愛する母の元を訪れた王女と隠れて王女を送り出した側妃
インデスター王国に来て一週間が経った。ユリアナは午後からの勉強をお休みして母の邸へと向かった。護衛はヨーランだ。
邸に着くと連絡しておいた為、門にビリスが立っていた。そして門を開けてもらうと馬車とヨーランが乗った馬はそのまま邸内に入り、門はガッチリと閉められた。侵入者は許さないといった風の門にユリアナは安心を覚えた。
馬車から降りると母と執事のテレサが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。さあ、中に入って」
メリッサに言われて応接室に入るとメイドたちも揃ってる。
「あら?これって」
ユリアナは今は懐かしいと思うほどになったパウンドケーキを見た。
「そうなの。久しぶりに焼いてみたのよ。ここのところ色々あって食欲がなかったんたけど、これなら食べられるかもしれないって思って。ユリアナが来るなら作ろうと思ったのよ」
それは母がよく焼いてくれたパウンドケーキだった。中にはドライフルーツが入っている。
「なんだか懐かしいわ。ありがとう。わざわざ焼いてくれるなんて嬉しい」
ユリアナがそう言うと侍女のアレッタが付け加えた。
「メリッサ様は毎日厨房に入られるんですよ。食事も私たちと一緒に使用人用の食堂で召し上がってます」
「えっ?」
「だって、寂しいんだもの。今までずっとユリアナとアレッタの三人で食事をしていたのに、急に一人でってねえ。寂しいじゃない。
それにここも使用人は少ないから一緒の方が楽だし、楽しいかと思って。それで私も一緒に食事を作ったりしているのよ」
「メリッサ様のお料理はとても美味しいです」
そう言ったのはメイドのマリだ。馴染んでいて母が望むならその方が良い。
「みんながそれで良いなら良いと思うわ。でも食欲がないなんて大丈夫?顔色は悪くはなさそうだけど」
「大丈夫よ。色々あって疲れてるだけ」
「いいえ!ユリアナ様からも言ってくださいませ!お医者様に診てもらうように」
アレッタが心配そうに頼んでくる。
「そんなに調子が悪いの?」
「お食事の量なんて半分も召し上がらないんですよ。ものによっては口をつけることさえできません」
「そんな!ダメよ!ちゃんとお医者様に診てもらいましょう。疲れを馬鹿にしてはいけないわ」
ユリアナは母の側に行きその手を握る。握った手は温かいが母の顔が強張ったのが分かった。
「ヨーラン。お願いがあるんだけど、お医者様を連れてきてくれない?」
「い、いらないわ!大丈夫よ」
「ダメ!私のせいで苦労をかけてきたんだもの。お母様には元気でいて欲しいの」
「では行って参ります」
「あっ!ちょっと!待って!」
母の言葉が聞こえないかのようにヨーランは走って出て行った。
「そんなに心配いらないわ。本当に疲れているだけ」
頑なにそう言う母に逆に不安が増してユリアナはその手をしっかりと手を握った。
「お母様。私はお母様が付いてきてくれたことをとても嬉しいと思っているの。だからこの国で穏やかに笑って過ごして欲しいのよ。どうして体調が悪いのに教えてくれなかったの?」
ユリアナは今も尚美しい母の横顔を見つめ問いかける。
「本当に大丈夫なのよ。たぶん疲れているだけよ。短い期間に生活が一変したから慣れないだけよ。心配いらないわ。
それにあなたは勉強しないとならないでしょ?あなたが選ばれるのは決まっていても何があるか分からないもの」
「ほら!私のことでやっぱり不安があるのね!私のことは心配いらないわ。ちゃんと勉強もしているし、あの二人とも距離を置いているわ。心配しないで。あと一週間すれば終わることよ」
母の手にぎゅっと力が籠もった。
「わかっているの。でもごめんなさいね。不安になっているみたい。いつもはこんなんじゃないんだけど、最近、ふと不安になることが多くて」
「今夜はここに泊まるわ。一緒に寝ましょう。そうしたら安心するわ」
「ダメよ。ちゃんと帰って勉強なさい」
「だったらヨーランが戻ってきたら勉強道具を持ってきてもらうわ」
「そんな風に護衛を使うものではないわ。あなたの今の立場は婚約者候補なのよ」
「でも、その方が良いと思う。久しぶりに一緒に寝ましょう」
そんな風に話し合っている間にヨーランが医師を連れて戻ってきた。なんと王家の典医を連れてきてしまった。しかもフレデリクまで付いてきている。
「ヨーラン!」
「いやいや、ユリアナ様の大事なお母様ですからね。口が固くて腕の良い医者を町で探すより、こっちの方が早いですからね。それにデリクも義母上になられるメリッサ様のことを心配して付いてきてしまったんですよ」
「ユリアナも義母上もこの医師なら大丈夫ですよ」
フレデリクがユリアナを安心させるように言う。
「モーガンですじゃ。念の為寝室に移動しましょう」
モーガンは高齢で優しい顔の医者で、それでいて逆らえないものを感じさせた。
母もそう感じたのか素直に寝室へと向かう。ベッドに横になり触診を受けたり、問診を受けたりしていると、モーガンがうんうんと言いながら何か書き込んで行く。
「メリッサ様。落ち着いて聞いてください。この先は私の娘の分野になります」
「どういうことですか?」
ユリアナは問いかけた。腕の良い医者のはずなのに娘さんにってどういうこと?
