第2話 悲しいほどに根本的なすれ違い
『数年後に地上のありとあらゆる場所で魔物大量暴走が発生する』と言う聖女の予言を、国王は戯れ言として取り合わなかった。『予言は予言だ』と鼻で笑い魔王討伐に力を注ぐように命じた。
国王を含め王侯貴族たちの結論は『全ての根源である魔王を倒せば魔物大量暴走も自然消滅する』というなんとも都合のいい解釈を信じ切っていた。
そんなことにはならない――と断言することができるのは、魔王本人がそう言っていたからなのだが、このことを王侯貴族たちに報告していない。というか報告した瞬間、下手すれば国家反逆罪として処罰される可能性が大いにあったからだ。
魔王からもお墨付きを貰っているけれど、この国の人たちは魔王イコール絶対悪の認識が浸透しているから『魔王は敵じゃないですよ~』なんて言ったら極刑コースだし……。
そんなこんなで水面下で魔物大量暴走が発生しやすい地域やいわく付きの場所などを、魔王部隊と勇者パーティーでそれぞれ潰している。そういった経緯もあるので、いざという時にため武具の品質向上はもちろん、品揃えなども増やしていく必要があるのだ。
「(王城に着てしまった以上、覚悟を決めて武具の生産ラインを確保しなきゃ……ん)はあ」
「エマ。ここが今日から君の作業場兼住む場所です」
王城の一角、主に使用人や騎士たちの宿舎があるのだが、そこに立派な一軒家兼工房がそびえ立っていた。離宮ほどではないが一人で住むには充分過ぎるほどの一軒家だ。八十坪はあるだろうか。白い壁に藍色の屋根、一階は工房を兼ねているので、ガレージもある。
なぜ騎士寮の隣なのかは非常に気になるところだが、突っ込んだから終わりだ。そもそも王城の一角に工房兼一軒家を作るなんて何を考えているのだろう。もし無許可だった場合、私が処罰を受けるのだが。
「……これ国王陛下に許可貰っています?」
「もちろんです。以前、建築業者に工房の見積もりを出していましたよね。あの希望をできるだけ忠実に再現したのですよ」
「(完全に職権乱用して情報を聞き出した上で依頼したな……。ここまでして私を王城に閉じ込めるのは……。はっ、もしかして勇者と魔王が手を組んだことを察知している? だとしたらここは変に反発せずに従順でいるべきなんじゃ……)そこまで気を遣って貰わなくても……」
視線を泳がせるのだが、副団長様――アルフォンス様はグッと顔を近づけて「とんでもない」と言い出す。この人、距離感がおかしいのだけれど!
「私たちの強い希望で再就職して貰っているのですから、最高の環境を用意するのは当然です」
「は、はあ……」
「……ふふっ、これで愛しくて可愛い我らが天使エマを、残虐非道な勇者から引き離して保護できた。多少強引にことを進めてしまったため警戒心を抱いていますが、これから数年後に魔物大量暴走が起こった際、最も危険な場所に彼女を立たせずに済む」
「何か言いました?」
「いえ、なんでも!」
好待遇なのは有り難い。罠だったとしても魔物大量暴走まで時間はあるようで無い、このまま立ち止まっている訳にはいかないのだ。
「中を確認させてもらって、問題ないなら作業をすぐに始めてもいい?」
「もちろんです」
中に入ってみると私の希望通りの一階の工房は吹き抜けになっており、かなり広い印象を受けた。室内は白を基調としており、大きめなテーブルから、武具の保管庫などの設備は勿論、収納スペース空間も完璧だ。ここなの術式を書いて行う《疑似工房》の精度もぐんと上がるだろう。
(怖いぐらい私が希望していたとおり……)
「どうですか? 何か足りない物や必要なものがあったら言って下さい」
「……あ、うん」
思っていた以上の好待遇に驚きつつも私は二階へと向かうとホテル並みの個室に、台所やトイレ、風呂場や洗濯を干すためのベランダなど希望通りの家具なども一式揃っていた。私以外にも客間が三つもある。
どう見ても数日前に用意したとは思えない。
(新築っぽいし、もしかして数カ月前から準備していた? それが完成した頃に合わせて私に接触したとか?)
