表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昼下がり  作者: 磯目かずま
2
25/68

奴が来る

 昔、緑のキノコが追ってくる動画でげらげら笑ったのも懐かしいような今日この頃、「奴」がわたしたちのところによく来るようになった。

 この奴というのは職場の同僚のところにもよく来るようで、

「ああ、奴ね!今日もふとした瞬間に、やあって声をかけてきたんだよ」

「俺のところにも来たぞ、最近はしょっちゅう現れて困っちゃうな」

「年末の雰囲気も奴を引き寄せているのかもしれないな」

などという共通認識があることを確認済みである。

 

 奴は、わたしたちの弱った心を狙ってやって来る。

 仕事がうまくいかない、不満がある、家庭に問題が、体調が悪い、もう歳かな。そういう気持ちのときに、急に振り返るとそこにいるのだ。

 

 奴が来ると、わたしたちはたいてい将来への漠然とした不安を抱き始める。

 今のままでいいのだろうか、転職するべきか、結婚するべきか、親の面倒を見なければ、子どもを大学に行かせなければ、老後はどうするか。

 そういうことが頭をぐるぐると回転して、具体的な行動も思いつくことはないでもないのだが、なぜかだんだんと無気力になってきて、もうだめだ、おしまいだ、死にたい……という気持ちに支配されてしまう。それもまた奴の仕業である。


 奴から逃れる術はほとんどない。赤コインを8枚取ったところで解放されるものではない。

 やたらと高性能な追尾機能でわたしたちをぴったりとマークし、いつまでも追い回してくる。

 しかも、ステルス性能までしっかりしているので、普段はわたしたちには気づかれないように水面下で虎視眈々と付け狙っている。

 そうして、わたしたちの元気がないときを見計らってひょいと現れてわたしたちを苛んでくるのだ。


 世の中には奴から逃げ切ってしまうか、そもそも奴に狙われないような猛者もいると聞く。

 しかし、たいていの人にはそれぞれ専属の奴がついていて、誰よりも長い付き合いの腐れ縁になることもしばしばである。


 奴は若者には優しいので、わたしたちが年端もいかないうちは見逃してくれる寛大さも持ち合わせている。

 しかし、おおよそ30歳前後になるとそろそろ年貢の納め時だと言わんばかりにすっと隣に現れて、以後お見知りおきを、と深々と会釈をしてくるのである。

 

 わたしは奴が来るたびに、これは気圧のせいだとか、今日はあんまり寝てないからだとか、熱があるのかもしれないとか、そういう原因を推測して、奴の姿を見ないように心がける。

 しかし、奴は目をそらしてもすぐに回り込んできて、わたしが来たのはあなたが原因なのですよ、と言ってくる。

 それが内心わかっているわたしは、認めたくない、考えたくない、見たくないという気持ちで心を閉ざし、休みの日であれば酒を飲んで布団に潜り込み寝てしまおうとし、仕事中であれば無駄に集中してバリバリ仕事をしてコーヒーをがぶ飲みして気を紛らわせる。


 それでも解決しないようなときは今この瞬間のように膝を突き合わせて文章で奴と対話を試みる。

 奴は奴と呼ばれる以外に名前がないので、何かかわいらしい名前でも与えてやれば、ちょっとは愛くるしくなるのかもしれない。

 例えば「ポチ」とか、美少女的な感じだったら「ベル」とかそんなんで呼んであげたらひょいと現れても優しくなれるかもしれない。

 そもそも奴は現れてもわたしたちに何か直接的に悪さをするわけでもない。ただ、そこにいるなという気配を感じさせるだけである。

 実際のところ、奴が来たことによってあれこれと思い悩んでいるのはわたしたち自身であり、奴はそれを知らせに来てくれるだけなのかもしれない。


 奴に一度目を付けられたら最後逃げられないのであれば、うまく付き合っていく方法を考える方が賢明だ。

 名前を付けてかわいがるのもよし、ライバルに見立ててしのぎを削るもよし、親の仇のように憎むもよし。そうして付き合ってくことで、一人一人の奴をキャラメイクしていけると考えれば、ロールプレイングとして悪くないのかもしれない。

 この文章も、奴のために書いているものなのだから、奴もちょっとは喜んでくれるだろう。そう思うとなかなか愉快になってくる。


 これからは、奴が来たらこうして供物として言葉を捧げてやるのだ。そうすれば、奴とお話が出来るし、何より普段は透明になっている奴のことを忘れないでいることができるから。

 そして、言葉にすれば奴が来たときの憂鬱も、少しの愛おしさに変わるような、そんな気がするから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