第1話 追放→独立だったはずなのに。
「絵麻東雲。今日限りで勇者パーティーから離脱してもらう」
冒険者ギルド会館に響く声で勇者である京助・五十嵐が告げた。重々しい雰囲気に、聖女の和花・本間は両手で顔を覆って涙ぐんでいる。「エマごめんね……」と言いながら口元がニヤけているのだが、せめて隠してほしい。
私の後任の戦士ジェレミー、魔法使いのニコラは事情を知らないので「追放」という言葉にオロオロとしている。
ジェレミーさん、ニコラさん、巻き込んでごめんなさい。でも必要なことなので!
私はできる限り笑みを保ちつつ「わかった」と答える。
四年の間、一緒に旅をしてきたので、少しだけ寂しい気持ちが入り交じった。
京助は『穀潰しは不要』という結論に至った経緯を公衆の面前でご丁寧に語り、眉をつり上げたまま無造作に革袋を私に投げ捨てた。受け取れず床に落ちた反動で黄金の硬貨が袋からこぼれ落ちる。
「今まで一緒に戦ってきたんだ。餞別にこれだけあれば初心者や中級レベルの冒険者相手の商売が始められるだろう。開店資金にでも回してくれ」
「うん、最後までありがとう!」
「ありがとう、ご・ざ・い・ま・す――だろうが」
椅子を蹴り飛ばして京助は「ふん」と睨み付ける。私は「ありがとうございました」と深々と頭を下げて、床に落ちた金貨を手にする。
予想以上にお金を詰め込んでくれたようだ。そのことに申し訳なさがこみ上げてきた。
竜騎士団は遠征して王都を開けているから、一応用心をして王都と遠征から離れた貿易都市を選んで良かった!
私は勇者パーティーに脱退宣言をして冒険者ギルド会館を後にする。シナリオ通りの展開が終わりつつあった。
これで周囲には決別を印象づける為のものだったのだが、そうはならなかった。
「勇者キョウスケ様、お待ちください!」
「ん? ――ッ!?」
(げっ、な、なんでここに!?)
白銀の全身甲冑に深紅のマントを羽織った一団、王都守護竜騎士団の面々が突如現れたのだ。それは驚きもするだろう。
王都守護竜騎士団の実力は勇者にも匹敵する豪傑揃いだ。彼らはあくまでも王都周辺が活動範囲で、時には冒険者ギルドたちと共闘する関係だ。それがなぜこのタイミングで現れたのか、私は嫌な予感がした。
……というか今回の事は極秘だったはず、気付かれるにしてももう少し時間がかかると思ったのに!
「間に合って良かった」と言い出したのは、戦士ジェレミーさんだ。もしかして何処かで私たちの会話を聞いて、騎士団を呼んだのだろうか。ジェレミーさんと目が合うと、さりげなくウインクを返してきていた。
「何余計なことしてくれているの!」と叫びたくなる気持ちをグッと堪える。
甲冑音が響く中で京助たちを引き留めたのは、竜騎士団副団長アルフォンス・ナイト・スタンフィードだった。彼は兜を外しており金髪碧眼の騎士様は私に微笑んだ。引き締まった肉体美、眉目秀麗でどこからどう見ても非の打ち所がない紳士。二十六という若さで王都竜騎士団の副団長様の座まで上り詰めた男――なのにここ最近、私に付きまとう面倒な人です。はい。
Aプランが木っ端微塵になったので、こうなったらBプランで騎士団の、いや副団長の意図を探る!
私は京助と和花に目配せをした。二人は小さく頷き、芝居を続ける。ずかずかとギルド会館に訪れた副団長様が口を開いた。
「エマを手放すのなら、我が騎士団がもらい受けても問題ありませんよね?」
「(嫌だと言ってしまいたい)……」
「は? エリートな騎士団様がどうして絵麻を欲しがるんだ? 何の目的が」
「エマ?」
副団長様の表情が一瞬で凍り付いた。絶対零度の視線と覇気に、野次馬化していた冒険者たちは押し黙った。
怒りポイントがわかんないんだけど!?