私の傍にいるアルフォンス様は「どうです、すごいでしょう。がんばったでしょう?」と言う笑顔の圧が凄まじい。
「(視線が痛い。……ここは何か話題を逸らす話を……)アルフォンス様、せっかくなので騎士団の武具や装備などのチェックをしたいのですが」
「やっと呼んでくださいましたね。とても嬉しいです」
飛び切りの笑顔を向けてくるけれど、そういうサービスは間に合ってますから。
「そう。……それで可能そう?」
「もちろんです。今からでも行きましょう」
「それと素材と運営資金の話し合いのために、財政管理課と人事室長にお目通りをお願い」
「駄目です」
「え……なんで?」
アルフォンス様の目が鋭くなる。あ、うん。嫌な予感しかしない……。
「エマと他の男が同じテーブルに着いて会議なんて許せません」
「それは打ち合わせ会議──」
「行けません! 細々とした手続きや面倒ごとはこの副団長の私が担いますから、だから他の男との密会はだけはやめてください!」
「言い方! それじゃあ私が節操なしに聞こえるからやめて。あと彼氏面しないでちょうだい!」
「天使のようなエマが、詐謀偽計に長けた狸ジジイの餌食になるのを見過ごせないのです」
「わざとか!? 人の話聞いてないな! あーもう! 諸々の手続きや予算を通してくれるなら、アルフォンス様がやって!」
「承知しました!」
アルフォンス様の言い回しに折れて頷いてしまった。財政管理したいのは、こちらの手の内をできるだけ把握したいのだろう。ならば冒険者ギルドに装備の仲介を頼んで注文書にして貰うよう、アルフォンス様に頼めばいい。私のロゴ入り装備品を増やせば、京助たちは気付くはずだ。
「エマ、今私以外の誰かを思い浮かべていませんでしたか?」
「(鋭い。心でも読まれているようで嫌だな)……それよりも竜たちの装備品のレベルを確認したいんだけど」
「それより……! そうですよね。そんなことより私たちのほうが重要ですよね!」
「(面倒だからそれでいいや)……う、うん」
一瞬にしてアルフォンス様の機嫌が良くなった。この男の思考回路はやっぱりよくわからない。というかもうコロコロ表情が変わるので、目まぐるしいのだ。何を思っているのか軽薄さが染みついているからか本心が読みにくい。油断できないな。
「国王の謁見よりも先に私たちの相棒である厩舎を希望するとは、流石私の選んだ人です」
「(王都での戦いも苛烈になるからこの選択も間違ってはないはず)……ん? 国王陛下にも謁見しないとだめなの?」
一介の装備技師が国王と謁見するなんて聞いたことがないのだけれど。いくら元勇者パーティーで、異世界転移者だからと言ってわざわざ場を設けるなんて、なにか企みがあるに違いない。
「国王はエマのことを孫みたいに溺愛しているのに実際会うと『ああ』とか『うむ』って言ってばかりで場がもたないでしょうし……」
この男は時々ブツブツと何か独白しているのだけれど、それも油断させるための演技だったり? 腐っても副団長ね。
「(さりげなく追求してみよう)何か言った?」
「いえ、あー、そうですね、今回は強引に我が騎士団専属になって頂いたので、近々お茶会に誘われるかもしれません」
「(お茶会!? もしかして私から勇者の動向について何か探るつもり?)……マナーがわからないのに、参加するのはちょっと」
「ああ、それなら私と毎日お茶の時間を設けましょう。そうすれば自然と身につきますよ(よし、これでエマとの時間が増える!)」
「なっ……(やられた。……国王とのお茶会はブラフで本命は、アルフォンス様とのお茶会。私をできるだけ見張るつもりだ。でもここで断ったら何かあると勘づかれる?)」
「……嫌でしたか?」
「う……」
断りづらい雰囲気100点、潤んだ瞳にしょんぼりした顔100点、突然襲う罪悪感100点――これで断ったら酷い人認定されるだろう。幸いなのは、ここにギャラリーが居ないことだ。
「わかりました」
なぜか気付くと向こうのペースに乗せられて振る舞わされている。悔しいがアルフォンス様のほうが一枚も二枚も上手だ。
数手先を読んで私の身動きを封じていく。
これは気を引き締めていくしかない。
「それじゃあ、厩舎に案内しますね」
アルフォンス様は上機嫌のまま私に厩舎を案内してくれた。
