最終話 それでも日々は続いていく
死の王の襲撃から二週間が経過した。
王都内での建物は全体の六割が破損とかなり酷く、隕石や瓦礫の撤去などの作業が今も続いている。幸いだったのは建物の損壊に比べて死亡者は数十人とかなり少なかったことだ。また重症者もあまりおらず、家や建物の下敷きになり一、二日閉じ込められていても生き延びた人たちが多かった。
生き残った多くの人たちの共通点は一つ。私の装備品の購入者、あるいは装備品修繕や再構築を依頼完了後、身につけていた又は傍に置いていたことだ。その功績を称えて私は国を代表して「名誉なんとか授与してほしい」と国王陛下から打診が来たのだが丁重に断った。
なんとなく私が断るのを分かっていたのか、陛下は苦笑いしつつ「そうか」と言って退席の許可を出してくれた。
王城から仮在宅に向かって歩く中、護衛者のアル様は隣に並んで歩く。
いや今任務中ではないのか、と突っ込もうとしたが諦めた。
「いいのですか、エマの功績だというのに」
「結果的にというだけだったし、功労賞は前線で戦った竜騎士団が貰うべき(……あんなものを受け取ったらまたサロンとかお茶会の頻度を増やされそうだし)」
「まあ、エマの素晴らしさは私が分かっていればいいことですし」
さりげなく手を繋ぐ男に私は「仕事中じゃないの?」と睨んだ。
しかし脳ミソお花畑男は「片手が空いていれば充分です」と言い返してきた。実際に実力があるので言い返せない。なんか腹が立つ。
恋人――ではあるものの「公私混同はよくない」と、昔の私ならそう言い切っていただろう。
私も恋人ができたことで少し浮かれているのかもしれない。
もっとも浮かれてしまう原因が、幸せそうに横で笑う男なのだと思うとやっぱりちょっと腹立たしい気持ちがあったりする。
***
「ふぁあ」
欠伸をかみ殺しながら私は自室から出て一階へと降りた。一階は工房ではなく共有スペースとなっており、ソファやテーブル、調度品も一通り揃っている。
私の工房兼自宅は半壊していたので、立て直しされるまでは仮在宅に住んでいるのだが問題はメンツだ。王城内にある別邸(褒美として貸してもらえた)にルームシェアする形で、なぜか竜騎士団団長、アル様、京助と和花となんだか大所帯になっていた。
王城の調理場から朝食を持ってきたアル様は、私に気付くと満面の笑みを浮かべる。
「エマ。おはようございます!」
「おはよう」
「んー、アルフォンス。俺の分の朝食もあるんだろうな」
「無いですよ。食べたいならちゃんと食堂に行ってください」
「チッ」
「もともとは私とエマの二人で暮らす予定だったのに……!」
「うるせぇ」
「アル様、その話初耳なんだけど」
というか騎士寮は無事だったのだからアル様はそちらに住めば――いや、まあ、恋人兼仕事仲間なのでギリギリ、本当にギリギリ許可するとしてなぜ団長が住み着いているのか不明だ。
身だしなみなどもちゃんとしておらず、長い癖のある赤銅色の髪に、無精髭を生やした大柄の男だ。ずぼらという言葉がぴったり当てはまっていた。少し前までは。
「今回のことで痛感した。エマがいると戦いが超楽しいと。今後は戦力として数えてもいいだろう」
「え、毎回は嫌です」
「絶対に駄目です」
「即答か。まあ、いいか」
団長はソファに座りながら自分の家とばかりにくつろいでいる。しかも長かった髪は切りそろえており、髭も剃りなかなかのイケメンに早変わりをしていた。ふと眼光の鋭さが国王陛下に似ていると思っていると、
「そういえばエマには名乗ってなかったな。俺はウォーレン・リー・グラハム・ヒドルストン。つまりは第二王子だ」
「は」
「団長、名乗っていなかったのですか。まあ、一生名乗らなくてもいいと思いますが」
なんとこの戦闘狂は第二王子だったというのだ。驚きと疑問が入り交じる。
「なんで私にその話をしたんです?」
「それはエマが気に入ったからだ」
「!」
意味深な言葉を投げかけられたが、王族と深く関わりたくないので「そうですか」と流すことにした。団長への塩対応にアル様はご機嫌だった。
「エマ、今日は仮工房ができたようなので見に行きましょう」
「うん」
「なあ、エマちょっと聞いていいか?」
「なんですか、団長」
「お前の能力があれば工房がなくても製作や修繕はできるんだろう? 工房なんて必要ないんじゃないか?」
食事中に団長は質問を投げつけてきた。これは毎回聞かれることなのであらかじめ答えは用意してあった。
「成功率と高精度、それとMP消費の違いですかね」
もっとも正確なことを言えば私のHPとMPの消費量、出来栄え、何よりも集中力が継続できるかの問題なのだ。工房という自分の作業場で行うのと雑踏が入り交じる場所では全く違う。戦闘時やここぞという時、一時的に集中力する場面でなければ、精神的負荷が大きいのだ。
集中力の低下は出来栄えにも大きく左右される。
そこまで詳しく説明するのが面倒なので、適当なことを言って話を終わらせた。
(よくよく考えると鍛冶士や錬金術の工房の意味合いは大分変わってくるかも)