「心配なさるな。病気ではない。ご懐妊です」
「えっ!」
母が項垂れ、ユリアナは驚きの声を上げた。アレッタたちも驚いている。
「お母様は毒で妊娠できない体になったと診断を受けてます。何かの間違いでは?」
「いいえ。わしでは詳しく診断できませんが、妊娠2カ月くらいですかね。妊娠できないと診断されたというのは誤診でしょう。しかし、毒を飲んで流産されたということは、お子様を身籠りにくいお体にはなってらっしゃったのは間違い無いでしょうね。
メリッサ様の年齢でご出産されるのは大変なことだと思います。こういってはなんですが、母子ともに安全かの保障はできませんのじゃ。出産は若くても死に至ることもありますからね。本当に気をつけて生活しないとなりません。
ご出産されるまで一階に部屋をお移しになられ方が良かろう。目眩でもして階段から落ちては大変じゃ。お腹が大きくなって重くなって来ても歩くのに心配ないように、是非そうしてください。
明日娘を寄越します。娘は妊娠出産の専門の医師ですから安心してくださいな」
そう言って医師は帰っていった。
「お母様・・・。もしかして気付いていたの?」
「ごめんなさい。私も本当に妊娠していると思わなかったのよ。二度と妊娠できないって言われていたから。でもあなたを身籠った時に症状が似ていてまさかと思ったのよ。
だけどもし妊娠じゃないなら何なのかと思ったら疲れか、女性がなる病気しか考えられなくて怖かったの。疲れであって欲しいって。心配かけたわ。フレデリク様にまで来ていただいて」
ユリアナは母のベッドに腰掛けその背を撫でた。
「マリたちはこの部屋にあるもので必要そうなものを下の一番広い客室に移動させろ。アレッタは白湯を持ってきてくれ。ヨーランはその客室から義母上が通るだろう動線に、躓く物や危ないものがないか見てきてくれ」
フレデリクに言われて全員が出て行った。
「義母上。僕はこのままこの国でユリアナの側にいて欲しいと思っています。しかし、ガーナット国王の子どもを懐妊したとなれば、ガーナット国王の意思も関係してくるでしょう。呼び戻すことも考えられます」
「それは嫌です!もうあの場所に戻らないと決めて出てきたのです。産むのも育てるのもこの国でしたいです!」
「お母様。落ち着いて。私もその方が良いと思う。お父様には申し訳ないけど、もう二度とあの場所にお母様を戻したくないわ。ましてや赤ん坊を連れてだなんて」
「ああ。どうしよう。いずれは報告しなければならないことだけど、帰りたくないわ。
あの人の子どもを妊娠したのは嬉しいの。本当よ。まさかもう一度あの人の子どもをこの腕に抱ける日が来るなんて思わなかったもの。あの人の血を分けた命なんだから嬉しくないわけがないわ。でも、帰りたくない」
そんな母にフレデリクが膝をつき問いかけた。
「では、帰らなくても良いような言い訳を作りませんか?」
「言い訳?」
「はい。これは義母上の同意がないとできませんが、ユリアナはいずれ僕と結婚してインデスター王国の国籍になります。
義母上も手続きを取ってインデスター王国の国籍を取得しませんか?」
「インデスター王国の国民になるということですか?」
「そうです。妊娠がガーナット王国に伝わる前に国籍を変えるのです。そうすればまず国籍を理由に帰国を断ることができるかもしれません。
実は、妊娠とは別に、以前から義母上にインデスター王国に国籍を変えてもらえないか父と相談していたのです。その方がこの国で住むのに楽でしょうから。正式に離婚もされてますし、変えても問題はないかと。
もちろんお連れになられた侍女のアレッタも変えたければ変えられるようにします。いかがですか?」
フレデリクの思わぬ提案にユリアナは驚いた。確かに国籍を変えればそれを理由に帰国を拒める。ましてや父とは離婚もしている。生まれてくる子どももインデスター王国の国籍になるから連れ去ることもできない。
「ユリアナはどう思う?」
珍しく母が弱気になっている。
「国籍を変えたら良いと思う。一緒にこの国の人間になりましょう。お母様」
すると母がポロポロと涙を流し始めた。余程不安だったのだろう。突然の体調不良に疲れと思いたいけれど、妊娠と特徴が似ていれば混乱もする。しかも38歳で妊娠したのだ。楽な出産にはならないだろう。
