男爵令嬢に婚約者達は夢中です。愛を取り戻すためにわたくし達は戦います。
設定はゆるゆるです。突っ込みはしないように。
今日は王立学園の卒業パーティの日。
意気揚々と、このマルド王国のディック王太子は、一人の女性をエスコートし、会場へ入ろうとしていた。後ろには騎士団長子息マーク・レイジャス公爵子息と、宰相子息ハロルド・ミディ公爵子息が付き従っている。
「お待ちになって。王太子殿下。お話がありますのよ」
呼び止められて、振り向けば婚約者であるエラウディア・メッテル公爵令嬢が美しい銀のドレスを着て、手にはバイオリンを持ち立っていた。
後ろにはマリー・アーテル伯爵令嬢と、ミレーシア・コレティス伯爵令嬢が立っている。
二人も美しい紫紺のドレスと、桃色のドレスをそれぞれ着ていた。
ディック王太子は不機嫌に、
「何だ?こんなところで呼び止めて。私は愛しいアリア・デレス男爵令嬢と共に、卒業パーティへ出る為に、会場へ入るところだ」
ピンクの髪の男爵令嬢アリアは、派手なピンクのドレスを着て、べったりとディック王太子にくっつきながら、
「やだぁ、こわーーい」
「大丈夫だよ。愛しのアリア」
「私たちがついている」
「指一本触れさせやしない」
背後から、付き従っているマークとハロルドも、声をかける。
エラウディアは、4人に向かって、
「まだ、時間はありますでしょう?お庭の方でお話ししましょう」
ディック王太子はフンと鼻を鳴らして、
「いいだろう」
3人の令嬢と共に、ディック王太子達は庭へ移動する。
庭の方には人はいない。
パーティは夜に行われるので、松明の灯りが学園の庭を照らして、なんともいえない雰囲気だ。
エラウディアはバイオリンを手に、曲を奏で始めた。
ゆったりとした美しい曲が辺りに響き渡る。
奏でながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたくしは、貴方様の婚約者でありながら、この王立学園に入ってから、ないがしろにされて参りました」
共にいる二人の令嬢の一人、マリーも、
「わたくしも、マーク様と婚約してそれはもう、幸せでしたのに、学園に入ってから、婚約者として扱ってもらえず、苦言を呈せば煩いと言われて…とても悲しかったですわ」
ミレーシアも、扇を手に、
「わたくしも同様です。ハロルド様を愛しておりましたのに…婚約した時はそれはもう、嬉しかったですのに…学園に入ってから、会って下さらなくなって……」
男爵令嬢アリアが涙を流しながらディック王太子にすがり、
「怖いですっ。この人たち。アリアを虐める」
ディック王太子は叫ぶ。
「お前達はアリアを虐めてばかりいたそうではないか!」
エラウディアが瞼を閉じ、バイオリンを奏でながら、前に出て、
「亡き者にする予定でしたのに…この女は魅了使い。そして強力な加護に守られている。
だから、わたくしは…いえ、わたくし達はこの女を階段から突き落とそうとしても、触れる事も出来ず、馬車に細工しても事故も起きず…食事に毒を仕込んでも何事も無く……」
マリーが叫ぶ。
「そうよ。恐ろしい女だわ!」
ミレーシアも、
「その上、わたくし達の婚約者まで、たぶらかして……」
ディック王太子が、アリアを庇うように、
「お前達、そのような恐ろしい事をしていたのか!虐めではなく犯罪ではないのか」
エラウディアが目を開いて、それでもバイオリンを弾く手を止めず、
「魅了は犯罪ではないと言うのですか?魅了によって貴方達はこの女を愛するようになったのですわ。それを解っておいでですの?」
マークが口を挟む。
「アリアは心優しい少女だ。私たちが守ってあげなくてどうする?」
ハロルドもアリアを庇うように、
「そうだそうだ!お前達は本当に汚い女だっ!」
エラウディアが、再び瞼を閉じ、静かにバイオリンを奏で続けながら、
「それならば、これから真実の愛を思い出させて差し上げますわ…」
マリーがまず前に進み出て、マークの前に立ち、