***
騎士が騎乗する竜は特別でワイバーンに似ているものの、前肢があり爬虫類を彷彿させる体は艶やかで頑丈な鱗に覆われている。コウモリのような皮膜の翼、槍のようにとがった尾、気位が高く、選ばれた者しか騎乗させない。幻獣種の中でも、扱いが最も難しく危険な存在――なのだが。
「グルルルルル(エマだ、エマアァ!)」
「ルルルル(エマがきた!)」
「ゥウウルル(エマ、好き。撫でて、撫でて)」
「ぎゃっ(以前よりも懐かれている!?)」
一年前に竜の体に合わないサイズ違いの鞍や手綱、単に重いだけの武具などのせいで竜たちのストレスが溜まっていたのを改善しただけなんだけど……。えらい懐かれよう。
最初は敵意むき出しだったけれど、今は懐いてくれて役得だなぁ。……あー、癒し。
全長十メートルの竜たちに囲まれ、ひたすら頬ずりや親愛の印などされ放題だ。幸いなことに竜たちの機嫌はよく、肌つやもよい。以前よりも翡翠色の鱗が煌めいて見えた。うんうん、ストレスフリーは良いことだわ。
「武具の不具合がないか。あと体に合っているか確認させてね」
「ウルルル(もちろん!)」
「ウウウルル(いいよ)」
「私も抱きついていいですか?」
「アルフォンス様はダメです。どさくさに紛れて何を言い出しているのですか! 仕事中ですよ」
すぐ傍で両手を広げて「自分の番ですよね」と、腹立たしいほどの笑顔を向けてくる。くっ、顔がいい人はずるい。
ちょっとドキリとしたけれど、アルフォンス様を惚れさせるのなら、少しは好意的という雰囲気を匂わせるのは大事よね? うーん、私にはハードルが高そう。
「エマ……ダメですか?」
「(和花直伝あざといセリフを言って期待させてみようかな。ふふん、演技ならきっとドン引きするはず!)……ダメです。でも……仕事が終わってなら、いいです……よ」
ぎゃああああーーーーーー。恥ずかしくて死ぬ。なんかもう、うん辛い。
しかも自分の言っているセリフに恥ずかしくなって、尻つぼみになってしまった。中途半端な再現ほど恥ずかしいものはないわ!
……って、そういえばアルフォンス様の反応がない?
顔を上げると私以上にアルフォンス様の顔が真っ赤になっていた。「え、あ、本当に……?」と耳まで真っ赤で狼狽えている。
あれぇええええええ? 思っていたのとなんか違う!?
どうにも調子が狂う。思っていた反応とは違うのだ。少なくとも私が今まで付き合ってきた人たちは、慣れた感じで笑顔を浮かべたり、「ああ」とか「ありがとう」とか笑顔を貼り付けて答えてきた。
アルフォンス様もそうなると思ったのに、ふと周囲の騎士たちは生温かい視線を向けていることに気付いた。歯がゆい。
今までに無い雰囲気に飲まれまいと私は気持ちを切り替える。
「と、とにかく、始めます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ウルルル(エマ、顔赤い)」
「ルルゥ(かわいい)」
竜の強さは色や巨体によって変わってくる。
一体、一体確認してみるが、装備による擦過傷やアレルギーなどは出ていない。とはいえ、戦闘もあるので鱗や爪が少し傷んでいるのを見つけて、担当の騎士たちに伝えておく。
「うーん、グーナはちょっと鱗がちょっと乾燥しすぎているかも、保湿クリームを少ししたほうがいいかも」
「では幻獣医に聞いてみます」
「うん」
ひとしきり挨拶を終えて、奧にある装備室を覗く。一年以上前は、管理も杜撰で手入れも殆どしていなかった。しかし同じ装備室とは思えないほど室内は清潔に保たれており、装備品も丁寧に並べてある。防具や予備品までよく磨かれておりピカピカだ。
「これ……」
「驚きましたか? 一年前に助言通り装備から全て見直しをしたのです。それにより落竜による大怪我や、戦闘時における集中力などが飛躍的向上しました。エマの助言で!」
「それは……どうも? アルフォンス様たちも頑張ったのですね」
にこにこしているアルフォンス様が怖いわ。笑顔の下で何を考えているのか、全くわからないもの。このやりとりの中でも、私から情報を引き出そうと、様々な策を巡らせている可能性だってある。
そうよ。さっきの頬を赤らめたのだって、計算だったのよ!
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