愛する人の側にいたいのを我慢して奮闘する王女とそれを阻止しようとする王女たち
ユリアナの講義は来賓室へ移動した翌日から始まった。予め渡されていた教科書を昨夜の間に半分は目を通しておいたので、講義の内容がするする頭に入って来る。質問もしてしっかり講義を受けたら午後からは自習時間だ。
頼んでおいた通り給仕が部屋まで食事を持ってきてくれるので安心して食べられる。そんな食事を待っているところにフランカとラウラがやって来たので扉を開けた。
「ねえ、聞いてよ。私たちマレーナ様から観劇のチケットをもらったのよ。一緒に行く予定の友人が行けなくなって一人だと寂しいからお二人でって言って。あなたが義姉だと思われているなら、友人の代わりに誘われたかもしれないのに、私たちにくれるってことはあなたに好感を持っていないってことよね。
可哀想に。そんなんじゃ王太子妃になっても義妹と仲が悪くて大変だろうからさっさと辞退したら?」
「私たち、その後のレストランまで譲っていただいのよ。これから準備で忙しくなる前にユリアナの顔を見に来たのよ。一日遅く講義を受け始めたから点数が悪かった、なんて言い訳しないでね」
「そう。良かったわね。行ってらっしゃい」
「何よそれだけ?羨ましいとか思わないの?」
「マレーナ様との関係ならこれから築けば良いわ。だからそんなに問題だと思ってないの」
「ふん。強がり言っちゃって。泣き言言っても知らないわよ。ユリアナは一人寂しくしていれば良いわ」
「きっとそのうち私たちはお茶会に呼ばれるんじゃなくて?その時はユリアナはいないだろうから感想を教えてあげるわ」
「ええ。そうね。そんなことがあれば話を聞くわ」
「まあ!つまらない反応ね。まあいいわ。私たちは忙しいし予定もあるから昼も夜も一緒に食事はとれないわよ。一人で寂しく食べてなさいな」
もちろんそもそもそのつもりである。昨夜だって今朝だって一緒に食事をしていないことに気付いていないのかしら?とユリアナは思いながら二人を見送った。
マレーナ様からの観劇のチケット。あのマレーナ様なら何かお考えがありそうだとユリアナは思った。まあ二人が楽しいならそれで良いわとも。自分は昼からは教科書を読みこむのと、必要な資料があれば図書室に借りに行く許可ももらった。ユリアナはユリアナで忙しいのだ。二人を気にしている暇はない。
ユリアナはちょうど届けられた食事を摂りながら教科書をめくり続けた。
翌日。午前の講義を受けて、午後から図書室で調べものをし、夕食を部屋で摂りながら資料を読んでいた時だった。
激しいノックの音が聞こえ時計に目をやると七時だった。外からはフランカとラウラの声が聞こえる。開けたくはないが開けるまでノックをしそうなので仕方なくユリアナは扉を開けた。
「何で食堂にいないのよ!」
そう叫んだフランカの顔色は悪い。
「何でって、食事は部屋に運んでもらっているの。昨日からずっとそうよ」
「だから何でよ!私たちと食事はしたくないって言うの!?」
そう叫んでいるラウラの顔色も悪い。
「二人とも顔色が悪いわ。どうしたの?」
「ちょっと昨日飲み過ぎただけよ」
「そう。さっき起きて、食事の時間だって言うから食堂にいったらユリアナがいないから迎えに来たんじゃない!」
どうやら相当昨夜はお酒を飲んだようだ。足元もまだ少しふらついている。
「昨日は楽しかった?」
「ええ、とっても。素敵だったわ。食事も美味しかったし。ワインがね、とっても良いワインなのかするする飲めて美味しいのよ。マレーナ様は私の好みをわかってらっしゃるわ」
「何よ!私の為に選ばれたワインよ!」
二人が今度は言い合いを始める。
「ちょっとこんなところで止めて。とにかく、私は食事しながら勉強をしたいから一人にして欲しいの」
「へえ。そこまでやらないと点数を取れないってこと?私なんて教科書をもう既に一回読んだから完璧よ!あと三回くらい読めば楽勝ね」
「くすくす。そうようねえ。ユリアナは学園も出ていないもの。お勉強は頑張らないとできないわよねえ」
「ええ。そうね。私には私にしかできない勉強の仕方だから。さあ、邪魔をしないで」
「嫌よ。食事をしたらまた来るからお話しましょうね」
「じゃあねえ」
そう言って二人は去って行った。これはまずい。二人が来たらゆっくり勉強することもできない。ユリアナは急いで食事をすると教科書と資料を持って部屋を出た。そして近衛騎士に二人が来たら王城の庭園へ散歩に行ったと伝えるように言うと図書室へと向かった。
図書室は王城の三階の奥にあり、ユリアナが着くとちょうど司書の女性が帰るところだった。数時間使わせてもらえないだろうかと頼むと、しばらく待つように言われて戻って来た司書の女性に許可が下りたと言われ鍵を渡された。合鍵だそうで二週間経ったら返してくれれば良いから好きに使って良いと言われた。感謝を伝えると、中からも鍵をかけられるのでかけるようにとも言われた。それに頷きユリアナは図書室へと入った。