「そうね。それしかないわ。生まれてくる子の安全を考えてもこの国にいた方が良いもの。
フレデリク様。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い致します」
母が頭を下げる。
「迷惑だなんて思いません。先程も言いましたが、前から変えてもらってはどうかと話していたのです。
覚悟を決めていただけたなら、明日にでもこちらで考えていたことを進めます。もちろん義母上の同意は確認しますから安心してください」
「私も変えます!どこまでもメリッサ様に付いていくと決めたのです!」
途中から聞いていたのかアレッタが母に寄り添い白湯を手渡す。
「私もお願いできますでしょうか?」
「もちろん。心強いよ。義母上を守るのはこれが一番の策だと思う。それに信頼できるアレッタが加わればより安心だ」
「アレッタ、良いの?」
「全然かまいません。国に帰っても兄夫婦一家しかおりませんからね。この国でメリッサ様にお仕えする方が楽しいですから。その為に国籍を変えるくらい何でもありませんよ」
「ありがとうアレッタ」
「さあ。今日からは妊婦に良い食事にしましょう。私はそういった料理の本を買って参ります。メリッサ様は下の部屋の準備が終わりましたら移動をしてくださいませ。
ではサッと行って帰って参りますから白湯を飲んで大人しくしていてくださいよ」
そう言うとアレッタが走り出ていった。頼もしい。苦楽を共にした母とアレッタの絆は強い。
「ユリアナは今夜はここで義母上に付いていてあげて欲しい。明日の朝、父と考えた提案をしに来るよ」
「ありがとうございます」
母と共に言うとフレデリクが照れくさそうに笑った。
「準備ができました」
マリが呼びに来て母が立ち上がろうとするとフレデリクが抱え上げた。
「危険ですから僕に掴まっていてください」
「一人で歩けますよ」
そう言う母の言葉にフレデリクが首を振る。
「ダメです。さあ行きましょう」
母を抱えるフレデリクの後ろに続きユリアナは歩いた。頼もしい背中にまた心を奪われたと思いながら。
一階の部屋のベッドに下ろされた母は体を起こし、再びフレデリクに感謝を伝えている。
「危険な場所はなかったよ。庭園もばっちり。だけど正面の庭園には出ない方が良い。塀もあって建物まで距離はあるが、門扉から姿が見られるかもしれないから。あの辺りは手を加えた方が良いな。後ろの庭園は好きなだけ散歩しても大丈夫ですよ」
戻って来たヨーランが説明してくれる。
「じゃあ手続きの準備をするから僕は帰るからユリアナは付いていてあげて」
「わかりました。ありがとうございます」
「ユリアナ。僕たちは夫婦になるんだ。お互い助け合うのが当たり前だ。気にすることはない」
「はい」
そうしてフレデリクはヨーランも連れ帰って行った。
「お母様、少し眠って。その方が良いわ。私が付いているから」
「ありがとうユリアナ。少し休むわ」
そう言って横になった母は直ぐに眠ったようだった。余程心労があったのだろう。妊娠できないと言われていたのにそれに似た症状が出れば混乱もする。別の病気かと思い不安になるが、ユリアナに心配かけさせたくない一心で我慢していたのだろう。
はっきりと結果が出て安心出来ていれば良いのだが、新たな不安も出てきた。
ユリアナはどうか子どもが無事に生まれて来ますようにと祈った。
その頃ガーナット王国では国王アルベルトが側妃二人を執務室に呼んでいた。
一人は第一側妃のエステル。フランカの母だ。もう一人は第三側妃のイーリス。ラウラの母だ。
「おまえたちは何を考えて娘たちをインデスター王国へ行かせた?」
「それは・・・・・」
「はっきり申せ」
「フランカが第二王女といっても、ユリアナとは半年しか変わりません。フランカが王太子妃になっても良いのではないかと二人で話したのです」
「わ、私は一応ラウラを止めたのです。でも自分にもなる資格があると言うのでそうかもしれないと考えを変えました」
アルベルトは溜息が出そうになるのを堪えた。
「国家間で決められたことが覆ると思ったのか?庶民の結婚とは違うんだぞ?それくらい何故理解できなかった?」
