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a piece of cake

作者: 九JACK
掲載日:2023/10/21

 私ほど「誕生日」という日に冷めた気持ちで臨む子どももいなかっただろう。

 誕生日だけじゃない。クリスマスも、バレンタインも、ホワイトデーも、正月も、お盆も。イベント好きな日本人とは思えないほど、私は楽しみにできなかった。

 誕生日がトラウマになったのは、忘れもしない、十歳の誕生日。毎年「誕生日プレゼントは何がいい?」「クリスマスに欲しいものはある?」と聞かれても「自由帳と鉛筆」としか答えないような私が、かなり珍しく、親にケーキをねだって、楽しみにしていた誕生日だった。

 今はもうないけれど、家の近所に有名なお菓子屋さんがあって、そこで期間限定で、フルーツがたっぷり飾られた巨大なエクレアが販売されていたのだ。

 その頃ちょうど、チョコレート戦争だかなんだかっていう本が流行って、エクレアというお菓子を知った。エクレアは簡単に言うと、シュークリームにチョコレートがかかったやつだ。おとぎ話の食べ物に憧れる、みたいな子どもらしい発想だった。通学路にお店があって、ショーウィンドウのサンプルに心を踊らせたことを覚えている。甘党の祖母とお菓子作りが趣味の叔母によって育てられたような私は、大の甘党であった。

 ちょうど十歳の誕生日が近い、ということもあって、慣れないわがままを言ってみようと思ったのだ。

 誕生日プレゼントを聞かれたとき、反射でいつも通り自由帳と鉛筆を求めてしまった後だったから、気まずかったけれど、少しくらい甘えても許される日だよね、と誕生日のことを当時の私は思っていた。

「あのね、近くのお店で出てるでっかいエクレア食べたい」

 そんなことを、望んだ。

 初めてだったのでそれはもう緊張した。誕生日ケーキなんて、お店で親が好きそうなやつを買ってきて、その中から選ぶみたいな形式なので、ケーキを指定するなんて、強欲だと思っていた。

 けれど、私が口にすると、父も母もにっこり笑って、快く承諾してくれた。早速予約までしてくれて、私は浮かれていた。

 誕生日におねだりができた。

 誕生日に好きなケーキを食べられる。

 私はそのことで浮かれていた。そりゃ、小学生の子どもだから、浮かれもするだろう。

 誕生日が特別な日だと、初めて実感できるような気がしていた。

 誕生日当日の夜になるまでは。


 それがどんな内容だったかは覚えていない。たぶん、ショックすぎて、自己防衛本能か何かが記憶を封じているのだろうと思う。それに、私が当事者じゃなかったから。

 当事者じゃなかったからこそ、つらいのだけれど。

 夜、指定した通りの誕生日ケーキが用意されていた。きっかけはなんでもないことかもしれない。

 よくわからないけど、これから私の誕生会が開かれるであろうタイミングで、父と母が夫婦喧嘩を始めた。私も弟も、怒鳴り合う二人にきょとんとするしかなくて、小学四年生の私は不穏なものを感じ取っていた。

 誰がどう見ても「誕生会」をする雰囲気ではなくなった。ケーキを食べる雰囲気でもない。どでかいエクレアは切り分けられてすらいない。

 どうしたらいいかわからない状態で、私はエクレアの前で正座していた。一時間とか二時間とか、とにかく長い時間が過ぎた。

 それで、父がようやく私にケーキを食べていい、と言った。

「これはお前のために買ったケーキだ。何ならお前一人で食べきっていい」

「……うん」

 たぶん独り占めしていい、というのは父なりの気遣いだったのだろう。大きいケーキを一人で食べていい、なんて、普通の子どもが言われたら喜ぶ。

 でも、私は。

 私は、そのときのエクレアの味を覚えていない。もしかしたら食べたという記憶すら捏造だったかもしれないと思えるほど、エクレアが美味しかったかどうかすら、覚えていないのだ。

 人生で一番最悪な気分の誕生日だった。


 それから、私は誕生日をちゃんと祝ってもらった記憶がない。祝ってもらったのかもしれないが、誕生日になるたびに「あれからちょうど何年か」という気持ちになってしまう。

 人はいいことより悪いことの方がよく覚えているものだというが、私はそれが顕著だ。誕生日を迎えるたびに、十歳の誕生日のことを思い出して、コーヒーよりもビールよりも苦いものを飲み下す気分になる。

