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昼下がり  作者: 磯目かずま
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主任

 先日のこと、わたしたちが関わったプロジェクトについて同僚と話していると、同僚がこう言った。

「主任がTwitterでなんか怒ってましたけどもしかして何かやっちゃいました?」

「ああ、それはわたしが輸送費について相談したからじゃないかな」

「なんだかとんでもなく高くついたからですよね」

「そうなんですよ。業者も足元見て吹っ掛けてきてはいると思うんだけど、ひとまずこんな見積もりでしたと報告したらなんか不機嫌になって」

「だからといって主任がツイートで怒り散らすのはどうかと思いますよね。まあ鍵垢ですけど本人名義だしフォロワー2000人もいるんですし」

「それもわたしに対しての怒りだからね。まあわたしの担当してるブースの輸送の問題だからそそらそうなんだけど、晒上げだからね」

「そういうことやってるからチームの士気に影響するんだと思うんですけどね。主任は皆のやる気がないのに自分は頑張ってるんだぞアピールは余念がないですけど」

「まったくだ」


 わたしたちが参加しているプロジェクトは主任がどこかからコネで引っ張ってきた展示会でのブース展示で、われわれはいくつかの部門で研究成果や新作の発表を行うことになっている。展示の規模としては大したことないもので、その手の同業者でも知らない人は知らないのではというようなものでしかない。

 われわれは主任に声をかけられてしぶしぶ参加しているが、中には主任と近しいやる気に満ち溢れたグループもある。

 わたしや同僚はそういった元気なグループとは距離がある。そもそも部署が違うし、勤めているところもかなり離れていてなんならZOOM以外で会ったことすらない。

 でも主任はこういう見向きもされないような展示で本気を出すということが大事なのだとfacebook(これは鍵垢ではない)では豪語していた。何でも、どんなに小さな展示でもそれを見てくれる一人の人に出会うことが大事なのだという。

 そして、「小さな展示でもしっかりやることが大事」というような内容を言っている昔の芸術家の言葉を引用して得意になっていた。

 わたしはそれを同僚に見せてもらい、またきれいごと言ってるし、まあこの内容も我々への当てつけだろうなと同じ時間にぐちぐちと言っているTwitterを見て思った。

 

 わたしは懇意にしている運送業者と交渉したが金額をまけてもらえなかったため、急遽普段使用していない業者に見積もりを出した。すると、当初提示されて主任に愚痴られた金額の7割ほどの金額になった。わたしはもうこれでいいやと思いこちらの業者に依頼を出すことにした(再見積もりしたのは、搬入出代の上限を出されてそれ以上は自腹にしろというとんでもないことになったからである。最初は搬入出代は予算から出るので心配ない等言っていたのにも関わらずである。これも後述するが主任のせいなのだ)。

 そもそも最初に提示された金額も、見積もりを見る限りまっとうに積算された金額であった(各種値上げや人件費の水増しを加味して)。そのため新規の見積もりで提示された金額は相当安いと言えるし、おそらくは新規で依頼されて今後も取引したいという先方の意図があると思われる。その点、いつも頼んでいる業者は容赦がないということなのだが。そういうことは主任は理解していない。そもそも、今回も以前からこの業者に何々をこの数量で依頼しますと伝えてあり、それで予算も組んでいて、了解していたのにいざ見積もりを出したときに怒り出すというのはどういう了見なのだろうか。まあ、書類も何も確認していないのだろうというだけのことか、お前にそんなに予算をさけるわけないだろという意志表示なのだろうとはいうことができる。

 それで結局安くなり、主任は自分の手柄だ、お前は無能だというような感じになった。まあ実質そうなので何とも言えないのだが。キャンセルした運送業者もけんか腰でかかってくるし本当何なんだという感じ。そんなんだから次からは頼まないよということになるのだが、そんなところをひいきにしてきたのも遡ったら主任が無理言って以前急な依頼を頼んだからなのだ。わたしはマッチポンプにされただけである。まあ、主任はそのことも忘れてるだろうが。


 それでイベント当日は特に問題もなく搬入し、展示もした。ブースとしてはまあまあ普通の展示だったとは思うが、質が高いかと言われたら高くはないというような凡庸なものだった。そもそも、これに参加している人はほとんどがモチベーションなどない状態でやっているのだから、人様に見せられるものが出せただけで御の字である。

 それなのに、当日展示後に主任はまたもやTwitterで散々愚痴を垂れ流していた。クオリティが低い、質が低いことをわからない奴は一生わからないのだろうか、高校の学園祭の出し物と紙一重だ、自分は頑張ってるのになんでわかってくれないんだ、「いいもの」を見て気持ちを高めるしかない、等々(ちなみに以後断りのない限り主任のTwitterは同僚が見せてくれたものである。わたしはあんな鍵垢にフォロー申請していないので見られない)。

 わたしたちはまた言ってるよこいつという感じで白け切っていたし、そういうことを展示してから発信してしまう神経も疑った。そもそも、そんなに質を気にするなら事前に進捗を把握したり方向性を示せということなのだが、そういうことは何もしていなかったし、何なら冊子に載せる文書の締め切りを守らずに最後に出してきたのも主任であるし、(ここで同僚が「主任の文章は事前には見られないのでしょうか」と質問したら、まだ書けていませんが忙しいんですよと逆ギレし、このときもまたツイッターで同僚に対してキレ散らかしていた)提携しているギャラリーでの特別展示の打ち合わせもDM作成もどんなものを持っていくのかも何も決めていなくて、そっちに出した展示物があまり見栄えがしなかったということにもキレ散らかしていたが、それも主任が主導することになっていたのに何にも準備していなかったというだけのことである。

