画策する王太子と更に画策する王女
「なるほど。そうなってくると、予定は早めた方が良いな。直ぐにメリッサ殿の国籍変更に移ろう」
「父上、了承は取れましたか?」
「ああ、向こうは是非とは言っているが、本人に会ってからその場で返事をするとも言っている。やはり会ってみないことにはな。後は、ガーナット王国から何と言って来るかだが、私の予想では問題ないだろう」
「ガーナット国王は自分の子どもを他国で育てることに問題を感じませんか?」
「うちは子どもが少ないから想像できないかもしれないが、あっちはたくさん子どもがいるからな。離婚もしているし。妊娠は予想外だっただろうが、メリッサ殿を安全な場所に行かせたかったのだろうし大丈夫だろう」
そう話し合っているのは、インデスタ―王国の国王エドウィンと王太子フレデリクだ。
「では、今から会いに行ってきます。そして追加の情報を提供して、よりこちら側についてもらいましょう」
「そうだな。任せる」
そう言って国王の執務室を出たフレデリクはとある邸へと向かった。今日中に話を決めなければならない。愛するユリアナとの幸せな結婚生活に欠かせないのがユリアナの母だ。義母の生活基盤が整えばユリアナは安心して公務に専念できるし、自分の側にいてくれるようになるだろう。頼れる夫としてそれくらいの甲斐性を見せねばならない。
馬車の中でどう話すかを考えながらフレデリクは未来へと想像を膨らませた。
その頃王城ではインデスタ―王国の王女マレーナがフランカたちの元を訪れていた。
「友人に素敵なカフェを教えてもらったんです。ガーナット王国とはまた違った我が国のフルーツをふんだんに使ったケーキやタルトがあるんですよ。是非フランカ様とラウラ様にも食べてもらいたいわ」
「まあ!素敵ね。食べたことがないフルーツだなんて」
「本当に!マレーナ様は素敵なご友人をお持ちですね」
「ええ。とっても。素敵な子なのよ。馬車を用意させるから今から行ってらしたら?もちろん支払いは王宮でするから安心なさって」
「そう言ってくださるなら。ねえ?」
「そうね。行って参りますわ」
「あと、これなんですけど」
そう言ってマレーナは封筒を出した。
「この前とは違う劇場のチケットなんですけど、友人と行こうと思っていたら、また友人が行けなくなってしまったのでお二人でどうかなと思いましたの。今度は悲恋物なんですけどお好きですか?」
「ええ。どんな恋愛物でも好きですわ。でもマレーナ様がユリアナと行けばよろしいのではなくって?一応義姉の第一候補なんですし。ねえ?ラウラ」
「そうですよ。ねえ?」
「う~ん。ユリアナ様は何をしてらっしゃるのかお会いすることがないのです。ですからお会いしている回数が多いお二人にと思ったのですけど」
「そういうことでしたら行かせていただきますわ」
「まあ!よろしいんですの?明日のチケットです。17時からですからね。レストランもこの前と違うところを予約したままにしてありますから、そちらも王宮で支払いますからどうぞ楽しんで来てください」
「ええ、嬉しいわ。こんな可愛い義妹ができるなんて!」
「あら、私の義妹になるのよ。ねえマレーナ様」
「あら、ふふふ。では行ってらっしゃいませ」
マレーナはそう言ってフランカの部屋を後にした。
「何が義妹よ。冗談じゃないわ。明日のレストランに連絡してまた酔い潰してもらわないと。あと一週間の辛抱よ。さっき机を見たけど、お父様が準備した教科書しかなかったわね。ちゃんと話を聞いていたのかしら?あの分じゃこれ以上私が何もしなくても自滅しそうだわ」
「左様でございますね。このまま観光されて帰られたらよろしいかと」
主従は共に王宮へ向かいながら毎晩二人に消費されているお酒の量について話し合った。
「あれだけ飲んでいれば講義なんてまともに受けられてないわねきっと。それにしても毎晩お義姉様のところに押しかけているだなんて非常識ね。お義姉様は上手く逃げてらっしゃるようだけど。人の国に来て何をしているのかしらね?分別もつかないのかしら?」
