フォアボール
地元にいたころ、車で三十分くらいの距離にある国立大学の図書館によく本を借りに行った。そういうときはたいてい休みの日なので、午前中から行って昼食を食べて帰ろうということになる。大学の近くには食べ盛りの学生の腹を満たそうという昔ながらの定食屋がつきものである。わたしはそんな店が好きで、食欲がたいしてなくなった今でも機会があればそういう店に入るようにしている。
大学の近くにフォアボールという店がある。それは二階建てのおんぼろな家の二階にあり、急な階段を上がると、カウンターが四席ほど、テーブル席が六席ほどのこぢんまりとした店内が迎えてくれる。内装は、バブル期の残り香のようなものを感じる薄暗い昔ながら喫茶店謙定食屋であり、テーブル席のうち二つはインベーダーゲームのゲームテーブルタイプのものである。天井はタバコのやにで茶色くいぶされており、床は心なしかペタペタと足にくっついてくる。壁には地元のJ2のサッカーチームのポスターと選手のいくつかのサインが飾られており、学生の演劇サークルの公演や大学のイベントの掲示もされている。わたしが行くとたいていうだつのあがらなそうな男子学生が二三人カツカレーなどをむさぼっていて、たまに地元のサラリーマンなども来ている。
ここの店長はちいさなおじさんで、歳は七十代前半くらいだろうか。体は腰が半永久的に曲がってしまっていて身長は一四〇センチくらいしかないように感じる。これの原因は彼の腰の曲がり角度と一致した高さにある低すぎる厨房にあるであろうことは彼の仕事を見ていれば明らかである。彼はまるでその狭い厨房にしつらえられた自動人形のようにひょこひょこと動き回り、まるでそういうものとしてそこに存在している。たまに店長の娘のようなおばさんが手伝いでいるときがあり、そういうときは注文をおばさんに頼んで配膳や会計もしてくれるのだが、おばさんがいないときは店長がすべてこなしている。
わたしは決まって、ここに来たらカツカレーを頼むようにしている。ここの名物であるカツカレーは普通に頼むと六七〇円だが、たいてい本日のメニューとして五八〇円の割引価格になっていることが多い(他にはジャンボハンバーグやメンチカツなどが本日のメニューになっていて、たまにこれらも頼む)。大盛にしなくても直径三十センチほどのカレー皿に四〇〇グラムはあろうかという米となみなみのルーが注がれており、その上にペラペラのポークカツがのっている。この生姜焼き用の肉を揚げたようなカツのペラペラさがまたなんといえず好ましい。付け合わせにはわかめの味噌汁とサウザンアイランドドレッシングのかかったサラダ、さらにはとびきり甘いアイスコーヒーがついてくる。
わたしはゲームテーブルに座ってこれを頼み、しばらくすると店長がひょこひょこと皿を運んできてくれる。わたしは目の前にでんと置かれたカレーを、普段こんなに食べないにも関わらず一生懸命にほおばる。五八〇円は実のところそんなに安いわけでもないが、嗜好品として味わう学生ランチとしてはそれで十分である。わたしは、なんとかカレーを食べきって味噌汁とコーヒーを飲んでいるくらいで、久々に拡張された胃にちょっと苦しくなり、これから待っているであろう午後の眠気を予測しながら、店内に流れるラジオに耳を傾ける。内容はとりとめのないお便り紹介であり、陽気なパーソナリティがエピソードを交えて曲を紹介している。厨房では店長が腰を曲げながら皿を洗っていた。
わたしはお代を支払い、急な階段を降りて大学に停めてあった車で帰路につく。先ほど店で聞いたラジオをつけて続きを聞きながら、カレーで満たされた思考が想起するのは、フォアボールを出したときのなんともいえない気持ちと、カレーをよそるちいさなおじさんの後ろ姿なのであった。