「《装備職人》として有名な彼女に恥を掻かせておいて、殺されたいのですか? 彼女の侮辱を撤回してください」
「いやいやいや。話を逸らすなよ、なんで絵麻なんだ? 俺たちの依頼を横取りまでしたんだ今回の追放も、お前たちのシナリオなんじゃないのか? 絵麻を引き抜いて、良いように使いたいんだろう」
食い下がる京助に副団長様は言葉に詰まった。私は内心「よくやった!」と小さくガッツポーズを取る。
「一年前の緑魔鬼の王での戦いを見てエマの凜とした姿に一目惚れしました。それと同時に彼女の《装備職人》としての才能は本物です。それを保護もせずに、危険な戦場を連れ回すことが許せないだけですよ」
才能……ね。単に貴族達と同じように私の能力を惜しんで、ってことね。
とりあえず副団長様の御高説はわかった。京助も目的を知って撤退の姿勢に切り替える。
「ハッ、よかったな。絵麻。開業どころかお前に心酔している馬鹿がいて(え、これ追放して大丈夫なやつ?? 絵麻、大丈夫か?)」
「京助……(ありがとう。後は騎士団に保護された後で、転移魔法を使って逃げるだけ)」
目配せをして撤退を促す。
一触即発。
ピリピリとした空気の中で先に背を向けたのは京助たちのパーティーだった。ギルド会館から去るのを見届けたのち、副団長様は私の傍に駆け寄ってきた。
背の低い私に合わせて屈んでくれる紳士さは顕在のようだ。
「エマ、装備屋ではなく、私たち騎士団の専属装備技師になっていただけないでしょうか? それと私の生涯のパートナーにもなってほしいのです!」
「すみません、その件は何度もお断りしたけど」
「――っ、どちらも断られるのですか? もう一度考え直してくださいませんか?」
子犬のような目線を向けられると、反応に困る。
なにより周囲の女性陣の殺気がすでに恐ろしい。ギルド職員の窓口は殆ど女性なのだが、この分だと王都周辺に店を構えるのは難しいだろう。国家を前にしたらギルドだって私の開業支援から手を引く。答えは目に見えている。
その辺りも想定内。とりあえず今は大人しく従って夜になったら脱出……ん、さっき騎士団専属って言わなかった? と言うことは王城に連れて行かれる!?
王城には特殊な魔法術式を組まれている。それらを考えると王城に入ったら転移魔法も使えない可能性は高い。
「エマの能力は私も存じています。一年前に我が騎士団を救ってくださった恩義を返させてください。きっと国王陛下も喜ばれると思います」
それ恩義じゃなくて王命だよね。私の開業を阻止して勇者パーティーの目論見を潰すため、この一カ月真綿で首を絞めるようなやり方で私たち勇者パーティーを追い詰めていったよね!? しかも国王陛下を味方に付けて!
人畜無害そうな言い笑顔を浮かべている優男を、思い切り殴りつけたい。グッと拳を強く握ったが、それすら意味が無いと感情を押し殺す。今、私たち勇者パーティーの目的を国王側に気付かれる訳にはいかない。激高しても不利になる。ソレが分かっていたから京助たちも反論もせずにその場を去ったのだ。
口元を緩めて、笑顔を向ける。
「副団長様」
「アルフォンスですよ、エマ」
周囲で黄色い声が上がった瞬間、この男に本気で殺意が芽生えた。それでなくとも私に向けられる視線が鋭さを増しているのだが、それにこの男は気付いているのだろうか。視線で人が殺せるのなら私はもう十回以上は殺されているんだが。
「アルフォンス様、同行するのは了解しました。が、すみません。ちょっと席を外しても?」
「もろんです」
私は振り返らずに化粧室へと向かった。ギルド会館には仮眠室から個別の応接室、講習室、模擬戦場があり、王都では冒険者育成所も併設しているので大学並みに広い。さらに出入りする人間も多く入り口も沢山ある。
私は予定取り一階の化粧室の個室に入った。一番壁の端には、天井に通気口があり私ぐらいなら中に入って移動はできる。
素早く天井の通気口の蓋を外していると、数人の女性の声が近づいてきた。
『ねえ、聞いたー!? 今竜騎士団のアルフォンス様が来ているのよ!』
『聞いた、聞いた! でも相手はあのちんちくりんなんでしょう?』
『そうそう。でもさ、なんであんな子にアルフォンス様が夢中になっているよ。一応勇者パーティーで能力はあるらしいけれど!』
『そんなの決まっているじゃない。利用できるからでしょう? ほら、一年前の大規模戦闘で武具とかの予算がかなり減らされたって騎士団の彼氏から聞いたもの』
経費削減……。そっか、私ならコスト削減ができるから……。
分かっていたことだが少しだけチクリと胸に突き刺さった。元の世界でも更衣室や化粧室ではこの手の話をよく聞かされていたものだ。情報を仕入れるのには便利だったけれど、どの世界でも私は面倒な相手に狙われやすいらしい。
『あの女とアルフォンス様とじゃ全然釣り合っていないのに!』
(知っている)
『ねー、勘違いして浮かれていたら救えないけど』
(そう勘違い。だから、大丈夫)
私は小さく溜息を漏らして、通気口へと体を滑り込ませた。元の世界の私じゃこんな曲芸師並のことはできないが、この世界では俊敏性や筋力、身体能力が著しく強化されている。通気口を通って向かうのは屋上。
