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生クリームの彼女  作者: 橋本春妃
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夢からの警告

 ある朝僕は、余命宣告を受ける夢を見た。

 夢の中で僕は大きな事故に会い、余命あと二日だと宣告された。夢の中だから設定は無茶苦茶で、体はどう見たって健康的で、ピンピンしているのに、僕はあと二日で死ぬらしい。

 夢の中で僕はあっさりとそれを受け入れた。けれど、刻々と死が迫る恐怖はやはり想像以上のもので、泣きながら親の前で、子どもである僕が先に死ぬ運命を詫びていた。


 目が覚めると、現実世界はひどく気温の低い早朝で、僕しか息をしていない部屋の中はしんと静まり返っていた。

 つい先ほどまで見ていた夢を、人はほとんどの場合目覚めとともに忘れてしまう。でも、この夢の気配は僕の体に濃くまとわりついていて、覚醒していく脳にその記憶を刻まれていくような感覚があった。

 僕はあまりスピリチュアルなことに興味がない。けれど脳が完全に覚醒したあと、枕元に置いていた冷たくて固いスマートフォンに手を伸ばし「余命宣告 夢 意味」なんて言葉を検索窓に打ち込み、検索をかけた。一秒も経たないうちに検索結果が画面に表示される。夢が示唆するものの意味、つまりこれは夢占いという類に入るらしい。占いを自分から進んで見るなんて初めての経験だ。

 夢占いでいう余命宣告の意味。いくつか関連サイトをのぞき、そのどれもに書かれていたのは「時間の使い方を間違っていることに対する警告」というものだった。

 時間の使い方を間違っている……。

 今の僕には痛いくらい自覚がある。


 今年から大学生になった僕は、親元を離れて知らない土地で一人暮らしを始めていた。新しい生活は最初こそ楽しく感じられたものの、慣れない環境で一人生きていくことは想像以上に大変で、僕はすでに心が折れかかっていた。

 例えば僕が友人に恵まれていたり、いつの間にか可愛い彼女なんかができていたりすれば、こんな風にはならなかっただろう。

 僕は、現状ひとりぼっちだ。

 かろうじて週に三日は大学へ講義を受けに行っているが、それ以外の日はバイトもせず、勉学に励むわけでもなく、ただ部屋に閉じこもり意味もなくネットの世界を徘徊している。

 ひとりぼっちの僕は、大学で講義を受ける時も三人用の机を一人で使い、食堂のカウンター席で寂しく昼食をとるのがおきまりだ。

 ひとりぼっちでいることを望んでいたわけではない。入学直後は同じ学部の男子たちとカラオケに行ったり、誰かの家に複数人で泊まりに行ったりもしていた。きっと僕がもっと外面のいい人間であれば、あのまま男子たちと仲良くやっていけただろう。だけど、僕にはそれを続けていくことは不可能だった。

 偶然かもしれないけれど、あのとき僕の周りにいた男子はどうも中身が女子みたいな奴らばかりだった。女子みたいって、可愛い趣味があるとかそういうものではなく。複数人でいるとき、誰かがトイレに行くとすぐにその誰かの悪口を言い始めたり、好き好んで他人の噂話を始めたり。

 中高と男子校育ちの僕の中で、そういうことをするのは女子だけであり、男子は人の噂話などには興味のないもっとさっぱりした生き物だという認識ができあがっていただけに、大学で出会った奴らはなんとも女子っぽく感じられた。

 毎日毎日繰り返されるねちねちした人間関係。仲間内で悪口や噂話が横行しているのに、一人でいることが嫌だから常に固まって行動する。そんな奴らに友情は芽生えなかったし、ねちねちした関係性の中で生きていくよりは、ひとりでいるほうがずっと楽だと思った。

 だから、ひとりになりたかったわけではないけれど、ここではひとりでいるしかなかった。

 でもひとりぼっちの生活は自由と引き換えに、ひどい退屈さを僕にもたらした。大学にいても、家に帰っても誰とも口をきかないことは、必要最低限の用事を終わらせてしまえばあとの時間はほとんど無と化す。人と時間を共有しないことが、こんなにも時間を余らすなんて僕は知らなかった。加えて、僕はその時間を自分磨きに費やしたり、バイトを掛け持ちしてお金を稼いだりするほどの日常的な情熱を持ち得ていなかったため、ふと気が付くと今みたいに自堕落な生活に陥っていた。

 誰も僕の自堕落な生活を注意する人はいない。この部屋で息をしているのは僕一人だ。


 でも今日、僕は夢から「時間の使い方を間違っている」と警告を受けた。

 

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