第4話 竜騎士団副団長アルフォンスの視点1
エマと出会ったのは一年前。
災害級の魔物、緑魔鬼の王の出現により緑魔鬼将軍、緑魔鬼術者、緑魔鬼騎犬など様々な個体が同時に大量発生し、総勢一万のゴブリンが王都を襲った。
出現原因は王都周辺の《棘の遺跡》で定期的に封印の儀式を行っていたが、その年だけ天候の乱れによって儀式を中断し、日を改めて行うことになった。悪天候が続き、封印が以前よりも早く弱まってしまったため緑魔鬼の王が深淵より出現。連日連夜戦い犠牲者が増す中で、勇者パーティーが王都に引き返してきた。
異世界転移された勇者と聖女。その力はまさに一騎当千に値する。しかし私は勇敢に立ち向かう勇者や聖女よりも、その背後で常に防具や武具を作り続けているエマに目がいった。
あの戦場の中で、自分の身を守りながらひたすら勇者と聖女、戦士や魔法使いたちのバックアップを行い、装備品の限界値を越えた瞬間、新たな武器を渡す。
そのタイミング、その場にふさわしい武器や防具を生み出す集中力とセンス、膨大な魔力量。
後方支援において彼女のサポートこそ、このパーティーの要だと理解した。味方も敵も一番厄介な存在がエマだと気付くのに、時間はかからなかった。
――ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
彼女自身うまく逃げたり躱したりしているが、集中攻撃を受け始めた。頭から血を流し、足から今にも崩れ落ちそうになるのを堪えて戦う。
見ていられなかった。
あの小さな体で、自分にできる戦いをしている彼女を見ていると、胸が苦しくなった。
気付けば彼女の壁になって戦っていた。
私だけではなくあの場にいた騎士団全員が、「彼女を殺させては駄目だ」と瞬時に理解したのだ。共闘している間に彼女は、竜騎士の装備などにアドバイスをしてくれて、大変だったが夢のような時間でもあった。
エマは、勇者や聖女に引けを取らない素晴らしい人だ。特にサラサラの黒い髪に、つぶらな瞳、愛らしい背丈に無愛想なところがまた可愛い。こう守ってあげたいと思わせる天性の素養があった。
今まで女性関係はだらしないところがあったのは認めるものの、エマに出会ってからピタリと女遊びを辞めた。
もちろん付き合っていた彼女たちには、後腐れの無いよう謝罪と別れも告げていった。それが三カ月以上かかるとは、思っていなかったけれど。
(これで女性関係の清算はすんだ。エマに堂々と会いに行ける!)
そう思ったのだが、本気で好きになった相手に声をかければいいのか、何を話せばいいのかまったくわからなかった。
今まで女性の話題やら会話、対応には少なからず自信があったのに、エマと二カ月ぶりに再会した瞬間、頭が真っ白になって何を話したのか覚えていなかった。
あれ、私は今までどんな風に女性と話をしていたのだろう?
***
緑魔鬼の王から半年後の王宮会議室。
会議を取り仕切るのは、グラテス国国王ラーハルト二世だ。現在四十過ぎ、巨漢とまでは言わないが、がっしりとした体格で、無骨で眼光が鋭く、纏っている雰囲気も王よりも覇者に近しい猛々しいものがあった。
それゆえ会議の場は、常に重苦しい。
特にこの国の王侯貴族たちは目鼻立ちが整い、彫りも深いので年を重ねるごとに悪人顔と威圧感が増していくのだ。張り詰めた会議の場で、次の議題が持ち上がる。勇者パーティーに在籍しているエマ・シノノメについてだ。
ちょうどその頃、私は会議の護衛任務のため王の傍に控えていた。
勇者ではなくエマ個人?
いつもの議題なら聞き流していたがエマという単語に、その場にいた騎士団全員の表情が変わった。少なくとも緑魔鬼の王との戦いに参戦していたなら者なら、彼女を悪く思う輩はいない。
「エマ・シノノメの《絶対安全保護計画》は順調です。彼女への支援金も多くの貴族から寄せられており、握手会やサイン会などのサロンを開いてもらえないかという署名が集まっています」
「あの可愛らしさと実力なら仕方ない」
「然り」
大臣たちもエマの良さを分かる者がいるようですね。
勇者召喚した時から勇者や聖女に対しての話題が多かったので、エマの存在は霞んでいた。私も実際にあの奮闘を見ていなければ、彼女の素晴らしさに気づけたかどうかは分からないが。
「ふむ。エマたんを勇者パーティーに入れるのを最後まで反対した余の言葉は、正しかっただろう」
エマたん!??
