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昼下がり  作者: 磯目かずま
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黙れ

 バスの矯正員、へたくそな運転手に小言を言い、遅いだの早く曲がれだのを客がいる前で公然と「指導」する。朝から不快だ。皆無能なのに、なぜ社会に適合して役割をもつのだろう。お金、生活、地位、仕事。それを守るために小言に耐え、朗らかな車内アナウンスを崩さないのだろうか。わたしだったら、黙れハゲが、お前のせいで事故ったらどうすんだとか怒鳴って首になるかもしれん。でも、その立場だったらそんなこと言えない。


 うだつの上がらない人間たち、人ごみの中のごみにしかなれない。わらわらと湧いてぞろぞろと歩く。一人殺したって何ともない。戦争の発想。人間なんて資源でしかない。少子化、移民、技能実習生。みんな資源の問題なんだ。そうでなければ、子どもなんて作る必要ない。遺伝子、子孫、老後の世話、血族、血統、そういうものを気にしないのであれば。もしくは単にセックスをしてできるだけという原因と結果でしかない。そうして生まれた命が、生まれたくて生まれるわけではないのは何度も擦られてきたことだ。吉野弘、ああうざい。何が「I was bornさ。受身形だよ」だ、虫唾が走る。黙れ。


 「教育者」、そんな義理はない。勝手に学べ。それができないから人間なんだよ。そうなのか。人間は欠陥だらけだな。教育で人間を作っているんだよ、生きられるようにしているんだよ、それは自然の理なんだよ。だからあなたも教育者なんだよ。勝手に学べ、人から盗め、自分で考えろ、そう言うことも教育なのだから。だとしても、他人のことなんて知ったことはない、勝手に野垂れ死ねばいいじゃないか。でも、そんな他人がちゃんと教育されてなかったら、税も納められないし、治安は悪くなるし、自分に不都合が来るんだろう。だから教育、するんだよ。ああ、やっぱり「資源」の問題なんだな。そうだよ。今更何言ってんの、バカだなあ。


 欠陥、悲しみ。こんなことに囚われずに生きたい。いや、生きていたら囚われるのか。なら生きたくはない。でも死にたくもない。でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも、でも。でもを重ねても答えは出ないし、何も生まれない。息苦しくなり副交感神経を働かせるためだけにオナニーする。ひと時の快楽を得ようと必死に左手を動かす。それでも、快感と共にわずかばかりの汁が出るだけで、それは悲しみでしかなく、最近は何も出せずにその手を止めてしまう。切なさは失われる遺伝子の叫びなのか、bornすることのない精子が泣いているのか、そんなことを考えても、一向に苦しみは慰められない。


 早く首を吊りたい、黙れ。何かあるたびに首筋にひやりとした線が巻き付くイメージがある。ホームで特急が通り過ぎる時も、同じ冷たさを感じる、黙れ。後片付けのことしか考えられない。


 有象無象、目を瞑る。自分は資源。自分はごみ。自分は命。自分は肉。自分は、自分は、自分は自分。他人になれない。変われない。生成変容、くだらないリゾームには期待していない。概念で人は変われない。信念でも思想でも、変われるのはそこだけだ。行動が変わっても、中身が変わっても、顔を変えても、体形を変えても、居場所を変えても、人は変われない。そうかもしれない。でももういい、黙れ。時に真実は体に毒だ。


 特別。まぎれもなく真実によって自分は特別なのだが、同時にごみでもある。特別さは容易に平均化される程度の真実であり普遍性だからだ。つまり、特別なものしかないゆえに、すべては特別であり、すべては同じくらい特別でない。あたりまえだ、路傍の石でさえ同じ形のものなどない。それでもわたしたちはそれを石ころと言って一絡げにする。畜生や虫けらもそうだ。わたしたちには分別がない。特別さというのは分別によって成り立つ、とも言える。違いを見出すことが出来なければ価値も意味も生じないのだから。特別性とは交換不可能な差異のことである。問題なのは結局、その特別性がもつ意味や価値なのかもしれない。そして、人は意味や価値にばかり着目するがゆえに、ある特別性は資源であり、ある特別性はごみであると判断する。まあ、結局、特別性もいわゆる資源でしかない。だからなんだと言われればそうだ。その特別性を許せるかどうかもまた別の話だ。


 孤独というには安っぽく、正しく言うにも気持ち悪い。自分を特別性によって孤独と称するのは浅ましい風習だ。誰も彼も自分の殻から出られず、モナドに封じられ、触れ合うことができずに孤独に生きているという戯言。だから人は触れ合いを求めるんだとか、人は一人では生きていけないとか、そういうことにつなげる風潮。何なんだ、時に孤独になったり、時に社会になったり。方便で人はいかようにも定義できる。何かを語るときに言いやすいように概念は縮約できる。感傷的に哲学っぽいことを言うときに巨匠風に孤独を愛することで全能感を出すことができる。黙れ。何が孤独だ。何が繋がりだ。語るな、述べるな、論じるな、紡ぐな。浅ましい、醜い、気持ち悪い。指し示す対象が、わたしにとってはどうしようもない毒。


 日々の摩耗、嘘をつく。汚い言葉をサービスで投げかける。それが真実になる。跳ね返った毒は自らを蝕む。嘘は本当になる。だから、わたしは黙るべきなのだ。ここで何かを言うことも、書くこともせずに、そしてそれを人に見せるなどと言うこともせずに、今すぐ黙るべきだ、本当は。それでも生きている。消耗している。本当になった嘘が自分を削っていく。自分、資源、特別、遺伝子、射精、通勤、価値、孤独、すべてが本当になった嘘で塗り替えられて、どこからが本当で嘘なのかなどとうにわからない。わかることは、ただただ不健康だということだ。こうした一連の思考が創造性を発揮したということはない。自分が何を成したのか考えてみればいい。実績として挙げられるものがあるか、ない。でも、実績などという尺度が今口をついて出てきたということもよくはない兆候だ。実績ではなく、自分が確かに創造しようとした、変わろうとした、やろうとした、そしてやった、ということが優先されるのではないかと、そう理想としては考えているのに。何も新しくはなく、聞きかじった内容で見もしないで批判し、わかった気になって行動しないで日々を終える。黙れ、黙れ。黙ってほしい。


 血統、育ち。それは過去だ。しかし今でもあるし、未来でもある。自分が生き、子孫を残す限りそれは続く。断ち切ることのできる連鎖だ。自分の遺伝子と家名を残すことをせず、失われていくもの。新陳代謝が繰り返された結果、テセウスの船のように、国民や言語も入れ替わっていく。今までもそうだ。殺され、野垂れ死に、生き残った、その残滓がごみとなってうじゃうじゃとうごめいている。わたしが断ち切ったところでどこかでそれは紡がれていく。自分が消えた後にその全容を知ることもない。太陽が赤色巨星になって白色矮星になるころに人はきっと生きていない。いらないんだ、そんな心配は。


 嫌なことばかり、何もいいことがない。昨日も悪い夢を見た。妻や妹が辱められ、犯される夢だった。しかも、それが権力者によって生きるためにそうさせられているような。エロ漫画でしか許されない構図。たぶんジャニーズの性的搾取の記事が流行っているのを見たりして脳が侵されたのだろう。人間はそんなものだ。いつの時代も似たようなことを繰り返してきた。汚いゴミ溜めみたいな場所で、そこで頑張ろうとなるような朝ドラみたいなこともできない。わたしは毎日眉間にしわをよせて歩くのみ。


 黙れ、黙れ。わかりました。もう、黙ります。

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