第10話 王都デート
三日後の休日をアルフォンス様は、その日のうちにもぎ取ってきた。
その手腕にも驚いたものの、この三日間のスケジュール調整も私の仕事がタイトにならないように配慮してくれたのがすごかった。
(器用というかなんというか。やっぱり副団長って肩書きは純粋な強さだけではなく、人望とか有能さがあるからこそなんだろうな)
アルフォンス様の警戒を緩めて、ちょっとでも意識し始めると、彼の姿を目で追うことが増え行動原理を考えたりしている時間が増えた。
有能。
気が利く。
紳士的で常に爽やかで笑顔。
感情を荒げることもなく冷静に対処し頭の回転も速い。時々嬉しそうな顔は私の反応を見て楽しんでいる、弄んでいる――とは違う。なんというかもっと純粋に喜んでいるような気がした。
顔を真っ赤にしたときの顔は可愛い。
スキンシップが多いけれど、好きだという気持ちをストレートにぶつけてくる。
気付くとアルフォンス様のことを考えて――いることが多い。
私を「生涯のパートナーにしたい」とか言っていたけれど、あれは『仕事面で』という意味なのかそれとも――などの言葉を本気にしそうで、自分が痛い人間じゃないかと病みそうになった。
***
王都デート当日。
この家を用意してくれた時に私服も季節ごとに色々準備してくれたようで、その中の一着を選んだ。ベージュのリボン付きブラウスに、膝下が隠れるほどの深緑色のジャンパースカート。靴は黒のロングブーツを選択。髪は一つにまとめて、スカートと同じ深緑色と金の刺繍付きリボンを身につける。このスカートに合わせて自分で作った装備品だがよく似合っている。
そう服装は!
この世界に転移させられたとき年齢が二十四から十二歳に若返った。それから五年が経過し外見は十七歳と多感な年頃だが、私自身の精神年齢は二十九。こんなフリフリの服装、元の世界でも着る勇気は無かった。好きで可愛いけれど!
自分が似合うとかはまた別の話だ。だがこの世界ではエレガントかつお嬢様のような服装が流行なので私が着ても別段変ではない。
いつもは作業服のつなぎとかズボンばかりでスカートはあまり履かない。お茶会とか大事な商談などがあれば別だが。
(デートだからって、この格好はちょっと本気すぎたかな)
今からでも着替えるべきか悩んでいたが、ノックの音に心臓がドキリとした。約束の時間前ではまだ時間がある。
もしかして緊急の依頼だろうか。
慌ててドアを開けると――そこには私服姿のアルフォンス様が立っていた。
白のシャツに藍色のジャケットを羽織ったイケメンがいたのだ。基本軍服か白銀の甲冑を着こなした姿しか見ていないので、私服はとても新鮮だった。
(悪くない……。ううん、格好いい)
「おはようございます。……今日が楽しみで早いと思いつつも我慢できなくて来てしまいました」
「おはよう。……そう」
何を着ても似合うので、毎日の着替えなど適当でも着こなしてしまうだろう。
なんだか羨ましい。
「エマの私服を他の誰でもない私が最初に見ることができるなんて、生きていて良かった。眼福。しかもスカート、膝下スカート! お茶会や大事な商談でも『好きじゃない』と言っていたのに! 私とのデートを楽しみにしてくれていたと勘違いしてしまいそうになる! いっそここで押し倒し――」
「ストップ、準備ができたのなら行きましょう!」
不穏当な発言が聞こえたが、大事なのは王都デートが潰れることだ。アルフォンス様の手を掴んで私は廊下に出た。騎士の中では細身だけれど、骨張った手、手の平に努力の証でもあるマメに触れる。
「エマ。……その服、よく似合っています。ああ、こんなことなら花束の一つでも持ってくればよかったですね」
「ありがとう。……アル様も、私服だから、新鮮」
「そ、そうですか」
お互いに照れてしまい視線を逸らしつつ、再び目が合って笑ってしまった。何だか変に緊張していたのだと実感して、嬉しさとおかしさで胸がいっぱいになる。
「少し早いですが王都巡りをしても?」
「いいけど市街まではどうやっていくの? 馬車?」
「はい馬車です。すでに準備もしていますので」
アルフォンス様。
竜騎士団副団長で常に笑顔で頭の回転が速く、気遣いの天才。