 親は気遣って誕生日おめでとう、くらいは言ってくれるようになったが、ケーキを買うことはなくなったし、私は何が欲しいとねだることもなくなった。

 こないだ、せっかくだし、普段ねだらないから、ヘッドフォン買ってもらおう、と思ったけれど、時間も合わないし、現在、家族は家庭内別居状態であるため、みんなの休日が揃った日の私の細やかな望みである「家族全員で出かけたい」という願いさえ叶わなくなってきている。

 私はどうして生きているのだろう。どうして誕生日なんて迎えるのだろう。年を取るだけで何かが大きく変わるわけでもない、誰も特別に祝ってはくれない誕生日に意味なんてあるだろうか、と思う。

 つらい記憶を毎年毎年思い出して、精神がつらくなるくらいなら、誕生日なんて来なければいいとすら思った。

 それでも浅ましい私は誕生日というものに期待をして、家族の誰かの誕生日には、コンビニやスーパーで必ずケーキだけでも買って、プレゼントする。誕生日ケーキで悲しい思いをした私は、誕生日だけは何も気にせずケーキを食べるという楽しみを家族にだけは覚えていてほしかった。

 倫理観を教えるときに「自分がされて嫌なことは相手にはしない」という教え方がよくされる。私の方針はそれの反転だ。「されて嬉しいことを他人にすることで自分も与えられたい」という安直な考えだ。

 去年の誕生日は、弟が出ていって、弟の置き土産を片付けるので忙しかった。だから誕生日を祝われたかどうか、覚えていない。

 一昨年の誕生日の前日、私は精神病院に入院していた。コロナの感染拡大対策のため、私は個室に入れられ、一週間くらい、個室での生活をしていた。当然、誰かから誕生日おめでとうなんて言われることもなかった。そもそも私に「今日誕生日なんです」なんて言う元気もなかった。

 その前の年は弟が失踪した。職場を無断欠勤して、私たち家族にも何も残さず、どこかに行って、けろっとして帰ってきたのは数週間後だった。あの年はバレンタインのときも最悪で、出かけたついでに父と弟にバレンタインの贈り物を買ったのだが、その日、弟は「姉の具合が悪くなった」と言って会社を欠勤していたらしい。それがバレンタインを渡した翌日に発覚して、渡すんじゃなかった、と思っている。ちなみにホワイトデーのお返しは当然のようになかった。貯金を崩して感謝を伝えたことを後悔した。

 クリスマスはそもそも私が嫌いなキリスト教のお祝いの日である。子どもの頃はそんなことを知らずに、クリスマスケーキが食べられる日、だなんて思っていたけれど、キリストのミサと知ってからはテンションが低い。というのも、小学生の頃、弟の同級生が宗教を布教している大人に拐われかけた、という話があったからだ。何かが違えば、弟が拐われていたかもしれない、と思うとどうしようもない嫌悪感に襲われて、しばらくは町に貼り出されている「信じる者は救われる」などのキリスト系統の標語を見るだけで吐き気がしていた。

 まあ、そこそこに、私の人生において悪い思い出というのは幅を占めていて、誕生日が近づくと暗くなる。誕生日が喜ばしくない人間になった。誕生日が幸せな人を羨ましいとすら思わない。だって、その人の人生と私の人生の体験内容なんて違うのだから、感じ方、受け止め方は違って然るべきで、「羨ましい」という感情を抱くこと自体が筋違いなのである。

 クリスマスも、楽しい人が楽しければいい。私は宗教観を無理矢理押しつけられるのが苦手なのだ。だから、私の思想を押しつけて「私のいるところでクリスマスなんてやるな」というのはお門違いだろう。それに、クリスマスケーキは普通に美味しい。

 ケーキの話ばかりして、食い意地が張っていると思われるだろう。実際、甘いものはかなり好きなので、食い意地は張っている。けれど、誕生日ケーキに関しては、ほろ苦さがあるのだ。

 私はただ、家族と笑い合って、ケーキ美味しいね、このケーキにしてよかったね、と語らいたいだけだった。それだけで、私の誕生日は充分、楽しいものになるはずなのだ。

 もう二十年近く前の話を、一体いつまで引きずるんだ、と呆れる人もいるだろう。けれど、私はたぶん、味を覚えていない誕生日ケーキの話を一生忘れられないと思う。

 誕生日におめでとうって言ってほしかった。


 本当にたったそれだけの「大したことない」話だった。

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