「わたくしの目を見て下さいませ。マーク様。わたくし達の婚約は政略。でも、わたくしは貴方様の事を愛してしまいました。貴方様は卒業後、騎士団へ入られるのでしょう?父上である騎士団長様みたいな方になるのだと、いつも熱く語っていらっしゃいましたから。わたくし騎士団の事をお勉強致しましたのよ。騎士団の訓練は過激を極めるとの事。ですから…わたくしは、貴方様の為にお料理を研究して、学園に入る前は良く、わたくしのお弁当を持って、ピクニックへ出かけたり致しましたわね。とても楽しかったですわ。
貴方がお父様の遠征に付き従って、騎士団へ入団してもいないと言うのにわたくしは心配で刺繍入りのハンカチと手作りのお守りを差し上げましたわ。無事に戻って来た時にはどんなに嬉しかったか…
愛しております。マーク様。だから、怖かったけれども、アリアを階段から突き落とそうとしたのはわたくしですわ。そんなわたくしの事がもし、許さないと言うのなら、わたくし、貴方になら殺されてもよろしいですのよ」
マークの背後に白き透明の大輪の花がふわりと浮かび上がる。
パリンと音がした。
それが粉々に砕け散ったのだ。
マークはマリーを抱き締めて、
「そうだった。わたしはマリーの事を愛している。わたしの事を支えてくれて、いつも心配してくれた。君の事を忘れていたなんて…わたしはなんて愚かだったんだろう。愛してる愛してる……マリー、君の事を愛している」
ディック王太子の隣にいたアリアが悲鳴を上げた。
「足がっ。私の足が…っ……」
ピシピシピシッと音が鳴って、纏っているドレスと共に足が石に変化していったのだ。
エラウディアはバイオリンを奏でながら、
「わたくしが、なんでバイオリンを弾いているか、お分かり?魔法よ。魅了を破る魔法。貴方は裁きを受けているの。魅了は危険で強力な魔法。それが破られたなら、いかに加護がある貴方といえどもペナルティが付くわ」
ディック王太子がエラウディアからバイオリンを奪おうとする。
そこへマークがディック王太子を遮って、
「王太子殿下。私たちは魅了されていたのです。いえ、まだ王太子殿下と、ハロルドは魅了されています」
「そんなバカなっ。私はアリアをっ」
アリアは涙を流しながら、
「助けて。ディック様っ。私、石になっちゃう」
ピシピシピシと音を立てて、アリアの腰のあたりまで、石化が進んで止まった。
ハロルドはそんな様子を見て、頭を抱えている。
そのハロルドの傍に来て、ミレーシアが正面からハロルドを見つめ、
「ハロルド様。わたくしだって貴方様の事を愛しているのですわ。一目見たその時から、あまりの美しさに、ぼうっとしてしまって。わたくし、顔が良い男の人って好きですの。
頭が良ければ更に良いですわー。だって出来る男に嫁げば贅沢出来るじゃない。ハロルド様は何でも買って下さって、わたくしに贅沢をさせて下さったわ。まだ婚約者だというのに、貴方と結婚したら、もっと贅沢させてくれるのではないかって。だって未来の宰相様でしょう。わたくし、すごーく期待しているんだから。だから、わたくしの事を思い出して?ねぇ。お願いだから。は・ろ・る・どっ」
ハロルドはハッとしたように、
「あああっ。思い出した。私の女神よ。美しきミレーシア。私は君に貢ぐために生きてきたと言うのに…何でこんな子供じみた冴えないアリアなんかが好きだと思っていたんだ。お願いだから、もっと色々と強請ってくれ。そして私を踏みつけてくれ。あああっ。君の美しき足で頭を踏まれるこの快感がたまらないのだ。愛しているよ。ミレーシア」
「ああ、わたくしも愛しているわ。馬車の細工を受け持ったのはわたくしよ。とても怖かっったけど…魅了は大罪ですもの」
「そんな些細な事なんて私は気にしていない。私が君を見限るって事はありえない。愛しいミレーシア」
ハロルドはミレーシアの前に跪いて、その靴に頬をすりよせた。
ハロルドの背後に浮かび上がった白い透明の花が、ばりんと音を立てて砕け散る。
ピシッ。ピシピシピシッ。アリアの上半身が石化していく。
アリアは大泣きして、
「私、このままじゃ死んでしまうっ。助けてディック様ぁーーー」
ディック王太子はマークに押さえつけられていて動けない。
