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昼下がり  作者: 磯目かずま
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 日に日に自分の何かがやせ細っていくのを感じる。それは言葉であり、心であり、筋力かもしれない。

 妻の19歳の妹がマッチングアプリで知り合った男で処女を失った。

 そう、妻から聞いた。

 自傷行為。悲しみの補填。そういう行為に対してわたしたちは梅毒の危険性を伝えることくらいしかできない。

 切なさ。それはどこからくるのだろうか。

 人は人に何を求めているのだろうか。

 手に入らないものの代わりに得られる快楽は、たいてい痛みでできている。

 その痛みは、何にもないことよりはましなものとして快楽なのである。無は痛みよりも苦痛である。

 

 でも、辛いことなんて本当は特にない。

 生きていくために必要なだけのことをただやりさえすれば死ねない程度にはわたしは生かされている。

 塩も米も好きなだけ食べることができる。水だって飲める。毎日風呂にも入れる。

 幸せだ。果たしてそうか?

 なぜ、幸せという言葉が出てくると、即座に疑問をもつのか。そういう習慣が染みついているのか。幸福は宗教なのだろうか。

 幸せになりなさい。昔先生にそう言われた。よくわからない。そんなこと言わないでほしかった。

 自分の世界は日に日に狭くなっていく。

 もとより狭かったのに気付くだけだ。

 広げようとも思わなくなった。

 電車で英単語帳を見ている高校生。そんな気持ちはもうない。


 あれだけ本を読んでいたのに、今は本を憎んでいる。

 毎月5万は買っていたのに、今は1年に1冊も買わない。

 毎日湯水のように文章があふれている。それがありがたいものだと思えない。

 誰かの言葉が憎い。見たくない。

 それは、自分の言葉がいかに醜くていらないものかを呼び起こさせるから。

 本を読むと賢くなるのだろうか?

 そんなことはないと思うが、それも多分量が足りないだけか、自分が足りないだけである。

 誰かの言葉を借りて人をたぶらかしたり殺したりするのは虚しいことだ。

 そうやって言葉のナイフでたくさん刺されたし、刺した。

 そうやってわたしは「経歴」を得た。

 たくさん殺したほうが権力を得られる。戦争と同じだ。

 弱肉強食。動物と同じだ。

 

 やられたらやり返す。辱められたら一生許せない。

 これは無駄だった、いらない、リスクは消さないと。

 そうやって、人の顔にどんどん×がついていく。

 ああ、この人もダメだったね。さよなら。

 そうやって、人生のフォローを外していく。

 利害関係と血縁関係以外で残っている関係性なんてない。

 それらすべてにすでに×がついている。

 

 大人になったら汚くなる?子どもだってすでに汚れてるよ。

 生まれてこなきゃよかった。そう思わない人がいたらそれは幸せかもしれない。

 でも、それを少しでも思わせるリスクをわたしは払拭できない。だから子供は生まない。妻も同意見だ。

 そもそも、子供を育てられるほど余裕がない。すべてにおいて。

 本当は余裕はあるのかもしれないし、余裕はなくても繁殖はできる。

 でも、わたしの血筋はわたしの代で終わりにする。さよなら×。

 

 志のない若者。そうだよ。20歳を超えたらもう老人みたいな気持ちでもっと若い人を眺めるのが習慣になってるから、若者なのに心が老いている。

 誤字脱字みたいな人生。間違えていたらリツイートされない。気づいてもデジタルタトゥーは消えない。間違えに間違えを重ねて、もはやどうでもよくなってしまった。

 消えた、辞めた、足を洗った。そういうことをすぐ言われる。本当は消えられないし、辞められないし、足を洗っても臭いは消えない。

 やりたい放題やって成功して、成功したらそれを押し付けて、なんで同じようにできないと怒鳴って、そうやって避けられて孤独で死ねばいいよ。どうせ、わたしたちは成功もしないし、このままのんべんだらりとあか抜けない生活を続けて病気か戦争か自殺で死ぬのだから。

 もう老いてしまった×。


 風呂に入ると開放的になって、うめき声をあげて叫び罵り、自分を責め世界を呪う。

 その声で妻は自分が悪口を言われているのかと思い悲しむ。そしてわたしは妻のことを言ってないのにと悲しむ。繰り返す悲しみ。

 黙って風呂に入ろう。一番いいのは一緒に風呂に入ってしまうことだ。ガスと水道の節約になるし、うめかずにすむ。

 風呂で独り言をいうのが癖になっている。ほぼ無意識だ。独り言がそもそもひどい。

 寝言もひどい。かなりの頻度で金切声を上げている。

 だからなんだと言えばなんでもない。この文章も独り言みたいなものだ×。


 変化を望むか?自分は老人だからもう変化は嫌いか。

 そもそも自分の世界が安定していないのに変化も何もない。安定させようともがくことはそんなに醜いことか。

 何が安定するのだろうか。仕事か収入か、生活か、精神か、家庭か、全部か。

 革命を尊ぶ心なんてわたしは持ち合わせていない。革命のイメージはギロチンでしかないから。

 わたしは首を落とされる側だ。老害だから。でも、それで世界が変わるなら、潔く断頭台に上がりたい。

 わたしの首を落としたって世界は変わらない。きっと、恐怖政治で適当に反革命勢力だと密告されて死ぬくらい意味のない死に方に過ぎない。

 わたしなど、幾ガロンの血を流して民衆のひと時の娯楽になればいいほうだ。そしてさらし首にされてあとは川にでも捨ててくれ×。


 嫌いな人が庭木の剪定中に脚立から落ちて背骨を折った。今はボルトが入っているらしい。その後帯状疱疹にもなった。

 因果応報。そう言いたくもなったが、もはや「そう......」としか思えなかった。

 ずっと前に、わたしの中では×がつけてあるから。もう顔も思い出せない。いや、思い出せたわ。別にいいや×。


 立つ鳥あとを濁し、些細なことで縁を切り、トラウマを抱え、世界に×が増えていく。

 自分も誰かに×をつけられて、自分自身でもつけている。

 必要とされる人間になれば、×は取り消されるのだろうか。

 たぶん△くらいにはなるだろう。〇の人間なんて一人いればいいほうだ。

 この文章もきっと誰かの×になる。そもそも、×すらつけられないか。

 さよなら×。

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