プロローグ
「エマ、私が来たからもう安心ですよ。――結婚しましょう」
彼はアルフォンス・ナイト・スタンフィード。
金髪碧眼で、優男風の貴族の彼は私に微笑んだ。
白亜色の気私服と儀礼用の藍色のマントを身に纏っており、どこからどう見ても由緒正しい貴族様で、身分は竜騎士団の副団長様だ。
そんな高貴な方がどうしてこんな辺鄙な場所に居るのか。もうつっこみどころは山のようにある。この厄介な男は常識が通じない。「この世界の常識ってなんだっけ?」と何度思ったことか。めげずに反論する私を誰か褒めてほしい。
「いやいやいやいやいや!? 何先回りして盗賊狩りしているのよ! しかも殲滅しているし! 私たちの仕事ぉおおおお! あと結婚って脈略ないし!」
「エマがこんな物騒な仕事をすること自体が可笑しいのです。……異世界転移者だからと言って貴女をこき使っているのではないですか? エマ、勇者パーティーではなく私の手を取ってくれませんか? 貴女を愛しているのです」
にこやかで甘い笑顔で、背の低い私に合わせて屈んでくれる。日本で普通に暮らしていた私には絶対訪れない状況に「漫画みたいな展開ってあるんだー」と暢気に思ってしまった。
夕暮れの迫る見張り塔というシチュエーションも完璧。普通ならドキドキする展開かもしれないが、彼自身血塗れなのでロマンチックどころかホラーだ。
しかも周囲に転がっている屍は勇者パーティーに依頼が来た山賊たち。見張り塔が彼らの根城だったのだが、彼の相棒である竜が炎を吐いて塔を燃やし尽くしている。えぐい。
このどことなく中世ヨーロッパ風の異世界では魔法や幻獣が存在していて、その証拠に私たちの頭上を竜が駆ける。あー、凄い迫力。
「エマ、どうか!」
この話が全く通じない人は、本当にめんどくさい。悪質クレーマーよりも質が悪いと思う。そもそも女性に圧倒的人気のある副団長様に好かれるような心当たりがないのだ。
「副団長様、あのですね! これは勇者パーティーの」
「アルフォンスです、エマ」
「副団長……」
「アルフォンス」
「…………」
「ア・ル・フ・ォ・ン・ス」
「………………アルフォンス様」
「はい。勇者と聖女はどうでもいいですが、エマが怪我をしたらと考えたら体が動いてしまったのです」
悪びれることなく副団長――アルフォンス様は血塗れなまま微笑んだ。まったくもって爽やかじゃないし、私の後ろにいる勇者京助と聖女和花への圧が凄まじい。
お前が真のラスボスなのか――と勘ぐってしまうほどの殺意である。
改めて自己紹介。ここ一カ月で私に猛アタックをしてくる女たらしの竜騎士副団長が彼アルフォンス様なのです。
「告白の申し出は、丁重にお断りします」
アルフォンス様は「またダメですか」とため息を漏らした。しょんぼりしつつ「次こそは」と笑うのはいつものこと。
「ではエマ、また会う時までに心変わりしていることを祈っております」
「いや、それはない」
「それでは事後処理を済ませるため、失礼しますね! 愛していますよ、エマ!」
「あ、ちょ……」
私が呼び止めるのも聞かずに、アルフォンス様は竜に跨がって空を飛んで行ってしまった。一々身にこなしが優雅で悔しいほどに絵になる。
取り残された私たち勇者パーティーは、声にならない叫びを上げたのだった。
***
ラーク中央都市・酒場。
冒険者ギルド会館の傍にある酒場で、私たち勇者パーティーは個室を借りて夕食をとっていた。話の内容は、この国の竜騎士団副団長アルフォンスの奇行&営業妨害に対する不平不満――つまり愚痴だ。
ここ一カ月で勇者パーティーの仕事を全て掻っ攫っていくのだから、愚痴の一つも出てくる。
「あーーーー、本当になんなんだよ」
京助・五十嵐はジョッキを空けると叫んだ。黒髪の短髪に、鳶色の瞳。180の長身にがっしりとした背格好は勇者というより戦士という方がしっくりくる。いや武装が武者みたいな武具なので侍なのだが、これは京助が武将ファンだからだ。
武田信玄をこよなく愛し、武具は真田幸村のように紅にしてほしいとオーダーされたときの私の顔はチベットスナギツネだったと思う。むろん武器も刀です。日本刀の再現、めっちゃくちゃ頑張りました! はい、ここは褒めるところですよ。
