イブの残業
早めの仕事納めをして切り上げたいわたしは、12月24日(金)の夜中まで残業をしていた。
これも大したことない仕事なのだが、年内に通知をしなければならない案件なのでしょうがなく対応していた。
イブだからとかそういうのは題材にはなるにしてもそこまで気にするものでもないと思うようになってしまったわたしは、まばらになったオフィスでコーヒーを飲みながら先方からの返事を待っていた。
わたしにはプレゼントをねだる子もいないし、妻にも何も用意していなかった。今日はせめてチキンを食べて酒でも飲もうと思っていたのに、時計を見たらもう21時半である。
今年もそれらしいことはしないで気づけば正月のパターンだな。そう思いつつわたしは、先方が無理言って終わらせようと持ち掛けてきた案件の返事が遅いことにイライラして、タバコ吸えるのならこういう時にこそ吸うべきだ、などと思いながらひたすら貧乏ゆすりをしていた。
結局、先方からの返事はないままに23時になってしまった。
コーヒーは3杯飲んだし、ついでにエナドリも一本飲んで無駄に頭はギンギンだ。
いい加減しびれを切らしたわたしは、もう知らねえと啖呵を切って残業報告と打刻をしてオフィスを飛び出した。
イブの日は聖夜としては白眉なのかもしれないが、当日の深夜にもなれば人はまばらで、輝かしい電飾もほぼ役目を終えたも同然である。
わたしは同じように残業して疲れ果てたおじさんのまばらな群れに加わって、言葉にならない悪態を頭の中で餅つきみたいにこね回している。
ふと、帰り道のホビーショップを眺めたら、普段あんまりそういうのが欲しくならないわたしが前から欲しかったプラモデルが、今日から発売ということでディスプレイに飾られていた。
このプラモデルは天使のかわいい女の子のキャラクターの可動式のフィギュアで、わたしの好きなイラストレーターの方がデザインしたオリジナルキャラのものである。わたしはこれが予約分で売り切れていて、フリー販売分も一瞬で売り切れたことを知っていた。その店のウインドウにも「完売」と張り紙がされていた。
わたしはそれを見て、なぜだかどうしようもなく心が締め付けられるのを感じた。別に、それを見なければ欲しい気持ちなんて押さえつけてそのうち忘れるようなものなのに、ただ見ただけで欲しくても手に入らない気持ちというものが心を捕まえて離さなくなってしまう。
そういう構造が、目の前のプラモデルとそれを超えた自分の人生の構造に敷衍されたようにその瞬間電流が流れたわたしは、しばらくウインドウの前で動けなくなってしまった。
それと同時に、わたしはどうしようもない憤りや哀しみに囚われ、その場で大声をあげて頭を掻きむしりたいような衝動に襲われた。
わたしは、誰かに欲しいと思われる何かをこれまで作れたことがあったのか。わたしには欲しいものは手に入らないのだ。わたしが今していることはといえば、誰かが作ったものを動かしているだけだ。わたしは替えの利く人間なのに替えの利かない人間はいつだって素晴らしい仕事をしている。そして、クリスマスだのなんだのという行事にも、経済的な価値として貢献している。わたしは何だ、消費者としても何も関わらず、ただ毎日行ったり来たりを繰り返してすり減っていくだけの石ころなのだろうか。
どのくらいぼーっとしていたのだろうか。いい加減我に返ったころには、もっと道行く人はまばらになっていて、終電がぎりぎりの時間になっていた。
わたしは、無気力で全身に力がはいらないのを懸命に引きずって電車に乗り、家まで帰った。
妻はわたしを待っていてくれたが、チキンもお酒も買って帰ることはできなかったし、結局晩御飯は納豆ご飯だった。
わたしは何も喉を通らなかったので、風呂に入って酒飲んで寝ることにした。
わたしは、風呂に入ろうとして自室でひとまず椅子に座って一息つこうとしたが、その場で動けなくなってしばらく座っていた。
仕事のメールを確認してみたが、結局先方からの返事は来ていなかった。後で返事が来て、休日なのにわたしが対応することになることが確定しているので、それを見て余計に腹が立ってきた。
わたしは、帰り道で晴らせなかったうっぷんを、世の中ではサンタが忙しく働いている頃合いに自室でぶちまけた。
ゴミ箱を蹴り飛ばしてゴミをぶちまけ、テーブルにあった本をビリビリに破いて部屋の隅にぶん投げて置いてあった写真の入った額が落ちて割れた。テーブルをガンガン叩いてくそがくそがと叫び、喉がガラガラになった。
わたしはもう訳が分からなくなり、できることならだれかわたしに注射でもなんでもして意識を失わせてくれ、そうしないと暴れてしまう、とそう思っていた。
暴れ疲れて物が散乱した部屋でうなだれていると、妻が来て優しくしてくれた。
わたしはもう何もできずに背中を丸めてただひたすらに泣いていた。自分はダメだダメだと泣きじゃくるわたしを妻は優しくなでてくれた。
なんでこんなに優しくしてくれるのだろう。クリスマスにプレゼントも渡さず、チキンもお酒も買って帰らず、挙句の果てには仕事で遅く帰り精神をおかしくして暴れまわるような人間なのに。
わたしはしばらく泣いていて、泣くのも疲れてただぐったりとカーペットの上で横になっていた。
妻はしばらくそっとしておいてくれて、落ち着いた頃合いで一緒に風呂に入ってくれた。
わたしは風呂に泥のようにつかってすこしだけ元気になり。風呂上がりに妻が買っておいてくれたお酒を3杯飲んで、いい感じに意識を失って眠ることができた。
目を覚ますと、もうクリスマスの昼過ぎだった。妻はもう目を覚まして洗濯をしてくれていた。
わたしのところには当然サンタは来てくれなかった。でも、ポストを見たら大学のころの先生の献本が届いていて、まあこれがそうかな、とちょっと嬉しかった。
仕事のメールを見たら、先方から返事が来ていて、よくよく考えたら向こうもこの時期に大変だったよな、と少しだけ優しい気持ちになった。
わたしは仕事のメールを片付けて、昨日できなかったお祝いをやり直すために、ケーキとチキンを買いに妻と出掛けるのであった。