「でも向こうで滞在を認められているのですよね?」
エステルが言う。
「インデスター国王に感謝しろ。二人を歓待してくれているそうだ。だが本来させなくても良いことをさせてしまっている。
それは国益に適うことか?娘の教育もできない無能の国王と思われたことだろう」
「そんな!そんなつもりはありません!」
「わ、私もです!」
「何を言おうと、国家間で決めたことに口を出す王女がやってきた。歓待はしてくれているが、ガーナット王国の評価は下がるだろう」
「でも!フランカが選ばれることもあるのではありませんか?」
アルベルトがギロリとエステルを睨んだ。
「そんなことは起こらない。インデスター王国から、第一王女ユリアナ、と指定されているのだ。こちらもそれで合意した。その意味が分からないのか?」
「そ、それでも、可能性が、」
「そんなものはない。インデスター王国の王太子がユリアナを王太子妃にと望んだのだ。連絡もせず勝手にやってきた妹王女たちをインデスタ―王国はどう思うか?
面倒だと思うに決まっているだろ?しかも自分が選ばれると思って行ったのなら、あの二人ならユリアナよりも前に出ようとして不興を買うことだろうな。
だから娘の教育もできない無能の国王と思われる。国益を損害することになると何故気付けなかった?」
「メリッサまで付いて行っておかしいです!嫁入りにその母親まで付いて行くなんて、それこそ向こうの不興を買います!」
エステルがそれでも言い募る。
「メリッサとは離婚したと言ったはずだ。離婚したなら好きな場所へ行けば良い。それに事前にインデスタ―王国側に許可をもらった上で付いて行ったのだ。向こうも分かっていることなのだから一緒にするな」
「アルベルト様はメリッサに甘すぎます!」
「甘ければ離婚をすると思うか?」
「それは、そうですが・・・」
「側妃というのはただの呼び名でなはい。ちゃんと側妃としての公務もあるし、国益も考えねばならぬ。別の国から王女を王太子妃にと言われることもあっただろうに、こんなことが他国に知られればどこからも申し入れはないだろうな。何故先を見、国益を考えて行動できぬ?
私は子どもたちにちゃんと教育係を付け、王家の人間としての役割を学ばせたはずなんだがな。王家の者は国民の為に存在し、国の為にその身を捧げて使命を果たすと私からも何度も教えたはずだ。王家に生まれた以上、結婚に自由はないとも。国益を考えて婚姻相手は選ぶ。それが他国でも国内でもだ。当然理解しているものと思っていたが、これでは降嫁先も見つかるかどうか」
「そんな!ユリアナだけ王太子妃でフランカは結婚もできないとおっしゃるのですか?!」
エステルが叫ぶ。
「物事には順番がある。インデスタ―王国から第一王女を王太子妃にと望まれて合意して私は送り出した。そしてユリアナの評判が良ければ、他国から第二王女をと言われたかもしれない。それか、是非我が家にという高位貴族から申し入れがあるかもしれない。
そして、国益につながる縁談を選ぶのは私と議会だ。今回も私と議会で決定した。それをおまえたちは軽んじていると思わないか?王家の結婚はそんな簡単に決まるものでもなければ、簡単に覆るものでもない。おまえたちの浅はかな行動で窮地に立つことになったかもしれないとは思わないのか?インデスタ―国王が快く受け入れてくれて、しばらく観光すれば良いと言ってくれたから咎めを受けずに過ごせているのだ。
しかも渡航書も持たずに行ってよく入国できると思ったものだ。考えが浅過ぎて私は頭が痛くなった。王家の者であれば何でも通ると思っているのだろうな。どうやら育て方を間違ったようだ」
「そんな!悪いことはしておりません!」
「まだ言うか?再度問う。おまえたち二人とその娘たちがやったことは国益に適うことか?国益を損じていないか?答えろ」
「・・・・・・・。ユリアナばかり良い目を見るなんて」
「それがエステルの答えか?次の順番まで何故待てなかった?急ぐ必要はないだろう?」
「フランカはユリアナと同い年です!早く結婚させないと行き遅れになります!」
「まだ19歳だ。そこまで急ぐ必要はないだろう?」
