僕は未来を言い当てることができる
僕は未来を言い当てることができる。周りの人は誰も信じてくれないけど、ほんとに言い当てることができるんだ。明日の天気とか、これから起こることも。
たとえば、もうすぐママが僕を呼ぶこととか。
「拓哉ー!朝よ、早く起きなさい!」
ほらね。
布団から起き上がり、僕はリビングへと向かう。襖ひとつで区切られた、小さなリビングだが、僕はきらいじゃない。むしろ、いつも美味しそうな匂いのする、朝のリビングは好きだ。
僕は未来を言い当てることができる。
たとえば、今日の朝ごはんは、いつものオニギリじゃなくてサンドウィッチがでることとか。
「はい、今日は拓哉の好きなサンドウィッチよ」
にっこり微笑むママ。
ほらね、当たったでしょ。
「ママ、今日はいつもよりも優しいね」
「今日は、じゃなくて今日も、でしょ。……あら、もうこんな時間じゃない。拓哉、今日はお友達と遊ぶ約束してたんじゃないの?」
そう、今日は友達と遊ぶ約束をしていた。
時計の短い針が9の数字をさしている。
待ち合わせは、ここから十分ほど離れた公園に9時集合。遅刻だ。
「そんなにゆっくりしていて、お友達またせちゃうわよ?」
「大丈夫だよ、友達はまだ寝てるから」
僕は未来を言い当てることができる。
たとえば、友達が寝坊して待ち合わせ時間に遅れることとか。
携帯にピロンと通知が入った。
『ごめん、今起きた!9時半に変更で!』
ほらね。
「じゃあ、ママはお仕事行ってくるから、戸締りヨロシクね。あ、今日は朝から雨が降ってるから、滑ってこけないよう気をつけるのよ」
「うん、行ってらっしゃい。ママも気をつけてね」
「ええ、行ってきます」
ビニール傘をもって、急ぎ気味にママはでていった。
僕は未来を言い当てることができる。
たとえば、今出て行ったママが、数分後に戻ってくることとか。
「やだ、いけない!お財布忘れてたわ!」
ほらね。
「僕は未来を言い当てることができるんだよ」
「はあ?何言ってんだお前」
30分遅れてきた友達の健二くんと二人で、かたつむりを観察しながら僕は呟いた。
大きな木の下にいるから、傘はささなくても大丈夫だ。時々雫は落ちてくるけど。
「だから、これから起こることがわかるんだよ」
「へえー、じゃあ俺に今からなにが起こるか当ててみろよ」
「…もうすぐ上から大きな水溜りがおちてくるよ」
「ばーか、上から水溜りがおちてくるわけ」
ばしゃっ
健二くんが上を見上げた瞬間に、落ちてきた水のかたまり。大きな葉っぱに溜まった水が、耐え切れなくなって落ちてきたのだ。
ほらね、当たったでしょ。
「っ…こ、こんなのちょっと考えれば俺だってわかるし!大体、未来なんてわかるわけないだろ!」
そういって健二くん寒そうにくしゃみをした。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「いったん家に帰って着替えてくる?」
「……そーする。お前もくるだろ」
「いっていいの?」
「いいよ。どうせまた今日もお昼一人なんだろ。俺の家で食べていけよ」
「……じゃあ、そうしようかな」
「はっくしゅっ!…あー、さみ。早く帰ろうぜ」
「うん」
健二くんは優しい。
僕の家のこと、全部わかったうえで友達でいてくれる。
僕が変なことをいっても、そばにいてくれる。
たまにちょっと意地悪だけど、健二くんが優しいことを僕は知っている。
健二くんは僕の友達だ。
結局、健二くんの家で、夕方ごろまで過ごした。
あのあと僕はお昼のメニューをあてたり、おやつの内容をあてたりしたけど、あいかわらず健二くんは全然信用してくれなかった。
それでもまあ、別にいっか。
健二くんのお母さんは優しくて、晩ご飯も家で食べたらって言ってくれだけど、僕は帰らなきゃならない。
ママが待ってるから。
お礼を言って、日が沈みかけの中、傘をさして僕は家へと帰る。
小さなアパート。襖一つで区切られた、小さなリビングと小さな部屋。
これが僕の家で、僕の帰る場所はここしかない。
玄関の扉をゆっくりあける。
中は真っ暗でよく見えない。雨が降り続く夕方では光も差し込まないから、余計に暗くみえた。
夕方のリビングは好きじゃない。
鉄が混じったような、変な匂いがするし、僕がこの時間にかえると、誰も僕を迎えてくれないから。
僕は未来を言い当てることができる。明日の天気とか、これから起こることも。
たとえば、ママがもうすでに死んでることとか。
部屋の電気をつけると、テーブルがあった場所にママはいた。
上に吊られたロープから頭をたれて。手首からは血が流れ出ていた。
足元に置かれた手紙。
「ごめんなさい」
僕はそれにちらっと目を向けたあと、靴を脱いでリビングを通り過ぎ、襖一枚で仕切られた部屋に行く。布団を取り出して、そのまま頭ごとかぶった。
僕は未来を言い当てることができる。明日の天気とか、これから起こることも。
たとえば、明日になればまた、ママが早く起きなさいって言ってくれることとか。
僕はぎゅっと目を閉じた。
僕は未来を言い当てることができる。明日の天気とか、これから起こることも。
たとえば、もうすぐママが僕を呼ぶこととか。
「拓哉ー!朝よ、早く起きなさい!」
ほらね。
また今日がやってきた。
僕は未来を言い当てることができる。
たとえば、今日の朝ごはんは、いつものオニギリじゃなくてサンドウィッチがでることとか。
「はい、今日は拓哉の好きなサンドウィッチよ」
僕は未来を言い当てることができる。
たとえば、友達が寝坊して待ち合わせ時間に遅れることとか。
『ごめん、今起きた!9時半に変更で!』
僕は未来を言い当てることができる。
僕は未来を言い当てることができる。
僕は未来を言い当てることができる。
僕は、ぼくは、ボクは、
未来を言い当てることができるんだ。
「ごめんなさい」
ママの足元に置かれた手紙を無視して、襖一枚で仕切られた部屋に行く。布団を取り出して、そのまま頭ごとかぶった。
いつからだっけ、僕が未来を言い当てられるようになったのは。
何回目だっけ、明日雨が降るのは。
何を言っても、何をしても、夕方、家のリビングでママは死んでる。
早く明日になればいい。そしたらまた、会えるから、ママに、健二くんに。
僕はぎゅっと目を閉じた。
僕は未来を言い当てることができる。明日の天気とか、これから起こることも。
たとえば、もうすぐママが僕を呼ぶこととか。
「拓哉ー!朝よ、早く起きなさい!」
ほらね。
また、同じ、今日がやってきた。
僕は未来を言い当てることができる。
きっと明日も、雨が降るんだ。