図書室は吹抜けの二階建てでユリアナは図書室の二階、つまり四階の窓辺にある机にランタンを置くと資料を開いた。月明かりもあり、本を読むのが苦にならない。助かったと思いながら次々と目を通していく。そこには教科書に書かれている以上のものが書かれていて、一国の歴史とは如何に奥深いかが伝わって来て楽しい。
時折教科書を読みながら資料を探して更に歴史を紐解いていく。その作業にユリアナは没頭した。
ふと今何時か気になり、持ってきていた時計を見るともう10時になろうとしていた。
そろそろ切り上げて湯浴みして寝ないと。そう思ってユリアナが立ち上がろうとした時だった。カタンと音が聞こえ、音がした方を見ると四階の廊下と図書室が繋がっている扉が開いたようで誰かの気配がする。
ユリアナは何で閉まってないのかと思いながらも、しかし許可をもらっているのだから堂々としていようと立ち上がりかけた腰を下ろした。
人影が段々近づいて来るのにユリアナは身構えた。灯がまだ届く場所ではないので誰かわからない。そして、
「ユリアナ」
そう言って声をかけて来たのはフレデリクの声だった。
「え?フレデリク様?」
ユリアナが顔を上げるとやっと灯が届くところにやって来たフレデリクが立っていてた。
「ここで勉強をしていると聞いて会いに来た。僕も今まで仕事をしていたんだ」
「良かった。フレデリク様だったわ。誰かと思って心配してたんです」
「ああ、四階の図書室の入り口は僕の執務室に近くてね。鍵をもらって来たんだ」
そう言うとユリアナが座っていた二人掛けの椅子に座る。
「ああ、この資料を見ていたんだね。僕も以前読んだな。もっと詳しいのがあるから持って来よう」
そう言ってフレデリクは席を立つとしばらくして本を三冊持って戻って来た。
「これも読むと良い。その教科書の内容を補ってくれる」
「ありがとうございます」
ユリアナはそう言って隣に座るフレデリクを見つめた。
「まさかお会いできると思わなかったので驚きました。二週間はお会いできないと思っていたので」
フレデリクがユリアナの手を持ち口付ける。
「僕もだ。ユリアナがいるとさっき近衛から聞いてね。急いで仕事を終わらせてきたんだ」
そっとフレデリクに肩を抱き寄せられユリアナはもたれ掛かった。肩に頭を預け寄り添うと、フレデリクが聞いてきた。
「約束守ってもらっても良い?」
「はい」
そう言ってユリアナは目を閉じた。するとフレデリクがまず額に口付け、頬に鼻にと下りてきて唇へと口付けられた。始めは軽い口付けだったが段々深い口付けへと変わり、フレデリクの舌がユリアナの口の中を好きに舐め、そして舌を絡めてくる。
ユリアナはそれを受け止めながらフレデリクの首に腕を回し、片手はフレデリクの髪を撫でた。
「あっ、うん・・・」
背筋を這い上がってくるぞくぞくする感覚に慣れず、ユリアナは少し距離を取ろうとしたが、フレデリクがそれを許してくれない。そのまま伸し掛かられ椅子に倒れ込んだユリアナに更にフレデリクは口付けてくる。
ぼうっとしてきた頭でユリアナは気持ちいいと感じながらこのままではいけないと思い、フレデリクの胸を押した。
「ユリアナ。もう少しだけ」
フレデリクがユリアナを見下ろしながら言ってくる。フレデリクの目には熱があり、ユリアナを蕩けさせようとしてくるようだった。
「そんな目で見ないでください」
ユリアナは視線を逸らしてフレデリクに言った。
「どんな目か自分ではわからないが、ユリアナを愛しいと思っている目に見えたら嬉しい」
ユリアナの全身を熱が走り抜け、気付けばユリアナ自身から口付けをしていた。
ああ、もうダメだ。私はこの人から離れられない。この人の隣は自分以外考えられない。他の人が隣に立つなんて耐えられない。そう思いながら口付けに夢中になった。与えられるだけではなく、ユリアナも応えながら交わす口付けは、図書室という場所もあって、背徳感を感じ更に燃えるように続き、息も絶え絶えになったユリアナが解放されたのはランタンの灯りが消えそうな頃だった。
余りにも長い口付けに、唇が腫れたのではないかとユリアナは唇に手を当てた。そんなユリアナをフレデリクが抱き寄せてくる。
「毎晩この時間にここで会おう」
そうフレデリクが言うのにユリアナは首を振った。
「ダメです。私が勉強をできなくなることがわかりました。今も、心臓がまだうるさいくらいに早鐘を打っていて、フレデリク様に聞こえるんじゃないかと思っています。
それに、フレデリク様はこんな遅くまで仕事をせずにきちんとお眠りください。体を壊してしまいます」
そう言うユリアナの目をフレデリクが覗き込んで来る。
「どうしてもダメか?」
「はい。その代わり、二週間経ったらずっと一緒にいられますから、たくさんしましょうね」
