勇者一行、学校に潜入する。(3)
杏が覚醒中ですが、暫く勇者一行視点で進みます。
旧校舎にはまだ電気が通っているようで、非常口の表示がジジジ……と音を立てながら点滅している。薄暗い廊下に、勇者一行たちの足音だけが響き渡っていた。
「……うん。いるな、これ。」
暗示が解けた今、ツトムの目にははっきりと魔障が見える。紫がかった靄が、侵入するものを拒むように辺りに立ち込めていた。
「ツトム、結界石はちゃんと持っとけよ。いつ出てきてもおかしくねぇからな。」
アレックスはツトムが手に持っている巾着の中身を指差した。エリザベスが持たせてくれた巾着の中には、砕くことで強大な結界を張ることができる『結界石』と呼ばれる魔石が入っている。エリザベス特製のものなので、これさえあれば魔物が指一本触れることすら叶わないだろう。
「大丈夫だよ。それよりアレックス、いるって……。」
「……『魔物』がいる。それも結構な数がな。」
「ッ!」
此方の世界では空想上の存在である魔物だが、彼方の世界ではごく普通に存在する。それは彼方の世界の方が遥かに魔素が多く、魔物を生み出す『魔核』が出現しやすいことが原因だ。
「ったく、魔核なんてよっぽど魔障が濃くなけりゃ発生しねぇぞ!?幾ら人目につかねぇからってここまで魔障を放置するか!?」
「ツトム、ここ最近この辺りで魔物や若しくはそれに近い何かが発生したということはありましたか?」
「いや、噂でも化け物が出たって話は聞いてない。入学式初日にふざけて此処に入った奴らがいたけど、体調不良起こしただけだな。怪我はなかったみたいだし。」
入学式はつい1週間前のことだ。つまり、その時には魔物は発生していなかったことになる。
「魔物が発生したのはつい最近ってことねぇ。魔核を生み出すほどの魔障が発生したってことになるけれど……。」
「この辺りは負の感情が集まってますからね。魔法を行使するだけであっという間に魔障で満たされると思いますよ。」
「やはり件の魔法使いを捕まえねば何も分からないか。」
考えていても仕方がない。勇者一行たちは前へ進む。ツトムが目を遣ると、アレックスたちは武器に力を込めていることが分かる。魔物にすぐ対応する為だろう。
「なぁアレックス、魔物って……」
エリザベスから話は聞いていたが、ツトムは直接その目で魔物を見たことがない。魔物との戦闘について聞こうとした時だった。
「飛龍斬!」
「ッ!?」
振り返ったツトムのすぐ傍を、閃光が切り裂く。その先にあった『何か』はおおよそ人とは思えない音を立てて倒れ込んだ。
「まずは1体。」
その『何か』を確認するべく振り返る余裕がツトムにはなかった。ただその『何か』は既に息絶えており、それが目の前に居た青年の手によるものだということだけは分かった。
「大丈夫か?ツトム。いきなりオーガに出くわすなんてついてねぇな。ま、俺らが居るんだ。安心しろ。」
剣を鞘にしまった青年は、ツトムを安心させるように笑った。
「『勇者』……。」
ツトムは思わず呟いた。
魔王が現れる時に呼応するかのように誕生する、世界を救う力を持った者。それが勇者である。ただ、それだけが勇者というわけではない。
「おかあさん、ゆうしゃおうのおはなしして!」
「本当にトムはバッカスの話が好きねぇ。」
幼い頃、母が聞かせてくれた勇者王バッカスとその一行の物語。聖剣を叩き折る赤ん坊時代に始まり、その逸話は『人』の定義について考え直した方が良くなるものばかりだが、彼と仲間の物語はどれも幼心を掴んで離さなかった。
「ぼくもばっかすみたいになりたい!」
「それはやめときなさい。」
何故か母はバッカスのようになることだけは反対していたが、ある1点に関してだけは見習うよう言っていた。
「トム。勇者っていうのはね、強いだけじゃ駄目なの。バッカスは確かに強かったわ。その辺の魔物よりよっぽど魔物みたいだった。それでも皆が怖がらなかったのは、バッカスが力を振るうのはいつも誰かの為だったからよ。」
「だれかのため?」
「そうよ。」
エリザベスは昔を懐かしむように目を細めた。勇者王の話をする時の母の表情がツトムは好きだ。
「バッカスはいつも言っていたわ。本当は自分は怖がりだって。それでも魔物と戦うことができるのは、守りたい人たちから勇気を貰っているからなんだ……ってね。」
「ゆうき?」
「そうよトム。バッカスはいつも勇気を振り絞って戦っていたわ。大切な人たちの為だったら、苦手なゾンビにだって立ち向かえる人だった。」
そう言うと、エリザベスはツトムの頭を優しく撫でる。
「勇者っていうのは、誰かの為に勇気を出して、皆に勇気を与えられる人のこと。」
「トム。バッカスみたいに強くならなくても良いの。ただ、大切な誰かの為に勇気を出して前に進めるような、そんな優しい子になってね。」
「うん!」
何故、昔のことを思い出したのだろうか。かつて母が話してくれた勇者王バッカスが、ツトムの中にある勇者のイメージだ。
勇者一行と出会った時、実のことを言うとツトムは少しがっかりしていた。物語上の勇者一行とは違って、何というか良くも悪くも普通だったから。
だが……
「どうした?ツトム。魔物と初遭遇してビビっちまったか?」
無反応だったツトムを心配したのか、アレックスは揶揄うようにケラケラと笑った。
「アル、君だって初めてスライムと遭遇した時漏らしたでしょう。人のこととやかく言える立場ですか?」
「それ言うんじゃねぇよ!?」
目の前に居た青年は既にいつも通りの年相応な振る舞いを見せている。ただ、あの時、あの瞬間。
確かにツトムの前に居たのは『勇者』だった。
アレックスたち勇者一行は、街や村を訪ねる度に人々から残念がられた。
「思っていたのと違う。」
「何か普通。」
「え、冗談でしょ?」
勇者王をはじめ、歴代の勇者たちの逸話を知る彼等にとって、アレックスたち勇者一行はさぞ頼りなかったに違いない。
しかし勇者一行が去る頃には、彼等は口を揃えてこう言うのだ。
「彼等こそ、まさしく勇者一行に違いない。」
そして、勇者アレックスは人々からこう称される。
魔物の脅威から人々を守り、救い、武器を必要としなくなる世界へと変える勇気ある者。
『偃武の勇者 アレックス』
未来の英雄たちがツトムの前に居た。
アレックス強いんですがどうしても勇者王と比べられがちなのです。




