目玉焼き
筋肉の箱を意識するという作業を夜の3時まで行う。
なんでそんなことをと考えても、わからないのだから仕方がない。
わかっている人は小学生でもわかっているような内容。微分積分みたいなもの。
昔からそうだ、わたしはわからないことを前にして学ぶことができない。
ガサガサとした線を引いて、すぐに真っ黒に塗りつぶしてしまう。
紙を破いて、見えなくしてしまう。
発達段階の痕跡を嫌悪する気持ち。
自分にとって、わからないものはすべてそうした黒歴史を生産するがゆえに、学ぶことができない。
一生の恥、と言われても、学んで得た恥と学ばずに得た恥では前者の方が心に傷を残す。
だから、わたしは学ばぬ恥を選ぶ。
無知は恥ではないと自分を鼓舞しながら。
何をしても手遅れだと感じる。
昔からそうだった。
一足飛びに努力不足を死にたい気持ちに結びつける。
そうしているうちにますます手遅れ感が増大する。
つぶやくことは同じことを延々と繰り返し、成長も向上も見込めない。
そうして自分の檻に閉じ込められ、醜い恨み言ばかり吐き続け、いつしか寄り付く人もいなくなる。
身内にも愛想をつかされ、友人もいなくなる。
尊敬する人もおらず、敵もおらず、心はすり減り、感動を忘れる。
自分の言葉を憎むようになり、自分のことしか考えられなくなる。
食事は罪に感じられ、体は動かなくなる。
そうして倦怠感のうちにまた一日を無駄にする。
早く死ねたらいいのに、そう言って寝てしまう。
寝れないくらい追い詰められないといけない。
そんなことを思いつつ、わたしは夜は寝てしまう。
夜どころか、意識を失うように昼でも寝てしまう。
病院に行っても、寝られるという点で大丈夫だと判断される。
それゆえ、自分はまだ足りないのだろう。
すでに今、意識が朦朧としてきていて、書いていることもよくわからなくなっている。
現実から逃げていたから元気なだけだった、ここ最近は。
年末にはいつだって憂鬱になる。
去年と何にも変わらなかった。
成長なんてしなかった。
このまま一生だめなまま、劣等感を抱いて死んでいく。
そんな誰しもがそうであるような当たり前のことを、いつまでもくよくよと考える。
人間なんて皆落ちこぼれだ。
甘えたことを言うな、何が分かっているんだ、言い訳はいらない。
そんなことを言われても、何も響かない。
わたしは無能。
さよなら三角、さよなら三角。
なぜ三角にさよならをするのかわからなかったわたしは、疑問のままそのことを反芻して帰路に就く。
家に着くと換気扇から香ばしい匂いが漂ってきた。
それは目玉焼きの匂いだった。
妻曰く、「目玉焼きはメンタルに良い」そうである。
なんでもうつで毎日卵を30個食べたら治ったという人のブログを見たとかなんとか。
とりあえず30個は無理だが、3個くらいなら食べてもよかろう。
わたしは半熟の目玉焼きに醤油をかけて、それをつるつると飲み込んだ。
さよなら三角。
卵っておいしいな。
ただそれだけのことだ。そう。ただそれだけ。




