勇者一行、召喚される?(1)
いきなり新キャラ視点です。
佐藤杏は酷く後悔していた。よくよく考えてみれば、今日の星座占いは最下位であったし、授業ではやたら教師に当てられた。人間どうしたってツイてない日というのはあるものだ。そういう日には、余計なことをせずに大人しくしているに限る。
それだというのに……。
杏は、一時間前に起こった悲劇を思い返していた。
杏は悩んでいた。つい一週間前から始まった高校生活は、特に問題なく送れている。整った顔立ちに明朗快活な性格の彼女は、入学早々ファンクラブが出来るほどの人気者だ。そんな彼女に恋心を抱く少年は数多くいるのだが、誰一人としてその想いが届くことはない。
「杏、今日は付き合ってくれてありがとう。」
杏の隣を歩く少年が口を開く。この国においては珍しい金髪と碧眼を持つ彼は、手に抱える買い物袋を一瞥すると申し訳なさそうに礼を言った。
「いいっていいって!買い物くらいいくらでも付き合うよ。ツトム、もっと頼ってくれてもいいんだからね。」
「……ありがとう。今度改めて何かお礼するよ。リクエストとかある?」
「うーん。じゃあ、どっか出かけようよ!そう、ニ人で!」
すかさず杏は、彼と二人で出掛ける約束を取り付けようとする。恋する乙女はただ攻めるのみ。
杏は、隣を歩く少年―ツトムにずっと想いを寄せているのだ。
ツトムとの出会いは七年前、杏の家の隣に彼が引っ越してきた時だ。母に呼ばれて玄関へ向かうと、挨拶に来ていた彼と目が合った。どう見ても外国人の彼に驚いて、聞くに堪えない英語を披露したのが懐かしい。しかも、生まれも育ちも日本だった彼に「初めまして。」と流暢な日本語で挨拶されるというオチ付きだ。
出会いはともかく、杏とツトムはすぐに仲良くなった。そして彼に助けられたあの日、杏はツトムに恋をしたのだ。
「二人だけだと寂しくない?」
「……。」
ただ、その想いが報われるかどうかは別の話である。超が付くほどの鈍感であるツトムが、杏の気持ちに気付くはずもなく。
「ソウダネ。セッカクダシ、ホカノコモサソオッカ。」
「……ロボットの真似か何か?」
今日も彼女は想いを寄せる幼馴染に頭を悩ませていた。
結局杏の作戦は失敗に終わり、お礼はまた別のものに決まった。他愛のない話をしていれば、ツトムの家まではあっという間だ。
「お邪魔しまーす。」
「父さんも母さんも居ないし、わざわざ言わなくても……。」
「礼儀よ、礼儀。……ハァ。」
「……どうかした?」
「別に。ほら、さっさと準備する!エリさん帰ってきちゃうよ。」
「ああ、うん。」
乙女心が分からぬアンポンタンを急かし、姿が見えなくなったところで再び溜息をつく。両親が居ない隙を狙ってお宅訪問という少女漫画でもお約束のようなシチュエーション。いくら幼馴染とはいえ、杏がツトムの両親の居ない時にお邪魔したことは殆どない。そうなると、やはり見慣れた家の中も違って見えるものだ。だというのに、この状況にドキドキできない自分が虚しく思える。
脱いだ靴を揃え、ツトムが居る地下室へ向かう。ツトムの家には何度もお邪魔しているが、この部屋に入ったのは一度しかない。というのも、この部屋はツトムの母――通称エリさんの研究室だからだ。危険なものが数多くあるため、彼女が居ない時はまず入れない。昔ツトムとこっそり侵入して死にかけた杏としては、二度と入りたくなかった。
あまり気が進まなかったが、杏は地下室の扉を開ける。
「ごめん、あと少しで終わる。」
中に居たツトムは、腕に抱えたものを配置している最中だった。先程の買い物で購入した人参、玉葱、馬鈴薯、牛肉……といった食材の数々。これがカレー作りだったら良かったのだが、残念ながら此処は台所ではない。
薄暗い部屋の中、規則的に配置された蝋燭。
床に浮かび上がる謎の紋様。
そしてその紋様の上に置かれていくカレーの材料たち。
「この日のために何度もシュミレーションしてきた。」
ツトムは不器用で心優しい少年である。