「毎日着飾ってらっしゃいますけどね。どれだけ着飾っても行動が伴っていなければちぐはぐでおかしなものですよ」
「ふふ、言うわね。でもあまりガーナット王国の評判が下がるようなことはして欲しくないのよ。お義姉様の評判にも繋がってしまうわ。それだけは避けないと」
「大丈夫でございますよ。二人が帰られたら、ユリアナ様が婚約者として直ぐに公務を始められると聞いてますから、あっという間に好感を持たれる王太子妃になられますよ」
「そうよね。私も援護するから何か言って来る人が出てきたらやり込めてやるの」
「実に頼もしいかぎりです。しかしながら、おっしゃっていることがご容姿とこれだけ違う方も珍しいでしょうね」
「まあ!私は私よ。私のやりたいようにやらせてもらうわ。お兄様の為じゃないの。私の為よ。素敵な方を選んだお兄様は褒めてあげないとね」
そう言って王宮に戻ったマレーナは、王宮の侍従を摑まえるとレストランへの使いを頼んだ。
翌日母の横で目覚めたユリアナは、母の呼吸が穏やかなのを感じて安堵した。一日一日を不安がっていては母が余計に心配をする。如何に母を安心させるかがユリアナの使命だ。そんなユリアナも母の横で安心して眠れたのか気持ちよい朝を迎えられた。フレデリクがどんな案を考えてくれるのか。きっと良い案を持ってきてくれるだろうとユリアナは期待して待つことにした。
そこへアレッタとメイドが入って来た。朝の支度の時間だ。
「お母様。朝ですよ。そろそろ起きてください」
しばらくするとゆっくり母の目が開き、起き上がると大きく伸びをした。
「何だかとってもよく眠れたわ。ユリアナのおかげね」
「きっと病気じゃないってわかって安心したのよ」
「違うわ。ユリアナがいてくれて安心したらスッと眠れたのよ」
「そう?じゃあそういうことにしましょう。さあ、フレデリク様が来られるまでに準備しなくては」
二人は朝の準備をすると厨房へと向かった。厨房では母用にミルク粥が作られ、鶏のささ身や葉物野菜が入っている。安心して任せられそうだとユリアナは感じ、この邸の使用人たちへ贈り物をしないとなと思った。
朝食が終わり応接室で待機しているとフレデリクが来たと先触れが来た。ユリアナは一緒に出迎えようとする母を残し一人で玄関へと向かう。
するとフレデリクが高齢の女性を連れて入って来た。
「初めて御目文字いたします。ガーナット王国第一王女ユリアナでございます。邸の主の母は体調の問題で応接室に待機させております。お許しください」
「あら、美しい王女殿下ね。フレデリク殿下も良い方を見初められたわね。あんなに小さかったのにもう婚約だなんて、時が経つのは早いわ」
「どうぞこちらです」
ユリアナは女性とフレデリクを応接室に案内した。扉を開けると母が立ち上がるのが分かった。フレデリクが女性をエスコートしソファーへと座らせ、立っていたユリアナたちにも座るように促した。
「こちらの女性はアレリード伯爵だ。ガーナット王国は長子が跡継ぎとなるが、インデスタ―王国の場合は、基本男性が継ぐが、継げる男性がいなければ女性が継ぐことができる。アレリード伯爵はそういった経緯で伯爵位を継いで、領地の経営や内務大臣補佐も務めている。そういった家門だ」
「イングリッド・アレリードよ。王妃殿下の伯母でもあるわ。よろしくね」
「大伯母だな。僕にとっては。こちらが僕の婚約者のユリアナ。こちらがユリアナの母君のメリッサ様ですよ」
「お会いできて光栄です。ユリアナの母、メリッサ・クライフです。よろしくお願いいたします」
母が深々と頭を下げた。
「そんな丁寧にしなくていいわよ」
イングリッドは少しふくよかな体で包容力がありそうな優しい笑みを浮かべていた。
