第3話 竜騎士団の装備品の再構築
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騎士が騎乗する竜は特別でワイバーンに似ているものの、前肢があり爬虫類を彷彿させる体は艶やかで頑丈な鱗に覆われている。コウモリのような皮膜の翼、槍のようにとがった尾、気位が高く、選ばれた者しか騎乗させない。幻獣種の中でも、扱いが最も難しく危険な存在――なのだが。
「グルルルルル(エマだ、エマアァ!)」
「ルルルル(エマがきた!)」
「ゥウウルル(エマ、好き。撫でて、撫でて)」
「ぎゃっ(以前よりも懐かれている!?)」
一年前に竜の体に合わないサイズ違いの鞍や手綱、単に重いだけの武具などのせいで竜たちのストレスが溜まっていたのを改善しただけなんだけど……。えらい懐かれよう。
最初は敵意むき出しだったけれど、今は懐いてくれて役得だなぁ。……あー、癒し。
全長十メートルの竜たちに囲まれ、ひたすら頬ずりや親愛の印などされ放題だ。幸いなことに竜たちの機嫌はよく、肌つやもよい。以前よりも翡翠色の鱗が煌めいて見えた。うんうん、ストレスフリーは良いことだわ。
「武具の不具合がないか。あと体に合っているか確認させてね」
「ウルルル(もちろん!)」
「ウウウルル(いいよ)」
「私も抱きついていいですか?」
「アルフォンス様はダメです。どさくさに紛れて何を言い出しているのですか! 仕事中ですよ」
すぐ傍で両手を広げて「自分の番ですよね」と、腹立たしいほどの笑顔を向けてくる。くっ、顔がいい人はずるい。
ちょっとドキリとしたけれど、アルフォンス様を惚れさせるのなら、少しは好意的という雰囲気を匂わせるのは大事よね? うーん、私にはハードルが高そう。
「エマ……ダメですか?」
「(和花直伝あざといセリフを言って期待させてみようかな。ふふん、演技ならきっとドン引きするはず!)……ダメです。でも……仕事が終わってなら、いいです……よ」
ぎゃああああーーーーーー。恥ずかしくて死ぬ。なんかもう、うん辛い。
しかも自分の言っているセリフに恥ずかしくなって、尻つぼみになってしまった。中途半端な再現ほど恥ずかしいものはないわ!
……って、そういえばアルフォンス様の反応がない?
顔を上げると私以上にアルフォンス様の顔が真っ赤になっていた。「え、あ、本当に……?」と耳まで真っ赤で狼狽えている。
あれぇええええええ? 思っていたのとなんか違う!?
どうにも調子が狂う。思っていた反応とは違うのだ。少なくとも私が今まで付き合ってきた人たちは、慣れた感じで笑顔を浮かべたり、「ああ」とか「ありがとう」とか笑顔を貼り付けて答えてきた。
アルフォンス様もそうなると思ったのに、ふと周囲の騎士たちは生温かい視線を向けていることに気付いた。歯がゆい。
今までに無い雰囲気に飲まれまいと私は気持ちを切り替える。
「と、とにかく、始めます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ウルルル(エマ、顔赤い)」
「ルルゥ(かわいい)」
竜の強さは色や巨体によって変わってくる。
一体、一体確認してみるが、装備による擦過傷やアレルギーなどは出ていない。とはいえ、戦闘もあるので鱗や爪が少し傷んでいるのを見つけて、担当の騎士たちに伝えておく。
「うーん、グーナはちょっと鱗がちょっと乾燥しすぎているかも、保湿クリームを少ししたほうがいいかも」
「では幻獣医に聞いてみます」
「うん」
ひとしきり挨拶を終えて、奧にある装備室を覗く。一年以上前は、管理も杜撰で手入れも殆どしていなかった。しかし同じ装備室とは思えないほど室内は清潔に保たれており、装備品も丁寧に並べてある。防具や予備品までよく磨かれておりピカピカだ。
「これ……」
「驚きましたか? 一年前に助言通り装備から全て見直しをしたのです。それにより落竜による大怪我や、戦闘時における集中力などが飛躍的向上しました。エマの助言で!」
「それは……どうも? アルフォンス様たちも頑張ったのですね」
にこにこしているアルフォンス様が怖いわ。笑顔の下で何を考えているのか、全くわからないもの。このやりとりの中でも、私から情報を引き出そうと、様々な策を巡らせている可能性だってある。
そうよ。さっきの頬を赤らめたのだって、計算だったのよ!
「(あー、エマに褒められるって、控えめに言って最高。日々努力した結果を認められるのは気分がいいものです)……装備品の耐久度がそろそろ心配になっています。こちらの整備に関しては専門外なのでご助力頂けると助かります」
「耐久度、か。……鑑定してもいい?」
「もちろんです。なんならハグしましょうか?」
「脈略ゼロなんだけど」
「ストレス軽減させる方法として、巷ではキスやハグが良いと言われているのですよ?」
「(グイグイくるな)はいはい。そういうのを喜ぶ女性にしてあげて下さい」
「……私は好きな人にしかしませんよ?」
「はいはい、そうですか(世の中のイケメンは大体同じことをいう)」
元の世界で受けた屈辱を思い出し、被りを振って頭から追い出す。今は仕事!
