第9話 デートをしましょう
私が勇者パーティーから、追放されて一年が経った。
今は十時過ぎに自宅のある二階から一階の工房に顔を出すのがルーティンになっていた。
客人の訪問時には工房の一角にソファとテーブルを用意してもらい、そこで済ませている。昼食なんかにも利用していてかなり便利だ。
定期的に竜騎士団の装備品の修繕や替えなどのメンテナンスとは別に、魔物大量暴走に向けて装備品の製作も同時進行で作業している。
京助と和花の旅も順調らしい。王都に寄ることはないが、手紙のやりとりを定期的にしている。
ただ依頼で困ったことというか、依頼が最も多いのは製作品の買い取りではなく――装備品の修繕あるいは再構築だったりする。その中でも多いのが古びたヌイグルミ、思い入れのアクセサリー全般、懐中時計(または時計)などなど。武器や防具などの依頼がないことの方が驚いた。
「(依頼があることは嬉しい。閑古鳥が鳴くよりは増しなのだけれど……。でも、なんというか、もう完全に修理屋じゃん! 私は装備職人で、竜騎士団専属装備技師なのに……)アル様、また依頼増えている?」
「そうですね……。武器や防具はよほどのものではなければ、修繕よりも買い換えた方が手っ取り早いでしょう。今回依頼が来ているものに関しては時間的余裕がありますが、武器や防具など仕事として使うのなら悠長なことは言っていられません」
「それなら贔屓にしている鍛冶士に頼んだ方がいいわね(まあ、依頼が多いことはいいことだし、支援者も二桁を越えて資金面としては嬉しいかも)」
「しかし依頼の数が多いですね。少し数を減らして休息をとるのはどうでしょうか? 王都巡りもまだなさってないでしょう? せっかく王都の観光地巡りの準備をしていたのですから、今日こそはデートをしましょう」
デート。その言葉にドキリとする。
この一年、アルフォンス様との距離は縮まったようで定位置のまま何も起こってない。と言うのもお茶会での一件以降、仕事依頼が多く忙しかったからだ。
ほぼ同棲のような生活はしている。と言うのも私の隣の部屋の空き部屋をアルフォンス様が使っているのだ。半年以上前は寄宿舎に戻っていたが、風呂や消灯などの時間割がきっちりしている宿舎では何かと不便らしく、「数日泊まっていったら?」から一週間、一カ月、現在に至る。
しかも風呂洗濯掃除などは当番制あるいは一緒に作業をすることが多く、楽しい。今では一日の殆どがアルフォンス様と一緒に居る。
竜騎士の仕事に関しては元々私の護衛兼補佐扱いとして、一年前の段階で副団長補佐をさらに二名追加してアルフォンス様の仕事量をこなしているとか。
私が工房で仕事に集中しているときに、竜に騎乗して見回りや稽古を付けたりしているらしい。そんなこんなでいつの間にかアルフォンス様が仕事として『相棒』と思えるほどの信頼は築いてきた。
「デート……」
一気に仕事モードから素に戻り、何だか照れくさい。仕事が忙しすぎていたもののアルフォンス様と夜会やパーティーに出るときは、婚約者兼恋人として接していた。それも体に染みついたというか慣れてしまっている。だから仕事、でもないただのデートに不覚にもときめいてしまったのだ。
「ええ、ダメですか?」と、私の手に触れてぎゅっと握りしめる。顔を覗き込むアルフォンス様は甘えるような声で尋ねた。
「そ、そうね、このところ忙しかったし、労働法基準的に超ホワイトだったけれど休息は大事よね」
「ロウドゥキジュンホーはよく分かりませんが、付き合って貰えませんか?」
「王都にも美味しいものはある?」
「ええ、たくさんありますよ」
その言葉に体が反応した。
王城の料理人が毎日美味しい料理を出してくれるので、私としては満足だった。しかし食べ歩きや、庶民的な料理や甘い物は興味が引かれる。魔物大量暴走が王都を襲撃した際、王都の地理をある程度把握しておいた方が何かと便利なはずだ。
「(メリットはあるし、プライベートでアル様とデート……)そ、それじゃあ、アル様が案内してくれるのなら……いいですよ」
「今なら季節限定もありますし、私としても王都のよさをエマに知ってほしいのです」
「……わかったわ。でも竜騎士団の姿は目立つから私とアル様の二人で、その私服にしましょう」
「二人きり……。ええ、もちろんです。エマ公認のデート、本当に嬉しいです」