「私はね、早くに夫と息子と娘を亡くしたの。流行り病でね。領地で流行り病が発生して、領地内で食い止めようと夫と必死になっているうちに夫が罹患して、それが子どもたちに移ったのよ。私は罹患しなかったの。それで伯爵位を継ぐ者が次々いなくなって、遠縁の人が名乗り出て来たんだけど、一度も会ったこともなければ、手紙のやり取りもしたことがない青年だったからお断りして、私が継いだのよ。
女一人で仕事をしているとね、色んな人が来るのよ。私と結婚したいとか、それこそうちの家門の仕事を変わってくれとか。冗談じゃないわよねえ。私は夫を今も愛しているの。とても素敵な人だったの。私も若い頃はそれなりに美人でモテてたのよ。でもその中で夫しか目に入らなかったわ。だから爵位が下だったけど夫からの求婚を受けたの。家族も認めてくれたしね。
だから一人で頑張って来たんだけど、私ももう65歳よ。領地も補佐もって大変で。それで爵位を返上して、領地も王家に引き継いでもらおうと思ったら、陛下とフレデリク殿下から素敵なお話をいただいたの」
手を叩いて嬉しそうに語るイングリッドは、確かに若い頃はモテただろう快活さと朗らかさを併せ持った話し方をする可愛らしい女性だ。
「素敵なお話ですか?」
ユリアナが尋ねる。
「ええ。フレデリク殿下。私はお受けするわ」
「ありがとうございます」
「え?どういうこと?」
ユリアナは今度はフレデリクに尋ねた。
「義母上にはただのインデスタ―王国の国民になるわけではなくインデスタ―王国の貴族になってもらいます」
「つまり・・・・」
「メリッサさん。私の養女になりなさいな。あなたは私の亡くなった娘が生きていたら同じくらいの年齢だわ。こんな美しい娘ができるなんて、頑張ってきて良かったわ!」
「え!そんな、私なんかが・・・」
「義母上。これは良い機会です。王家としてもアレリード伯爵家がなくなるのは困るのです」
「とても光栄な話ですが私にできるかどうか」
母が混乱しているのが伝わって来る。
「大丈夫よ。あなた妊娠しているわね?」
「あ、はい。この年で妊娠したので不安があります」
「顔や体つきを見ればわかるものよ。大丈夫私がついているわ。メリッサさんがちゃんと出産して生活が落ち着いて、その後仕事を教えるからそれまで私も引退を遅らせることにするわ。少しずつ仕事を引き継ぐから順番に覚えて行ってくれたら良いの」
「でも、遠縁とはいえ縁者の方がいらっしゃるのですよね?」
「そんなもの知らないわ。もう何年も経っているし。断ったらその後音沙汰もないのよ。そんなのは他人よ他人。
それより王太子妃の母親が私の娘になってくれる方がどれだけ良いか!私とフレデリク殿下は血が繋がっているし、その可愛い殿下の妻の母親が私の娘だなんて良い関係に決まっているじゃない!
いずれは王妃になるのよ。あなたの娘さんは。この国で暮らすなら、その時に伯爵位くらい持っている方が後ろ盾になるわ。しかも内務大臣補佐の仕事で王妃の公務などにも関われるの。
良いと思わない?私はいつでも娘になってくれて良いわよ。この邸はメリッサさんがこのまま使えば良いわ。私のタウンハウスは私が使えば良いし。出産して落ち着いたら領地にも行きましょう」
どんどん話が進んで行くのにユリアナは付いて行けない。オロオロとするばかりだ。
そこに母が覚悟を決めた顔でアレリード伯爵を見た。
「アレリード伯爵、このお話をお受けします。その際に一つお願いがあります。私の家で一緒に住みませんか?大勢の方が楽しいと思うのです。伯爵のタウンハウスの大きさはわかりませんが、ここでも十分一緒に過ごせるのではないかと」
「まあ!こんなおばあちゃんと一緒に住むって言うの?物好きねえ!!でも嬉しいわ!本当に良いの?」
「はい。私にはもう母はおりません。養女となるのですから伯爵は私の母で家族です。家族が別れて住む必要はありません。それに私も一人より心強いですし」
「ありがとう!じゃあ直ぐに養女の手続きをして、メリッサさん。ああもう娘になるからメリッサで良いわね?私もあっちを売るのは面倒だから貸し出ししましょう。それで引っ越してくるわ!
