3.赴任地到着(1)
採掘品の中で最も重要なのは“アウルム”と呼ばれる鉱物だ。
その推定含有量で採掘惑星が決められる。
大体は観測通りにアウルム鉱石が産出するらしいが、たまに外れもあると言う。
イースはどっちになるのだろうか。
さらにイースには水の反応があり植物が生息する可能性があるとの情報がある。
そうなると木材の採取もしなくてはならない。
宇宙全域を見ると木材はかなり貴重な資源である。植物は水と適度な温度そして空気が必要になる。
このような条件が揃っている惑星の数は本当に少ない。見つけることすらも困難だ。
惑星は自ら光ることはない。強い放射線を放っている恒星の近くにあるため、ハレーションなどで測定が難しいし、恒星の裏側へ廻ってしまえば当然観測できるはずもない。
あるのかないのか分からない星の状況観測なんて生涯を掛けての仕事でないとムリだろう。
もしかして水があり植物があるとなれば食料の生産拠点になるかもしれない。
現在、帝国の総人口は360億程度でコントロールされている。
食料の生産箇所が増えれば、供給がさらに安定して人口の増加も期待できる。
アウルムを求めて宇宙へ進出していることを考えれば人口はどんどん増やさなければならないだろう。
俺は辞令を受け取って席に着くまで赴任地についてあれこれと考えていて、会場に居並ぶお偉いさん方がやたらとニコニコしていたことに気が付かなかった。
きっと初出航のアタフタ劇を想像していたのだろう。これも後になって理解した。
*****
失礼な無頼艦から解放されたので、赴任地イースへ向かおうと思いコンソールへ目を落とす。
「目的位置の座標はセットしました。現在、航路の計算中です」
「はっ? 手伝ってくれるのか?」
「はい、制限規則は出航までです。
航路計算完了。移動開始します」
「・・・よろしく」
この艦は2級エンジンなので光速の100万倍、100Mc程度しかでない。加速も1MGが限界だ。
人の体は脆弱だ。ちょっと加速を強くするだけで気絶したり重大な症状に見舞われる。
それを避けるために開発されたのがカウンターG、加速に対抗する力場を発生させる装置だ。これによって重力加速度の1000万倍の加速にも抗える環境が作り出される。
しかし、全てを相殺とはいかない。センサーや装置の反応遅れ時間もあり、乗組員には平均7G程度の加速度がかかる。耐Gスーツを身に着けていなければ確実に気絶ものだ。
以前に開発研究員と機能向上について論議したことがある。
「加速の体感が下がれば活動や装備が楽になると思う」
「感度のズレないセンサーはない。ギリギリを狙うと経年でカウンターGが人体に悪影響することがある。過度のGや加速と減速が振動するような感覚に耐えられるだろうか?」
他の理由もあったようだが、俺はこの理由で納得した。
イースまでは直線距離で約96c日ある。
これを10日の行程で行こうとすると、10cの速度まで50分のフル加速をしなければならない。
《アナンさまー。苦しいだよー、か、加速がキツイだよ。何とかしてほしいだよー》
《50分の辛抱だ。ゆっくりしていたら食料が無くなってしまうからな》
《わかったー。大人しくしてるー。オエー》
重力波エンジンとは空間に直接作用して坂道のような状態にし、それを滑り降りるように推進すると説明される。本当かどうか分からないが、理論上は無限に速度が出るらしい。光速という上限も関係ない。
だが光速を超えると艦体が解け始まる。速い速度の物質はエネルギーに還元されてしまう現象が発生するので物質として存在できなくなってしまう。
それを抑止できるコーティングがアウルムというわけだ。
外宇宙に進出する我々には欠かすことのできない物質だと言える。
亜光速以上で航行する船舶にはもう一つ重要な機能を搭載する必要がある。
艦頭障壁だ。
速い速度で移動するということは、星やデブリがその速度でぶつかって来ることと同義だ。ゆっくりであれば装甲で防げるが亜光速程度になると装甲も損傷を受けてしまう。それを避けるために進行方向前方に負の重力の力場を設け、デブリ程度は弾き飛ばす。
でも星などの超重量が相手ではこちらが弾かれてしまうので、事前に航路の設定が必要になるのである。
これでやっと赴任地への移動、恒星ヌスへの降下が始まった。
加速も終わり巡行速度になって艦内が落ち着きを取り戻した。
艦橋のディスプレイは外の様子を疑似的に映し出している。亜光速以上の速度で飛んでいれば外の様子を可視光で見ることはできない。その代わりに現状見えるであろう風景をCGで作って見せている。星しか無いし現状と100%一致するものでもないが、これだけでも安心するから不思議だ。
行程の半分にあたる第8惑星ハーシェルの軌道あたりを航行していたと思う。
