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ナビちゃん

 面接官に案内された扉を開く。


「この先が異世界に繋がっています」


 異世界ね……。

 新宿の高層ビルからそんなとこに繋がってるとは思えないが否定はしない。

 俺も子どもじゃないんだから社長の言いたいことは解ってる。

 そういう体でなりきって演技しろってことなんだろう。

 扉の先には螺旋状で先が見えないほどの段数の下り階段が待ち受けていた。

 照明は壁面に裸電球のようなものが疎らに設置してあるだけなのでかなり薄暗い。

 さっきまで居たビルは60階建てのオフィスで確か32階。

 各階を繋ぐメンテナンス用の隠し階段らしい。

 足元が良く見えないぐらいの暗さの下り階段をつま先で探るように恐る恐る進む。

 20分ぐらい進むと行き止まりになり、小部屋に突き当たった。

 どうやらここで階段は終わりのようだ。


「地上に着いたようだな」


 重い金属製の扉を押し開く。

 目の前には目が眩むほどの日差しが待っていた。


 そこにはどんよりと灰色の雲で覆われた新宿の空ではなく、青空の広がる街並みがあった。

 街は薄黄色い石造りの建物が多く、殆どが二階建ての建物である。

 どう見ても高層ビルの立ち並ぶ新宿の街並みではない。

 振り返ると俺が出てきたのは石造りの二階建ての倉庫のような建物。

 中東を思い起こさせる街並みの中に迷い込んだように錯覚してしまう。

 通りを歩いている住民役の役者の人も金髪や緑髪赤髪で明らかに日本人ではない顔の作りをした役者さんたちが殆どだ。

 よくこれだけの数の外国人のエキストラを集められたな。

 ファンタジー感が半端ないっていうか、IT企業の資金力は半端ない。


「すごいもんだな……撮影スタジオのセットなんだろうけど、よく出来てるよ」


 本当に外国、いや異世界に来たみたいだ。

 あのビルの地下のさらに奥深くに作られたセットなんだろうけど、この規模と完成度は半端ない。

 低層の建築物しかないのも、この街が地下に作られたセットで天井が低いせいなのかもしれない。

 某ギャンブル漫画の〇愛グループの地下王国並のセットをリアルで見ることが出来るとは思わなかった。

 あくまでもセットなので細かく見ると色々と粗がありそうな気がする。


 ――――――――――――――――――――

 社長=魔王デミスの手引きにより、次元門を使い異世界の街『スターシア』にやって来たトドロキ。

 だが、社長の言った意図が上手く伝わらずに異世界ではなく地下に作ったセットだと思い込んでいるトドロキであった。

 オカルトやファンタジーに特段興味の無いトドロキが異世界など信じるわけもなかった。

 そんなトドロキが異世界で実況者として上手くやっていけるのだろうか?

 ――――――――――――――――――――


 でもそんな事はどうでもいい。

 俺はこの仕事を真剣にすると決めたんだ。

 異世界のダンジョンに迷い込んだ冒険者になりきった演技をしてやる。

 既に俺の頭のバンダナに取り付けられたカメラは回っていて実況は始まってるのだから……。

 その時、明るい女の子の声が聞こえた。


 ――『はじめまして』


「うわ!」


 いきなり女の子に声を掛けられたので狼狽えてしまった。

 この声の感じだと中学生ぐらいの女の子だと思うんだけど、周りを見ても俺に声を掛けている女の子はどこにも見当たらない。

 どうなってるんだ?