でも、妊娠初期で不安定な時に生活環境が変わるのは心配でもあるわ」
「いいえ。話し相手が多い方が気がまぎれますし、伯爵と話すと何だが明るい気持ちになりますから大丈夫です」
「そう?あ、それとね、メリッサは私のことをお義母様と呼んでちょうだい。ユリアナ様は殿下の婚約者だから様を付けて私は呼ぶけど私のことはおばあ様と呼んで欲しいわ」
母が言うようにアレリード伯爵と話していると明るい気持ちになってくる不思議なものを感じた。それだけ苦労しながらも一人で戦ってきたのだ。人を惹き付ける強い力を感じるとユリアナは思った。
「いいえ、私のこともユリアナで良いです。おばあ様」
「まあ!嬉しい!なんて可愛い孫かしら!ひ孫が楽しみだわ!老後の楽しみが増えたわ。
陛下とフレデリク殿下に感謝しないと。こんないい話を持ってきてくれて。一人寂しく老後を過ごそうと思っていたけど、そんな暇はないわね!」
新しく祖母となったイングリッドは輝く目をしていた。長く一人で奮闘してきた重みが少し軽くなったのかもしれない。
突然の話だったが、母が国籍を変えるだけではなくインデスタ―王国の貴族となり、その領地経営、更には国政に関わる仕事をするのだ。ガーナット王国に帰らない理由はいくつも揃った。
「アレッタの国籍の変更をお願いします」
母が頼むとそこにビリスが飛び込んで来た。
「はい!アレッタさんはオレと結婚すれば良いと思います!」
「はい?」
これは控えていたアレッタの声だ。
「アレッタさん!実は一目惚れしたんです!いつこの思いを伝えようかと思っていたんですが、ちょうど部屋の前を通ったら聞こえて今しかないって思いました!
結婚してください!」
ビリスが頭を下げ右手を出している。
「本気で言っているの?私は41歳よ!あなたまだ20代じゃない!」
「オレはもう29歳です。たった11歳差なんてなんてことないです!」
「あるわよ!凄い離れているわ!こんなおばさんに何を言っているの!あなたには若い子がいくらでもいるでしょ?それに子どもはもう産めないわよ」
「そんなの関係ないです。オレはアレッタさんが側にいてくれたらそれで良いです!」
アレッタが真っ赤な顔をして困っている。
「アレッタ。こんなに言ってくれているんだから、一緒に出掛けてみて、話し合ってみなさい」
「メリッサ様!」
「あら!良いじゃない!こんな熱烈なプロポーズをしてくれるているんだもの。とりあえずデートしてみたら良いわ!素敵ね~」
イングリッドがうっとりとしている。
「アレッタ。とりあえずビリスの話を真剣に聞いてやってくれ。その上で決めて、断るならいくらでも別の方法で国籍を変更できるから」
フレデリクもビリスの味方をしているのにアレッタは戸惑っているようだ。
「アレッタ。出かけるくらいいいじゃない。マリたちもいるから明日はお休みにしたら良いわ。ビリス、アレッタをお願いね。アレッタ。明日は楽しんでらっしゃい」
ユリアナが付け加えるとアレッタが渋々頷いた。
「ビリスは目が腐ってますよ。私みたいな女にプロポーズなんて」
そう呟くアレッタにメリッサが叱咤する。
「ビリスの目は確かだわ!アレッタを選ぶなんて!」
「そうでしょう!メリッサ様!」
「ビリス!メリッサ様に失礼ですよ!」
「そういったところも素敵です!しっかり叱るところは叱る。慰めるところは慰めてくれる。理想の女性です!」
「まあ!そういう感情は素敵なことよ。どんどん思いを伝えなさい!」
イングリッドが張り切り出した。ユリアナはもはや急展開に話があちこち進み過ぎて付いて行くので精一杯だが、アレッタが幸せになるのは良いことだ。
それに母が伯爵位になれば王太子妃となった時に力強い。しかも義理の祖母はフレデリクの大伯母だ。この上ない力添えがもらえる。
ユリアナの為にここまで考えて動いてくれたフレデリクに感謝の気持ちが溢れて、ユリアナはちょうど立ち上がっていたフレデリクの背中に抱きついた。
「フレデリク様ありがとうございます」
フレデリクの前に回ったユリアナの手にフレデリクが手を重ねてくる。
「ユリアナの為ならこれくらいいくらでもする。誰もが喜ぶ結果を考えただけだ。大伯母上も喜んでいるからユリアナは笑ってくれれば良い」
「フレデリク様」
「ちょっと!大勢の前で。若いって良いわね~。私も夫とそんな時代があったわ」
ユリアナはハッとしてフレデリクから離れた。人前でなんてことをと思い真っ赤になってソファーに座り込んだ。
「もう。私の孫は可愛いわね。ああ。楽しくなってきたわ。さあ、引っ越しの日取りも決めてどんどん話を進めましょう!フレデリク殿下。頼んだわよ」
「お任せください。大伯母上」
そうして新しい家族が増えたり、思わぬプロポーズがあったりと賑やかな時間はあっという間に過ぎ、それぞれの思いが重なり合った結果が生まれようとしていた。
ユリアナは全てのことに感謝をして、この国の王太子妃として恥ずかしくないようにと、王城に帰ってから勉強に勤しんだ。