「ですが、ユリアナは王太子妃になるんですよ!」
「だから何だ?それはインデスタ―王国の要望だ。こちらから申し入れしたわけではない」
「ラウラも良い人と結婚させたいのです!ユリアナは王太子妃なのに!」
「そうか。わかった。おまえたちは母親だ。娘が可愛いのはよくわかった。しかし、側妃として、王女としては失格だ。国益に適わないことをするなど言語道断だ。そのような王女に良縁が来ると思うか?」
「それは。でも今回インデスタ―王国の王太子妃に選ばれれば」
「選ばれると思うのか?インデスタ―王国がそんな愚行をするとでも?」
「愚行だなんて!フランカの良さを知れば考えが変わるかもしれないと、」
「まだわからないか。要望した第一王女を出迎えることになった。そこへ自分が選ばれるべきだという妹王女たちが乗り込んで来た。この時点で、インデスタ―王国との合意ではないことをしようとしている王女たちは不穏分子だ。そのような軽々しい考え方をする王女を王太子妃に迎えようとするわけがないであろう?
どの国も他国と縁を結びたければきちんと下調べをするものだ。どれだけ相手が美姫であっても、王太子妃に、そして後の王妃に相応しいか吟味する。そうした上でユリアナが選ばれたのだ。何故それを認められない」
「ユリアナは子爵家の血筋です。血筋ではフランカの方が上です」
「そんなことを他国が気にするとでも?ユリアナはガーナット王国の第一王女。肩書はそれだけだ。母親が子爵家だろうが関係ない。母親の実家など公爵家でもあるまいし、そんなことより国益が重視される。私はおまえたちを見誤っていたようだ。あの時に処罰しておけば良かった」
「あ、あの時って何ですか?何もしておりません!」
「そうか。そう思っているならそれで構わない。だが、私が気づいていないと思っているのなら考えを改めよ」
「わ、私は何も知りません!」
「私もです!王妃殿下にお聞きください!」
「何故そこで王妃が出てくる?何か身に覚えがあるのか?」
「な、ないですが、私はいつも王妃殿下の言いつけを守っています!」
「ほう。それで。今回も娘たちを送り込んだのは王妃の指示だと言うのか?」
「いいえ、指示はされていませんが、フランカが選ばれても良かっただろうにと言われてその気になりました」
「私も、ラウラでも良かったのではないかと」
「そうか。王妃の戯言に付き合って本当に送り込むとは呆れ果てる。王妃の術中に嵌るのは面白くないが、今回ばかりは王妃の戯言に付き合ってやろう。
二人とも実家に帰るように。娘たちはこちらで育て直す」
「え!!それはどういうことですか?」
「言葉のままだ」
「嫌です!子どもたちもいるのに実家に帰るだなんて!どんな顔をして帰れば良いのですか?!」
イーリスが叫んだ。
「自分たちがしたことの報いだ。子どもたちはもう大きい。自分で歩ける。おまえたちには到底任せられぬ。一から王家の人間としての在り方を学び直させる」
「私たちはどうなるのですか!」
「言葉の通りだ。実家に帰れ。今直ぐに」
「酷い!!国王陛下から怒りをかった娘など受け入れてもらえるわけがないではありませんか!」
「誰の責任だ?ちゃんと生活資金は渡す。贅沢をしなければ暮らしていけるだろう。実家の領地にでも行って暮らせ」
「嫌です!子どもたちの幸せを見ずに側を離れるなんて!」
「なら何故このような馬鹿なことをした!目先のことしか見えない愚かな考えからこうなったと思わないのか?醜い嫉妬心からしたことであろう?娘の幸せを考えるなら、止めるべきだった。
私が内務大臣たちと相談して二人にも良縁を探していたというのに、ユリアナから王太子妃という立場を奪いたくてやったことだろう?例えそこまでユリアナとメリッサが憎いとしても、側妃であり、王女であるなら、国益を真っ先に考えられなければどこへも出せぬ!」
「どうか、お考え直しください!」
「お願い致します。もう致しませんから!」
「もう遅い。おまえたちはやり過ぎた。私の教えを塗り替えるほどの育て方をした」
エステルが目を真っ赤にして訴える。
「では、アルベルト様は平等でしたか?私の目にはメリッサを優遇しているように見えました!」