「だ、だれだ?」


 再び女の子の声が聞こえてきた。


 ――いきなり声を掛けて驚かせてすいませんでした。『私はこの実況システムの案内役兼チュートリアルをするナビゲーターです。バンダナを通じて無線でお話をしています』


 なんだよ、無線かよ。

 どうりで目の前に女の子が居ないはずだ。

 たぶん、あのオフィスに勤めている女性社員なんだろう。

 声の感じは明るいけどおしとやかな感じ。

 姫カットいやおかっぱの髪型で眼鏡を掛けてる中学生のイメージが勝手に浮かんできた。

 彼女がマイクの向こうで胸を張ってる姿を想像出来る。


 ――『システムナビゲーターとでも呼んでください』

 ――「わかったよ、ナビちゃん」

 ――『ナビちゃん?』

 ――「システムナビゲーターさんだとちょっと長いから……」

 ――『まあ、いいでしょう。ところであなた様のことはユースケ様とお呼びすればよろしいですか?』

 ――「それだと締まらないのでトドロキで頼みます」


 俺は祐介という名前よりも、轟の名字の方が漫画やドラマのヒーローみたいで男らしくて好きだ。

 ナビちゃんにもそう呼んでもらいたい。


 ――『わかりました、トドロキさん。まずは拠点となる宿屋を探しましょう。ナビをするので言ったとおりに進んでくださいね』


 ナビちゃんに言われるままにセットの異世界の街並みを進むと、宿屋に辿り着いた。


 ――『さあ、この宿屋に泊まりましょう』


 宿屋では中学生ぐらいの歳の金髪の女の子が受付をしている。

 この世界では中学生でも働いている設定なんだな。

 中学生でも仕事にありつけるっていうのは、バイトの契約の切れ目で無職になりかけた俺にしたら羨ましい世界だ。

 俺は早速宿を取る。


「いらっしゃいませ。旅人の宿『すずめの止まり木』をご利用ですか?」

「一泊頼む」

「ありがとうございます。素泊まりお一人様ですね」


 宿代の3000ゴルダを払うと、二階の部屋に通された。

 ちなみにナビちゃんによると1ゴルダは1円ぐらいと考えて問題ないとのことだ。

 通貨の価値が日本円と比べて滅茶苦茶だと算数の苦手な俺には理解しにくいのでこの設定は助かる。

 お金を払うとスマホの通知音みたいな『ピロン!』という音が頭にの中に鳴り響いた。

 今の効果音はなんなんだ?

 よくわからん。


 部屋は窓付きの六畳間ぐらいの部屋だった。

 そこにベッドが一つと荷物を入れて置く箱のみのビジネスホテルをさらに簡素化した感じの素泊まりタイプの宿だ。

 日本円で一泊3000円相当の部屋ならこの内容は値段的に十分に魅力的だ。

 俺はベッドに腰を下ろす。

 久しぶりに部屋を出て長距離を歩いたので足が棒のように疲れた。

 まさか試験当日からいきなり仕事をすることになるとは思ってもなかったので身体の方が付いていかない。


 ――「ふー、やっとひと休憩だ。ちょっと寝るかな」


 俺が寝ようとするとナビちゃんが必死に止めようとする。


 ――『休憩する前にリュックの中身を確認してください』


 宿に入ったので一仕事終えた気でいたけど、あくまでも今は撮影中の仕事中。

 気を抜きすぎた事を反省し、リュックの中を改める。


 ――「リュックか?」

 ――「はい。その中のミッションカードを確認してください」


 リュックの中身をベッドの上に出してみる。

 出てきたのは着替えの下着やタオルなどの生活用品と共に撮影道具とカードが出てきた。


 ・ミッションカード

 ・お金 残金97000ゴールド

 ・撮影用照明

 ・生活用品(下着、タオル、洗顔道具)

 ・野宿道具一式(寝袋、ガスコンロ、小型鍋、カップ、ライター、水入れ)


 撮影用照明はバンダナのヘッドライトを補助する腰のベルトに取り付けるランタンタイプだ。

 腰につけてみたが照明小物のランタンが一つ増えるだけでダンジョンを潜ってる感が抜群に上がる。

 ミッションカードを見ると、一つの項目にチェックが付いている。


 ・宿を取ろう

  進行:完了

  報酬:スキル『ステータス』取得


 あー、さっき効果音が鳴ったのはこれのせいか。

 さっきお金を払って宿屋に泊まったからミッションをクリアしたんだな。

 確か面接官の話しではこのカードは『ミッションカード』と言って当面のすべきことが書いてあるらしい。

 項目クリアで石が貰えるソシャゲのチュートリアルミッションみたいなものか。


 俺は初めてのクエストをクリアした。

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