第8話 無茶振りの後は貴婦人とのお相手?
「あ、ありがとうございます」
「陛下、こちらはエマが作られたアクセサリーなのですが、全て防御結界が自動で発動する付与魔法がかけられております。実証実験にて竜のブレスでも耐えきっていました」
「それはすごい。どれ余だけではなく皆にも見せるといい。ギガルド」
「はっ、私が責任を持って管理し、支援者希望者が出ましたらリスト化してエマちゃ――様にご連絡します」
「(今、ちゃん付けしようとした!? ……いやいや、聞き間違いだよね)よろしくお願いします」
あの神算鬼謀の宰相がそんなことを言うはずないだろう。大人な私は聞かなかったことにした。それからは代わる代わる声をかけられ、挨拶を交わし、世間話をしつつ愛想笑いを貫いた。
一時間ぐらい経っただろうか。
挨拶する人も減り、私は今のうちに化粧室に行こうと席を立った。アルフォンス様が付いてこようとしたのをなんとか断って逃げるように薔薇庭園から離れる。「何かあっても付与魔法付きのアクセサリーや魔導具を装備しているので大丈夫」と言う言葉では離れなかったので「真っ先にアル様の名前を呼びます」と告げたのがよかったのだろう。
化粧室で貴族令嬢たちに囲まれるイベントも起きずに終わった。色々と順調のようだ。
(ふふふっ、私にかかればアルフォンス様のことなんてイチコロだわ。……にしても、一人って最高。……もう会場に戻りたくないけど支援者はほしいし、頑張るしかないか)
「あなたエマ・シノノメ様ですわよね?」
女性の人に声をかけられ振り返ると、派手なドレスに身を包んだ貴婦人たちが佇んでいた。年齢は二十から三十代の見目麗しいご婦人ばかりで、そのドレスやアクセサリーは勿論だが佇まいだけでも気品を感じさせた。
「はい。そうですがなにか?」
「きーっ、いくら殿方から人気があるとは言えなんて態度なのかしら!」
(人気?)
「本当よ、クレア様も何か言って差し上げて下さい! このままでは国王陛下が彼女を側室に迎えるなんて言い出しかねません!」
(んー? 国王陛下? 側室?)
意味の分からない単語ばかりが耳に入ってくる。令嬢たちではなく、なぜ既婚者である夫人たちが声をかけてきたのか心当たりがないことに困惑してしまった。
(この方々はアルフォンス様のファン……ではないのよね? 陛下ってもしかして……)
「貴女たち何を言い出すのかと思えば、エマ様は後宮や貴族社会のことを何もわかっていないのですから人生の先輩として、なにより同じ女として教えて差し上げるべきでしょう」
「さすがです王妃様!」
「クレア様の考えに至らず申し訳ありません」
婦人たちの中心人物、クレア王妃――は金髪碧眼で美しい容姿をしており、淑女らしい振る舞い見せ周りの婦人たちを窘めていた。真っ赤なドレスに黄金の髪飾りに、胸元の大きな宝石のネックレスなど他の婦人たちと比較してもお金のかかりようが違う。
片手に持っている赤ワインが妙に絵になっている。
(王妃様だったのね。……でも、どうして私にお声がけを?)
「それにしてもエマさんは綺麗なドレスを着ているのね」
「ありがとうございます」
「でも本来ならその色は私が着るはずだったのよ!(ふん、あの方に気に入られているからって余裕をかまして! 少しは貴族社会の怖さを思いしるといいわ!)」
「!?」
クレア王妃は片手に持っていたワインを思い切り私の顔めがけてぶちまけた。本来なら私の顔とドレスがワインまみれになるのだが、私の身につけているアクセサリーは特殊な防御結界の付与魔法が施されているので、装着者の身の危険に反応して自動的に防御結界が展開する。
ワインをかけられることもその危機に該当し、私の意志とは関係なく展開した結果、不可視化の防壁に弾かれたワインはクレア王妃の顔とドレスに命中。
ずぶ濡れのクレア王妃は一瞬何が起こったのか理解できなかったようだ。それは取り巻きのご婦人たちも同じでビックリクルッポー。ああ、鳩が豆鉄砲を食ったという感じはこういうことか、と冷静に分析している自分がいた。
数秒後、クレア王妃は自分のドレスがワイン塗れになっていることに発狂。
「き、きゃあああああああああああああああああ!」
「ああ、私にもワインが!」
「わたくしも!」
婦人たちの狼狽ぶりに私は疑問が浮かんだ。
お茶会で私が身につけているアクセサリーは、全て防御結界の付与魔法がかかっていると知っているはずだ。と言うかお茶会で何度も貴族達に説明した。私にワインをかけるなどの嫌がらせは無意味。
(それとも他に意図が?)
