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両刃の悲しみ  作者: ひふみん
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第1章「異変」②

物語が動き出します。

 いつも通りの時間に、家を出た。


 外は生憎の曇り空で、お世辞にも良い日とは言えない。しかし、ここ最近はずっとこんな天候が続いていて、天気予報を見る限りはこんな日がまだしばらく続くらしい。だから、最近は降るかどうか分からなくても、傘が欠かせない。


 ただでさえ朝からおじいちゃんに叩きのめされて落ち込んでいるのに、悪天候のせいでさらに気分が下がってはいけないと、少し大股で学校までの道を歩いた。


 学校に着くと、偶然玄関で中学時代からの親友、信野恵子に会った。


「恵子、おはよう」


 声を掛けると、下駄箱から内履きを出そうとしていた恵子は、ゆっくりとこちらを向いた。声の主が私だと分かると、すぐに顔を綻ばせた。


「おはよう、刀華」


 そう言って、内履きを簀に落とした。カタン、と大きな音が玄関に響き渡る。


 私も、靴を内履きへと履き替えると、そのまま二人で教室に向かった。


 教室に入ると、そこには普段通りの喧騒が広がっていた。クラスメイトたちは、それぞれのグループで固まり、机を囲んで談笑している。先生が来るまでの、ちょっとした朝の安らぎの時間だ。


 恵子は、ひとまず鞄を自分の席に持っていくと、すぐに私の席まで来た。


「刀華は、今日もいつも通り稽古してきたの?」

「うん。朝早くからおじいちゃんに頭思いっきり打たれて、痛いんだよね」


 自然と、手が頭に行った。こんな話をしていると、今朝の痛みが蘇ってきた感じがして、ゾクリとした。


 思わず顔が引き攣っていたのか、私の顔を見て恵子はクスクスと笑みを浮かべた。


「相変わらずだねー。さすがは、全国一位の女剣士様。日頃の鍛錬を怠らないわけね」

「…なんか、その言われ方、すんごく恥ずかしいんですけど」


 これ見よがしに、いやーな顔をしたのに、恵子はただコロコロと笑みを浮かべるだけだった。


ーー


 今年の夏まで所属していた女子剣道部で、三年連続全国大会に出場し、その全てで優勝したというのは、私にとってはすっかり昔の出来事だった。


 中学校では、男子剣道部しかなかったために、中学時代に剣道部に入ることが出来なかった私は、高校では「剣道の強い高校に入る」と心に決めていた。そして、中学三年生の時、私は剣道が強いことで有名な今の高校を目指し、猛勉強を開始した。


 うちの高校は結構な名門校で、あの当時の私にとっては偏差値もかなり高く、おじいちゃんに一本決めるくらい難しい高校だった。


 初めてこの高校に行きたいと先生に相談した時も、散々他の高校を薦められ、「悪いことは言わないから、止めておきなさい」とまで言われたが、私は剣道がしたい一心で猛勉強し、何とか今の高校に入ることができた。


 そして、私は入学早々、迷うことなく女子剣道部に入部届けを出した。


 入部届けを出した次の日、私は剣道場に顔を出した。まだ、一年生は部活の見学期間で、部活動に参加している一年生は、スポーツ推薦で入学してきた生徒くらいだった。しかし、どうしても我慢できなかった私は、見学という名目で、あわよくば部活動に参加しようという腹で剣道場の扉を開けた。