重々しい言葉で騒がしかった場が、静かになった。国王が発した言葉だったのだろうが『エマたん』という単語に、一瞬幻聴だったのではないか、と耳を疑った。
帰りに医務室に寄った方がいいかもしれませんね。……仕事しすぎでしょうか。
「エマたんは、ああ見えて責任感があるいい子だからな。できれば彼女の希望を叶える形で第一線を退けたい。正直、緑魔鬼の王との戦いは手に汗握るほどエマたんの後方支援は、素晴らしかった。だが竜騎士たちがいなければ、重傷を負っていたと聞く。重症だったならば、余は勇者パーティーに入れたことを後悔しただろう!!」
だん、と拳を机に叩きつける。国王の湧き上がる怒りに臣下たちにも火が付いたようだ。
「閣下、分かります!」
「正直、勇者と聖女よりも、あの方にお声がけするのが恐れ多くて、遠巻きにしてしまって……」
「もっと気軽に話しかけていれば……くっ」
どうやらここにいる王侯貴族の代表者たちは、勇者たちが旅立つ際に宴を開き、エマと親睦を深めたかったらしい。そして失敗したことを酷く後悔しているようだった。その気持ちは痛いほどわかる。
私ももっと早くエマと対面して、言葉を交わしていたら……あの瞳は私を見返して、微笑んでくれたかもしれないというのに。
「そこで勇者パーティーに賄賂を渡し、エマたんが独立できるように話を進めている。進捗状況はどうだ? 宰相」
「はい、エマちゃん自身、工房を持つことに前向きのようでした。冒険者ギルド経由で建築業者への依頼を検討していると、報告が上がってきております」
「その件に補足をさせて頂きます。冒険者ギルドから斡旋された建築業者へのアポイントを取り、エマっちの希望する工房の設計図を入手しました」
「おお!」
「でかした!」
「たまには人事部長も役に立つ」
エマたん、エマちゃん、エマっち……。知らなかった。エマがこんなにも人気だなんて!
「うむ。では次に場所だな。できれば王都内が好ましいが、エマたんの素晴らしい職業は、この国の誇るべき宝だ。彼女の能力をよく思わない者も少なからずいるだろう。……護衛も付けたいところだが、エマたんはそういった気遣いを嫌う」
「陛下のおっしゃる通りです」
会話はかなり真剣味を帯びているのだが、エマの呼び方のギャップのせいで、内容が頭に入ってこない。
「聖女が数年の内に魔物大量暴走が起こると予言しました。それまでになんとしても、エマ様を前線から外して保護しなければ。それに彼女の能力を存分に発揮できるよう独立も手伝い、装備品が消耗品という認識を、この機に変えるべきかと思います」
「然り。誰にでも思い入れのある装備品というのはあるでしょう。それを修繕する能力を、もっと大事にしていくべきだと陛下、わたくしめも具申いたします」
「素晴らしい。その通りだ」
エマの有能さに気づき、人間国宝として近くにおいて保護したいと言うことなのだろう。気持ちは分かるが、彼女の性格的に都仕えとか苦手な気がする。いっそ私たち騎士団の専属、いや私の伴侶に――。
そこで素晴らしい考えが閃いた。
「陛下。発言をしてもよろしいでしょうか?」
私は思わず国王陛下に言葉をかけていた。
剃刀のような鋭い視線にも耐えた。
エマのため、エマのため……!
「よい、申してみよ」と発言許可を得たので、感謝しつつ自分の意見を口にする。
「エマ様の件ですが、我が竜騎士団の専属装備技師になって頂くのはいかがでしょうか?」
「ほう」
「また騎士寮の隣に工房兼一軒家を建てることができれば、王都の一番区画で店を出すよりも安全です」
「確かに」
「うむ」
「仕事の依頼も王の管理課になり支援もしやすく、今後関わる機会も増えるのではないでしょうか?」
((((今後関わる機会!!!))))