感動のあまりアルフォンス様はぎゅっと私を抱き寄せる。もう抱き癖がついてしまったのか、嬉しいことがあるとハグとキスが日常化するようになった。さすがに仕事中はないけれど。オンオフの切り替えが上手なのだろう。
アルフォンス様に抱きつかれるのにも慣れてしまった自分がいる。ドキドキもするがアルフォンス様の腕の中の温もりは――嫌いじゃない。
(アル様の私服、か)
思えば基本的に軍服姿が見ることが多く、寝間着のような普段着も白のチュニックに黒のズボンなどでお出かけ用の服装は見たことがなかった。
「デートに誘って承諾を得ることができるなんて! 夢のようだ。毎日食事を一緒にして仕事はもちろん、半同棲からのデート。順序は色々違いますが、ああ楽しみです」
(心の声がダダ漏れすぎ……。でもだからこそ、アル様を信じてもいいかなって思うようになったのよね)
「では急いで三日後にしましょう!」
「三日後。……え、三日後って大丈夫なの?」
「もちろんです。本当は明日にでも行きたいのですが、色々準備やら調整がありますし」
よくよく考えるとアルフォンス様はこの一年、私に誠心誠意尽くしてくれて、ここの生活が居心地のいいものになるようにずっと支えてくれた。竜騎士団副団長としても多忙なはずなのに、それでも私の専属護衛として常に表立って動いてくれたのだ。
これを機に信頼の証として、魔物大量暴走対策として王都周辺の防衛増強の件は相談してもいいかもしれない。
緑魔鬼の王の襲撃も過去にあるのだ、その辺りから外堀を埋めていくのも悪くない。
この一年で国王陛下と王妃様との関係も良好で、なぜか私が毎回二人のお茶会に参加させられている。あとで分かったことなのだが王妃様はツンデレらしく、今まで陛下とすれ違っていたらしい。
それが私という緩衝材の存在でツンが減り、デレを陛下に見せることが増えたとか。その結果、来年、家族が増える。すでに王太子はいるのだが、それでも陛下は王妃のご懐妊に狂喜乱舞だったらしい。
一年前に見せた厳格な陛下のイメージもだいぶ柔らかくなり、アルフォンス様に魔物大量暴走対策の相談をしたのち、陛下にそれとなく話題を振って貰うのもありかもしれない。
(『新しい命を守るためにも王都周辺の防衛を強化する』っていう大義名分もできそうだし。うん、決めた。三日後の視察の時にアル様に私の目的のことを告白――)
告白。
思えば期間限定の恋人(いつの間にか婚約者)として、アルフォンス様の隣に居ることが多かった。いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。アルフォンス様の意図は最後まで読めなかったが、それでも惹かれているのは本当だ。
だから――契約を、嘘を本当にしてもいいと思っている自分がいた。
「エマ、私はスケジュール変更と休暇申請を取ってきますね」
「うん。絶対にもぎ取ってね」
「もちろんです!」
満面の笑みでアルフォンス様は私の額にキスをする。今まで頬や額、髪にキスをすることはあったが、唇はない。
本当の恋人になったら――そう妄想して恥ずかしさで悶絶しそうだった。
気持ちを切り替えようと、アルフォンス様を見送った後、装備品の修繕、再構築を始める。いつの間にか私のレベルは90→99まで上がった。戦闘経験値ほどではないがこの一年で培った経験と知識は貴重なものだった。
人との繋がりも増えた。
装備品の修繕や再構築の依頼が完了した後でお礼言いに来る人、あるいはお礼状の手紙をくれる人などが続出したのだ。他人から見たらガラクタや壊れた物だとしても、当人にとっては大事な思い出の品であることに変わりは無い。お礼をしに来た人の殆どが装備品との思い出を嬉々として語ってくれた。
特に五十から六十代の人たちの話は長い。その辺りの時間調整もアルフォンス様がしてくれるので、助かっている。護衛や食事も気を遣ってくれるし、仕事のスケジュール、面倒な交渉関係も進んで取り組んでいた。
そこでふと冷静に考える。
(あれ、私ってアルフォンス様がいないと仕事が回らなくなってきている?)
お読み頂きありがとうございます。
次は明日の更新です(◍´ꇴ`◍)
10/16(明日)に完結予定でございます。最後までお楽しみ頂けますと幸いです。
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