団長はさすがに空腹に耐えられず体を起こすと食堂へと向かった。出るときに「髪を切って髭を剃っただけで侍女たちが煩いんだよな」とぼやいていた。
もしかしてここにいるのは「面倒な侍女たちから逃げるためなのでは?」と思った。
それから食事を終えると身支度を調えて、仮説工房へと向かう。さほど遠くないので散歩気分も味わえてちょうどいい。
途中には薔薇庭園もある。
防音がしっかりしている個室なら自室でもいいのだが、仕事場があると切り替えやすいので用意してくれた宰相の提案に甘えることにした。
部屋を出てアル様と一緒に歩いていると、徐に団長の話題を出してきた。よほどルームシェアをすることに抵抗があるのだろうか。まあ、上司と部下なのでいろいろあるのかもしれない。
「まさかあの団長が参戦してくるとは……」
「ん? 私としては京助と和花もしばらくは一緒に住む方が驚き。といってもここ数日見てないけど」
「ああ……。あの二人ならもう少しグレードの高い部屋を提供したら、喜んで移り住んでくれましたよ」
「え、なにそれ。私聞いてないんだけど!?」
「今言いました。あとはどうにかして団長を追い出しましょう」
「追い出すって……」
「!」
アル様は立ち止まり私の頬に手を当てた。
ちょうど薔薇庭園を突っ切っていたので人目はないといえるだろう。とはいえ「朝から甘えるのはどうか」と言葉をかけようとした瞬間、アル様に抱き寄せられる。
「!?」
「これでも結構いろんな所からエマをかっ攫われないように牽制や、手を回しているんですよ。少しぐらい褒めてほしいです」
「お疲れ様……です?」
「ありがとうございます」
アル様は私の首筋に顔を埋める。「お前は甘えたい盛りの猫か」と思ったが、疲れているのだろう。
食事の時に近くで見たが目元にクマができていたし疲労が溜まっている。頭を撫でてみるが、悔しいことにかなりサラサラだった。しかもなんかいい匂いするし。
自分の女子力の低さに打ちのめされそうだ。
「エマ」
「なに?」
「団長のことが好きになりましたか?」
「いえまったく」
「アレでも一応第二王子なんです。あの肩書きまで出してきたということは割と本気だと思った方がいいかもしれません」
「そう。興味ないけど」
「エマ、好きです、愛しています」
「知ってる」
「そこは『私も』と言ってほしかったのですが」
「私は大好きで、とおっても愛しているわ」
「………っ!」
身悶えしているアル様をからかうのは少し楽しい。彼の背中に手を回してこの気持ちは一方的なものじゃないと実感しようとする。
まさか勇者パーティーを引退したあと、竜騎士団専属装備技師になって、アル様の恋人兼婚約者になるなんて考えもしなかった。本当に人生に何があるかなんてわからない。
「アル様、充電はもういい?」
「もう少し。あと124時間ほど」
「それもう日を跨いでいるし、仕事をボイコットする気?」
顔を上げずに頑なに私を離そうとしないアル様は、なんとも面倒くさかったりする。まあ、それも含めて好きな自分はアレだと自覚するけれど。
「今日は時間が余ったらおそろいのアクセサリーを作ろうと思ったのだけど、いらない?」
「いります。……結婚指輪ですか?」
「いや違うけど」
「…………」
「そういうのはもう少し先」
「……考えてはくれていると?」
「……うん」
やっと顔を上げてくれた。
うんやっぱり少し疲れている。ちゃんと睡眠とかとっているのだろうか。
「今日の仕事は午前中で切り上げて、午後は半休をとってアル様は寝ること」
「添い寝をしてくれるのなら……」
「まあいいけど(装備品使って即行で寝かせよう)」
「……! なんだかものすごくやる気が出てきました」
「それはよかった」
そっとアル様が離れたのだが今度は私の方が少しだけ寂しくなった。だから自分から手を繋いで歩き出す。
「エマ」
「工房に着くまでだから」
「……はい」
竜騎士団の装備品の手入れや、依頼できている装備品の修繕、再構築依頼。今回とはまた別の魔物大量暴走に備えて今日も私は竜騎士団専属装備技師として仕事をこなす。
最初は半ば強制だったが、今ではこの竜騎士団に迎えられてよかった――というのは、もう少しあとでアル様に教えてあげよう。
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最後までお読み頂きありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
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2023/5/30内容を追記しました
短編
転生王子は男装女騎士(死亡確定キャラ)を守りたい~最終手段は婚約破棄だったんだけど~
https://ncode.syosetu.com/n1619hw/
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
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