「艦長、リアント波の異常な信号をキャッチしました」
アグナスⅡが観測報告をしてくる。
「異常な信号?本艦への脅威予測は?」
「全くもってありません。
超光速航行の急制動による振動波のようです。距離は約30c分。
宙域から宇宙賊の可能性があります」
「報告と共に推定位置と波形をマオへ転送しておいてくれ。
別途指示があり次第対応する」
宇宙空間にはリアントエネルギーが充満していると言う。目に見えないし肌に触ることもないのであると言われても困る。しかし、それを使ったレーダーや兵器が現にあり、活用されているのであると認めざるを得ない。
特にリアント波の通信は隣の銀河にある本星までタイムラグを感じさせない会話を可能としているし、レーダーに至っては亜光速航行中でも使用できている。
リアントエネルギーはこの宇宙の外から持ち込まれたエネルギーで物質の元となったと言われている。
“言われている”とは、その昔リアント博士が発見して検証し考案した理論式以来、再検証がなされていないからだ。
その理論式によって新たな宇宙開発用のアイテムが次々と考案、製造されていくに従って研究費への投資が無くなっていったと聞いている。机上の検証も遅々として進まない状況らしい。
探求の情熱を持ち続けることは本当に難しいことだ。
移動中はやることがない。
運航はAI任せだし可視光すらおいていく航行をしているので、見ても面白くもない天体鑑賞ですらできるはずがない。
課せられているのはトレーニングだ。
食って寝てトレーニングの毎日。
その中でも特に射撃訓練は好きだ。あの金属弾を火薬で打ち出す感覚は何物にも代えがたい。
大気中ではビーム兵器は使えないし、レーザー兵器は大型になりすぎて持ち運びが大変だ。
銃の重量感と取り扱いの手軽さ、打った時の反動がなんとも言えない。これで的に当たれば言うことなしなんだがな。
加速、減速を除けば艦内重力環境も整っているため、基地での生活とほぼ変わらずにできている。
《ダイダー、チェスやろうぜ》
《だめだぁ、今忙しいぃ》
《じゃぁ、アリムは?》
《オデもダメだ。ダイダとチェスしてる》
《ちぇ、なんだよ。ラルガンは?》
《ルアナンと遊んでるとこだよ》
「アナン5尉、私がチェスのお相手をしましょうか?」
「おまえじゃ俺は絶対に勝てないじゃないか。ライブラリーの検索は反則だぜ。
《あーあ、牛肉のフレーバカセットを賭物に用意したのになぁ》」
《アナンさまぁ、オレがチェスの相手するだよぉ》
《ダイダ、おめぇ。ズルいぞ。俺との勝負は終わってねぇべ》
《今、終わったなぁ。俺がやりてぇよぉ》
《じゃあ、ルアナンとやるか?》
《アナ・・ン・・サマ。ヤロゥ、オレ・・・カツ》
フレーバカセットは人気だ。
オートキッチンにセットすることで、普段とは違う高級感のある食事が得られるのだ。
食料品はマザーの“決して飢えさせない”の規約の下、帝国で一元管理されている。
管理とは言っても最低限ではなくて余裕のあるしかし無駄のない量を提供されており、 食事のバリエーションも数多くある。
質はと言うとどれも悪くは無いが特記するほどの事も無く無難な感じだ。
そんな中、帝室並みの食事を作り出すフレーバカセットに人気が無いわけがない。
それでも原料は同じ完全食粉末だし、香料と調味料そしてテクスチャーレシピの違いで高級になるというのだから最初から用意しておいてほしいと思うのは俺だけか?。それが叶わないのは食物プリンターの電力消費が大きいのか?舌を肥えさせないためか?
現金を賭物にしても残高が上下するだけで面白くない。
だいたい現金が使える店が無い。3~4ヵ月毎に来る輸送艦内のPXでしか使うところがないのだ。
使えない“現金”よりも今使える“食事”の方に人気があるのは道理だ。ましてやいつもと違う高級肉が味わえるなんて奴隷であるギガンティア達にとって夢のような話だ。
俺はそれを分かっていてフレーバカセットで対戦相手を釣る。防衛は今まで出来たことが無い。 まぁこれもギガンティア達への福利厚生の一環と思って続けている。
決して悔しくはないはずだ。
ギガンティアは体がでかい。重機の代わりになるように遺伝子をデザインされた人から派生した人型生物だ。
人の2倍から3倍の体躯があるので同じチェス盤を囲むことは困難だ。そのためお互いのナニーチップを通してローカルの拠点になるブレイン(この場合はアグナスⅡのAIだな)に設けた仮想チェス盤へアクセスして対戦する。だからアクセス圏内であれば同じ場所に居なくても対戦ができるし、何か他の事をやっていても遊ぶことができる。
訓練中に遊んでいて怒られたり、操艦中に遊んいて艦をぶつけたりする事故は無くならない。
それは事故ではなくて事件にしたほうがいいのではと思うこの頃・・・
・・・また、巻き上げられた・・・