屋上へと出た後は、私のダミー人形を五体作りだして適当なところで人形に戻るように指示を出す。これで時間稼ぎができるだろう。
気持ちのいいほどの晴れた日だった。白群色の空に綿飴のような雲、空をワーバンたちが旋回し、風も穏やかだ。
「よし、後は――」
「時間をおいて逃げるつもりですか?」
「そうそ――!?」
振り返ると甲冑音も、気配もなく副団長様が横に立っていた。もう、恐怖。
悲鳴を上げなかった私を誰か褒めて、そして希望なら私の位置を今すぐに変わってほしい。
「――ッ、副団長様」
「エマとの鬼ごっこは新鮮でいいですね」
「……どうして」
「だから、アルフォンスだって言っているじゃないですか」
副団長は少しだけ頬を膨らませて拗ねる。そのあざとさに焦燥が一瞬で冷却された。
(あー、本当に、甘い顔をしていれば、なんでも許されると思っているところが腹立つ)
「エマは本当に焦らすのが上手ですね。でも情報戦では私の勝ちでしょうか? 次はどうですんでしょう?」
「百万歩譲って人材が必要だから騎士団の装備技師として迎え入れるのなら、ここまで抵抗はしませんよ」
「……え、そうなのですか?」
意外という顔の次に期待の眼差しが向けられる。この男はどうせ『百万歩譲った』という部分を、自分に都合のいい言葉に置き換えているのだろう。それとも『今までに落とせなかった女はない』と言いたいのか。
「ええ。どちらにしても、設備の整った工房を建てるつもりだったもの。でも貴方が告白めいたことを言ったせいで、その選択も消えました」
「なぜです?」
本気で分からないと言った顔で小首をかしげる。子犬のように「え、なんで?」と哀れんだ目で見るのをやめてほしい。
「女好きの副団長様が私に告白をしたせいで、同性からの風当たりも増えて、王都で工房を開いても意図的に仕事を回して貰えない可能性があると言うことですよ」
「女好きって……。エマ、私は――」
「つまり私からすれば選択肢を全部封じた本人が善意ぶって、仕事の斡旋をしに来た状態で好意的に受けると思いますか? しかも王命という強権まで使って」
「それは……申し訳ありません。姑息だったかもしれませんが、それでもエマの希有な能力を悪用されないための処置でした。王命であれば貴族たちですら迂闊に手は出せないと……申し訳ありません」
サーッと、青ざめた顔で頭を下げた。これで食い下がるか、逆ギレ、あるいは弁明使用とするのなら何処までも逃げるという方法もあったが、そう言う気分にはなれなかった。
「エマを守りたい、傍にいて保護したい、あわよくば人生の伴侶になってほしい」
「最後の意味が全く分からない」
「なぜですか!? 人をこんなに好きになったことがなかったので、多少強引だったかもしれませんが……接点を作るために頑張ったつもりです」
「た・し・ょ・う?」
「はい。洗脳、誘拐、監禁、脅迫などせずに健全なやり方だったと自負しております」
(怖い、怖い!)
頭が痛い。これが本物のヤンデレ……。
思わず額に手を当てて溜息を吐いた。いい笑顔で言い切る姿は天然なのか、それとも全て演技なのか――もうどちらでもよくなってきたが、問題はまだ残っている。
(副団長様の告白の件……! もうこの際、裏があるかどうかは保留にして! そこまで言うなら私に惚れさせてとことん利用してから別れてやる! そのためにも都合良く利用されないように誓約書を書いてもらい、破ったら多額の慰謝料を貰う。そして期間限定の契約恋人として承諾させる――これだわ!)
「エマ?」
相手を騙すなら笑顔だ。
「……副団長様、装備を調えるのに本格的な工房が必要になるのだけれど用意をしてくれるの?」
「アルフォンスです。……もちろん。すでに寮の傍に作ってあります」
「(用意周到だな。やっぱり一発殴っておこうかな)……わかった。騎士団の装備技師になる」
「生涯の伴侶は?」
「ならない」
「ダメですか……」
両肩を落とす副団長様に私は「でも」と言葉を続けた。
「恋人役がほしいようだから、期間限定でなら契約恋人になってもいいわよ」
「エマ、恋人になってくれるのですか!?」
私に抱きつこうとする副団長様を躱して距離をとった。敏捷性なら副団長様よりは多少有利なようだ。
「――って、都合のいい解釈しない! 恋人役としてよ!」
「単に恋人として、ああ、まだお互いに知らない――奥ゆかしいことでしたら、友人からでもかまいません」
「それなら友人でいいでしょう」
「ダメです。それだといざという時、エマの隣に居られないでしょう?」
(私の隣に居るための肩書きが必要ってこと? なんのため?)
「では早速アルフォンスと」
「契約前なので副団長でいいでしょう」
「……アルフォンス」
「副団長」
副団長様の目的は不明だが、この辺りが落とし所なのだろう。とりあえず勇者パーティーにちょっかいを出すことも、私に求愛するのもこれで収まるだろう。そうこの時の私は楽観的にそう考えていた。
この決断を私が後悔したのはもう少し――先。
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