「どうしたのですか、エマ!」
「なにごとだ!」
クレア王妃の悲鳴によって衛兵、竜騎士団と国王陛下が駆けつける。
すぐさまワインまみれの王妃と貴婦人たちの姿を見て、その場にいた全員が固まった。
私の装備品のことを知っている国王陛下や衛兵、竜騎士団たち、アルフォンス様からすれば『王妃たちの嫌がらせをしたが失敗した構図』に見えるだろう。しかし仮にも王妃の彼女がそんなすぐに露見するような馬鹿な真似をするだろうか。
その時、私は第六感が働いた。
ときめいたのではなく、閃いた!
(あ、もしかしてこれ国王陛下と同様に私の装備品の宣伝をするため、王妃自らが損役を買って出てくれた!?)
「クレア、これはどういうことだ?」
「(こ、こんなはずじゃ……)へ、陛下。わ、私はただ……」
「私の装備品の持つ付与魔法の効果を見せるため、王妃様はわざとワインをかけられたのです」
「え……(何を言ってんの、この子?)」
「はっ!(あ、もしや妻を庇ってそんな嘘を? エマたんはどこまでできた子なんだ……)」
「なるほど、そういうことですか(王妃の嫌がらせをデモンストレーションに昇華してことを納めよういうことですね)その配所、機転、エマ本当に貴女という人は……結婚してほしいです」
「アルフォンス様、本音が漏れています!」
「おっと」
「(ぐっ、悔しいけれど、この子の言葉に乗るしかないなんて!)……ええ、その通りよ。これで貴女のアクセサリーの付加価値が一層高まると思ったの」
「(やっぱり私の第六感は正しかった!)王妃様自ら手伝って頂き望外の喜びです」
「ええ、ああ、そうね。国王陛下、ドレスを着替えてきますので失礼させて頂きます」
「(ここは王妃の機嫌をとっておくか)ああ、余もそなたの功を労わせてほしい。あとで何か贈ろう」
「まあ」
その言葉にクレア王妃は少しだけ頬を染めて喜んでいた。ワインのせいだけじゃないと思うけれど。取り巻きのご婦人たちも旦那たちに褒めちぎられ、まんざらでもない顔をしていた。
王妃のワイン塗れによる演習と、国王陛下の懐中時計再構築の一件は瞬く間に王城内だけではなく国中に広まっていった。
それと同時に私の造り出した装備品に付加価値が付き、装備品の再構築の便利さに依頼や支援者が殺到したそうだ。
*** イレタ公爵令嬢の視点 ***
十年、アルフォンス様のことが好きでずっとお声がけをして、社交界でも話しかけた。女性関係も多かったけれど、どれもお遊びできそうな令嬢あるいは使用人たちで後腐れがないようにひらひらとしていた。
それでも王都竜騎士団副団長と侯爵家次男の肩書きは魅力的だったし、何より爽やかで色香のある彼の顔が好きだった。
彼よりも身分の高い私は遊び相手にはできない。結婚相手としてなら悪くないだろう。そう父に話をしても女たらしである男などダメだと却下されてしまった。
諦めたくない。そう思ってマナーや礼儀、刺繍にダンスを頑張って自分を磨いてきた。体の体型維持に食事制限、美しくなる努力もしたのに、アルフォンス様は私の愛を受け入れてはくれなかった。
(どうして、確かに男受けしそうな顔だけれど身分も後ろ盾もない異邦人を婚約者に選んだの!? 特殊な技術があるから国王陛下にまで気に入られて、王妃のミスをカバーするなんて生意気だわ)
苛立ちと殺意が増すのは私だけではなさそうだ。アルフォンス様を狙っていた令嬢は他にもいる。殺意と欲望に染まった瞳は獰猛な肉食獣のそれに近い。
私も人のことは言えないだろう。
お茶会もお開きになってエマという娘が化粧室に向かった矢先、複数人の令嬢は個室に閉じ込めてしまおうと動いたのだが――。
ずらりと恰幅の良い騎士団たちが立ちはだかる。その中心にいるのはアルフォンス様だった。令嬢たちの顔は真っ青になっていく。私は運がいい。
浅慮な彼女たちとは違い、殺意を胸の内に収めたのだから。
「あ、アルフォンス様、これは……」
「わ、私たちはエマ様とお友達になろうと」
「そうです。お声がけをして……」
「未遂なら各家への警告で済ませますが、実行するのなら一族に至るまで根絶やしにしますよ」
朗らかにけれど一切笑っていないアルフォンス様の声音は低く、鋭いものだった。彼がエマという小娘を思っているのは痛いほど伝わってきた。
けれど十年もアルフォンス様を思っていた私には、彼を諦めるという選択肢はない。
(時間はあるわ。アルフォンス様の御心を私だけ物にするために準備をしなくては……。ああ、これから忙しくなるわ)
私は踵を返して待たせている馬車へと向かう。
スキップしそうな気持ちを押し殺してその場を去ったのだが、この時に誰かに見られているなんて全くもって気付かなかったし興味もなかった。
お読み頂きありがとうございます。
10/16(明日)に完結予定でございます。最後までお楽しみ頂けますと幸いです。
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