聖女の和花・本間は「まあ、まあ」と京助なだめている。和花は人気コスプレイヤーだったらしく、元から可愛い。髪は明るいブラウンに、陶器のような白い肌、背丈は154センチ前後で、紫色のアーモンドのような大きな目をしている。ちなみに目の色は魔法で本来は黒らしい。服装も武具なのだがデザイン重視で白のシスター服なのだが、レースやら刺繍などの注文がすごい。
根はいい人達なのだが、自分の好きなものに対しての妥協は一切せず「大丈夫、絵麻ならできる!」と傍らで説得するという熱意なので、私が大抵折れる。まあ、頼られるのが好きな私としては「しょうがないなぁ」とアッサリ承諾するんだけれど。
ここまで聞けば分かると思うが、二人は私と同じく異世界転移した者同士だ。
始まりは私が乗り込んだエレベーターだった。仕事帰りのショッピングモールでエレベーターが開いた時にサラリーマン風の京助、女子高生の和花の二人がそれぞれ乗って次に扉が開いた瞬間、私たち三人はこの世界に転移していた。
異世界転移した際に二十四歳だった私の肉体は十二歳に若返り、《装備職人》という職業を与えられた。勇者の京助も三十路から十代に若返っていたが転移の際に稀に見られる現象だと言われた。
まあ、そこは若い方が動きやすいのでありがたい。
京助は勇者、和花は聖女の職業判定が出たのだが、私の職業はちょっと特殊で《装備職人》と呼ばれている。鍛冶士に近い業種だが正確に言えば、装備創造としてその場で武器、防具などの装備する全ての品を作り出せる後方支援者要員に当たる。
戦闘時でも武器の補修やら新しい武具を作ることは可能だったりするので、パーティー内でもそれなり重宝されていた。しかし私がパーティーに居ることで、ここ一カ月の収入ががくんと下がった。さすがにゆゆしき状況だと、パーティー内で毎晩会議が行われていたのだが、どれも失敗。
今日に至っては稼ぎになるはずだった山賊討伐も掻っ攫われてしまったのだ。本当に申し訳ない。いや、私は悪くないのだけれど。
「なあ、絵麻。本当に心当たりがないのか?」
「副団長に好かれている理由? ないけど」
「ええ~~本当に分かってないのですか?」
二人は嘘だろうと言った顔で私を見つめる。
真っ黒な髪に、くすんだ茶色の瞳、背丈は157センチと女性にしては高すぎもせず、低すぎもしない。どこにでもいそうな平凡な顔立ちに、貧相な体。
この異世界は顔面偏差値が異様に高い。そんな周囲を見比べて自分がモテないのは分かっている。
「出会ったのは一年前の緑魔鬼の王に援軍として――あ」
竜騎士団関係で関わりが深かったのは、緑魔鬼の王討伐後の対応だったと思う。
竜騎士と言うだけあり、彼らが騎乗する竜は特別でワイバーンに似ているものの、前肢があり爬虫類を彷彿させる体は頑丈な鱗に覆われている。コウモリのような皮膜の翼、槍のようにとがった尾、気位の高く、選ばれた者しか騎乗させない。幻獣種の中でも扱いが最も難しく危険な存在――なのだが、主人と仰ぐ騎士と一部の人間には懐くらしい。
その一部の人間に私が入っている。
竜たちに好かれている理由はわかる。一年前に竜の体に合わないサイズ違いの鞍や手綱や、単に重いだけの武具などによって、竜たちのストレスMaxだったのを改善したのだ。
竜一頭ずつの体の特徴や気性、性格などを考慮して一つずつ体に合った武具へと修繕及び新しく新調しただけ。あれ以来、竜たちはもちろん騎士団の人たちから好印象を持たれている。
「確かに竜騎士団の人たちには好意的だったかもだけど、副団長が告白するようなキッカケはないよ?」
「絵麻の仕事ぶりに惚れたとか?」
「絵麻ちゃんの打算がない天然なところがツボだったとか?」
「仕事を頼むのに扱いやすいから、親しくなっておこうってことか」
私の結論に京助と和花は全力で首を横に振った。二人とも「どうしたらその結論に行き着くの!?」と半ば叫んだ。
「いやだって――顔のいい男が、急に告白とかなんて私に『何らかの利用価値があるから』に決まっているでしょう。というか、元の世界でもそんな男しかいなかったし」
大学ではレポートやら論文などもろもろ利用されたし、社会人になってからも手柄を横取りなども。幸いにも結婚詐欺などには引っかからなかったけど、恋愛に関していい思い出は皆無だ。
