第12話 招かれざる客
私の告白から早一ヶ月。
アル様は宣言通り国王陛下と宰相に話を取り付け、私の魔物大量暴走対策として防衛強化を議題に挙げてくれた。
二年前に出現した緑魔鬼の王の一件もあり、事態の深刻さと抜本的改革を検討してはいたらしい。もっとも国家予算などや支持者などの問題が山積みだったのだが、「潤沢な資金と装備品」を私が献上してもいいという話によって防衛強化対策は可決した。
王都内全域に防御結界が展開する取り付けも進み、避難場所やら食料の備蓄なども順調だ。
私はというと必要となる装備品の一覧リストなどが届けられ、素材などが揃い次第順次取りかかっていく頃だったりする。
季節も秋風が吹き始め寒い日々が続いた。
勇者パーティーは魔物大量暴走が発生しやすい場所を点々と移動し、魔王様と協力して対処しているらしい。
近々、王都に戻る――といっても年を跨ぎそうだが。
「エマ、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おはよう」
これはちょっとした変化だが書類を確認する際、今までアル様は向かいに座っていたのだが隣に座るようになった。
食事も三食一緒に食べるのが当たり前で、最近ではお茶休憩も用意して至れり尽くせりだったりする。
一緒に居て話が尽きないことや、会話がなく同じ空間にいても落ち着くというか――いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた。
アル様へ恋心めいたものはあるものの、今の関係が心地よく仕事も多忙なので少し落ち着いたとき、あるいは一区切りついた頃に話をしたいと思っていた。
また前のように市街に視察――いやデートなどしてみたいという欲が出てきたのだ。「あれだけ警戒して、邪険にして塩対応していたというのに、なんとも都合がいいのでは?」と自問自答するが惚れてしまったのだからしょうがない、と開き直っている自分がいた。
あの日、作戦とはいえ勇者パーティーを追放されて一人でなんとかしなきゃと思っていた私に、この未来は想像できなかっただろう。
生きる場所を整えて一カ所に根を張る生き方は私にちょうど良かった。
「エマ? どうしたのですか?」
「ううん。ちょっと考えごとをしていただけ」
「どんな? あ、もしかして私のことですか? なんて――」
「そう」
「え!?」
アル様の耳が赤くなったので、なんだかそれが嬉しくて口元が綻んだ。
「季節も変わってきて市街地での食べ物も変わってきたと思うから――アル様とまた行きたいとか思っていたの」
「行きましょう。是非、そうですね。秋の味覚だと美味しいパイを焼く店があって……エマに王都のいろんな所を案内したいです。またスケジュールを調整しますから!」
「うん。約束よ」
私が小指を出すとアルは不思議そうな顔をしていた。この世界では『指切り』というものはないようだ。
「『指切り』って言って、小指をフック状に曲げて引っかけあうの」
「面白い伝統ですね」
「こ――懇意にしている人同士でする約束の。指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます」
「針千本……これは約束破れないですね」
「ちなみに『指切りげんまん』って、『握りこぶしで一万回殴る』って意味らしくて、総合すると『約束破ったら指切りに加えて、一万回殴って針千本を飲ます』ってなるらしい」
「怖っ、どこの拷問ですか。物騒すぎません?」
「そのぐらい大事な約束だから破らないでね、って強い意思表示で……こ」
「こ?」
「こ……恋人と、やってみたかった……の」
「――ッ!」
なんだか解説していて自分が恥ずかしくなった。それはつまりアル様とのデートを楽しみにしていて、強く思うほど一緒に行きたいと言っているも同然だった。
アル様は「何が何でも行きましょう!」と嬉しそうに微笑んだ。そう言えば最初からアル様は笑顔で優しくて気遣って貰ってばかりだった。もっとも正確には緑魔鬼の王での一件以降だが。
「エマ、愛しています」
「あ――っ」
言葉が出てこない。
デート以降、アル様は私に甘い言葉を囁いてくれる。それが嬉しくて、けれど私から同じ言葉を返したことはない。
もしアル様が自分と同じように思ってくれるのなら、それはきっと奇跡のように幸運なことなのだろう。
「アル――」
自分の思いを告げようとした瞬間、警戒音と共にかき消されてしまった。
――緊急警報、緊急警報――
私が早急に作って王都内全域に配置した緊急警報が発令したのだ。これも魔物大量暴走に向けて準備した試作一号機だったのだが、とんだお披露目になってしまったようだ。実証実験も済んでおり誤報と言うことはないはず。いや誤報だったらどれだけよかったか。
――高濃度の魔力反応を感知。超広範囲による魔法攻撃まで残り十秒――
(短っ! ……詠唱呪文無しで魔法攻撃を?)