竜はもちろん部下からの信頼も厚く、国王陛下や宰相とのやりとりも堂々としており一目置かれている。私の仕事に理解があり、護衛兼秘書あるいは秘書に近い仕事も担っている――と仕事面では結構わかっているが、彼個人を知らない。
二年と少し前までは、女遊びで有名な女たらしだった。フラフラとしていたというのは聞いたことがある。そういった噂は私が竜騎士団専属になる前から聞いていないとか。
ちょっと安心したのは内緒だ。
彼の好きな色は白と黒のどちらかと言ったら黒を選ぶ。
日課のように庭園で咲いた花を届けてくれる。
とてもマメだ。
好きな食べ物はビーフシチュー。好きな飲み物は砂糖一杯とミルク増し増しのカフェオレ。コーヒーのブラックは飲めない。あと猫舌――というぐらいだろうか。
(現在の恋人……)
手を繋いだ熱が心なしか熱い。
自分の心臓の鼓動がいつもより少し早いのをアルフォンス様に気付かれていないことを願いつつ、私たちは馬車に乗り込んだ。
***
目的地に到着すると十時を回っており、既に市場は賑わっていた。
白く厚手の布を屋根代わりにしているのは分かったものの、骨組みやらそういった物は見当たらない。アルフォンス様に聞くと、
「ああ、あれは《家庭用魔法の絨毯》ですよ。人を乗せるほどの重量は無理ですが浮遊場所を固定して、陽射しや雨粒などを防ぎます」
「じゃあ、家庭用ってことは普通に空飛ぶ絨毯もあるってこと?」
「そうですが空気抵抗や人を乗せての運転そのものが結構難しいので、殆ど市場では出回っていませんね」
「なるほど。元の世界の人間からしたら、空飛ぶ絨毯とかって、憧れの装備品なのだけど」
「そうなのですか。ああ、エマの世界では空を飛ぶのも機械仕掛けの物しかないとか。私としてはそちらの方が驚きです」
仕事以外での会話もこの一年で増えた。
アルフォンス様は私の住んでいた世界に興味があるのか、いろんなことを質問してくるので私はそれに答える。話す度にアルフォンス様はいつも嬉しそうに耳を傾けてくれていた。
「エマ、喉が渇きませんか? あそこのフルーツジュースは新鮮で美味しいですよ」
「オススメはあります?」
「柑橘系のサッパリしたものと、甘み重視のイチゴミルクでしょうか」
「じゃあ柑橘系かな」
一緒に並び私は絞りたて柑橘系を選び、アルフォンス様は予想通りイチゴミルクを頼んでいた。蜂蜜追加で。本当に甘い物が好きなようだ。
代金を出そうとしたらアルフォンス様はすでに二人分の金額を支払っていた。なんだ、あのスマートさは。嫌みなくさりげなくできるってすごい、と改めて思った。
思えば付き合っていたときですらデートなんて殆どなかった気がする。誰かに奢られるのも初めてかもしれない。
(思えばアル様は私を利用して何かしようと無茶苦茶な頼み事や、仕事を押しつけることをしたことがない。それだけで今までの彼氏とは違うって、どうして気付かなかったのだろう)
「んん、甘くて美味しい。エマのはどうです?」
「……酸味と甘みがバランス良くて美味しい。飲んでみる?」
「え、い、いいんですか?」
「うん? アル様の飲んでいるのも少し貰ってもいい?」
「わ、私の!?」
アルフォンス様の顔が一瞬で赤くなる。『なぜに?』と頭にクエッションマークが浮かんだが、間接キスになるということにようやく気付き、頬に熱が集まる。
「あ、えっと」
「はい、どうぞ。いまさら取消は聞きませんので」
「……う、うん」
なんだか意識しているせいか私まで恥ずかしい。
一年前までは突慳貪な態度ができていたのに変なものだ。一緒に居る時間が長くなると関係も緩やかに変わっていく。
ううん、それはたぶん、アルフォンス様だから。
遠かった距離がちょっとずつ縮んで、いろんなフィルターが剥がれていってその人の人となりや考えが少しずつ見えてくる。
自分をどう思っているか、どう接しているのか。目を凝らせば気付かなかった景色が、世界が色を変えるように。
イチゴミルクの味はとっても甘かった。
それはたぶん、二人の間に生まれた雰囲気のせいだ。
お読み頂きありがとうございます。
10/16(明日)に完結予定でございます。最後までお楽しみ頂けますと幸いです。
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