 流石に、全国でも名の通った高校の剣道部だけに、剣道場は素直にすごいと思った。広さ自体は、うちの道場とそこまで差はないものの、綺麗さがうちの道場とは段違いだ。


 既に部活動は始まっていたので、あちこちで打ち合いが行われていて、地面を踏み締める音と、奇声が爆音となって、鼓膜を直撃した。


 おじいちゃんとは、このような「うるさい」稽古はしたことがなかったので、私はただただ驚いて、思わず耳を塞いでしまいそうになった。


「あれ?あなた、どうしたの?」


 私が入ると、頭に面手拭いを巻いた女の先輩が声を掛けてきてくれた。


 私は、真剣な表情で先輩に向き合った。


「昨日、入部届けを出しました、月詠刀華と言います。今日は、見学に来ました」


 私は、丁寧に礼をした。


 私の自己紹介を聞くなり、先輩は合点が行ったというように、手をポンと叩き、奥で正座をしていた別の先輩の所に向かった。


 先輩が何事かを言うと、その先輩はゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。


「初めまして、女子剣道部の部長をしています、日村と言います。あなたが、昨日早速入部届けを出してくれた新入生?」

「はい、そうです。これから、よろしくお願いします」


 私は、笑顔で頷いた。


 日村部長は、ひとしきり私の顔を見つめた後、ゆっくりと私の右手の物を指差した。


「それは、あなたの?」


 私は、自分の竹刀を持ってきていた。高校生になったということで、新しくおじいちゃんに買ってもらった新品だった。


「はい、私のです」


 ちなみに、竹刀を持ってきていたのは、こうすればより部活動に参加できる可能性が高まるという下心もあった。

 日村部長は、ひとしきり私の顔と竹刀を交互に見ると、最後に私の眼を見て言った。


「じゃあ、せっかくだし、うちの部員と一試合してもらおうかな?ちょっと腕も見せてもらいたいしね」


 掛かった!


 思わず、そんな感想を抱いてしまったのは、さすがに今思えば失礼だったなと、反省だ。


 しかし、その当時の私は嬉しさのあまり、早速防具に着替えて、部長も対戦相手として二年生の先輩を一人引っ張ってきてくれた。


 ちょうど、ウォーミングアップの終わりの時間なのだろう、休憩がてら先輩たちが周りを囲み、その中には更に男の先輩まで混じっていた。私の試合は、あっという間に注目の的になった。


 審判は、日村部長がすることとなった。


「さぁ、勝負は三本勝負。月詠さんは、思い切りやっても構わないから、どんなものか、見せてちょうだい」


 「始め!」と掛け声が掛かり、試合が始まった。


 それじゃあ、


 面の下で、私はほくそ笑んだ。


 思い切りやらせてもらいましょうか!


ーー


 今思うと、何とも大人げないことをしていたな、と思い出すたびに反省する。


 しかし、あの頃は自分の実力もよく分かってなかったし、部長からは「思い切りやっても良い」と言われていたし、私もまだまだ高校生に成り立てだったし、と言い訳ばかりはいっちょまえに浮かんでくる。


 あの頃、もしもこんな言い訳を日村部長に言っていたら、「そこは空気を読んでおけば良かったんだ、阿呆!」と思い切り面を叩かれていただろう。


 私は結局、一切手加減することなく、先輩を瞬殺してしまった。開始三秒で面を決め、先輩はその一撃でぶっ倒れてしまった。

 

 やってしまった後に、「あちゃー」と思ったが、そう思っても後の祭り。周りを見渡すと、ポカンとした顔をした先輩方が並んでいた。


 唯一、日村部長だけは平然と事の成り行きを見守っていた。


「…あのー、すいません」


 私は、頭を掻く仕草をしながら、(防具を付け、竹刀を持っていたので、ちゃんとそれが伝わっていたかは分からない)日村部長を見つめた。


 日村先輩は、微動だにせず、しばらくじっと私を見つめてきた。


 そして、小さくため息を吐き出した。


「…こりゃ、とんでもない化け物が入ってきたものね」


 うちの高校は、男子も女子もほぼ毎年全国に行くような剣道の名門校だ。部員は、誰しもが名門校の名に恥じぬ強者ばかりで、実力は本物だった。


 だけど、幼い頃よりあのおじいちゃんに鍛えられてきた私は、日村部長の言葉を借りれば「化け物級」に強くなっていた。


 その後、私は立て続けに試合をした。それもこれも、日村部長が「全員、月詠と試合してみて」と言ったのがきっかけだけど、特に二年生はその命令に明らかに怯えの表情を浮かべた。そんな先輩方の反応に、私はただ苦笑するしかなかった。