「エマ!」
アルは私の手を掴み胸元に顔を押しつけられた。一瞬思考が停止したものの、カウントダウンがゼロになる前にできる限りの防御結界を発動させる。
(ダメ、間に合わな――)
完全に展開するための時間は足りず、防御結界が砕ける音と共に轟音が耳を劈く。
轟音。
次に大地震を彷彿とさせる地響き。酷い音が溢れパニックに陥りそうになったが、それを防いだのはアル様の温もりと心音だった。
「(私を庇って……)アル様は大丈夫ですか?」
「エマ。私は大丈夫だから、体の力を抜いてください」
「アル様」
アル様の顔を見ないと安心できなくて、胸板を押しつけられていたのをなんとか離れて彼を見た。無傷だったことに安堵し、次に竜が私たちを守るように翼を広げて守ってくれていたことに気付く。厩舎から飛び出してきたのだろう。
固い鱗は傷一つついていなかった。
「グルルルルル(主、エマ。ぶじ?)」
「ロン!」
「ロンが私たちを守ってくれたの?」
工房兼家は半壊し青空が広がっていた。王都周辺上空に張り巡らされた魔法結界が砕けているのが見えた。魔力の残滓によって白銀の光りが降り落ちる。
「緑魔鬼の王レベルでも耐えられるように作ったのに……」
「おそらく魔法特化した魔物だったのでしょう。エマ、立てますか?」
「うん、大丈夫」
彼の手を掴んで立ち上がると工房の中がぐちゃぐちゃでいろんなものが壊れていた。今まで戦場が街や村になったことは何度もあった。魔物の襲撃によって破壊された家や室内を何度も見てきた。
何度も見てきたのに、いざ自分が生活している空間が滅茶苦茶にされたのを目の当たりにして急に怖くなった。
ここに住んで一年以上経つ。
当たり前の日常があって、自分の居場所の一つになりつつあった場所。いつの間にかこの場所がとても大切なものだったのだと思い知る。
(ああ……私、こんなにもここでの生活を大事に思っていたんだ……)
「エマ、どこか怪我をしたのですか?」
心配そうに私の顔を覗き込むアルは、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「怪我? してないけど?」
「でも泣いています」
「え」
頬に伝う涙にようやく気付き、自分で思っていた以上にショックを受けていたようだ。泣いている場合ではないのに、すぐに敵を確認して、やることは山ほどある。
そう思っているのに私の体は動いてくれない。
涙が止まらないし、指先が震えて力がはいらな――。
「エマ」
「アル――んっ!」
硬直。
ついばむキス。
唇に触れる感触に驚き、次の瞬間、体全身の血流が巡り熱を帯びた。足の爪先から頭のてっぺんまで熱い。
「体が動くようになりましたか?」
「……!」
まるで挨拶と言わんばかりに平然としているアル様が無性に腹立たしくなった。今のキスはつまりそういうことだ。
体の動かない私に対しての緊急措置のようなもので、好きでしているわけじゃない。そう思うと胸がキュッと締め付けられるようだった。
元々女たらしだったのだ、キス一つに意味なんてない。
そう思うと余計に悲しくて、違う意味で涙が目尻に浮かぶ。この瞬間、アル様のことを好きだという気持ちが溢れ出て止まらない。薄々は分かっていたけれど、よりにもよってこの状況というのは笑えない。
(泣くな。もっと惨めな気持ちになる! 今は現状確認を急がないと!)
下唇を噛みしめ、袖で涙を拭った。
「大丈夫。それよりも状況の確認と敵勢力の把握をしなきゃ」
「そうですね。状況によってはエマの力を借りることになるかと思います」
「分かっている」
お読み頂きありがとうございます。
10/16(本日)完結予定でございます。最後までお楽しみ頂けますと幸いです。
全15話の予定です。
(◍´ꇴ`◍)
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡




