勇者一行、魔王に挑む。
episode0ってやつです。
魔瘴→魔障に変更しました。
遂に此処まで来た。そう呟いたのは一体誰だったか。
聖剣に選ばれし勇者アレックスとその仲間達は、今まさに魔王との決戦を迎えようとしていた。
「……この戦いに勝てば、世界は平和になるんだよな。」
そんなことはこの場にいる皆が分かっていることだったが、アレックスは口に出さずにはいられなかった。ある日突然勇者に選ばれ、世界を救うべくただひたすらに進み続けた。長いようで短かったこの旅が終わろうとしていると思うと、少し寂しくもある。
「なんですか、突然。君らしくないですよ。」
声のする方を振り向けば、その声の主―精霊使いのノアは呆れたように笑っていた。
「普段の君だったら、さっさと魔王倒して飯食いに行こうぜ!……くらい言いそうなものですが。」
「流石の俺でも、魔王を前にそんな軽口は叩けねえよ!?」
一体ノアの奴は自分のことを何だと思っているのだろうか。アレックスは顔を顰めた。アレックスにとって、ノアは同じ村の孤児院で育った家族であり、兄のような存在だ。彼もまた神の信託を受け魔王討伐の一行に加わっており、付き合いは長い。そのせいか、ノアはアレックスを弄ることが多かった。
「もう、ダーリンったら意外と怖がりなのねぇ。でもそんなところも可愛くて好きよぉ♡」
「だからアルに抱き着くなと何度言えば分かるんだ、この痴魔女!」
いつの間にかアレックスの背後に回り込んでいた魔女イザベラは、その豊満な胸を背中に押し付けた。そしてその様子を見たクラシス王国の戦姫、シャーロットが無理矢理イザベラを引き離す。魔王討伐のために集った勇者一行の、いつもの光景がそこにはあった。
「ったくお前ら、これから魔王討伐だってのに何でそんな暢気なんだよ!?もし負けたりしたら世界崩壊だぞ、分かってんのか!?」
「「「当然。」」」
「だったら少しは落ち……」
「お前こそ落ち着け。全く、せっかく人が緊張を解そうとしてやっていたというのに。」
「!」
シャーロットの言葉を受け、アレックスは思わず固まった。今彼の前にいる仲間達は皆、真剣な目で彼を見つめている。そして、仲間に気遣われる位に自分が気を張りすぎていたことに気が付いた。
「……なんかその、すまん。気ィ遣わせた。」
「構いませんよ。勇者の重荷というのは、きっと僕らの想像を遥かに超えるものでしょうから。だけどね、アル。僕らは君という存在をずっと近くで見てきました。君はかつての勇者王には程遠いけれど、世界を救おうと戦う君の意志は絶対に負けません。」
「ノア……。」
「そうよぉ。フフッ、私がこの旅に加わろうと思ったのは、貴方が勇者だったからじゃない。勇者がアル、貴方だった。それが理由よ。……確かに勇者王みたいな立派な勇者ではないけれど、貴方みたいなタイプの方が私、好みだわぁ。」
「イザベラ……。」
「胸を張れ、アル……いや、勇者アレックス。私はお前を勇者として任命し、共に戦おうと決意して此処に立っている。誰が何と言おうと、お前は聖剣に選ばれた正真正銘の勇者だ。まあ、伝説とされる勇者王に比べたら貴様など赤子のようなものだが、お前と私たちなら世界を救える。これは絶対だ。」
「シャーロット……ってお前らさっきから励ましつつ勇者王と比べるのやめろおぉぉ!」
勇者王―かつて魔王の手により世界が滅びかけた時に現れた救世主。全知の魔女エリザベス、戦神オーウェン、神の使いテオドールといった数々の偉業を成し遂げた者達と共に魔王を討伐したとされ、その伝説は今も世界中で語り継がれている。だからこそ今の世に再び魔王が現れた時、世界中の誰もが勇者王の再誕を待ち望んだ。だが……
「勇者だって名乗るたびに、『え?』とか『冗談だろ?』とか言われんだぞ!結構気にしてんだからな!そりゃあ伝説の勇者王みたいに体格、力はオーガ並み……どころかその辺の一兵士とほぼ変わらねえし、覇気だけで魔物を撃退とかできないけれども!」
「安心しろ。誰もお前が勇者王のようになれるなんて期待していない。」
「クソがぁぁぁぁぁぁぁ!」
アレックスは、聖剣に選ばれるまではごく普通の少年だったのだ。旅の中で成長してはいるものの、いまいち一般人感が抜けていないのも事実だった。おまけに比較対象である勇者王は、赤ん坊にして聖剣を振り回して叩き割ったような豪傑である。人々が勇者アレックスに面を喰らってしまうのは仕方のないことであった。
「アル、そこのところは割り切りましょう?僕たちだって、勇者王一行に比べたら見劣りしますし。」
「まぁ、確かにな。」
「あら酷い。私はいずれエリザベス様を超える魔女になるわよぉ。」
「私も、戦神オーウェンに恥じぬ戦いをするだけだ。それに、私たちが魔王を討伐すれば新しい伝説となって語り継がれるだろう。……その時に多少脚色してもらえ。」
「そうですね。僕もあまりパッとしないので、どうせなら派手に話を盛って欲しいですねぇ。」
「こうやって過去は捏造されていくんだな……。」
……ひょっとしたら、かつての英雄王も伝承通りの存在ではないかもしれない。仲間たちとのやりとりを通して、アレックスはふと考えた。そもそも、アレックスは英雄王を超える為に旅をしてきたわけではない。
「……俺は俺らしく、だな。」
「そうよぉ、ダーリンはダーリンらしく戦えば良いの。他人の言うことをいちいち気にしてたら壊れちゃうわよ。」
「ダーリン呼びはともかく、イザベラの言う通りだ。お前の活躍を見た者ならば、お前が勇者であることははっきりと理解できる。結果を出せば、周りの奴らも手の平を返すだろう。」
「あら、脳筋姫と意見が一致するなんて珍しいわね。……やだ、不吉だわぁ。」
「誰が脳筋だッ!」
魔王を倒す。ただそのためだけに旅を続けてきたのだ。それは決して自分の名声のためではない。
「お二人共そこまでです。そろそろ進みませんか?魔王も待ちくたびれていると思うのですが。」
再び軽口を叩き始めた二人を諫め、ノアは目の前にそびえたつ重厚な扉を見上げた。続くようにアレックスたちも扉の方へ目を向ける。この扉の先にある禍々しい瘴気――これは間違いなく魔王が放つものだった。
「そうだな。あんまりにも遅くて眠っちまってるかもしれねぇ。」
冗談を口にしつつ、アレックスは仲間たちを見遣る。いつもそうだった。どんなにふざけようと、いざ戦う時になれば誰よりも勇ましい仲間たちである。アレックスの僅かにあった震えももう止まっていた。……もう恐れる必要はない。
「よし、さっさと魔王を倒して飯食いに行こうぜ!」
剣を鞘から抜き、扉に向けて一閃を放つ。扉は一瞬の静寂の後、ゆっくりと目の前から姿を消した。扉の奥にあったのは、魔王城の玉座の間だろうか。視認できるほどに濃い魔障が部屋中を覆っており、先が見えない。
「シャーロット。」
「分かっている。」
アレックスが呼びかけるより前に、シャーロットは自身の脚に風の魔力を纏わせていた。
「鎌鼬!」
風の魔物の名を冠した一撃が、轟音と共に飛ぶ。刹那、部屋を満たしていた魔障は霧散し、薄暗いながらもその空間を確認できるようになった。眼前に広がるのは、黒を基調とした威圧感のある場所だ。造りを見る限り、やはり此処が玉座の間であることは間違いない。その中で一際目立つ赤の絨毯を目で追えば、視界に入ったのはシャーロットが放った一撃の跡、そして……何事もなかったかのように佇む魔王であった。
「あれが……魔王。」
ノアが思わず口にする。世界を混乱に陥れた元凶は、かなり人に近い容姿をしていた。その生気の感じられない青白い肌と鮮血を思わせる瞳、悪魔のような一対の角、そして肩に乗った異形の鴉にさえ目を瞑れば、かなりの色男ではないだろうか。