 二年生を順々に瞬殺し、一人一人を軽い脳震盪にして、保健室送りにしていくのは、何とも申し訳なかった。しかし、日村部長は一向に止める気配もなく、ただ、「次!」「次!」と部員を死地に送り出していった。


 そうして、ほとんどの先輩方が保健室送りになり、残るは日村部長と副部長のみであった。


 日村先輩は、身じろぎせずにずっと私を見つめていた。流石は部長で、その眼力に思わず気圧されそうになった。


「……ふぅ」


 日村先輩は、ため息を一つ吐き出すと、ギロリと男子部員に視線を向けた。


「ひっ!」

「うわっ!」


 男子部員は、悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らしたように慌てて逃げていった。


 野次馬を眼力のみで追い払った日村先輩は、再びゆっくりと私を見つめ、副部長に向けて言った。


「…私の骨は拾ってね」

「任せといて」


 あながち冗談にも聞こえない先輩方の会話に、私はまた苦笑するしかなかった。


ーー


 こうして、入部早々「女子剣道部のエース」となった私は、そのまま一、二、三年生と全国大会に出場し、三年連続全国一位の称号を勝ち取った。


 そして、今は部活動も引退し、受験生として日々の生活を送っているというわけだ。


「まぁ、恵子が言う『全国一位の女剣士様』も、私のおじいちゃんが相手だと、てんで相手にならないんだけどね」

「えっ!?」


 私の発言に、恵子は身を乗り出して驚いた。その様子に、私が驚く。


「そ、そんなに驚かなくても…」

「いや、それは驚くでしょ!だって、刀華ってすごく強いから…」


 恵子は、今までにも何度か私の試合を見たことがある。試合があるといえば、会場に駆け付けて応援に来てくれたことが度々あったからだ。だから、力加減を誤って、何回か相手選手を病院送りにしてしまったことまで知っている。


「まぁ、なんて言うのかな、上には上がいるもんだっていうことだね。おじいちゃんの強さは、もはや神業に近いからね」

「へーっ、世の中にはすごい人がいるもんなんだね」


 そんな風に、心底感心したように恵子は腕組みしながらうんうんと頷く。ちょっと親父臭いそんな仕草に、思わず苦笑する。


 ふと時計を見ると、時刻は八時三十八分になっていた。チャイムが鳴るまでは、あと二分くらいで、チャイムが鳴れば先生が来て、今日の学校が始まる。


 だが、そんな時間でもクラスの皆はまだ全然席に着こうとしない。いつまでも尽きることのない笑い声や話し声が、教室のあちこちから聞こえてくる。


 そんな、いつもと変わらない日常の風景。


 変わるはずのない日常。


 だが、



ーーその中に、私はふと一つの違和感を覚えた。



 自然と、その違和感の方へと視線が向いた。


 私の席から左斜め前、ちょうど窓際の席の一番先頭にあたる席に、女の子が一人で座っていた。名前は、佐藤さん。普段、私とはあまり話すことはない女の子だ。


 佐藤さんは、自分の席に座ったまま、何をするでもなく、ただ窓の外を見つめていた。窓の外には、何でもない見慣れた田園風景が広がっている。空は、相変わらず灰色の雲に覆われていて、今にも雨が降り出してきそうな天候だ。


 一瞬、雨が降らないかと、空の様子を窺っているだけかと思った。だけど、それにしては微動だにしなさ過ぎる。そして何より、私が違和感を覚えたのは、この時間に佐藤さんが一人でああして自分の席に座っていることだった。


 よく、「クラスに一人はいる〇〇」なんて言い方をするけど、佐藤さんのそれは、「クラスに一人はいるムードメイカー」だった。


 誰とでも屈託なく話せて、いつでも元気な佐藤さんは、クラスの人気者で、佐藤さんの周りにはいつも人がいっぱいで、また周りにいる人たちもいつも楽しそうに佐藤さんの周りに集まっていた。