「鑑定」
装備の耐久度や素材鑑定は、私のスキルの一つだ。耐久度の数値など把握、装備品の修繕、強化、複製などを行う際に役に立つ。
チェックした装備品の鞍は年季が入っており罅一つ見当たらないが、耐久度は15と低い。つなみに100点中15である。あおり革の内部の耐久性が異様に低く、長距離飛行なら確実に壊れるだろう。
「(どうしてこんなにも脆いのに交換していないの。……もしやこれは踏み絵!? 私が鞍の耐久度に気付き、どう対応するのかで王国への忠誠心を図ろうとしている? だとしたらここは慎重に答えなきゃ)……次にこの鞍を使うのはいつになるの?」
「夜間巡回があるから、今日にでも使うつもりです。新品特有の匂いを竜たちが毛嫌いしていまして……その辺りの困っているのです」
「!」
読み通り!
しかも時間はあまりない。この状況でどう対処するのか、私を試しているのだ。さっきのハグも恐らくは、私の作業時間を減らす時間稼ぎね。
「それなら私が鞍を修繕してもいい?」
「……とても有り難い申し出ですが、時間がかかりますか?(貴女なら、そういうと思っていました! これで修繕した装備品を私が真っ先に使える! ふふふふふっ! 想定通り!)」
アルフォンス様は目を泳がせている。きっと私の技術がどのくらいか試したいのね!
ここで即座に対応できなければ、いざという時に「使えない」と言われる可能性だってあるのなら、受けて立とうじゃない!
「そんなに時間は掛けないわ。鞍骨は問題なし、あおり革の内部にある腹帯託革がぐらぐらしている。ここの素材は王の魔闘牛を鞣して柔らかく、かつ強靭に仕上げた革があるから、これを使うとして、あとで素材分の請求書を出してもいい?」
「もちろんです(エマの手持ちの物を使ってもらえるなんて!)」
「全体的に付与魔法も薄れているからかけ直しと、鐙革と金具部分も調整すれば、しばらくは持ちわね」
「念のため手綱のほうも見てもらえますか?」
「いいけど」
「ありがとうございます(ああ、私の手の届く範囲にエマがいる。しかもすでに5時間18分34秒と刻一刻と一緒の時間が蓄積されていく)」
アルフォンス様の距離感が可笑しいけれど、今は装備の鑑定に集中しないと。
自分たちで管理と手入れは欠かさないようにしていても、本職の人間が鑑定し、こまめに修繕してないから結構ボロボロだった。大体一年ほど使い回していると推定できる。
「私の前の人はちゃんと仕事していたの?」
「それが……王宮管轄職人だったため、騎士には評判がいいのですが、竜や馬と騎乗する動物たちの装備は雑でして……なんなら厩舎にくることも嫌がるほどでしてね。そんな職人に竜が懐くはずもなく……こう、ガブっとやっちゃうぞと威嚇したら退職しました」
「でしょうね」
なるほど。色々と性格に問題のある職人だったのね。まあ装備を見る目は良かったから、その点は信用されていたのかも?
「うーん、こっちの手綱も結構痛んでいるわね。竜の性格によって編み込み布製と、特殊な革製、ゴム製の三パターンがあるわ。修復はすぐだけど、革特有の匂いを消すために竜が好むハーブの香りを染みこませておく作業は簡略化して素材に混ぜ込む形で作ってみるわ」
「ハーブによる匂い消しまで!? 本当にエマはすごいですね。幾つもの工程を短時間で最高品質にまでするのですから」
アルフォンス様は褒めるのが上手なのだなぁ。さすが太鼓持ち、と苦笑する。誰だって褒められたら嬉しい。それがイケメンからならなおさらだわ。自分自身の良さを最大限活かしてきている。
「……さっさと装備修繕を始めるわ」
「はい。(ああ、彼女の作業をまた間近で見られるなんて、なんて幸運なのだろう。一年前、貴女が私たち騎士団を救い、その奇跡を見せたあの日から貴女のことが頭から離れないのですよ? まったく、この私がたった一人の女性に夢中になるなんて……責任、とってくださいね)」
ぞわっ。
なんかアルフォンス様の視線に寒気を覚えたんだけど、殺意とかじゃないから気にしなくてもいいかな?
