ありがとう
「ん?なんで逃げるの?」
木陰からでてきた女の子は逃げようとする葵を見てキョトンとした顔で見ている。
あれ?私のこともしかして知らない?
一瞬驚いたような顔してたけど気のせい?
ぐぅ〜
あ、またお腹が...
恥ずかしい...
「なんだ、お腹すいてたの」
女の子はポケットからチョコレートをだして渡してくれた。
「え、いいの...?」
「お腹すいてるんでしょ?」
どうしよう、貰ってもいいのかな...
このチョコの代償に指名しろって言ってこない?
信じていいの?
考えれば考えるほどに不信感が増してチョコを受け取れない...
「どしたの?いらないの?」
「あ、いや、えっと...」
女の子は怪訝な面持ちでこちらを見つめ、急にハッとした顔になった。
(バレた!?私のこと知ってた...!?)
優しそうな子だけど私の身の安全を考えると仕方ないよね...
「君、口切ってるね」
え...?
「気づかなくてごめん、はいハンカチ」
差し出されたハンカチで口元を拭うと確かに血がついていた。
「口開けるの痛いかもだけど、お腹にたまるから食べた方がいいよ」
女の子はまたチョコを渡してきた。
なんだか自分が惨めに思えてくる。
こんなに優しい子を疑ってしまってたんだ。
「あ、ありがと...」
私はチョコを受け取り、ありがたく食べさせてもらった。
「え、どした?染みた?」
「えっ?」
「泣いてる」
気づいてなかった。
私はチョコを食べながら涙を流していた。
今日半日追い回され、心身ともに削られ限界だったのかもしれない。
知らない人だけでなく、友達だった人までみんな敵に見えるほどに自分の中での価値観が歪んだ。
誰にも心を許せない状況まで追い詰められていた。
そんな凍りついた心を口の中のチョコレートと共に溶かしてくれたのは"つむぎ"と名乗る少女だった。
チョコをくれた恩人であり、今私が信頼出来る唯一の人。
これがつむぎとの出会いだった。
「落ち着いた?」
「うん」
「よかった、急に泣き出すからびっくりした」
「ごめん...今日いろいろあって...」
「そう」
「...聞かないの?」
「話したくなさそうだし聞かない」
私のことを思っての答えなんだろう。
優しい。
「ありがと」
葵はつむぎの背中にピトっとくっついた。
「?」
「ごめん、ちょっと甘えたい」
「いいよ」
そして、私はつむぎに全てを話した。
最初は驚いてたつむぎだったけど、次第にさっきまでと同じテンションに戻った。
「じゃあ14日の正午までかくれてなきゃいけないんだ」
「うん...」
「いいよ、助けるよ」
「えっ?」
「こんな話聞いて見捨てれるほど私は冷たくない」
なんで...?みんな敵になるのになんで即決できるの...?
「聞いてた...?みんな敵になっちゃうんだよ...」
「いいよ、新しい刺激欲しかったとこだし」
嘘だ...
「乗りかかった船、心配しないで」
震えてるじゃん...
なんで私なんかのために...
「大丈夫、2人で知恵を絞れば逃げれる」
震えてるのに心強い。
背中を押すような力強い言葉だ。
「あ、ありが」
お礼を言おうとしたら手で口を塞がれた。
「それは逃げ切ってから言って」
「う、うん」
それもそうか、なんか元気出たよ。
心の中でならいいよね。
ありがとう、つむぎ。