 また、主任ご自慢の冊子であるが、主任の知り合いという高名なデザイナーに依頼し、妙ちきりんな分冊方式にしたあげく、凝りすぎて展示初日に間に合わず会期の中盤になってようやく納品され、挙句に予算をこれに使いすぎて他の予算を削る羽目になったという代物である(これのせいでわたしは搬入代の件でキレられたのである)。

 しかも、これを入れるための箱のサイズも主任サイドで発注ミスし、箱を作り直して梱包しなおす羽目になり、それを主任とそれに近しい人で作業して、さも頑張っているかのように作業風景の動画をドライブで共有して、こちらは手伝っていない手前感謝の意を示すほかないのだが、それでも正直しらんがなそんなもの、勝手にやって勝手に作業増やして予算も削ってるし、大多数の人は交通費とか諸経費持ち出しになってるんだけどという状態であった。

 それで主任がこんな作業してますとか言うと、ごますりする人たちがありがとうございますとかいろいろ慇懃丁寧な内容のないメールを同じスレッドに重ねまくるものだから、膨大な束になってしまって重要な情報がどっか行ってしまい見づらいしうっとおしいので白けてる人たちは当然返信しないのだが、そのメールに返信をしないとまた主任がTwitterで愚痴を言う。曰く、「自分のSNSは更新してるのにメールの返事はよこしもしない」だそうである。それこそ知らんがなとしか言いようがない。

 

 いいかげん主任に鬱憤が溜まっていたわたしは、何か些細なことで憂さ晴らしをしようと考えた。

 しかし、表立ってそれを表明するのも癪なので、よくよく考えたら非難してるのわかるけど、そうでないともとれるという微妙なラインで何か表現しようと考えた。

 わたしは、前期後期でブース展示の展示替えがあるタイミングで、何かそうしたちょっとしたものをまぎれさせようと考えた。わたしが考えたのは、主任ご自慢の冊子を全面的にプッシュしようということだ。

 わたしはブース内のあらゆるところにこの冊子を山積みにした。それも当初配置する予定よりもはるかに多い量を配置した。しかも、ご丁寧に分冊形式の一冊一冊をパネルスタンドで展開し、専用の机にそれを並べさえした。これだけなら熱心にやっているというように見えるし、なんなら主任は喜ぶに違いない。しかし、こんなブースで展示がお世辞にもよくはないのに凝ったデザインの冊子ばかりがプッシュされているというのも客観的に見て滑稽である。その状況を見る人が見れば、多少の皮肉が込められていることが容易に想像できるであろうというような状態に整えて、わたしは会場を後にした。


 後日、会場を確認した主任から連絡があった。

「一つ確認したいことがあるのだが」

「何でしょうか」

「わたしの作った冊子が会場に山積みになっていた。あれをやったのは君かね」

「そうですが」

「何で展示を変えるのにわたしに連絡をよこさなかったのだ。普通勝手に変更を加えるなどということはしないはずだ」

「その件に関しては大変申し訳ありませんでした。確認を仰がなかったわたしの失態です。ただ、当日主任も会場にいらしていたので一通り確認してらしたものと考え、あの展示で問題ないものと判断されたと思っておりました」

「そのような変更をするとは思っていなかったからそちらは見ていなかったのだ。こういうものは信頼関係で成り立っているのだから、報告をしてもらわないと困る。さらに言うと、冊子の中身の展示風景写真(事前に設置して撮影し冊子に加えたもの)とブースの様子もかなり変わってしまっているじゃないか。冊子を見て内容を予想してきてくれる方もいるし、記録という意味もあるのだからそれも困る」

「おっしゃる通りです。出展者としての自覚がありませんでした。以後気をつけようと思います。わたしとしては、出来のよい冊子だったもので皆様の目に触れるようにしようと考え、あのようにした次第です」

「その配慮ができるならきちんとホウレンソウができるようにしてくれ。まあ、今回の展示はそのままにしておいてかまわない」

「わかりました。申し訳ありませんでした」


 展示会場で主任が、わたしに対して「あいつ何か恨みでもあるのかな」と言っていたと聞いているので、おそらくわたしの意図は少なからず伝わっていると思われるが、直接話した際はそんな感じを双方出さないで済んだ。

 あれ以後主任のTwitterの件を同僚から聞いてもいないが、当然わたしについて何かしらキレ散らかしているのは明白なのでもはや確認するまでもあるまい。それも、今どきのやつは「井の中の蛙だ」とか、確認もしないで勝手なことをするとか、何もできていない奴ばっかりで主任は大変だとか言っているのだろう。もう付き合いきれない。

 幸い、主任とは部署が遠いので今後積極的に関わろうとしない限りほぼほぼ縁を切れるくらいの関係性しかないので、これからは一切関わらないというスタンスにすると決めている。向こうも今回の件で今後関わりたくないと思ったに違いない。もうどうでもいいが。

 

 数週間後、わたしは展示の搬出からの帰り道、すでに心の中で大きく×がつけられているその存在を真っ黒に塗りつぶし、ゴミ箱フォルダに投げ込むのであった。

 なお、あの冊子はぜんぜんはけずに大量の不良在庫となって会社の倉庫を圧迫している。はやくフォルダから削除しなければ……

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