながらフレデリクが問う。
「フレデリク殿下おめでとうございます。ユリアナの公務の調整は私がするから安心なさい」
イングリッドが言う。
「大伯母上頼んだぞ」
「大丈夫。大事なひ孫が産まれるのですから完璧に調整するわ」
そこへアイラが話に入ってきた。
「恐れながら王太子殿下には、勉強していただきたいことがあります」
「勉強?」
「はい。妊娠中の夫婦の夜の営みの仕方についてです」
珍しくフレデリクの頬が染まっている。子どもができたことに夢中になっていてそういったことは頭になかったのだろう。
「そ、そうだな。大切なことだ。後で教えて欲しい」
「かしこまりました」
ユリアナはフレデリクを見つめた。きっとこの人に似た子が生まれてくる。可愛いに違いない。愛しい我が子を抱く日が待ち遠しかった。
「さあ。メリッサは疲れたでしょうから眠りなさい。アルフォンスは私とユリアナで見てるから。みんな、部屋から出ましょう。
メリッサ。安心してゆっくり眠りなさい。母体が元気じゃないと母乳も出ないわ。山羊の乳でも良いけど、母乳が出るならそれに越したことはないんだから」
「ありがとうございます。それでは少し眠ります。アレッタ。悪いけど、明日から自分の部屋に戻るからマリたちと準備をしてくれる?ここより広いからアルフォンスと一緒に過ごしやすいと思うの」
「かしこまりました。明日の朝から使えるように準備いたします」
そして全員が部屋を後にした。アレッタたちは部屋の準備に行き、ユリアナとイングリッドとフレデリクが談話室に集まった。もちろんアルフォンスも。今はすやすやと眠っている。
ユリアナがハーブティーを淹れて配る。
「本当に良いことばかりだわ。可愛い娘ができて、孫が二人でしょ?そこにひ孫が生まれるのよ。この年でこんな嬉しい日が来るとは思ってなかったわ」
イングリッドがアルフォンスを見つめながら言う表情が活き活きとしている。
「私も嬉しいです。優しくて注意するところはしてくれるお祖母様ができて凄く頼もしいです。母も安心していると思います。お祖母様のおかげで母国に帰らなくても大丈夫ですし。この国でお祖母様の元で暮らしたほうが母は幸せです。何より、お祖母様の側は不思議と元気が出て明るい気持ちになるんです」
「そう言ってくれると嬉しいわ。ユリアナはこの国に来てどんどん美しさに磨きがかかってきたわ。誰のおかげかしらね?」
ふふと笑ってイングリッドがフレデリクを見る。
「もちろん、僕ですよ。僕が毎日愛情を注いでますからね。時々誰にも見せたくないと思いますよ」
「まあ!盛大な惚気ね。狭量な夫は嫌われるわよ」
ユリアナは頬を染めながらアルフォンスを見て顔を逸らした。
「本当に可愛いわ。アルフォンス。お姉様が一緒に遊んであげますからね」
こうして無事に出産が終わり、ユリアナとフレデリクは一晩泊まり、翌朝元気な母の顔を見ながら食事をして王城に戻った。
王城に戻った二人はその足で国王に妊娠を報告に行った。国王は喜び、隣の部屋で執務をしていた王妃を呼び伝え、王妃にぎゅっと抱きしめられ喜ばれた。
王宮に行きマレーナに伝えると抱きついて喜んでくれた。まだ何の反応もないユリアナのお腹に耳を当てたりしてはしゃいでいる姿が可愛いと思い、たくさんの人に喜ばれて生まれてくるこの子は幸せに違いないと確信した。
そして三ヶ月後。ユリアナの妊娠が広報から発表されインデスター王国はお祭り騒ぎになった。もちろんガーナット王国にも報告され、国としてとは別に、父から私的な手紙を受け取った。
父からは無理せず心穏やかに過ごすようにと書かれていて、初孫だと喜んでいると書かれていた。王太子である義兄夫婦にはまだ子どもがいないし、他に結婚している兄妹もいない為ユリアナの産む子が初孫となるようだ。
手紙にはユリアナが心穏やかに過ごせるようにと、オルゴールが一緒に送られてきた。
クリスタルでできた聖霊リューディアとスティーナの像が載っているもので、オルゴールを鳴らすとゆっくりその像が回るようになっていた。光の反射でキラキラと光る像は、見るだけで穏やかな気持ちになる。
ユリアナは父に感謝の手紙とハンカチを贈ることにした。公務が減って最近刺繍ばかりしているのだ。アルフォンス用にユリアナが刺繍したおくるみや服などをたくさん作っているのだ。
父にもハンカチにガーナット王国の国旗を刺繍したものを作った。他にも馬や鳥などを刺繍し5枚のハンカチが完成し、王城の父の執務室宛に送った。
更に一ヶ月後。アルフォンスはすくすく成長し、どんどん可愛いさが増していて、よりユリアナに、というか父に似た目元になってきた。
そろそろ伝えないといけないと、いよいよ母が父に子どもを出産していたことを伝える手紙を送った。
隠し通すことはさすがにできないからだ。琥珀色の目なら跡継ぎの為に自分に似た子を養子にしたと言い逃れできるが、金色の目ではそうもいかない。どんな反応が返ってくるか不安だという母に、父なら素直に喜ぶだろうと勇気づけたのだった。