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昼下がり  作者: 磯目かずま
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夜の散歩

 熱に浮かされたように、夢を見ているかのように、わたしたちは深夜に街を歩いた。


 最初は、確かよくあるベッドタウンで、その日あなたに会いに行くときにはアライグマの親子に出会ったのを憶えている。

 その日あなたは終電もなくしてタクシーでわたしに会いに来てくれた。何の変哲もない住宅街を、ただお話をしながら歩いた。

 街灯の灯りを頼りに路地裏を歩き、ちょっとした丘に登り、公園のブランコではしゃぎ、真っ暗な道で手をつないだ。

 その日初めてラブホテルに入ったわたしたちは、いい部屋しか空いてなくて値段に少しびっくりして、でもお城みたいな内装でわくわくした。

 全然知らない街で夜を明かし、昨日と同じ服で仕事に行った。

 「職場の人に気づかれるかな」

 「誰も見てやしないよ」

 全然寝られなかったのに、なぜか出社する足取りは軽かった。


 別の日は、芝浦埠頭のほうに新橋から歩いた。モノレールの高架下を海沿いに進んでいく。

 海にせり出したテラスで二人で海を眺める。なぜかわたしは地元の海といじめられていた過去の話をした。レインボーブリッジが静かに瞬いていた。

 今いる場所が、地図を見ればいつでも来られる場所なのに、もう二度と来られない場所に感じられた。

 竹芝客船ターミナルを見て、「いつか島に行こうね」という話をする。知り合いが青島に行って怖い思いをした話などをして盛り上がる。

 日の出駅の近くになぜか真っ白いリムジンが停まっていて、中には極道風の男がいた。

 わたしたちは歩き疲れて芝浦埠頭の駅から終電のゆりかもめに乗って、あてもなく台場のほうへ向かった。

 ゆりかもめから見る景色は、なんだか東京の端っこという感じがした。誰もいない深夜の車内は、送り出す場所を間違えたかのようにわたしたちを運んでいく。

 特に理由もなく有明駅で降りて、近くのベンチで二人ジュースを飲んでしばらくぼーっとしていた。終電もなくなってもうここから帰る方法もなく、近くにホテルもなかった。

 夜中の台場は人影もなく、まるで人間がいなくなった近未来に二人だけ残ってしまったみたいな気分になった。少しだけ高揚して、あとはなんだか寂しくなった。

 ふと、タクシーが目に留まったので、小走りで近づき呼び止めた。わたしたちはそれに乗り新橋までレインボーブリッジを通って向かい、夜中でも空いているビジネスホテルに泊まってもう朝も近い一晩を過ごした。掛布団にタバコの焦げ跡があった。


 別の日は、阿佐ヶ谷から西荻窪方面に向かって歩いた。

 そのときは阿佐ヶ谷のバーで飲んで、ジャズの演奏を聴いた後に散歩をした。

 何となくおしゃれなイメージだけどあんまり知らないから、という理由で中央線の吉祥寺から中野までの駅のどこかをたまにぶらつくわたしたちは、そのたびになんだかちょっと物足りないカフェのご飯を食べて適当な雑貨屋さんに入って、ただぶらぶらして帰ることになる。

 酔いを醒ますように深夜の住宅街を歩き回るわたしたちは、ただ何となく自分たちの家のあるほうに中央線を下っていく。

 「何駅歩けるかな」

 「適当なところまで行ったらタクシー乗るか。それともどっか泊まる?」

 「そのとき考えよう」

 見知らぬ土地の景色は新鮮だけど、夜の住宅街は暗さと静けさで個性が塗りつぶされて、ある普遍的な連続体としてひんやりとわたしたちを包んでいる。

 「平日の深夜にこんなところを徘徊していて、なんだかおかしいね」

 「それでもいいんだよ、べつに。今日は休みなんだ」

 「世界に置いて行かれているみたい」

 「いや、今われわれは前に進んでいるんだよ」

 「道に迷っている気もするけどね」

 気づいたら中央線の高架を見失い、住宅街の袋小路で行き止まりになった。わたしたちはちょっと引き返して高架の見えるところまで行き、またその下道を歩いた。

 しばらく歩いて、わたしたちは荻窪をちょっと西荻窪方面に行ったところにあるお寺の前に通りかかった。お寺には共同墓地があり、その真下になぜか地下通路があった。

 以前友人に聞いた話によると、ここの通路を覗くと天井から白い肉塊のようなものがニュッと下がってきて、よく見ると人の頭なのだということである。

 このことを思い出したわたしは、ちょっと見てみたいとも思ったが、これを伝えてパニックになるのも大変なので黙って歩いた。

 ちらりと地下通路を見やると、なんだか白い塊が天井付近に見えた。わたしは青くなって無言でちょっぴり早足になった。西荻窪でタクシーを呼んで帰った。あとでその話をしたら、そんな場所なら通らないでよ!と大変に怒られた。


 別の日は、武蔵野の野川の近くにホタルがいるというので見に行った。

 そこは国分寺の寺院の近くで、こんこんとした湧水の見えるきれいな小川がある場所だった。夜なのであたりはほとんど真っ暗だったが、いくつかの街灯によって清流の気配も見てとることができた。

 川面にはカワニナも見えいかにもホタルが現れそうな場所ではあったが、川沿いにしばらく歩いても一向にホタルは現れなかった。もしかしたら見落としているのかもしれないとしばらく目を凝らして草葉の陰なども覗き込んだが、全然いない。

 わたしたちは歩き疲れて近くの朝までやっている喫茶店に入ってお茶をした。そこのオーナーと思われる人に聞いてみようとも思ったが、なんだか実はホタルなんていない場所なのではという思いが強くなり、恥ずかしくなって聞くことができなかった。

 喫茶店には地域の方や店の誰かが撮ったと思われる写真がいくつか飾られていたが、ホタルを写したものはなかった。

 「ホタル、いなかったね」

 「うん」

 「多分ここじゃなかったんだよ、もしくは時期が違うのかも」

 「うん」

 「帰って風呂でも入ろう」

 「うん」

 帰り道、ひょっとしたらふらりと一匹くらい飛んでないかな、と期待したが、結局そんなこともなく、コンビニでからあげ棒を買って帰った。

 

 何かを好きな気持ちは、報われるものばかりではない。

 報われない気持ちは透明になって夜に浸透していく。

 夢を見る時間に、世界は飽和した思いを空に還している。

 太陽の下では明るすぎるから。


 帰り道、昔こんな歌を深夜ラジオで聴いたような、聴いていないような、そんなことを思い出した。

 空っぽになっていく世界の中で、まだ昨日を引きずって歩くわたしたちは、パンパンになったアタマでくらくらして、薄くなってきた星を眺めてふらふらしている。

 なんだか空が明るくなってきたころ、世界にぶわっと色が注がれたみたいになって、また一日が新しくなってしまう。

 そんな瞬間が美しくて、まるで昨日までの記憶がすべて救われているようで、わたしたちは世界が騒がしくなるまでずっとそれを眺めていた。

 わたしたちは眠いのに全然寝れなくて、シャワーだけ浴びて会社へと急ぐ。街を行く雑踏は、おそらくほとんど昨日を忘れている。わたしたちは一日分の何かにしか耐えられないから、その日ごとに夢を見る必要があるのだ。


 そんなことを考えながら会社に着いたわたしは、案の定打刻を忘れてあとで人事課に指摘されたし、昼下がりにはうとうとしていて上司にこづかれた。わたしはあくびをしながら、もう夜通し歩ける歳じゃあないのかなと思いながら、眠気覚ましのコーヒーを汲みに行くのである。

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