 そんな佐藤さんが、今のこの時間に一人でぼーっとしているのを見ることなんてない。いつもだったら、友だちと一緒に先生が来るまで楽しそうにお喋りをしているようなものなのに、今日は一体どうしたんだろうか。


 なぜか、私はそんな佐藤さんから目が離せなかった。


「…刀華、どうかしたの?」


 突然の声に、慌てて視線を恵子に戻した。少し、気を取られ過ぎた。


 恵子は、心配そうに私の顔を見つめている。


「ああ、ごめんごめん。別に、何でもないよ」

「本当に?」


 手を振って誤魔化す私に、恵子はますます心配そうに見つめてくる。


 そんな恵子の様子に、私は思わず小さなため息を吐き出した。


「もう、本当に何でもないから気にしないでー」

「そう?だったら、いいけど…」


 言いながら、まだ恵子は何だか気にしている様子だった。恵子は、細かいところにも気がつくので、私の細かい変化にもすぐ気付いてくれる。


 だからこそ、あんまり恵子を心配させてしまうのは、私の本意ではない。


「別に、本当に大したことじゃないから。ただ、さと……」


 キーンコーンカーンコーン。


 私の言葉を掻き消すかのように、お馴染みのチャイムの音が校舎内に鳴り響いた。


 チャイムが終わると、教室の扉がガラリと開いて、先生が手に持った出席簿をバシバシ叩きながら教室に入ってきた。出席簿を叩いているのは、無言の「席に着けー」の合図だった。その音を聞いて、クラスメイト達は、蜘蛛の子を散らすように各々の席に戻っていく。


「それじゃあ刀華、また移動教室の時に一緒に行こうね」


 そう言って、恵子も自分の席へと戻っていった。その背中に手を振りつつ、私はまた佐藤さんの席へ視線を向けた。


 やはり、佐藤さんは変わらず、じっと外を見つめたまま微動だにしていない。


「はい、おはようございます。それじゃあ、早速だが配り物があるから、前の人から後ろに回していってくれ」


 先生の声に、視線を教壇に戻した。先生は、プリントの束を六枚ずつ指で数えながら、廊下側の先頭の人から順にプリントを渡していった。私のところにも前からプリントが回ってきたので、一枚抜き取って残りを後ろに回す。


 普段と何ら変わらない教室での風景だ。先生が縦一列の人数分のプリントを先頭の生徒に渡し、受け取った生徒はそこから一枚抜き取って残りを後ろに渡していく。


 ただ、それだけのこと。



――だが、



「ここだけ、五人だったなー」


 そう言って、先生は残りのプリントを窓際の列に配った。


 私の左隣。前から二番目の人に。


「…えっ?」


 思わず、声を上げていた。


 その声に反応して、先生や隣の席の男子がこちらを見た。


「うん?月詠、何かあったか?」


 先生がきょとんとした表情を浮かべて私を見た。


「いや、先生、そこに・・・」


 そう言って、私は佐藤さんの後姿を指差した。佐藤さんは、さっきと全く変わらない様子で、そこに座っている。


 自分の指が、どうしようもなく震えていた。


「そこに、佐藤さんが・・・」


 自分の声が、不安で小さくなっていた。


『佐藤さんが居るじゃないですか』


 そう言いたかったのに、口からは言葉が出てこなかった。


 そんな私の様子に、先生と隣の男子、そしてクラス中の皆が息を呑んだのが分かった。まさしく、息を呑むのが分かる程、教室は静まり返っていた。


 信じられない沈黙が、流れた。


「…月詠」


 ようやく掛けられた先生からの声に、思わずビクリと体を震わせた。私は、恐る恐る先生の顔を見つめた。


「…佐藤なんて、うちのクラスにいたか?」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。


 私の視界の隅には、変わらず外を見続ける佐藤さんの姿が映っている。


 それなのに、



ーー皆には、それが見えていない。



 私は、絶句して佐藤さんの背中だけを見続けた。


次回は、来週13日(土)更新予定です!

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