「あのような邸に住まわせて優遇か?」
「メリッサはそれをも利用してアルベルト様の気を引こうとしていたのです!」
「自分で家事をしてまで私の気を引こうとするとでも?もしそれで引けるならおまえもしたのではないか?していないということは、それで引けると思っていないのであろう?」
「そ、そうですが・・・・」
「会う回数も、妃や子どもたちへの贈り物もちゃんとしたつもりだが?」
「それでも、お気持ちはメリッサにあられたのではありませんか?だから私たちをこんなに簡単に切ることができるのです!」
「メリッサに気持ちがあるなら離婚はしない。この国に留める。本人が付いて行きたいというからそれを許した。それだけだ」
「じゃあ、私たちはどうすれば良いのですか?ユリアナが王太子妃になるなんて!フランカの方が相応しいのに!」
「それを決めるのはおまえではない。インデスタ―王国だ。こちらからユリアナを勧めたわけでない。
何度も言わせるな。国家間で決めたことに反するような行動を取った娘たちを守りたければ、おまえたちは実家に帰れ。ここにいると娘たちに悪影響を及ぼすことがわかった。以上だ」
「お待ちください!どうか!もうしませんからお許しください!」
「私ももうしません!直ぐに帰ってくるようにラウラにも手紙を書きます!」
「何を言っても無駄だ。嫉妬に囚われ、入れ知恵をされ、理性を失って王家としての立場も職責も忘れて行動に移した。国益を損ねることも理解できずに。反省するがいい。子どもたちに会うことまで禁じない。だが、王宮内に泊まることは許可しない」
「私たちと離婚するということですか?」
「そうしたいところだが、今回は免じることにする。実家で過ごすか実家の領地で住むかを選択せよ。側妃二人は子育ても一段落して自由に過ごしたくなったということにする。だから側妃のまま近隣のご婦人たちとお茶会でもなんでもするがいい」
「そんな・・・・」
「どうかお許しを・・・・」
「出て行け。話は終わった。ちなみにこの国から出ることも私の許可が必要だ。こんな状態でインデスタ―王国にでも行かれては困るからな。旅行にでも行きたくなったら全ての行程を書いて出せ。護衛をつける」
そうして背中を向けると二人が出て行ったのが分かった。全て裏で手を引いているのは王妃であることは間違いない。しかし、アルベルト自身が当時の国王である父と議会と話し合い、王太子妃にと望んだのだ。それこそ国益を考えて。王妃を尊重してきたつもりだったが、王女を欲しがっていたアルベルトに応えられず、王女を産んだ側妃たちが妬ましかったのが今になっても続いているのだろう。長子を産んだ時点で国母として相応しい王妃であるのに。
自分が一番アルベルトの考えに応えていると思いたかったのだろう。それができずにこのようなことをするとは。処罰をしたいが、証拠もない。ましてや今王妃を処罰すれば実家の公爵家が黙っていないだろう。後継者争いにでもなれば国が乱れる。
アルベルトは水差しからグラスに水を入れた。メリッサは今楽しく暮らせているだろうか?離婚した後まで心労をかけていることに心苦しいと思いながら一口水を飲んだ。
マレッタが買ってきた料理の本で妊婦に良い食事をユリアナはメイドたちと一緒に作った。自分たちの分には追加で違う物も作った。若いビリスには肉も焼いてあげないと足りないだろうと思ったのだ。そうしたらメイドたちも自分はもっと分厚い肉が良いと言い出し、分厚いステーキを結局母以外の全員分を焼いた。
母には白身魚をソテーしたものと、サラダ、そして牛乳で作ったきのこスープだ。大麦で作ったパンもある。全員揃っておしゃべりをしながら摂る食事は楽しく、これは母もこうしたがるだろうと思った。今まで三人で食事をしてきたのだ。急に一人は寂しくなって当然だ。
食事が終わると自分の部屋としている二階の一室で湯浴みをしてから母の部屋へと行った。
母はアレッタの見張りの元湯浴みをし、ベッドに座っていた。
「お母様」
「本当に一緒に寝るの?」
「ええ。久しぶりね」
そう言ってユリアナは母の横に潜り込んだ。
「もう。そんなに心配いらないのに」
そう言いながら母も横になる。並んで眠るのはどれくらいぶりだろうか?
