勇者一行、世界の話を知る。
世界観の説明が入ります。
窓から差し込む朝日によって、ツトムは目を覚ました。時計はアラームをセットした時刻の2分前。もう少し寝ていたかった気もするが、二度寝をしてしまえば遅刻は確実だ。ツトムはベッドから降りると制服に着替え始めた。
「おはよう。」
「おはよう、トム。珍しく早く起きたな。」
居間に降りてきたツトムに声を掛けたのは父親である太郎だ。魔法が飛び交うこの家では一際浮いているザ・日本の企業戦士である。新聞を読みながら珈琲を啜る彼の姿は、此処が現代日本であるということを思い出させてくれる……とツトムは思っている。
「そりゃあ、寝られないだろ。あんなことあった次の日に……。」
ツトムが目を向けた先には、この家の住人ではない者たちが子供のようにはしゃいでいた。
「エリザベス様!これも魔法ではなく、雷の力で動いているのですか⁉︎」
「そうよイザベラちゃん。こっちの世界は雷……電気を使った道具が発達しているの。」
「『科学』なんて、空想のものだと思っていました!まさかこんなに便利なものだったなんて!」
出会った時はお色気感満載だった金髪魔女イザベラは、電化製品である電子レンジに興味津々である。
「……魔法で温めた方が早くない?」
「分かってないわねぇ、ツトム。一定の力で温めるって結構難易度高いのよぉ?それにこの『でんしれんじ』って焼いてるわけではないのでしょう?これなら料理の幅も広がるじゃない!」
「そーいうもんか。」
イザベラ曰く、あちらの世界では『電化製品』ではなくて『魔法道具』が普及しているらしい。予め刻まれた魔法式に魔力を流し込むことで効果を発揮するそうだが、魔力操作が苦手な人間には扱いが難しいのだという。魔法が存在する世界とはいえ、皆が皆当たり前に魔法を使える訳ではない。
「あとは魔力量によっても左右されるわねぇ。そういう時の為の魔力を貯めておく魔法道具はあるけれど、悪用されかねないから資格持ちでないと扱えないし。」
「そういう所はこっちと変わんないんだな。」
ツトムが感心しながら朝食の準備をしようとすると、既にテーブルに用意がされていることに気が付いた。
「あれ、これ俺の分?」
「ああ。こちらで用意させてもらった。エリザベス様にツトムの好みは聞いていたのだが、問題ないか?」
声の主はシャーロットだった。旅の中で手慣れていたのか、料理の腕はかなりの物のようだ。ツトムはシャーロットに礼を述べた。
「あ、いや大丈夫。ありがとう。……一国の王女様に朝食作ってもらうって申し訳ないな。」
「此処での私はただの居候だ。こき使ってもらって構わない。」
そう言ってシャーロットはにこりと微笑んだ。男勝りな口調とその溢れ出る高貴さに圧倒されるが、ツトムと同年代だというのだから驚きだ。
「ありがとう。じゃあ、いただきます……って、そういえば残りの2人は?」
いざ朝食を……とパンを手に持ったところで、ツトムはアレックスたちが居ないことに気が付いた。
「ああ、あの2人なら……」
「何で俺がこっち側なんだよ……。」
「仕方ないでしょう。アルが家事を手伝おうものならあの家消し飛びますよ。」
埼玉県のとある市の上空にて。アレックスとノアは、自分たちを転移させた者の手掛かりを得るべく、魔力探知を行っていた。
「俺が魔力探知下手くそなの知ってんだろ⁉︎」
「ええ、よーく知ってます。僕だって本当はイザベラさんに手伝って欲しかったですよ。役に立たないならせめて絨毯浮かせる努力をしてくれませんかねぇ。」
「テメェ。」
アレックスたちが乗っているのは、空飛ぶ絨毯だ。旅の途中で探索した洞窟で手に入れた貴重な魔法道具である。エリザベスの手によって不可視の魔法が掛けられているので、日中堂々使っていても一般人には気付かれない。
ノアの物言いにアレックスは腹を立てたが、魔力探知については全くの役立たずなのは事実である。アレックスは絨毯に魔力を流し続けた。
「それにしても不思議なものですね。」
「……この世界がか?」
「ええ。」
精霊たちを飛ばしながら、ノアは空から街を見下ろした。
「僕らにとって当たり前の『魔法』がここでは空想のもので、空想だったはずの『科学』がこの世界では当たり前のものとして受け入れられている。」
「似てるようでどっか違うのは、なんかムズムズするよな。」
「エリザベス様が仰っていた『世界が分かれた』という話、今なら信じられる気がします。」
昨日エリザベスから聞かされた、アレックスたちの世界とこの世界の繋がり。彼女曰く、元々この2つの世界は1つだったのだという。
魔法を使う者、科学を使う者……彼らの行動は世界の理に干渉し、世界を分けるまでに至った。互いの世界に『魔法』と『科学』という概念が残っているのはその為である。そして分かれた2つの世界の境目は曖昧なままで、時に境界を超えてしまう者が居る……。
「あの人、自力でこっちの世界に来たんだろ?ホント、伝説の魔女様は格が違ぇな。」
エリザベスはアレックスが生まれるよりずっと前、それこそ伝説として語り継がれる程昔の人物だ。だと言うのに、彼女は30代半ばの外見を保っている。不老不死なのか、それとも……
「アル、貴方今失礼な事考えたでしょう?」
「……な訳ねぇだろ。」
ノアの鋭い指摘を躱しつつ、アレックスは再び周りに目を向けた。エリザベス曰く、アレックスたちを転移させた者はこの街に居る可能性が高いらしい。
「この街で戦闘はしたくねぇな。」
「そうですね。」
魔法の戦いとは無縁の平和なこの世界で、大きな戦闘は避けたい。恐らく叶わないであろうその願いは、青空の下で虚しく響き渡った。
太郎さんとエリさんは恋愛結婚です。