化け物じみた魔王を想像していたアレックスたちからすれば拍子抜けだが、これが仮の姿ということも十分に考えられる。戦いの中で魔物が本性を表すのはよくあることだ。何より、ピリピリと感じられる魔障の圧が、目の前にいる魔物が魔王であることを痛感させる。そんなアレックスたちの緊張を他所に、気怠そうな眼を向けて魔王は口を開いた。
「ようやく来たか。」
一瞬で凍らされたかと錯覚するほどに冷たい声だった。アレックスたちは咄嗟に武器を構える。しかし、それを意に介さぬように魔王は語りかけた。
「……漫才は終わったか?」
一瞬で空気が張り詰める。
「……いや漫才じゃねぇよ!?」
空気に耐え切れなくなったアレックスがすかさず突っ込んだ。
「……違うのか?」
「いや、ただの軽口だから!つーか聞こえてたんかい!」
「実に愉快であった。」
「褒めてんのか?それとも貶してんのか?」
表情筋が死んでいるのか、魔王の意図が全く読めない。
「貴様……漫才師になる気はないか?」
「いや俺勇者だから。やらねーよ、漫才。」
「ッ!……そうか。」
「何でそんなに悲しそうな顔すんだよ!?そもそもお前を倒しにきたんだぞ、俺たち!」
……かと思ったら、残念そうに顔を伏せる。勇者一行は混乱していた。しかし今はそんな状況ではない。明後日の方向へ話が進みそうになるのを何とか抑え、アレックスは正面を向く。勇者らしく名乗りを上げてから戦いに臨もうとしていたアレックスであったが、早速出端を挫かれた形となってしまった。
「……魔王って、実は天然だったりします?」
「何だか戦いにくいわねぇ。」
「戦い難かろうと奴は魔王だ。おいアル!漫才はそこまでにしとけ!」
「お前も漫才って言うな……ってウワッ!」
再びシャーロットが蹴りを放つ。風の魔力が乗ったその衝撃は言い争いをしている魔王とアレックスに向かった……はずだった。
「人が話している時は邪魔をしない、というのが人間の礼儀だと聞いていたが。」
その衝撃は魔王を避けるかのように二つに分かたれ、最初に放った一撃と同様に壁に刻まれていた。
「チッ。腐っても魔王ということか。」
「……クラシス王国の王族はまともな教育を受けてないようだ。」
「っておいシャーロット!今の下手したら俺にも当たってたんだが!」
「……。」
「無視かよ!?」
すんでのところで避けたアレックスが悪態をつく。勿論シャーロットはアレックスが避けることを見越した上で攻撃を放っているのだが、いきなり放たれた側からすればひとたまりもない。
「大体お前はいつ……ッ!」
しかし、アレックスの文句が続くことはなかった。誰に言われたわけでもなく、無意識に武器に込める力が増す。
明らかに今までとは違う何かが側に居る。それが何であるかは理解しているはずなのに、脳が理解することを拒絶していた。
「……『人』でないお前に、そのような礼儀は必要なかろう?」
得体の知れない恐怖を隠すように、シャーロットはニヤリと笑った。しかし、その手の震えは誰がどう見ても誤魔化しようがない。
「成程。人間というのは皆、実に都合の良い頭をしているらしい。」
見た目に何か変化があったわけではない。
ただ、アレックスたちは悟った。それまで何処か遠くにあった『死』が目前にあることを。
その眼が、声が、挙動が…魔王を構成する全てがアレックスたちの命を刈り取る刃なのだと。
「安心すると良い。私は無作法者であっても蔑むことはない。善人も悪人も、魔王の前では平等に『人』だ。」
言葉そのものに威圧感は無かった。
「残念だが、貴様らとの戯れは此処までにしよう。」
それはまるで友人と軽く世間話をするかのように、
「私を討つために此処まで辿り着いた勇者一行に敬意を表し、正々堂々と戦うことを誓う。」
それはまるで『人』のように、
「それでは、勇者一行に正しい死を。」
目の前の『死』は微笑んだ。
まずは勇者一行視点。