「まあ、最大の修羅場は彼氏が二股していて、しかも既婚者だと知らされず奥さんが乗り込んで来たときかな……。危うくこっちに慰謝料が発生するところだった」
「……あー、なるほど。端から見ても絵麻ってなんか情に厚くて面倒見が良さそうだからな」
「軽率なことを言って、ごめんなさい」
深々と頭を下げる二人に私は「気にしないで」と笑った。
そう猛笑い話にできるぐらいにはなかったのだ。だからこそ笑顔で告白してくる顔のいい男には抵抗がある。
「んー、私としては絵麻ちゃんがちょっとでも好意があるのなら、この際パーティーメンバーから外れて、王都で独立するのもありかな~って思ったの」
「え」
「あー、それは俺も思っていた。ほら、絵麻の武具って何処でも作れるけれど、街にある工房で作った方が出来はいいだろう?」
「そりゃあ、まあ。戦闘中と比べたら使用時間も大きく違うし」
「だよな。でも、『数年後に地上のありとあらゆる場所で魔物大量暴走が発生する』と言う聖女和花の予言もあるから、武具を大量に作って管理した方がいいと思うんだ」
「それは一理あるかも」
勇者には魔王討伐の命令があるものの魔物の侵略などはないし、最近では比較的に落ち着いている。だから魔物大量暴走が落ち着いたら、人里離れた場所に工房を構えてほのぼのライフを満喫しようと考えてはいた。
魔王を倒しても魔物は消えないので、この職業で食いっぱぐれることはないだろう。それに武具以外にも修繕やアイテムと判定できる物は作れたりする。
「独立か……(人里離れた場所で一階を工房にして二階を自室にする感じで間取りとか前に作って貰ったから、場所を決めて動けば少なくとも勇者パーティーへの被害は減るはず!)……うん、そうね。私、パーティーを抜けてこれから物件を探しに行くわ」
「ちょい待ち」
飲んでいたエールをテーブルに置いて、京助は私の袖を掴んだ。
「今急げば建築ギルドに駆け込めるでしょう」
「そうだけれど『勇者のパーティーから独立した』場合と『勇者パーティーから追放された』で仕事内容が大きく変わるって分かっているか」
「ん? たいして変わらないんじゃないの?」
強いて言えば「追放された」場合は、周囲からあまりいい印象を得られない可能性があるとは思う。追放の仕方によっては勇者パーティーあるいは私にヘイトが溜まりそうな気もする。
「そんな訳あるか! 独立した場合、お前の希有な能力を聞きつけた貴族たちが後ろ盾になるとか言い出して、骨董品やら諸々の雑務ばかりで肝心の武具が作れなくなるかもしれないだろう!?」
「あ。そっか」
店が繁盛すれば忙しくなる。それは嬉しいことだが私の目的は『ほのぼのライフを満喫すること』であり、京助たちの希望は『魔物大量暴走に備えて武具をできるだけ取りそろえること』だ。
貴族と契約次第によっては衣食住を保証する代わりに、仕事内容に対して制限を受ける可能性だってあるし厄介ごとだってあるかもしれない。
「そこで勇者パーティーから追放される理由が『仕事のできない奴』というレッテルを貼った方がひっそりと暮らすにはいいだろう? 素材や武具の代金、それと衣食住の金額も負担するってのはどうだ? それなら俺たちにとっても拠点になるし」
「いいかも! そうすれば少なくとも竜騎士団が京助たちの仕事を横取りしないだろうし、私は追放されたらしばらくの間は王都を離れて潜伏しつつ、ダミー物件を用意して攪乱しておく」
話を詰めた後で、和花がおずおずと副団長様の話題をぶり返す。
「ええっと、一応確認なのだけれど万が一、本当に、純粋に、絵麻ちゃんのことを好いていたとしたら……?」
「あり得ないでしょうけれど、それでも告白は断る。もう恋なんて絶対にしない、自立して一生独身を貫くわ!」
「あー、うん、そっか」と京助は苦笑し、和花は「分かりました!」と力強く頷いた。この話は終わり、私の代わりとなる後方支援が可能な冒険者をスカウトする話で盛り上がった。
それから追放に向けての準備と、シナリオを用意であっという間に日々が過ぎていく。
今回プロローグを追加して、内容も47000文字から6万文字に追記修正しました(ノ*>∀<)ノ♡
お楽しみ頂ければ幸いです。