「お母様。元気な赤ちゃんを産んでね。弟か妹ができるなんて嬉しいわ。すっごく楽しみ!」
「そうね。どちらかしら。無事に産まれてくれればどちらでも良いけど、この年で産むから不安もあるのよ。万が一のことがあったらよろしくね」
「止めてよ、そんなこと言うの」
「いいえ、もし私の命が絶え子どもの命が助かったなら、その子のことはお願いね。王太子妃になるあなたに頼めることでは本当はないんだけど」
「止めてってば!大丈夫よ。無事に生まれるわ。そんな弱気だとダメよ。お父様も悲しむわ」
「そうね。アルベルト様がお知りになったらどう思うかしら?手元に欲しいと言われても渡せないわ。私はこの国で暮らすと決めてアルベルト様と離婚したの。そんな中生まれてくるこの子は私の子として育てたいのよ。
何と言われてもガーナット王国には戻らないし、この子も渡したくない」
「お母様。私も一緒に阻止するから」
「ええ、お願いね。でも困ったことになったわ。王妃殿下に知られたらと思うとゾッとする」
「何かあったの?」
「近年でアルベルト様の夜のお相手をしていたのはたぶん私だけなのよ。私は時々お求めになられたら応じていたのだけど、アレッタが他の邸の侍女の噂話を聞いてきたのよ。
アルベルト様が夜起こしになっても、一緒にお眠りになるだけでお相手をすることはなくなったと。そのうち若い側妃が増えるのではないかとか。どの邸もそうみたいだってアレッタが言ってたのよ。
もしそれが本当なら王妃殿下や他の側妃の方たちがどう思うかと思うと・・・」
「お母様。それなら尚の事インデスター王国の国民になりましょう!手出しさせないわ!安心して」
「ユリアナ。逞しくなったわね。私はあなたがいてくれて幸せだわ。あなたが私に幸せを与えてくれるのよ」
「私もお母様からたくさん幸せをもらっているわ。だから一緒に乗り越えよう」
「そうね。弱気になってはダメね。お腹の子に良くないわ。フレデリク様がきっと良い案を考えてくださるわね。
フレデリク様とは仲良くやれそう?」
母の言葉にユリアナはもぞもぞと体を動かした。
「うん。とても優しくて温かい方だわ。会う度に好きになるの。どうしようって思って」
「それが何故いけないの?夫婦になるのだも。政略結婚とはいえ愛情がある方が良いわ」
「うん、そうなんだけど、お側にいるとくっつきたくなるの」
「あらまあ!結婚前にダメよ」
「わかってる。でもね、ピタッとくっつきたくなるのよ。思わず抱きしめそうになるわ」
「くすくす。大好きなのね。良いことだわ。口付けはしたの?」
「お母様!」
「今の反応じゃしてそうね。フレデリク様も手が早いんだから。まだ来て一週間なのに。でもそれだけ望まれているなら安心だわ」
「お母様は厳しいから結婚前に口付けだなんて怒られると思ったわ」
「あら!口付けくらいで怒らないわ。私も入宮前にアルベルト様にお会いして二人きりの時にされたわよ。陛下ってこんなに手が早いのねって思ったものだわ。
初めて口付けされた時はドキドキして気持ちよくてフラフラになったわ」
「やだもう!惚気てるの?娘の前で!」
母がユリアナの頭を撫でる。
「照れちゃって。もっと凄いことをしないとならないんだから、今の内口付けくらいには慣れておきなさい。だからどんどんしたら良いわ」
「本当?口付けに慣れた方が良いの?私まだまだ慣れそうにないわ。いっつもドキドキしてフラフラして、でも夢中になっちゃうの」
「ふふふ。フレデリク様もきっと夢中になってらっしゃるわ。さあ、寝ましょう。明日どんな提案をされるのかしらね?不安もあるけど、嬉しい方が大きいわ。だからユリアナも見守っていてね」
母の声は優しく耳に心地良い。
「もちろんよ。何度も様子を見に来るわ。私が付いているから安心してね」
そうして、二人は眠りについた。