魔王、決断する。
ご心配おかけしました。無事体調回復です。
久々に熱を出して寝込みました……。
「ど、どういうこと……?」
何処となく甘酸っぱい雰囲気が漂う中、杏は唖然としていた。この身の毛もよだつような空間で、アレックスと杏の周りだけハートが弾け飛んでいる。
「杏の言う通りねぇ、何でこうなってんのかしら?」
「イザベラさん!」
「《開錠》」
イザベラは混乱している杏を落ち着かせるように目線を合わせると、先程妨害された魔法を再び唱えた。ガシャンと音を立てて錠は床に落ち、杏はすぐさまイザベラに抱きつく。
「イザベラさんありがとう!」
「あらあら、杏ったら。こんな暗い所で寂しかったでしょう?1人でよく頑張ったわねぇ。」
「杏、助けるのが遅くなってすまない。」
「シャーロットさん!私こそ、あっさり捕まっちゃってごめんなさい。」
「気にするな。杏が無事ならそれで良い。」
杏に歩み寄ってシャーロットも微笑む。彼女にとって杏は聖女である以前に大切な友人だ。特に怪我した様子も見られないので、シャーロットはホッと一息ついた。
「(あれ、そういえば……)」
身近な2人が側に居てくれたおかげか、杏も少し冷静になる。先程のアレックスの大胆な告白で頭から吹っ飛んでしまっていたが、何か大切なことを言っていたような気がした。
「あの……2人とも。さっき、アレックスが魔王を討伐しない、とか言ってたような気がするんだけど。私の聞き間違いかな?」
あの時は勢いに流されてスルーしてしまっていたが、それは大丈夫なんだろうか。世界に混乱を齎した存在を放置するのはよろしくないのでは?彼方側の世界について杏はそこまで詳しくはないが、魔王が警戒されていることは分かる。
「「……。」」
「え?嘘でしょ?」
シャーロットもイザベラも杏の問いには答えず、真顔のまま。その沈黙が肯定であることに気がつくのにそう時間はかからなかった。
「私たちの旅の目的は平和の世界を取り戻すことだもの。魔王を倒すのはその過程に過ぎない……んだけど、簡単に割り切れるものじゃないわよね。」
「私も陛下に何と言ったら良いものか。」
これまで魔王を倒すことを目標に突き進んでいたシャーロットたちにとって、その選択肢は受け入れ難いものだったらしい。杏が落ち込んでいる2人を励ましていると、急に辺りが暗くなった。
「え?」
『よぉ、聖女サマ。』
振り返ると大きな翼を広げたメフィストがニヤニヤと笑っている。アレックスと仲良さげにしていた悪魔だと気が付いて杏が少し警戒を緩めた一方で、シャーロットたちはすかさず攻撃の構えをとった。
『おいおいだからオレ様に敵意はないって言ってるだろうが!すぐさま攻撃態勢に入るな!』
「私はお前を信用した訳じゃない。」
「私もよ。ダーリンに取引させるなんてサイテー。」
「あれ、手を組んでるんだよね!?」
どうやらメフィストと仲が良いのはアレックスだけらしい。先程の莉花の話を思い返すに、その取引とやらは本当に危険なモノだったようだ。確かに、アレックスを大切に思う2人が彼に敵意を向けるのも納得である。
『オメェらは黒幕倒すのに絶対必要な戦力だ。ここで殺すわきゃねぇだろ。ったく、今代の勇者一行は血の気が多過ぎて困るぜ。』
メフィストはそう言って不貞腐れる。口は悪いが見た目通りひょうきんな悪魔のようだ。杏がじっと見つめていることに気付いたメフィストは、思い出したかのようにグッと顔を近付ける。
『あーそうだそうだ!オメェに用があンだった!』
「え、私に?」
『おうよ。魔王を殺さずに世界を救うにゃ、オメェの聖女の力が絶対ェ必要だ。』
聖女の力で世界を救う?杏が目を白黒させていると、ノアが慌てて駆け寄ってきた。
「くっ、悪魔め!僕らが離れている隙に杏にまで!」
『オメェらオレ様のこと何だと思ってんだ!?』
どうやらシャーロットたちと同様、ノアもメフィストのことを信用していないらしい。杏が説明して漸く事態を把握したノアは、恥ずかしそうに謝った。
「すみません、絵面がヤバかったのでつい……」
『オメェだけでもブッ飛ばしてやろうか?』
「2人とも、話進まないから後にしなさい!杏が固まっちゃってるでしょうが!」
「あ、あはは……。」
一体ここに来るまでに何があったのだろう。とても気になるが、聞いてはいけない気がする。杏は顔を引き攣らせながら、メフィストに問いかけた。
「えっと、聖女の力でどうするの?」
『ん?ああ、そんな難しい話じゃねぇよ。聖女の力は魔王にとっちゃ毒も同じ。だから……』
『まずそれを魔王にぶち込む。』
「殺さないんだよね!?」
いきなり物騒なワードが飛び出し、杏は思わず突っ込んだ。あれ、魔王を殺さずに世界を救う方法なんだよね?平和的な方法なんだよね?杏は自分の考えがおかしいのかと錯覚してしまった。そんな杏を他所に、メフィストは淡々と話し続ける。
『まあまあ聞けって。良いか?聖女の力を喰らった魔王は当然弱体化する。すると魔王の心臓とも言える魔核と魔王……っつうより元になった魔物だな、そいつの結び付きが緩くなるんだ。』
「元になった……えっと、魔核の守護者のこと?」
『おうよ。魔王っつーのは魔核と魔核の守護者が融合した存在だからな。まぁそれだけで魔王になる訳じゃねぇんだが、ンなことはどうでも良い。』