そう言って浮かべたユリアの笑顔にフレデリクは悶絶しそうになった。懸命に理性を掻き集めて何とか体勢を立て直す。
「わかった。夫となるにはユリアナの意思も尊重しなければな。寂しいがユリアナの為に我慢しよう」
「ありがとうございます」
そう言いながらそっとフレデリクの肩に頭を載せた。甘えたい気分になったのだ。もう少しだけ側にいたい。それを察したのかフレデリクがそっと肩を抱き寄せてきた。
「確かにこれでは勉強にならないな」
「はい。フレデリク様のお側にいるとこうしたくなるのです。だからお会いするのはダメなのです。ちゃんと満点を取って堂々と選ばれてみせますから」
「力強いな。僕の婚約者は」
「フレデリク様のお側にいる為ですもの。いくらでも頑張れます」
「嬉しいよ。そう言ってくれて。さて、もう遅い。近くの近衛に送らせるから気をつけて帰るんだよ」
「はい。フレデリク様はちゃんと寝てくださいね」
ユリアナは図書室の前で別れると部屋とへと戻った。帰ってきた時に近くの近衛騎士が言うには、やはり二人がやって来たらしく、庭園に行ったと伝えたら探しに行ったそうだ。
ユリアナは軽く湯浴みをするとベッドへと入った。目を閉じると先程のフレデリクの体温を思い出し心が温かくなった。早く横に立てるようになって、他国から来た王女ではなく、インデスター王国の王太子妃として国民に認められたい。
早く一人前の王太子妃にならないと。そう決意しながらもふとした瞬間に浮かぶフレデリクの顔が邪魔して眠れない。ドキドキするからそんな目で見ないで!とユリアナは願いながらやっと眠りについたのだった。
翌日、ユリアナは早くから食事をし、講義の準備をしていた。そこへノックが聞こえた。誰だろう?と思いながら扉に近づこうとしたら、ノックの音が激しくなった。これはまたあの二人が来たのかと諦めながら扉を開けるとやはりフランカとラウラだった。
「何で朝食の席にいないのよ!」
「一緒に食べるように言ったでしょ?」
「私はもういただいたわ。私にはしたいこともあるから二人の時間に合わせられないの」
「したいことってなによ!抜け駆けしようっていうんじゃないでしょうね?昨日だって庭園に行ったっていうから行ってみたけどいなかったじゃない!」
「そうよ!探し回って足が痛くなったのよ!」
「庭園にいたわよ。あれだけ広い庭園ですもの、入れ違いになってしまったのでしょう」
「だとしても!戻ってきても部屋にいないし怪しいじゃない!」
「早目に昨日は寝たわ。疲れてたのね」
「私たちが来たことに気付かなかったってわけ?」
「そうね。とても気持ちよく眠れたからそうかもしれないわ」
「澄ました顔して!絶対に何か隠してる!」
そう言ってフランカが小さなクローゼットや浴室、サイドテーブルの引き出しまで確認した。
あるのは教科書と数着の衣類だけ。ユリアナはこうなることを予想して、昨日借りてきた資料はベッドマットの下に隠しておいたのだ。
抜け駆けと言われればそうだ。あの二人はまだ気付いていない。教科書だけを覚えればいいというわけじゃないことに。
「何もないわね。紛らわしい。さて、食事に行ってこようっと」
「そうそう講義なんて簡単なもの早く終わらせて出かけましょう」
「出かけるの?」
ユリアナが問いかけると二人がにんまり笑った。
「あら、ユリアナは教えてもらってないの?今、インデスター王国にしかない薔薇が咲いているんですって。マレーナ様に教えてもらったのよ。是非美しいから見に行って欲しいって言われて、昼から行くのよ」
「そうなの!しかもマレーナ様がお薦めのカフェを予約しておいてくれたんですって。そこで昼食を食べた後に薔薇を見に行くの」
「そう。よかったわね」
「何よそれだけ?ユリアナはそんな情報ももらえないなんて可哀想!でも席は二名での予約らしいからごめんなさいね、連れて行けないのよ」
「マレーナ様は私たちの方がお好きみたいね。こんなによくしてくれて」
「じゃあまたね」
そう言って二人は去っていった。ユリアナは気付いた。マレーナは二人に勉強をさせる時間を作らせないつもりだと。薔薇など、王太子妃になれば毎年見に行けるのに、そんなことにも気付かず二人は見に行くという。
全てはマレーナからということで、義妹に気に入られていると錯覚しているのだろう。
一国の王女ともなると本来それくらい機転が利かなくてはならないのに、マレーナの掌で転がされるているようだ。
ユリアナから笑みが溢れた。
「私も性格が悪いわね。止めてあげれば良かったんだろうけどそんなことしないわ。強かにならないとこっちが潰される。マレーナ様には感謝しないと。私の味方をしてくれているんだから」
窓から庭を眺めながらユリアナは呟いた。王太子妃になるには強かさも必要だ。これからこの国のたくさんの貴族の令嬢夫人に会うことになる。強い心を持っていなくてはならない。
ユリアナは講義の時間まで資料を読み込んだ。