「マークっーー。離せーー。ハロルド、目を覚ませっ。愛しいアリアが死んでしまうっーー」
マークはガシッとディック王太子を押さえつけながら、
「目を覚ますのは王太子殿下の方です。真実の愛を忘れてしまったのですか?」
ハロルドも、ミレーシアの足に頬を摺り寄せながら、
「そうですよ。この快感を忘れてしまったなんて……」
バイオリンを弾いているエラウディアは、ディック王太子にゆっくりと近づいて、その顔を見つめながら、
「わたくしは貴方様の願いなら、何でもやってきましたわ。この手を血に染めて参りました。だって、マルド王国を守る為ですもの…危険な魔法だって覚えましたのよ…毒にも詳しくなりました。アリアを毒殺しようしたのはわたくし……すべては貴方様の為…」
そう言うエラウディアの美しい肌は、顔は鱗に覆われ始め、
「今回の魔法はわたくしにだってペナルティが……それだけ魅了は恐ろしい魔法…それでもわたくしは……」
キッとアリアを睨みつけて、
「この女だけは仕留めないと……」
ディック王太子は鱗に全身を覆われたエラウディアを見つめながら、
「あああっ…エラウディア。私は…」
ディック王太子は叫んだ。
「君のそういうところが嫌いだ。大嫌いだ…」
ディック王太子の言葉に、バリンッとエラウディアの手に持ったバイオリンが砕ける。
砕け散ったバイオリンに驚きながらも、エラウディアはディック王太子を見つめながら、
「わたくしは貴方様の為に…」
ディック王太子は涙を流しながら、
「君の事なんて大嫌いだ。大嫌いだっ…大嫌いだーーーっ。本当に大嫌いだーー」
エラウディアの鱗がパラパラと砕け散る。
アリアの体を覆っていた石もパラパラと砕け散って…
皆、唖然とした。
マークが泣き続けるディック王太子の肩に手を置いて、
「王太子殿下……魅了、どうなったんですかね?アリアの事、愛していますか?」
マリーが、
「マーク様やハロルド様の時は背後に花が浮かび上がって砕け散ったのに…それがありませんでしたわ。そしてエラウディア様のバイオリンと鱗が…」
ミレーシアとハロルドも唖然としたようで、慌てて、ミレーシアがエラウディアの傍に駆け寄って、
「大丈夫ですの?エラウディア様」
「解らないわ…どうなったのか……」
アリアがディック王太子に縋って泣きながら、
「私、この人たちに殺される所だったんですうっ……この人たちを罰して下さいっ」
「煩い…」
地の底から這うような声でディック王太子は、アリアに向かって、
「王家の力が目覚めたのだ。私はエラウディアの事が大嫌いだ…エラウディアは自分の身を犠牲にするつもりだったのだろう?私達の為に……」
「魅了は大罪ですわ。だからわたくしは……この身に代えても」
「私の事を愛してくれている訳ではないのか?」
「王国の為ですわ。わたくしと貴方は政略。他に何かありまして……」
「泣いている……」
「泣いてなんかいません……」
「いや、泣いている。私の事を愛しているのだろう?」
「愛してなんかいません」
「いや、愛している」
ディック王太子はエラウディアを抱き締めた。
マークが衛兵を呼んできたようだ。
ディック王太子は命じる。
「アリア・デレス男爵令嬢、お前は魅了を使った。じっくりと調べて罰を与える」
アリアは泣き叫びながら、
「だってぇーー王妃様になりたかったのよーーー」
衛兵たちに引きずられて行った。
アリアは後に魅了を使った罪により、怒り狂った王妃によって男爵令嬢の加護を突き破られ彼女は石像に変えられた。
王国の広場に飾られ、魅了を使ったものの末路として、国民に見せしめにされた。
― ねぇ。本当に愛はないのか?申し訳なかったと思っているよ。―
― それならば、愛しているって…何度でもわたくしに言って下さいませ。そうしましたら、許して差し上げてよくってよ。-
― 愛してる愛してる愛してる…エラウディア。君だけを愛している -
今日も、ディック王太子始め、マークやハロルドは婚約者達の機嫌を取るのに忙しい。それでも…
幸せそうな3組のカップルの笑い声が、今日も響く平和なマルド王国であった。




