青空の少女
溶けていく。
空に向かって溶けていく。
少女が伸ばした
白い腕は
空に向かって
指先から少しずつ
溶けていった。
その日は悪夢のように
晴れわたっていたから
少女は赤いサンダルを履いて
覚えてないくらい
久しぶりに出かけてみた。
世界に誰もいなかった。
人っこ一人 通らない。
みんなとっくに 溶けていたのか
わからないけど いなかった。
ひどく気分がよかった。
今まで生きてきたなかで 最も いちばん
気分がいい。
誰もいない世界がこんなにも愉快なものだと
どうして誰も 教えてくれなかったのか。
誰も 知らなかったのか。
わからないけど 知らなかった。
いつの間にか、どうやら
外に出ない間に ずいぶんと
民家なんかが 朽ち果てていた。
ボロボロである。
実にボロボロである。
お店も、銀行も、高いビルも、
なぜだか みんな
ボロボロである。
どうして誰も 教えてくれなかったのか。
一人でずっと 引きこもっていたから
わからないけど 知らなかった。
こんなに世界がボロボロだなんて
なんて美しいんだろうと 最も いちばん
感動した。
世界に感動したのは初めてだ。
生まれて 初めて 気分がいい。
歩けば 歩くほど 気分がいい。
朽ち果てている。
何も生き物はいないのに
物だけが取り残されて
誰もいないマンションの
ガラスはすべて割れている。
こんなに、こんなに
足首にナマリのない日々は初めてだ。
どうして誰も 教えてくれなかったのか。
どうしてこんなにも 空が晴れているのか。
どうして自分が 最後の一人なのか。
わからないけど 涙が出る。
空がこんなにも青い。
吸い込まれたくて 白い腕を伸ばしたら
指先からほろほろ 溶けていく。
広大な空に 吸われるように
やがて全身まで崩れて
何もなかったように溶けていく。
ようやく少女も みんなと一緒
生まれて初めて みんなと一緒
どうして誰も 教えてくれなかったのか
今日が最期だなんて
今まで知らなかったじゃないか。
自分だけが 知らなかったんだと
知るつもりもなかったんだと
みんなの声も 聞こうとしなかったと
生まれて初めて 気づいたときには
もう少女は消えていた。
跡形もなく 青空に溶けて消えた。
雲一つない世界に
少女の赤いサンダルだけが
忘れ物みたいに ポツンと落ちた。