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昼下がり  作者: 磯目かずま
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悪いこと

 最近悪いことをしているという気持ちが抜けない。何もそんなことはしていないのだが。

 メールの返事が適当だから?生意気なことをしたから?「努力」していないから?あきらめているから?ゲームばかりしているから?こたつが快適だから?食事をきちんととっているから?健康だから?「だめ」になったから?そしてもう変わることが望めないから?


 去年の今頃何をしていたのだろう。

 何もしていなかったし、ピラカンサは赤くなっているし、昼下がりにコーヒーを飲んでいた。

 今年一年何をしてきただろう。

 何もしてこなかったし、歳をとったし、毎日コーヒーを飲んでいた。

 ただそれだけなのだ。

 本当に、何もない。ただ生きていただけだった。


 何の感慨もなければ、危機感もなく、大切なことには気づかず、嫌なことからは逃げ、新しいこともせず、毎日職場と家を往復し、新しいゲームが出たらクリアし、飽きたらやめて、本も読まず、旅行もせず、外食もせず、将来のことは何も考えず、手帳もつけず、何の計画もせずにただ生きている。

 

 それなのになぜか何となく悪いことをしているような気持ちが抜けない。

 善く生きなければいけないという気持ちも薄れているのに、ただ生きているのが悪いともいえないのに、こんなことを考えるのも億劫なのに、悪い気がする。

 切実さが足りない。本気が足りない。気持ちが足りない。体力が足りない。目標が足りない。毛根が足りない。お金が足りない。スキルが足りない。人脈が足りない。フォロワーが足りない。感謝が足りない。時間が足りない。

 足りないのだろうか?

 何で?

 わからない。そしてなぜそれは悪いことなのだろうか?

 

 師走とはいうものの、20日も過ぎればもう年末気分で仕事も特にない。

 今年のクリスマスは発狂しないで過ごせるだろう。

 窓に断熱材を貼り、まるでこたつレッグウォーマを買い、着る毛布を買った。

 寒いからと言って酒を飲まないように気を付ける。食事をしっかりとする。7時間寝る。

 それだけで気が狂うことを軽減できる。

 年末年始のあいだにメールチェックをしたら休日出勤をつける。

 それだけで休日を無駄にした気分を軽減できる。

 

 やろうと思っていて見ないようにしてきたことを片づけたい。

 すぐ充電が切れる携帯の機種変更もしたい。新しい手帳も買いたい。片手失くしてしまった手袋も買いたい。液晶を割ってしまったノートパソコンも修理したいし、妹の結婚祝いの食事もやらねばならない。

 そのほかぱっと思いつかないようなもの、根本的過ぎて考えも及ばないもの。それを本当は片づけるべきだが、それは多数のやるべきことの皮にくるまれていて一向に認識できない。

 ひとつひとつそれを剥いていく。しかし、剥いても剥いても皮が重なっているだけ。

 そのうち虚しくなって、取り残されているような気がして、手を止めてしまう。

 手遅れだ。

 なぜそう思うのか?

 本当に、皮の向こう側は遠いのだろうか。

 それとも、皮を剥き続けるということだけが真実なのだと気づくことによって、剥いた枚数の大小で気おされて自分はなんて少ない枚数しか剥いていないのだろうと悲しくなっているだけなのだろうか。

 わからない。

 だから、手帳を買っても書き込むのがいやになる。

 スケジュールなんて知らない。

 ただ、毎日を過ごすだけ。


 何かを作ることが、自分のためになると本当に思えるのは幸福なことだ。

 今はそう思えない。

 それをすることに見返りを求めてしまう。

 対価を求めてしまう。

 そして、出来上がるものもそれ自身のために存在するものではなくなってしまう。

 気もそぞろで、消費者の心にも響かず、ましてや自分自身の心にも響かない。

 そんなものを作ることが、ただの苦役であり、生へのリスクとなってしまう。

 でも作らざるを得ない。なぜ?

 生きるため?

 しかし、それを作っても生きることはできない。お金をもらえない。もらえても少額だ。

 アルバイトみたいな仕事をして片手間に作る?二足のわらじ?二兎?一石二鳥?

 いずれにしても自分の心には響かない。

 自分を無能にすることに、心を無にして手を動かすことに、正義を感じることもできない。

 そして、自分の無能さによって、結局見返りは得られず、時間を浪費し、取り残され、ハイリスクローリターンであり、すり減った自分はもう元には戻らない。

 それをきれいごとで片づけるのも飽きた。

 そこに美しさも見いだせやしない。

 素晴らしいものを作って評価され、見返りをきちんともらっている人が怖い。

 そういうもので成り立っている世界が怖い。

 だからわたしは、無意識に目を瞑る。

 そうして、見ないようにしてきたことを忘れる。

 そして、わたしの世界は足りないものであふれかえるのだ。


 わたしにしかないものなどない。

 わたしは何かの劣化だ。

 わたしが消えても替えがいる。

 わたしはいらない。

 わたしは、わたしは……

 わたしについて考えてもそうとしかいえない。

 そうであるのに何を作ることがあるのか。作らないでいることがなぜ悪いことなのか。

 作ることも悪ければ、作らないことも悪い。

 恥をさらし、さらに恥をさらす。

 最後には消えて忘れられるだけだ。それは良くもないし善くもないから。

 他者の欲にも応えられないから。

 作ったところで、自分のできることで評価されたところで、生きるためにそうしたところで、自分は満たされない。

 あたりまえだ。

 人は皆満たされないで生きているのだから。

 何も考えずに会社と家を頑張って往復しているのだから。

 贅沢言うな?何様だ?井の中の蛙。

 そういわれても響かない。

 だからなんだ。満たされないのには変わりない。自分のやるべきことをいくらやったところで、自分はますます取り残されているように感じる。手遅れであるように感じる。

 生きるということが前に進むことである人間が怖い。そして憎い。

 わたしは生きれば生きるほどに置いて行かれる。

 仮に懸命に努力したとしても、それがますます遅れを助長するような人生。

 それがわたしだ。

 そして、その努力のようなものを肯定し、それでもいいと認められるようなことができない。

 それはわたしにとっては満たされない徒労にしかなりえない。

 何かを成し遂げたとしても、それは嘘偽りの虚飾であり、自分は何の価値もない。

 何の価値もない。


 だから罪なのだろうか。

 悪いことをしているように感じるのだろうか。

 悪いことを改善しようとして努力することも含めてどうしようもなく遅延しか生まないから、わたしは贖罪もできない。

 自分に、自分の行動に救いを求めることは飽きた。

 そういうことには白けてしまった。

 かといって何かを信じることもできない。

 宗教も学問も何もかもあほくさい。

 そういう外部の力にすり寄ったり、克服しようとしたり、身に着けようとしたりして、得られることなんていうのは努力して得られる虚無と同じものでしかない。

 作られたものは怖いし、その恐怖を克服したり、忘れて作られたものを信じるのも怖い。

 だから、わたしは罪を犯す。

 きっと、そうなのだ。そしてそれは罪なのだ。


 そして、何もなせないままに今日という日も過ぎ去った。

 またわたしは置いて行かれた。

 日が落ちると途端に肌寒くなる。

 今日の仕事ももう終わりだ。仕事も特にしていないが。

 コーヒーでも飲もう。

 別にそこまで飲みたくもないのだけれど。

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