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昼下がり  作者: 磯目かずま
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メガネのゆがみ

 わたしはメガネのゆがみが許せない。メガネの二つのレンズがxyz軸すべてにおいて目から適切な距離にいてくれないと困る。そうしないとすぐに目に違和感を覚えて、目が圧迫されるだの、目が疲れただのと文句をいって、メガネをつけたり外したり、鏡の前でメガネの位置をくいくいといじりまわしたりして仕事が手につかなくなる。


 目が悪すぎて少しのずれがピント調節に影響するのでこれは仕方のないことなのだが、メガネをずれさせる逃れがたい原因がいくつかある。まず第一に顔が歪んでいることである。昔野球ボールが顔面に当たり、衝撃で右の眼の下のちょうどメガネの鼻パッドの当たるところが出張ってしまっているのだ。そのため、普通にメガネをかけるとどうしても右のレンズが前に出て、左が目に近くなってしまう。この前後のずれは鼻パッドのないタイプのメガネでは調節できない。さらにいうと、鼻パッドとテンプルを含めて総合的に顔の歪みに対応して適切な位置にレンズを調整できるメガネ屋の店員さんが少ない。店に持って行って調節してもらっても、その場ではやってもらって文句も言えないし、大丈夫そうだと帰宅しても、あとから全然だめだと気になりだして、気になればなるほど目が痛くなってきて、調節した次の日にまた別のメガネ屋に調整しに行くというのはザラである。


 そうしていると、中には腕のいい店員さんがきちんと調整してくれるケースが出てくる。そういうときわたしは、この状態を崩さないように何とかして長持ちさせようと決意する。メガネを外すときはそろそろと外し、ネジが緩むのが嫌でメガネは決してたたまないで置いておく。しかし、そうしていても衝撃が加わってしまうのである。まず、不注意で自らがしたたかにメガネをぶつけるということがある。特にぶつけるのは、ドアを開けるときに必要以上に顔面をドアに近づけてしまいぶつかることだ。これは、メガネの分顔面とドアとのスペースを空ける必要があるということを心身ともに忘れていることから生じる。次に、つり革を持っているときに、手を離したり、網棚に荷物を置いたときにつり革が反動でメガネに当たることである。これはちょうどつり革の取っ手がわたしのメガネの位置にぶら下がっていることから生じ、避けられない距離で跳ね返ってくるからである。

 

 それ以外では、外的な衝撃もある。まずは妻と衝突してしまったり、突っ込みの手が顔に当たってしまうことがある。なんでやねん、というような合いの手が顔面にヒットしてしまうことを想像していただきたい。これもまた人が二人いれば仕方のないことなのである。さらには、メガネというのはかけているだけで徐々に歪んでくる。重力や熱や形状記憶的な要素によって、わざわざ歪ませて顔に合わせて調整したものがさらに変になってしまうのである。もちろん、落としたり、踏んだり、ムカついて投げたり、かけたまま寝たりするのは論外である。

 

 わたしは、たまたまうまくいったメガネのかたちを何とかして崩さないようにしながら、日々ずり落ちそうになるメガネをくいっとしているのだが、なんだってメガネなんてものをしているのだろうか、邪魔だなあと時折思う。こめかみメガネとか形状記憶のビヨンビヨンするやつとかも魅力的だが、たいがいそういうのは普段使いに向かないか、デザインが気に食わない。それはそれで気になってしまうので、一番難儀なのはそういう細かいところが気になってしまう自分の神経の細さなのである。


 よくよく考えたら、メガネに限らず、椅子の肘置きがパキパキ鳴るだとか、ハエがうるさいだとか、前歯が出っ歯になってくちびるに刺さる気がするだとか、前髪が薄くなってきてはげたくないと毎日鏡をみているだとか、肩がこるだとか、家具の色がうるさいとか、足が寒いとか、パンツが食い込む気がするだとか、枚挙にいとまがないほど気になることがあってすぐ集中が切れる。あとは流しておく音楽やら動画やらラジオやらが安定しないときもつらい。聴いていられるときはいいにしても、まったく聴き入れられないときがあって、そういうときはなんかいいのないかなと探して聴いても途中でつらくて聴いていられなくなって苦しくなる。かといって無音もきつい。そういうもろもろがきつくなってくるとスマホをいじりだすのだが、それはそれで目も疲れるしソシャゲは飽きるし、掲示板は見ていられないときがあるし、またつらくなって助けてくれとなる。


 感覚が過敏になっているときは、感受性も過敏になっていて、ちょっとしたことで傷ついてしまい、手が止まり作業にならない。そういうときは思い切って休めばいいのかもしれないが、休むこと自体が罪に感じられて余計にだらだらとしてしまい、結果としてメリハリのない一日を無為に過ごしてしまうことが多い。


 気にしすぎなのだろうか。いつもそわそわしてしまう。これの解消方法は何かに打ち込むことしかないことはわかっているのだが、何かに打ち込むための方法について理解するためには、この紙面は足りなさすぎるため、また今度考えよう。


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