其之五
どうでもよい。もう、どうでもよくなっていた。ただ、死のうとは思わなかった。あの人は、私に自害させるために剣を用意していたのだろうか。……たぶん、違う。私がこうすることを分かっていたのだと思う。
どうでもいいというより、何も感じなくなっていた。この剣のせいだと始めは思った。だが違う。手放してもこの感じは変わらない。
お母さん。簡単に殺してしまった。ジルーロおじさん達も。こうするために、この時のために私は剣術の練習をしていたような気がしてならない。あの人の言葉が、それを裏付けるようで、これは運命なのかと思わされ、納得しそうになる自分が許せない。血塗られた運命……、冗談じゃない。私は、「忌み子」なんかじゃない。嘘だ、全部嘘だ。
気が付くと森を抜け、村の入り口にたどり着いていた。
「ルディコ、無事だったか! みんな、ルディコが戻ったぞ!」
ポグロがそう叫び、振り返って皆の元へ駆けようとした。その瞬間、ルディコは背後から斬りつけていた。血しぶきが飛び散り、顔にかかる。倒れこんだ少年には気にもとめず、そのままルディコは走り出した。村人達の悲鳴や怒号が聞こえてくる。なぜか、それが心地よかった。ルディコは次々に斬りつけていった。殺戮をしているという意識はまるでない。ただ、なんとなく。潜在意識が、自分の呪われた運命を否定しているのかもしれない。ここにいる人達が全員いなくなれば、私という存在は消えてなくなる。私を見て、私のこの姿を見て、忌み子だなんて誰もいわなくなる、私を殺そうとする者もいなくなる、私は普通に生まれ、普通に育ったただのエルフ。そう、叫びたいだけなのかと、この時、ずっと考えていた。
「ダル、大変だ、ルディコが……村の皆を片っ端から斬りつけているぞ」
「イヤガ……何いってんだ? そんな事ある訳ないじゃないか。何をバカな」
「本当だ、本当なんだ、エリザもジルーロも帰ってこない、殺されたんだ」
「いい加減にしろ! 何をいっているのか分かっているのか」
「この悲鳴が聞こえないのか、ルディコが、あいつがやっているんだ」
「……」
「おいダル、お婆のいっていた事、覚えているな」
「忘れるわけないだろう。捉われ過ぎたために、俺はこんな身体になっちまった。ルディコは普通の、エルフの女の子だ。それ以外の何者でもない」
「お婆はいっていた、あの子を生かしておけば一族滅亡の危機にさらされると、俺も戯言だと思ったさ、だからお婆を殺した! だが……やっぱり、あの子は忌み子だったんだ」
「ちがう! 絶対に違う……」
「このままでは村の皆は全員死ぬ。誰もあの子を止められないんだ。異常だ。普通じゃない」
「何かの間違いだ」
「ダル!」
「でてけ! 二度とお前の顔など見たくない! 帰れ!」
「ダル……俺は戦うぞ、殺してしまうかもしれん。いいんだな?」
「……」
「なあダル、これは運命なのかな、俺はあの時、喜んでいたお前達を見て、俺まで感動したんだぜ。なのにお婆が殺すなんていうから、わが子を守るような気持ちでお婆を殺したんだ。でも、その事すらも、歯車の一つだったのかもな。そうだとしたら悔しいよ、本当に。正しい事をしたつもりだった。だけど、間違いだったのかもしれない」
「……」
少しの間ダルの顔を見つめ、イヤガは立ち去った。ダルは入り口に背を向けた格好になり、涙した。エリザの、お婆のいうとおり、あの子は、ルディコは、人間とのハーフだ。信じていないと口ではいっていたが、心では確信していた。それでも納得できなかった。出来るわけがない、認めてしまえばエリザとルディコを殺してしまうかもしれなかった。他人の、ましてや人間の子を、そう認めたうえで我が子として迎え入れることなんかできるものか。イヤガのいうとおり、悔しいよ。俺の、この十四年間の、苦しみ耐え抜いた代償がこれか。ルディコ、嘘だといってくれ、たのむ、ルディコよ。
背後で物音がした。いつの間にか、辺りが静まり返っている。悲鳴も叫び声も聞こえてこない。ダルはゆっくり向きをかえ、振り返った。
「お父さん、どう、調子は?」
「ルディコか……」
ルディコの服は真っ赤に染まり、顔には血を拭った跡が残っていた。不思議なことに、殺戮に使用されたであろう剣には、一滴たりとも血が付いていなかった。ふき取った形跡もない。銀色にきらめいていて、その美しさに目を奪われるほどであった。
「聞いたわ」
「え?」
「森で、会ったの、ある人に。私のこと、全部聞いたんだ」
「な、何?」
「私が人間の子だって。お父さん達が婆様を殺した時の事も」
「バカな……誰に聞いた?」
「知らない人。でも、懐かしい感じの人だった」
「俺たち以外に…知っているわけがない」
「……じゃあ、本当のことなんだ……」
しまったとダルは思った。だが、一体誰がルディコに吹き込んだのだ。
「お父さんは、お前のことを、本当の娘だと思っている。今までお前にかけてきた愛情は偽りではない。本当に心の底からお前を愛している。……ルディコ」
「うそよ」
「うそじゃない」
「お父さんは、自分のために私を愛したのよ。無理やりに。私にはわかる、だからそんな身体になっちゃったんでしょ? 私のことを受け入れることが出来なかったから、悩んで、苦しんで……」
一筋の涙がルディコの頬をつたわった。
「違う。お前は私の娘だ……」
「ううん、いいの、もう」
鼻をすすり、ルディコは涙を拭うといった。
「はは、なんでだろう、泣いちゃった。ここに来るまでは平気だったのに。そういえば、イヤガおじさんもさっき泣いてたな。何かいいたそうな感じだったけど、しゃべりだす前に殺しちゃったから聞けなかった。なにいおうとしてたのかなあ」
無邪気に笑うルディコを見て、はじめてダルは殺意を抱いた。それは激しく燃え盛るほどの殺意だった。イヤガのいうとおり、この子はヤバイ。忌み子、か……お婆のいう事きいときゃよかった。
「おやすみ、お父さん」
……おやすみ、ルディコ。
おい、ルディコ、大丈夫か。そんな高い木に登って。
みてみて、お父さん、高いよー。
気をつけろよー。
本当に男の子みたいなんだから。
まあ、いいじゃないか、元気に育ってくれればさ。