勇者一行、召喚される?(2)
今度はツトム視点。
一方でツトムは、考えを巡らせていた。水の微精霊召喚の儀式は失敗した。その事実はどうしようもない。
だが、儀式の失敗で実体のある存在―人間を、それも同時に四人も召喚してしまうなんてことがあり得るのだろうか。
魔法というのは、火や水といった自然の力を用いる系統魔法とそれ以外の系統外魔法に分けられる。召喚魔法は、系統外魔法の一つだ。系統魔法が個人の適性によって効果に差が出るのに対し、系統外魔法はその仕組みさえ理解していれば基本的に誰でも百パーセントの力を発揮できるとされている。
ただし、召喚魔法に関しては系統外魔法のセオリーが通じない。というのも、召喚対象の格や性質によっては召喚に応じてくれないことがあるからだ。例えば今回ツトムが喚び出そうとした水の微精霊は、実体を持たない霊的存在であり、且つ精霊の中でも最下級の存在ということでかなり召喚しやすい部類だ。加えて水系統魔法に適性のあるツトムならば、まず失敗することはない。
「……ならどうしてこんなことに?」
「いやどう考えてもカレーの材料で供物代用したからでしょ!」
「うーん……。それ自体が原因では無いと思うんだよね。」
「え?」
ツトムの返答に杏が驚く。杏はてっきり供物を別の物で代用したことが原因だと考えていたようだが、ツトムはそうとは思えなかった。
「供物って、要は『これを貴方に捧げるので、どうか召喚に応じてください』っていう意味があるんだよ。だから、その供物と召喚主が気に入ったら召喚に応じてくれるし、失敗したらそもそも何も起こらないはずなんだ。」
「その子の言う通りねぇ。失敗したなら別の物が召喚されるなんてまず無いわよ。水の微精霊を召喚しようとしたって話だけど、見た感じ魔法陣は正確だし、供物だって本来の物とは違うみたいだけど性質は同じだわ。」
ツトムの意見に金髪魔女が同意する。見た目通り、魔法には精通しているようだ。
「そうですね。先程僕も水の精霊に聞いてみましたが、この供物だったら水の微精霊でも喜んで召喚に応じると言っています。」
ツトムが狩人のような青年に顔を向ければ、その周りには様々な色の光が飛び回っている。その中でも、彼が目線を向ける先には一際輝く青い光があった。どうやらあれが水の精霊のようだ。
「ひょっとして、貴方は精霊使いですか?」
「はい。召喚魔法に限れば、そちらのイザベラさんよりも得意ですよ。……だからこそ、今起きている事態に困惑しています。この供物で実体を持つ存在を、それも四人も同時に召喚できるわけがない。」
そう、それがツトムの一番の疑問だった。召喚魔法において、実体を持つものの召喚の難易度は格段に高い。実体を持つほどの存在は確立した意思を持っており、要求される供物も技術も一般的な精霊のそれを遥かに凌駕する。だからどんなに優秀な召喚魔法の使い手であっても、人間一人を召喚することすら難しい。
魔法の訓練を受けているとはいえ、ツトムの力量はそれほど高くない。目の前の四人組を召喚するなどまず不可能だった。
「そもそも僕たちは召喚に応じたわけではありません。……となると、僕たちは『召喚』されたのではなく、『転移』させられた?」
「転移魔法か。まだその方が納得できるな。となると、我々は何者かによって偶々召喚の儀式を行っていた貴方方の所へと転移させられたわけだ。」
「儀式が失敗したのは、私たちが此処に飛ばされたからでしょうねぇ。何かごめんなさいね。折角準備してたのに。」
「まあ、原因が分かったなら良いじゃねぇか!色々と驚かせて悪かったな。とりあえず俺たち魔王を倒しに魔王城に戻るよ。……あ、聞きたいんだが、此処ってどの地方だ?そこの姉ちゃんはカミツグ出身っぽいが、いくら家の中とはいえ、暖かすぎやしないかと思ってな。」
杏にはよく理解できなかったが、どうやら自分たちのせいで彼らが召喚されたわけではないと知って安心した。しかし、何か重要なことを忘れている気がする。
「……ん?カミツグ?」
「黒髪黒眼といい、顔立ちからてっきりそうだと思ったんだが。」
「日本じゃなくて?」
「ニホ……?何だそれ?」
そもそも彼らは『魔法』を当たり前のものとして受け入れていた。その時点で分かっていたことではないか。
目の前にいるのは、『もう一つの世界』からやってきた人間たちであることを。
魔法の説明、伝わったでしょうか……?