「揃えられなかった供物は代用品になってしまったけれど、何だかいけそうな気がするんだ。」
誤解されがちだが、困っている人がいたら放っておけない人間だ。杏はそんな彼をずっと見てきた。だから好きになったのだ。だが……
「絶対に成功させてみせる。召喚魔法……!」
こんな状況、ドキドキ出来るわけがない。
目を輝かせて作業を進めるツトムを、杏は冷めた目で見つめるのだった。
……というのが、今から約一時間前のことである。
ツトムと出会ってから早七年。大抵のことには動じなくなった杏だが、目の前に広がる光景については許容範囲外だ。
どうしてこうなったのか。
準備を終えて召喚の儀式を始めたツトムだったが、当然の如く失敗した。水の微精霊を召喚するはずだったのだが、召喚されたものがそうでないことは素人の杏でも分かる。
この状況を一言でいえば、そう……
RPGに出てきそうなコスプレイヤーたちが現れた。
「いや誰だよ!?」
「いやそれこっちの台詞なんですけど……。」
杏の突っ込みに冷静に答えたのは、麻色の髪に翡翠色の瞳を持った青年だった。コンセプトは、森に住まう狩人だろうか。ただ彼から感じられる気の弱そうな雰囲気は、狩る側というより狩られる側のソレである。
「おい、これが魔王の幻術の可能性は?」
「そうねぇ。全く無い……とは言い切れないけれど、幻術にしたってこれはないでしょ。」
「確かに魔王の幻術ならもっとこう、やべー感じだよなぁ。」
残りの三人が何やら呟いているが、いくら何でも役に入りすぎてないだろうか。それとも、どんな状況であっても演じ切るのが一流のコスプレイヤーだとでも言うのか。杏は混乱しつつも冷静に状況を分析しようと彼らに目を向ける。
男口調だが、何処となく気品がある女武闘家。
羨まし……実にけしからん胸のお色気魔女。
格好はまさに勇者だが、何か普通な人。
……といったところだろうか。先程の会話といい魔王との決戦というテーマなのか衣装は草臥れており、所々血で赤く染まっているように見える。特殊メイクによるものなのか、よく見れば顔や手足などにも傷が至る所にあった。
まるで本当に魔王と戦ってきたかのようだ。
「あのー、確認したいんですが。」
緊急事態で頭が回らなくなった杏をよそに、ツトムが召喚された四人組に声を掛ける。
「貴方方は、水の微精霊……ではありませんよね?」
「違いますね。正真正銘の人間です。」
「……。」
キッパリと断言されたツトムは、杏の方へ振り返る。
「失敗したみたい。」
「でしょうね。」
そんなことは誰が見ても明らかである。それよりも問題は、彼らは一体何者なのかだ。
「こちらからも尋ねたいのだが、良いだろうか?」
「あっ、はい。」
対応に困っていたツトムたちを見かねたのか、武闘家らしき女性が質問をする。
「まず、此処は何処だろうか?」
「えーっと、俺の家の地下室ですね。」
「……成程。では、先程水の微精霊がどうと言っていたが、貴方は水の微精霊を召喚しようとしていた……ということだろうか?」
「はい。」
「それで何故か我々が召喚されたと。」
「……はい。」
「……。」
「……。」
「いや何で俺らが召喚されんだよ!?」
沈黙に耐えきれなくなったのか、勇者っぽい青年が叫ぶ。この場にいる誰もが思ったことだった。しかし、杏はそんなことよりも気になることがあった。
「あの、さっきから『召喚』についてすんなりと受け入れられているようですけど、魔法に詳しい方ですか?」
彼らは『召喚』されたことに気が付いていた。
この世界で、魔法は空想上の存在であるにもかかわらず。
「は?いや、魔法を知らない奴なんて居るわけねえだろ。何言ってんだ、お前。」
「……。」
「俺、何か変なこと言ったか?」
今の返答で杏は確信した。
どうやら彼らはコスプレイヤーではないらしい。
そして理解した。
自分たちはとんでもないものを召喚してしまったのだと。
勇者一行、ようやく現代日本にやってきました。