私としてもエマとの距離がグッと縮まるし、傍にいる機会も増える。一石二鳥どころか三鳥である。
「「「「採用」」」」
即決でした。
こうして数ヶ月間準備を整え、私たち竜騎士団はエマを迎え入れた。そして王城内の一角に工房兼自宅を贈ったのだ。あのものぐさな団長ですら「いいんじゃねえ?」と快諾したのは意外だったが。
エマが少しでも私のことを見てくれればいいのだけれど……。
既に竜騎士団内では、誰がエマの心を射止めるか水面下で熾烈な攻防が繰り広げられていた。もっとも何事も要領のいい私が、彼女の側近として就く権利を得た。
これぞ日頃の行いの成果というもの。ただ想定外だったのは、エマが私に対して信用しておらず、かなり警戒していることだ。
(……うーん。警戒している野良猫のよう。それはそれで可愛いのだけれど)
やはり強引に誘ったのが、いけなかったのだろうか。勇者パーティーから追放された彼女を救う構図が、上手くいかなかったのもある。失敗だ。
***
料理長に夕食のことを伝えたのち、執務室に戻ると珍しくものぐさな団長が仕事をしていた。長い癖のある赤銅色の髪に、彫りの深い顔立ち、無精髭を生やした大柄でいかにも無骨な騎士といった風貌だ。いつもは業務を押しつけて、ふらっといなくなる人なのだが……。訝しげな視線を向けた。
「エマの保護ご苦労~。で、お前の脅迫まがいの告白は成功したか~?」
「ええ、条件付きでしたが」
「へえ~。あの娘、元世界で顔がいい男にいいように利用されて、騙されたことがあるって言っていたのに乗り越えたんだな」
「……! 団長、その話を詳しく」
「近い。そして殺気を抑えろ」
団長は「口が滑った」と苦々しい顔をしていたが、少しの沈黙の後、根負けしたのかポツポツと語り出した。
「話すから殺気を──」
「わかりました」
「……勇者と少し話をした時に、酔い潰して――いや聞いたのさ。付き合う男全員顔だけがいいクズだったと。元々エマはお人好しだろう、課題を手伝ったりとしているうちに、良いように使われて捨てられたとか。……まあ、エマが亡くなった妹に似ていたってのもあったんだが、ちょっと気になってな」
「団長。今から異世界に言って、そのクソ野郎どもを惨殺してきても?」
「ダメに決まっているだろう。それに社会的制裁ならエマ自身がケリを着けたらしいぞ。泣き寝入りしたわけじゃないってことだ」
「さすが私のエマです」
「お前のじゃないぞ」
エマの警戒心が高い理由がわかり、内心ホッとした。私自身と言うよりも、外見の良さそうな異性に警戒を抱くのは――分からなくもない。
私自身、顔がいいと言うことで、幼い頃から女性に囲まれることは多かった。外見や肩書きだけしか見ない令嬢が後を絶えず辟易していたのは、記憶に新しい。
長年の習慣で女性を喜ばせる言葉並びや、言動が染みついていたので、だらだらと流されてこの年になるまで『心から誰かを愛する』なんて気持ちが芽生えなかった。
(でもエマは、そんな令嬢たちとは違う……)
彼女と目が合うだけで、心臓が煩く騒ぎ立てる。今まで培ってきた薄っぺらな言葉や言動ができず、挙動不審になった。
貼り付けていた笑顔が意図も容易く剥がれ落ちて、言葉に詰まる。
隣を歩くだけで、ふわふわした気持ちと胸がじんわりと温かくなって、もっと傍にいたい、触れたいと欲が溢れて止まらない。
(エマが外見で私を苦手としていたのはショックでしたが、それでも……)
条件付きだけれど、受け入れてくれた。
色々と順序が可笑しいし、もっとスマートなやりかたもあったのだと今は思う。それでも好きな人と毎日会うことができる。それが嬉しくて堪らない。
今後はエマのために誠心誠意尽くし、信頼を勝ち取ることから始めよう。そう私は心に誓ったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次回はお昼の予定です。
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内容を修正&追記してます(2025/3/24)
 





 
 
 
 
 
