墜落
わたしは夜中に悪夢を見てうなされ、奇声を発することがよくある。もっとも、自分でそれに明確に気づいていることもあれば、妻に教えられて知ることもある。夢の内容はえてしてよく覚えていないのだが、たいへんな辱めを受けたり、歯が砂になったり、メガネを曲げられたり、自分が何かを殴ったりしているような気がする。
夢の中では、なぜか声を出したくても出せないという現象に見舞われる。恐ろしい状況に陥り、大声を出したくなるのだが、声が出ない。かすれたようにヒューヒューと喉から空気が漏れ出るような苦しさに苛まれ、ガガッ、ゴボッ、というような声にならない声を発する。そして、声を出したい出したいと強く気持ちが昂ることによって、最終的に「やめてくれ」、「ぴやぁぁ~」、「ああーっ」、「ふざけんな」などの声を出すことができる。
声を出すと、一瞬目が覚める。たいていそういうときは妻が頭をなでてくれているような気がするのだが、すぐにまた眠りに落ちる。一度奇声を発した後の睡眠はなんだかよく眠れずに、起きた後もうなされたことで疲労が残っている
そのような悪夢を見るときはだいたい寝る前によくない考え事をして、最悪寝たまま死ねたらいいのにくらいに無駄に思い悩んでいることが多い。さらに言うと、寝る間も惜しんで努力でもしたらどうだ、という声とか、今日も世界では素晴らしいものが生み出されたのに、自分はなんてつまらないのだろうか、とか、明日仕事に行きたくないとか、そういうありきたりの悩み事が煮詰まっている。全然文学的でないそういう悩み事は、美しさに昇華することもままならないので、深層心理としては寝ながらあげる奇声で表現する以外に仕様がないのである。
確か昨日は寝る前に「世界や流行の先端、あるいはその存在自体に張り付いていること」について考えていた。世界の流行の先端とは、日々更新される世界の意識の総意の更新点のことであり、情報が更新され表象が形作られているその場のことである。現代ではSNSなどをビッグデータ的に総覧すればおおむねそれを認識できるものかもしれない。そして、その存在自体に張り付いていること、とはその流行の先端や流行という外延に自らの存在として張り付いて並走している状態のことをいう。もちろんこれはそういう概念があるのではなくわたしのイメージの話である。
世界の流行の先端というのは、おそらくパウル・クレーの描いた新しい天使が流され、過去を振り向いているその地点のことをいうのかもしれない。流行は更新され続け、背後にはがれきの山が積み重なっている。わたしたちは、新しい天使のように未来に向かって流されているところがあるが、しかしながら天使と同じように流されることもできない。ふとした瞬間に取り残されて、自分自身ががれきの一部と化してしまうのだ。そのため、わたしたちは救済をすることもあればされることもある。未来へと吹き付ける強風も、万人に同じものではないはずだからだ。流行の先端に張り付いているということは、意図して天使の位置を目指そうとすること、そして天使の位置から過去ではなく未来を眺めようとすることである。そのことは、強風に圧されながら、過去と未来のはざまにまさに張り付いていることであり、天使がやむなくそうなっているようにはわたしたちにはそれを実践することはできない。強風にあおられればわたしたちはすぐにイカロスよろしく失墜してしまうからだ。
そうした墜落した天使をイリヤ・カバコフは表現したのだと、今はそう思うことができる。実のところ天使もまた、わたしたちと同じようにふとした瞬間に墜落しうる存在なのだということ、実は墜落した天使とは置き去りにされたわたしたちなのではないかということ、それらは普段見えなくなっていること、そういった事柄である。
おそらくそんなことを考えていたからであろうか、わたしは高速で落下しているうちにうまく息が吸えなくなり、もちろんメガネは風で飛ばされて、わたしと一緒に眼下に見えるガラクタの山に吸い込まれていった。わたしはガラクタにうもれてしまって、声にならない声を上げようとした。その声は、わたしが普段思っているよりも悲痛なものだった。わたしはガラクタの声を何かなつかしさと結びつけて、安全な場所の記憶のようにも感じていた。おそらくは楽園という概念がそこに結び付くという、わたしの習慣がそうさせていたのだと思う。しかし実際は、わたしは情けない奇声を発しながら、自分の存在の矮小さに打ち震えていたのだ。そして、周囲には何もなかった。そこにガラクタが大いに積み込まれていたのに、そこは空虚な場所だったのである。
夢の中でわたしはふと、砂漠を歩いている夢について思い出し、その世界に落ちていった。その砂漠には大きな蟻地獄のような穴が点々としていて、そこに吸い込まれると戻ってこれない。砂漠を歩いていくと、その先には断崖絶壁があり、世界はそこで終わっているように見えた。崖の向こうには、豆腐のような柔らかな足場が点々と浮かんでいて、それらを飛び移って進んでいけば、どこかへとつながっているようであった。しかしながら、わたしはその夢を見るたびに、浮かぶ足場から足を踏み外し、奈落に落ちていくのである。その先にあるものを、わたしはまだ知らない。
そして今日も、深淵へと沈みゆくわたしを呼びもどす気の抜けたメロディに設定した目覚ましによって、矮小なわたしの一日が始まるのである。