その話を聞いて、以前戦った炎龍が杏の脳裏を過ぎった。確かにあの魔物は魔核と融合していたが、目の前の魔王と比べれば明らかに格下の存在だ。メフィストの言う通り、魔王として覚醒するには様々な条件が必要なのだろう。
『ここまで言やぁもう察しがつくだろ?要はな……』
『魔障を生み出す魔核だけを潰すってことだ。』
「ッ!」
『勿論これは理論上の話だ。これにゃあ魔王を弱体化させる聖女、魔核を破壊できる勇者、何より……』
メフィストは先程から黙ったままの魔王へ目を向ける。
『オメェの意志が絶対条件だ。魔王。』
「……だろうな。」
魔王は目を閉じて静かに呟いた。
「えっと……魔王の魔核だけを潰せば、アレックスたちの世界に魔障が溢れかえることはないってこと?」
同じ頃、落ち着いた莉花はアレックスから説明を受けていた。確かにその方法なら、魔王は力こそ失うがずっと一緒に居ることはできる。アレックスたちの世界も魔障から解放されるだろう。
「おう、あの悪魔が言うにはそうらしいぜ。確かに言われてみりゃあ、魔王の魔障って魔核が作り出したヤツだしな。あの魔王だって元々は魔核の守護者だったんだろ?」
「……多分。魔王になる前の話聞いたことないから分からないけど。そもそも守護者時代の記憶ってあるのかな?」
魔王はあまり自分のことを話さなかった。だから、莉花が知るのは意外と天然で手の掛かる弟(……いや妹?)のような姿だけだ。
「どちらにせよ魔王が覚悟決めてくんねぇとどうしようもねぇ。苦しい思いさせんのは間違いねぇしな。」
そう言ってアレックスは魔王の方を見遣る。メフィストから説明を受けているのだろう。神妙な顔をしているのが窺えた。
「……言っておくけど、私からは魔王にお願いはできないよ。私が言ったら命令になっちゃう。家族にそんなことはしたくない。」
「ああ、それで良いよ。お前に言わせたってなったら、俺たち魔王に殺されちまうし。それに今の俺、メフィストに魂握られてっからな。」
「……メフィストにはあんまり酷いことしちゃダメって言っとくね。」
そう言って莉花は少し笑った。
『さっきの話聞いてたろ?少なくともアレックスはオレ様と取引してっから、オメェを殺せねぇ。その仲間たちもアイツの魂を俺が握ってっからオメェに手は出せねぇ。』
メフィストは勇者一行を指差しながら魔王を説得しようとしていた。メフィストからすれば普段の魔王は手の掛かる子供のような存在だが、時々見せる魔王としての威厳には思わず平伏してしまいそうになる。
見た目が幾ら幼い少女のようであっても、本質まで真似ることはできない。どこまでいっても結局魔王は魔王なのだ。
「そのようだな。もし私が魔王でなくなっても、その取引は有効か?」
やっと口を開いた魔王の声はいつも通りだった。表情を変えることなく、淡々と話す姿からは感情が読み取れない。メフィストは背中に冷や汗をかきながら問いに答える。
『ああ。悪魔が取引に抜け穴を用意するわきゃねぇだろ。』
「……それもそうか。」
悪魔が契約や取引を何よりも重んじることは有名な話だ。何よりメフィストと魔王の間にある信頼がその言葉の説得力を増した。
「……。」
魔王はチラリと莉花を見遣る。彼女は心配そうに此方を見つめていた。きっと彼女は自分がどんな決断をしようと決して責めることはない。その結果勇者たちと敵対することになろうと、受け入れてくれるだろう。
だが……
「良いだろう。その提案、受け入れよう。」
「「「「ッ!」」」」
魔王は魔王でなくなることを了承した。
「私は莉花と……家族と一緒に居られればそれで良い。」
魔王の脳裏に浮かぶのは、魔王の頃でも魔核の守護者の頃でもない、最初の記憶。もう顔すら思い出せない愛しい人との誓い。
何の因果か辿り着いた異世界で、彼女に……いや、彼女の魂を持つ存在に再び出会うことができた。これ以上、何を望むと言うのだろうか。
『魔王……良いんだな?』
「ああ。」
メフィストの問いに、魔王は頷く。そして莉花の方へと向いた彼は、莉花に笑いかけた。
「これが私の決断だ。魔王でなくなればこれまでのようにお前を守ることは難しいだろう。それでも……私と家族でいてくれるか?」
莉花はそんな魔王の問いに目を丸くした。一体どこまでこの魔王は鈍いのだろうか。莉花はクスクスと笑うと口を開いた。
「当たりま……ッ!?」
「鈴木!?」
莉花の言葉が最後まで紡がれることはなかった。アレックスは突然カクンと項垂れた莉花の顔を覗き込む。
目は開いたまま何処か虚ろな表情の莉花を見て、アレックスはこれがただならない自体であることを察した。
「すず……」
『それは困りますねぇ?』
再びアレックスが呼び掛ける前に、莉花の口が開いた。
「……は?」
アレックスは思わず声を出してしまった。確かに莉花の口は動いている。それなのに発した声は莉花のものではない。いや、そもそもが間違っている。
――声など出ていない。
「お前……まさか」
脳内で直接響くような嗄れたこの声を、正体を、アレックスたちは知っている。
『いやはや、先刻ぶりですねぇ。』
気味の悪い笑顔を浮かべたソレは、見た目が莉花の姿をしただけの別物であった。
――莉花の中に巣食う何かが、勇者一行たちに牙を剥く。
次回、あの人物が再登場!
……べ、別に忘れてたわけじゃないですよ?




