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昼下がり  作者: 磯目かずま
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たらい回し

 ある日、内容を忘れたがたらい回しの憂き目に遭った妻とたらい回しの語源について議論し、ググって答えを見る前に、「それっぽいものを言った人が優勝」というゲームをすることにした。


 先鋒は妻である。

 曰く、「昔々江戸時代に寿司をたらいに入れて提供するという風習があった。これを食事の席で人々に回して、好きな寿司をめいめい取って食するのである。そうしていると、回されたたらいの中にはあまり人気のない寿司が残されることになる。回されるたらいに残された寿司、この状況が現代のたらい回しの語源となった。ちなみに、このたらい回しの文化は回転ずしの源流であり、出前の際などに使用される寿司桶も、たらいの名残である。」


 これはなかなかの強者である。かなりそれっぽい。回転ずしや寿司桶などで論を補強しているのもポイントが高い。これは少し趣向を変えて攻めるしかないと思われる。


わたしはこう答えた。

 「昔々江戸時代、天明の大飢饉の際、食うに困った人々は口減らしのために子や老人をやむにやまれず捨てなければならなかった。一般的には姥捨て山という言葉があるように山に捨てられたのだが、山間部ではなく河川沿いの地域では幼子をたらいに入れて川に流すという風習があった。これは、下流のものがあわよくば拾い育ててくれやしないかという淡い期待を込めた行為であった。そのことを示すものとして、桃太郎の昔話にあやかってたらいに桃の絵を描き、そこに幼子を乗せて流すという地域もあったらしい。桃の絵が描かれたたらいは日本民藝館に保存されているものがあり柳宗悦もそれについて一筆書いている。しかし、そうして流された子は多くの場合拾われることはなく、溺れ死んだり、運よく下流の者に見つかっても、生活苦のために見て見ぬふりをされることも多かった。これが現代におけるたらい回しの語源である。なお、回しの部分は、たらいを川に流すと水流の関係でくるくると回転し、それを見送る際の切ない気持ちが込められているという。」


 無理やり感がすごいがまあまあそれっぽいのではないだろうか。桃太郎と柳宗悦を持ち出したあたりが補強ポイントである。妻はたらい回しの回し部分が適当であることに不満そうだったが、妻が言い出したゲームにまじめに付き合っているということで機嫌はよさそうである。


 妻は何となくもう満足してそうな感じではあったが、次にこう続けた。

 曰く、「昔々江戸時代には、火事と喧嘩は江戸の華といわれるように火事が頻発していた。火消しの際には破壊消防といって類焼を防ぐため隣家を破壊するのが一般的であったが、普段から火消し用に水がめに水を蓄えておくお触れがあった。その水がめから火消し用に水汲む際にたらいが用いられ、今でいうバケツリレーのことをたらい回しと呼んでいた。しかし、火事によって経済活動が回るという側面があり、火消しの多くがとび職を兼任していたことから、復興の際の仕事増加を見込んで呼火や継火などの類焼を加速させる者もいた。そういった者の中には、たらい回し中にあえて大げさなパフォーマンスを見せることで衆目を引きつつ、水をこぼして消火活動を遅らせることがあった。そもそも、たらい程度の水では消火活動には十分ではなく、たらい回しはパフォーマンスとしての側面が強かったため、たらい回しにされた家はたいてい延焼を避けられなかった。これが現代のたらい回しの語源である。」


 内容のそれっぽさもさることながら、ここにきて思ったのは、何で毎回江戸時代なんだろうということである。なんとなくそれっぽい由来を考えると、なぜか江戸時代に成立してそうな気がする。しかも、江戸時代くらいのことなら、現代にそのままの意味で伝わっていそうだから都合がいいのだ。


 それでは、もっと昔からの伝承が、意味が変わって今はこうなっているというパターンはどうだろうか。これは考えるのが難しいが以下のようなものでどうだろうか。

 「昔昔、奈良時代に鑑真が日本にやってくる際に何度も遭難して視力を失ったのは有名な話だが、やっとの思いで日本にたどり着いた際に一緒に持ち込んだ舶来品の中にたらいの原型となるものがあった。これは鑑真が痛めた目を洗うために携行していたもので、立派な細工がされたものであった。このたらいを回すと、とても素晴らしい釈迦の一生の絵巻が側面に描かれているのを見ることができるのだが、鑑真にはそれを見ることができない。ある日そのことを憂いた日本の高僧が鑑真に思いを伝えたところ。鑑真はこのたらいで目を洗うたびに、その絵の光景がありありと浮かんでくるのです、目が見えないことでかえってよく見えるようになることもあるのかもしれません、と語ったそうだ。そこから、たらい回しは鑑真の逸話を伝えるものとされてきたが、江戸時代以降、何度も船で遭難し、日本行きを拒まれ続けた鑑真の境遇とたらい回しが結びつき、鑑真のようにたらい回しにされる、との意味に変容してしまったようだが、その原因は諸説ありわかっていない。」


 逸話が曲解されて伝わってしまうという部分に高評価を得たが、いい加減ネタ切れ感が漂ってきたので、エントリー作品は上記四作品ということになった。

 優勝を決めるといっても、審査員はいないし二人でどれがよかったか決めるだけなのでどうということはないのだが、結局は妻の言った寿司の話がシンプルでよかろうということになり、妻が優勝した。景品はあとで回転ずしで奢るということになった。


 気になるのは、結局のところたらい回しの本当の語源は何なのかということである。

 風呂に入ってからググってみると以下のような話であった。


 「たらい回しは、江戸時代に流行した足でたらいを回す曲芸のこと。この曲芸は、複数の曲芸師が仰向けに寝て、たらいを回しながら足から足へと順番に受け渡していくものであり、次から次へと他に送り回すことをたらい回しと言うようになった。」


 やはり語源が江戸時代だったのは納得だが、内容的にやや釈然としない感じがしたのはたらい回しがもつややネガティブな印象を表現する内容ではなかったからだと思う。

 しかし、よく考えたら、たらい回し自体はもともと見事にたらいを回しながら受け渡すというだけのことであり、それを見た人が、他人に順繰りに受け渡される状況をたらい回しだと言い表したということである。それが患者がたらい回しにされるとかの表現に使われてそういうよくない印象を帯びるようになったのである。

 その意味では、たらい回しも、当時の意味とは違って広まっている言葉だったのだ。


 たらい回しの芸を本当に見たことはないが、それを見たらきっと、楽し気な意味でのたらい回しを考えることができるのかもしれない。

 例えば、たらい回しの語源を答えを見る前に大勢で次から次へと考えて一番それっぽいのが優勝という大会を開いて、その大会自体がたらい回しの実践だった、というようなの。

 でも、この文章を読んでそんな気を起こす人がいても、答えがわかっているから考えが引っ張られてしまうのだろうなあ、でもそもそもそんな人もいないか。

 今日も今日とて来た仕事をたらい回しにしながら、わたしはこんな文章を書くのである。

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