この世界において鍛冶士は、武器と防具に特化した職業を指す。しかし私の場合は装備品であれば衣服、リュックにウエストポーチ、帽子に首飾りなどのアクセサリーに至るまで、対象となる。
さらに装備品の製作、修繕、強化、複製が可能というハイスペックなのだ。
「……装備再構築・解放」
私は拍手を二度ほどしたのち、手の平を離すと、そこには金色の光りを帯びた立方体が姿を見せる。これが私の《疑似工房》だ。
この手の平サイズのキューブは、私の傍で浮遊し留まる。その間に装備品を模写したのち、魔力で作り上げた金色の魔法糸で装備品を分解してキューブの中に入れる。これはどんな大きいものでも吸い込まれるように入るので、かなり便利だ。最後に必要な素材をキューブの中に入れて比率を調整し、魔力を込めて再構築と行う。
この作業だけなら鍛冶士よりも錬金術の方が近いのかもしれない、なんてちょっと思ったりもした。そのうち《賢者の石》とか作れるんじゃないだろうか。素材とか揃ったらチャレンジするのはありかもしれない。
そんな暢気なことを考えていたら、キューブが砕けて新品同然の鞍が排出された。耐久度15→79、防御魔法の付与もかかっている。装備品レベルはDマイナス→Bにまで上がった。
「完成」
「お疲れ様です。一年前に見た時もその手際に驚きましたが、いつ見ても奇跡のようにしか思えません。素材を掛け合わせて魔力を注ぐだけで修繕、あるいは元の装備品以上のクオリティになるのですから」
「そう?(……ん~、この世界人たちは元の世界のアクションRPGやMMORPGなんて知らないから、ゲームシステムなんかで武器や防具を生成するって発想がないものね。まあゲームの世界あるあるだけど、実際に素材をいくつか集めて魔力込めたら装備品ができあがる、修繕される、複製される――なんて奇跡なのは間違いないかも。鑑定で素材の何が必要とか比率とかいろいろ試して、熟練レベル90にしたからもあるかな。最初は変な武器とかできて、京助や和花とお腹抱えて笑ったなぁ)」
懐かしさに浸っていると、アルフォンス様がすぐ傍でしげしげと鞍の出来栄えを見ているのに気付いた。
いつの間に! というか距離感可笑しくない!?
「短時間で、この仕上がりは……」
再構築した鞍を見ようとして近づいたのだろうが、それにしても拳一つ分しか離れていないのだが。
アルフォンス様の言動に警戒しつつも、竜騎士団分の装備の再構築をこなした。作業時間にして約二時間。通常であれば数週間かかるだろうが、この辺りはレベル+熟練度によって大きく変わってくるだろう。私の魔力量は上級レベルでもあるので、かなり高い。というか勇者の三倍はあるので、竜騎士団分の装備品を再構築してもまだ三分の一は残っていた。
もっとも再構築ではなく、一から製作する場合はもう少し時間と魔力消費がかかるが。
「んー。終わった」
「お疲れ様です。ところでずっと思っていたのですが、あの四角い浮く箱を出すのに、手を二度ほど叩いていたのは、異世界の作法なのですか?」
「ん? あー、あれは……(私が神社巡りが好きで二礼二拍手一礼の一部を取り入れたのよね。戦闘時に素早くキューブを展開させるため、最終的に二拍手とコンパクトな動きに収まった……うん説明が面倒だわ)」
私は誤魔化すことにした。アルフォンス様が言及してこなかったので、たいして興味もないのだろう。会話の取っ掛かりのようなものだ。
「(がっつくのはよくない。時間をおいて知っていく……)エマがうちに来てくれて本当に良かったです」
「その話、何度目ですか?」
「これで五度目ですが、今後も数えていきますよ?」
「そういうお世辞はいいから。後は家でのんびりさせてもらうわ」
「ああ、そうです。とびきり美味しい夕食を手配しておきましたので後で一緒に――」
「(これ以上気を張り続けるのは嫌だな……)疲れたから家で食べるわ」
断られるとは思っていなかったのか、笑顔が凍り付いた。同僚にもなるし、もう少し歩みよるほうがいいのかもしれないけれど、さすがに色々と疲れたし、一人でのんびりしたい。
「一緒に食べるのは? 気分転換にお店でも?」
「行かない」
「……ぐっ、わかりました。料理長に言って家に届けさせていただきます」
「うん、よろしくお願いします」
「ちなみに私が食事を同席しても?」
「一人で……(いや、さすがにそれは塩対応しすぎるか)ええっと、まあ、どうしてもと言うのなら……」
小悪魔的に言うつもりが、慣れていないせいで、どもってしまった。
これは恥ずかしい。
恐る恐るアルフォンス様に視線を向けると、両手で胸を強く押さえ込んで固まっている。どういう状況!?
「え、ええっと……アルフォンス様?」
「げ」
「げ?」
「言質は取りましたからね! 今日から毎食一緒に、食事をとりましょう!」
「いや、毎食なんて言っていな――」
「それではすぐに料理長に言ってきますね!」
私の言葉を待たずに、アルフォンス様は王城の調理場へと向かって去って行った。またもや都合のいい所だけを脳内変化している模様。いや親睦を深めるのが目的だったので、結果的に良かったのかもしれない。
ま、いっか。京助と和花に連絡を入れておこ。
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