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昼下がり  作者: 磯目かずま
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香典

 小学生の時の友人の母が亡くなった。

 そう母からLINEが来た。

 

 その友人はわたしの家から一番近いところに住んでいる同級生の男で、わたしは小学生の時に毎日のように遊びに行った。

 彼は広々とした自室を持っており、ベッド、ソファ、大きなテレビ、最新のテレビゲーム、こたつなどがそろうそこは、自室もなく家では当時川の字で寝ていたわたしにとって素晴らしい遊び場だった。

 彼の家は農家であった。裏山に秘密基地を作り、そのすぐそばには農業用のため池がありそこで遊ぶこともできた。ちょっとした球技くらいなら庭でできて、わたしたちはよくキャッチボールをした。

 

 土日などは朝から夕方まで居ることもしばしばであり、その際はわたしも昼食をよくいただいたものであった。

 畑から昼食に帰ってきた友人の父母は、ずうずうしくも居座るわたしにおかわりまで勧めてくれた。冷えた麦茶と冷やし中華をよく夏にいただいたことを覚えている。

 

 わたしを少年野球に入らないかと誘ったのはその友人だった。

 そして、なんと彼の家の向かい側にはその少年野球の監督の家があった。

 わたしはそういう縁もあって野球を始めたのであるが、もともと体も大きくそこそこ体力があったわたしと違い、彼はそこまで体も大きくなく、運動も苦手であり、気が強くはなかった。

 わたしは人付き合いは苦手ながらもなんだかんだでレギュラーになったが、彼は試合に出れず、チームにもなじめずに孤立していった。近くに住んでいる監督が非常に厳しい人であったのもきつかったのかもしれない。

 

 そのような状態であったがわたしは変わらず彼の家に通っていた。

 そんなとき、ある事件が起きた。

 彼の家にはとても大きな犬がいた。名前はチャッピーといった。

 チャッピーは灰色と茶色が混じったような色合いで、顔と手足が黒いという見た目で、立ち上がるとわたしの身長くらいある雑種犬であった。

 チャッピーは気性が荒く、あまり近寄らないようにと友人からも言われていた。事実、わたしや他の友人が近づくと唸り声をあげて威嚇し、太い鎖をガシャガシャと引っ張るのであった

 ある日、わたしと友人はキャッチボールをしていてボールを逸らし、ボールはチャッピーの近くに転がって行った。

 わたしはちょっと近づくくらいなら大丈夫だろうとそれをとりに行った。

 チャッピーは横になってくつろいでいたのでしめしめと思い、わたしはボールを掴み立ち去ろうとした。

 そのとき、わたしの背後からチャッピーがとびかかってきた。わたしは首筋でも嚙まれたらひとたまりもないと思い必死に振り払いそこから逃れた。

 噛まれはしなかったが、爪が太ももに食い込みかなり血がでていた。なにやら菌が入ったような嫌な感じもして、しばらくするとどす黒く変色してきた。

 わたしは病院に行き消毒して数針縫い、抗生物質をもらった。

 数日後、このことが問題になったのかチャッピーが保健所に連れていかれることになってしまった。なんでも、人にかかるようになった犬は生かしておけないとのことである。

 わたしはわたしが不用意に近づいたのがいけなかったのだし、殺すのはよしてくれと必死になって頼んだ。それに、チャッピーは襲おうとしてきたのではなく、おそらく遊んでほしくて抱き着いてきたような感じだった。

 しかし、わたしの頼みも聞き入れられず、結局チャッピーは保健所で処分されてしまった。

 このとき、祖父が強い言葉でもうそういう犬は殺すしかないと迫ったらしい。友人の家族も世間体でチャッピーを生かしてはおけなかった。


 このことがあってから、わたしはその友人とだんだんと疎遠になっていった。

 遊びに行くこともなくはなかったが、行くたびに家人から白い目で見られているような気がしたし、空になってしまったチャッピーの小屋を見るたびに自分のせいで殺してしまったという負い目でどうしようもなかった。

 わたしが友人の家に行かなくなるのと比例して、彼は野球に来ない日が増えた。

 わたしは彼になんて声をかければいいのかもわからなくなっていた。

 彼は野球をやめた。

 

 その後、彼とはほとんど声も交わさないくらいになってしまい、中学も同じだったのに全く交流がなく、それ以後何の音沙汰もなく今に至る。

 そんなときに聞かされたのが、彼の母の死であった。

 わたしの母は、彼の家からは香典はもらっていないけど、ほかならぬ親しかった友人の母であるから香典を出しておくと言った。

 わたしはそれでいいと言った。

 葬式に帰ってくるかと聞かれて、わたしはわからないと言った。

 行かないとか行けないではなく、わたしはわからない、としか言えなかった。

 行こうと思えば行ける。行きたくはない。でも、わたしがそこに行ってよいのだろうか。どんな顔をしてそこで焼香すればいいのだろうか。

 中学以来顔も見ていない友人に、どんな顔をして会えばいいのか。

 彼の母にはよくしてもらった。でも、それだけだ。その微かな関係性を香典で義理立てして、そんなものでは晴れないこころのもやをこうして文章にして、結局わたしは葬式には行かなかった。

 母に香典を渡してもらった。

 中学のやんちゃしてたやつが今では地元のまとめ役みたいになっていて、中学同級生一同として花も出していたようだった。わたしはそこにも出資しなかった。


 友人の家から帰るときに、彼の母はよく畑で採れた作物を少し持たせてくれた。

 メロンやスイカ、キュウリ、トマト。

 そうだ、それはこんな梅雨明けの晴れ晴れとした天気の日だった気がする。

 わたしは友人の家に遊びに行ってなぜか一緒に畑で収穫をしたんだ。

 わたしは自分の家が農家ではないこともあって、それが新鮮で楽しかった。

 収穫した野菜や果物を農協の箱に等級ごとに詰めて、きれいにパレットに並べた。休憩の時に出してくれた麦茶の美味しかったこと。

 辺りいっぱいに蝉が鳴いていて、ひまわりが咲きそうになった頭をもたげていた。

 あの頃には、もう戻れない。あんな夏には、もう。

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